サイド:『どうして私が騎士団長に、どうして私が戦場に」
晴渡った空。雲一つない晴天といえよう。
いつもの町であれば人々の笑い声が響き、はしゃぐ子供の姿だって見えてきてもおかしくはないのだが、今町を歩いてもその様子は微塵も垣間見ることはできないだろう。そもそも人間の姿を見ることができない。
・・・何せ、一般人はこの町を1時間前には脱出を始めているのだから。
ここに残ったのは時間を稼ぐようにと商人に置き捨てられた傭兵、戦いに勝てると思い込んでいる冒険者、ワートラム教の聖女様率いる盲信する信者たち、そして、国を守るために設置されていた義務と誇りから行動するファルビル王国騎士団、その中の第五師団という四勢力くらいだ。
そんな者たちが集い、町の外に向け視線を送っている。
がたがた、かちかち・・・
そんな中、耳をすまさなくても明らかに金属が触れ合う音が聞こえてくる。
冒険者や騎士団の身につける鎧の擦れる音だ。
何せ、今から文字通り、攻め込んでくる魔物と戦争をおっぱじめるところである。
ということは武者震いかって?たしかに冒険者のほぼ全ては武者震いといったところだろうか。
まるで狂戦士のように勇猛果敢に突っ走るの気持ちが溢れてしまっているように見える。
冒険者とは恐ろしい生き物だ・・・
雇われただけの傭兵はといえば同様に甲冑などが触れ合う音を鳴らしているが、アレらの大半は完全に恐怖からくるそれだろう。
ワートラム教の信者たちはといえば、先ほどから不敵な笑みを浮かべている。
こいつらは別の意味で怖い。
だから宗教は怖いんだよ。関わったらきっとおかしくなる。
どんなに願っても神は助けてはくれないのは良く知っている。すがるだけ損する。
ちなみに騎士団の中にも震えているものがいる。
仕方ない話だ。普通に考えたらこのまま死ぬ・・・為す術もなく蹂躙されるだろう。
ちなみにこの中で最も震えているのは誰だろうか?
私は自信を持って言い当てることができる。
・・・私だ。
晴天のこの状況にはあまりに対照的と言えるほどに青い顔をしていることだろう。
しかし、町を守護するようにと国王より仰せ使った命により騎士団長を務めている身の上、逃げる事は許されそうにもない。
いや、とは言っても、本当は正直逃げたい。
義務とか誇りとか、正直どうでもいい。
騎士らしくないと言われるかもしれないが、何せ、私はここ数年の記憶が曖昧なのだ。
なぜかここにいなければならないという気持ちは多少あるからここにいるが・・・なんで、こんなところでダガー両手に鎧蟷螂と戦わなければならないのか・・・
てか、ダガーとか、そもそも刃が通らないだろ。鎧蟷螂の表皮って鉄だろ?無理だろ。
なんで普通に戦おうとしてるのかが自分でも正直意味がわからない。
戦う気なんてないというか、到底無理なのだけど・・・
しかしなんでこんな状態になっているのか・・・理由はわかっている。
なんの冗談か、私は騎士団長だからだ。
そもそもなんでこんな地位にいるのかはわからない。いや、ほんとに。
・・・その立場にいるせいなのか、逃げてはならないとなぜか思ってしまい、私を逃がさない。
絶対呪いかなんかだ・・・
きっと記憶が曖昧になる前のどこかで呪いにかかったんだ!
そんなこと言ってももはや、仕方がないのだけれど・・・
鎧蟷螂。目の前にはその大群がいる。
逃げる事はもはや不可能。
戦う他に選択肢があるとすれば、犬死に・・・だけだろう。
あぁもう!怖い!!!逃げたい!!!
畜生め!私には1匹も倒せないよ!?瞬殺される未来しか見えない!
だが、今にも卒倒しそうな私だが、かろうじて意識を保てている。
理由は一つ。
さっき知らされたことだが、今まさに冒険者ギルドのギルドマスターが囮になって奴らが町に来ないように逸らしてくれようとしているらしい。ほんと助かる。
進路逸れてくれよ!
なぁ頼むぞ!しくじらないでくれよ!
なんて・・・、面には出せない。
この国に十ある騎士団だか、数字が大きくなるほどその実力は高いとされる。
意識があいまいになる前の私でも知っている情報だ。
特にこの【メルの町】を任されているのは王国騎士団の中でも第五師団。規律を重んじる騎士団と言われてるらしい。十段階評価で強さ的には中くらいということか。
ちなみに、その第五師団長は鬼のように怒気を孕んだ恐ろしい暴漢らしい。
・・・そして、その師団長が私である。
そう・・・第五師団長て私だよ?誰だよ鬼とか?誰と間違えてそうなったんだよ。
幼少期からずっと、私は虫も殺せないようななよっとした男女と呼ばれてたくらいなのだ。
あぁ・・・嘘だと言って欲しかった。
この前、気がついたら酒場で倒れていたけど、それまでの記憶が本当にほとんどないし、できれば、記憶がないままこの場はしのぎたかった。
「団長殿!じきに冒険者ギルドマスターの元に鎧蟷螂が到着します!」
「・・・く、クソが」
周りがビクつく。
団員もビクつく。
とりあえず『クソがっ』て言っておけばなんとかなることに早々に気がついたので、頭が働かないときはこればっかりだが、案外乗り切れてしまっている。
鎧蟷螂なんて・・・その辺にいる蟷螂だって倒せる自信ないのになぁ・・・
溜息が出そうになるのを抑える。
やるせなくて、俯きつつ、僕は苛立ちを発散させるべく、足を地面に向けて思い切り踏みつけた。
「団長殿、気合が入っているな!」
「あぁ、おそらくギルドマスターが作戦に成功したら鎧蟷螂を倒せないからだろうな」
「獲物が倒せなくなるからか!!」
「さすが団長殿!」
んな訳ないだろぉ・・・ギルドマスターの作戦が成功してくれたら万々歳だよ!
俯き加減のまま目を凝らしてギルドマスターの様子を伺う。
直ぐに鎧蟷螂の大群の先端がギルドマスターの目前まで来ていた。
ギルドマスターは、その背中にある身長ほどある大剣を抜き出し、まだ到達していない鎧蟷螂の群れに向けて凪いだのが見えた。
ん?間合いに入ってないよな?
・・・だが、決して間合いを間違えたわけではないのであろう。
大剣の太刀筋には遠目からでもわかる残像のようなものが見えたのだ。
事実、そこには弧を描くような斬撃が空中に浮かんでおり、それが何かの合図でもあったかのように回転しながら飛んでいった。
おぉ・・・!スキル付与の武器!戦具か!それもなかなかの高出力!!
一部の武器は戦闘に用いることに特化、殺傷能力を高めている戦具というものがある。
無論、戦具が全てスキル付与されているということはないが、戦闘に特化したスキルが付与されていることは多い。
一瞬鎧蟷螂の行軍速度が落ちた様にも感じられたが、それはあくまで一瞬だった。
ギルドマスターは大剣を10回程度振り回し、空中に具現化した斬撃という名の連撃を繰り出していた。
結果として、先頭にいた鎧蟷螂にそれなりのダメージを与えていて、それをきっかけに一瞬の行軍速度減退に繋げたようだ。
先頭にいた数体の鎧蟷螂が絶命したらしく、バランスを崩しながら倒れこみ、後続の鎧蟷螂に潰される。
これでは最前線の鎧蟷螂が更新されただけだ・・・
あれだけの威力で10発繰り出して結果がこれか!
ギルドマスターの目的は倒すことではないため、まあそれほど問題はないのだけど・・・
そう、『進路を変えさせる』これがギルドマスターの役割ということだった。
ヘイトを集めて進路を変更させるという荒業を敢行するものだと聞いている。
様子をじっと見ていると、ギルドマスターは大剣を捨てて、全力でこの町から離れて行く。
ん!?捨てた?!
驚いた・・・戦具を捨てるとは!
完全に捨て身じゃないか!
大剣を捨てた時点で防衛手段はない。
詳しくはないが、人間とはかけ離れた力を持つ理外の力である聖法でもあれば話は違うのかもしれない。・・・まあ聖法だって万能でもないだろうけど。
そんな聖法がない以上、成功したとしても、ある程度逃げてくれないと意味がないからな。
ギルドマスターが重たい大剣を捨てて本気で逃げたことは町で待機する私たちにとっては有難いことではある。
だが、大剣を捨てた時点で、逃げ切るということを完全に捨てたと言っても過言ではない。
鎧蟷螂は普通の人間より何倍か速いし体力もある。
いくらギルドマスターでも全力で走ってもいずれは追いつかれる。
全力で走り逃げることができない以上、それは自殺を意味する。
ギルドマスター・・・一体どんな覚悟でこの作戦に挑んだんだ・・・
息を飲んだが、それも束の間だった。
作戦の結果は絶望的ものだと思い知らされたからだ。
鎧蟷螂たちはギルドマスターに一切の注意を払うことがなかったのだ。
ヘイトが溜まらなかった・・・?
あれだけの技でヘイトが溜まらないわけがないのに・・・!
しかし、事実、ギルドマスターはただ鎧蟷螂の大群の進行を目前で横切っているだけなのだ。
「おいおいおい!嘘だろ!!」
「あれだけの技で仲間がやられたのに!?」
「がん無視決め込んでやがる!鎧蟷螂め!こっちにまっしぐらかよ!!!」
一同が驚愕の表情を見せた時だった。
「皆の者!!ここからはワタクシ、聖女の名を冠するドラガ・セルシコートが指揮させてもらう!意義は認めない!」
ドラガ・セルシコート・・・つまりは聖女様が大声を張り上げる。
キンキンと響く声。
急に指揮権を主張してきたか。
まあいいだろう。というかむしろちょうどいい。
正直もうどうにもならないし、聖法で何かできるならやって見せてほしいものだ。
部下たちが、どうしたら良いのか困惑の色を見せている・・・しめしめ、これはチャンスだ。
「ちっ。てめぇら。聖女に従ってやれ」
仕方なく、という不機嫌さの演出も忘れずに部下たちにそう告げる。
「は、はい!!」
「承知致しました!!!」
「この命にかけましても!」
「おぉお!!!!」
「くっ、無念」
部活たちはそれぞれ思うことがあるようだが、そんなこと知ったことではない。
私では部下を従えるだけの指示の出し方なんて知らないし。
本当にちょうどよかった。
遠くを見ると、ギルドマスターは間一髪逃げ切れたようで、進行中の鎧蟷螂には無視される状態で地面に突っ伏していた。
どういう気持ちであんな役をやったのか知らないが、死を覚悟したであろうに生き残るとは・・・
はぁ。自殺志願者が生き延びて、生きたい者が殺されるという状況か・・・
鎧蟷螂は気がつけば街のすぐ近くにまで迫っていた。
およそ200メートル、いやもっと近いだろうか・・・
ついに戦争開始、してしまうらしい。
そう絶望に打ちひしがれていると、直後、どでかい岩が直線的に鎧蟷螂の大群に向かって勢い良く飛び途中で地面をえぐりつつも勢いをほとんど失うことなく跳ね飛ぶのが視界に入り込んできた。
岩はすぐに大群にぶち当たり、鎧蟷螂の四肢をもぎ取りながら、勢いを徐々に弱めつつも大群を分断した。
「な、なんだ今の」
「岩が飛んだ・・・?」
「あれはもしかして戦略兵器の投石器か!」
「そんなものが!?この町にもあったのか!?
冒険者が何やら騒ぎ声を上げる。
いや、投石器はたしかにあれくらいの威力にはなるだろうが、こんな直線的には飛ばない。
子供の頃に投石器の演習を見たことがあるが、弧を描いていたはずだ。
すぐさま2個目の岩が直線的に飛び出して鎧蟷螂を潰し出した。
投石された位置は同じ・・・連射だと?
通常投石器はこんな短時間では連射ができない。
ということは、これは!
移動して何が起きているのか確認しようとしたが、この角度からでは岩陰になって何が起きているのかわからない。
「どりゃ!」という声が聞こえたような気もするがそれと同時に、ぶんっ!という音とともに岩が再び飛び出すのが見える。
ちょっとちょっと、え?
うわ。もしかして、何かの生き物が岩を飛ばしてるの?
・・・怖。見なかったことにしよう。こちら側に加勢してるなら化け物でも歓迎だよ。うん。
さらっとした顔で元に場所まで戻った。
「師団長殿!これはセルシコート殿の作戦ということでしょうか!」
「投石器を持ち出しているとは驚きました!」
「指揮権を寄越せと言うだけはありますな・・・」
「ふん。そうだな」
とりあえず、化け物が町の近くの岩場の影にいることは伏せておこう。
団長なら化け物などに負けず、2、3個は一度に投げられるはず!とか言われた日にはどう逃げ切ったら良いものかわからないし・・・
てか、それが人間にできるならお前らも加勢してこいって話である。
さっきから私の前から離れないの何なの?私の琴見張ってるの?
・・・それはさておき、十数個ほど大岩が飛び出したが、じきにそれも収まった。
そもそも持ち上げられるようなサイズの岩の数はそれほどはなかったのだろう。すぐに弾切れをきたしたのだろう。
それでも見たところ、かなりの数を倒したようだけど・・・
「30体前後は倒しましたな!」
「たしかに!このペースなら倒しきれます!」
「セルシコート殿、やりますな」
そう言って喜んでいる場合ではないんだけどな・・・
弾切れだよ?次どうするのさ。
「な、なんだ?!」
「敵、じゃないか?!」
「待て!どう見ても小娘だ!」
突然岩陰から少女が走ってきたので、最前にいた男たちが騒ぎ出した。
「わ、私は敵じゃないですからぁあ!!!」
走りこみながら若い女の子の声が聞こえてきた。
え?先程、人外かと思っていたのは女の子だったのか?!
この事実を知っているのは僕くらいだろうか。
他の奴らは特に気にすることもない。
冒険者や傭兵を押しのけて後方にまで後退した彼女を観察すると、ずいぶんと細身の長身な女の子だった。
だが、どこか幼さを残す不思議な少女だ。
少女がさっきまで岩を投げつけていたとは皆は気がついていないらしい。
「こいつ、【ろくでなし】にくっついてる女か」
「なんで外にいたんだ!逃げる気だったのか!?」
「どうでもいいが、神にでも祈っとけ!さっさと位置につけ!1級冒険者は最後尾だ!」
冒険者たちはそれぞれ彼女に言葉を投げていた。
あの子が1級冒険者?先ほどの動きを見る限り、おそらくそのレベルに収まっていないと思うが・・・
それに、明らかに実力があるだろう人間が一番後方って・・・この防衛ラインはかなりやばいのではないか?
失礼だが、僕よりは強い人間はかなり多いかもしれないがあの子ほど強い奴は多分ここにはいないと思う。
岩を直線で数十メートル飛ばせるとか、人間離れしている。
普通の少女が岩など投げられるわけもないから、おそらく聖法か何か付与されていたのだろう。聖法については良く知らないけど、たぶんそういうことなんだろう。
聖女様の作戦だからな。
思い至れば腰を抜かすことはないという感じだけど、凄いことには変わりない。
・・・ともかく、岩の弾切れは確定してしまった。
聖女様は次は何をする気だろう?
再び大きな岩が鎧蟷螂に向けて飛び出し始めた。
先ほどよりもちゃんと弧を描いて何体かの鎧蟷螂に激突した。
今度こそ、投石器によるものだろう。
数分ごとにその後も放たれているが、あまり精度が良くない。さっきの少女の投擲よりも威力も低い。
あまり活躍できず、鎧蟷螂がどんどん近づいてくる。
冒険者たちの中で弓使いが十数人のいたようで、鎧蟷螂が近づいてきたところで金属の矢を何本も射っていたが、残念ながら全くの無意味だった。
全て弾き飛ばされる始末。
岩なら重さで軽々と潰せたため忘れていたようだが、鎧蟷螂はとてつもなく硬いのだ。
士気を高めようと、冒険者たちが咆哮を上げ始めた。
20メートル付近まで町に鎧蟷螂が押し寄せる。
怪力少女によって敵が減ったとはいえ、攻めてくるのはかなりの数。
まだまだ大群と言える。
「も、もうだめだ!!!」
「じ、死にたくねぇ!!」
「なんでこんな戦いに参加しちまったんだ!」
「くっそぉ!!!」
冒険者とは対照的に傭兵たちが絶望している。
もはや倒せる自信などないといったところだろう。
ある意味、傭兵が一番状況を理解しているとも言えよう。
間違いなく、このままではこの町の勢力は全滅だ。
無論、私ももう半ば諦めてはいるのだが、不思議と他の慌てふためく者たちを見ていて落ち着いてきていた。
最近の記憶がない分、夢でも見ている感覚もあるせいだろうか。
それに、聖女様がまだ隠し球を持っているのではないかと思うせいもあるかもしれない。
聖女様の方を見れば、まだ涼しい顔をしている。
あ。やっぱり、何かあるな。
そう思った時だった。
覆面を被った太った男が火矢を持ち出してきた。
火矢など何の意味があるのか?
そう思ったのも束の間、覆面男は弓につがえて火矢を放った。
あぁ。そういえば、さっきまで大男たちが樽を運んでいいたな。
放物線を描き火矢は鎧蟷螂の手前くらいにある樽に落ちた。
その瞬間。
爆音とともに黒い煙を放ちながら燃え盛り、火柱とともにいくつも連鎖的に爆音が上がり始めた。
次第に火が、大河の波の如く唸りあげながら鎧蟷螂の前衛、百匹近くに広がっていった。
ガチガチガチッ!!ガチガチッ!!とけたたましく音を立てながら黒い煙を上げて鎧蟷螂が次々と燃えていく。
離れているはずの後方の私の場所まで直視できないほどの熱が襲う。
油が撒いてあったのか!?
それと、樽が乱雑に置いてあったが、あの中にも油が入っていたのだろう。
だが、これはただの油ではないな!!?
こんな燃え方、見たことも聞いたこともない!これも聖法!?聖法が絡んだ油か!?
一同が唖然、驚愕で棒立ちになってしまっているが、ここは戦場、まだ燃えていない鎧蟷螂の方が多いのだ。
聖女様!次の手はないのか?!
そう思いながら、目を薄く開けて聖女様を見やると、ついに聖女様本人が動き出すのが視界に入った。
左手を天に掲げ、何やら呟いているようだが、近くはないし燃え盛る音で聞き取れそうにもない。
だが、次の瞬間、風がふわっと撫でるように吹いた。
気分の良くなる爽やかな風という感じだ。タイミングからして明らかに聖女様から放たれたものだろう。
一体どんな効果が・・・
そう思って鎧蟷螂の大群に目を落とすと、動きが明らかに遅くなり、防壁への侵攻も遅くなった。
ついに防壁にまでたどり着いた鎧蟷螂だったが・・・鎧蟷螂からすればさほど高くない防壁に鎌をかけてよじ登ろうとしても、力が入らないのか登れずにいた。
・・・これは弱体化?
私たちには効いてないことを考えると、魔物に対して限定的な聖法だろうか。
たが、弱体化といっても防御力までは落ちていないらしく、冒険者がここぞとばかりに放つ弓は全く意味がなかった。
おいおい、時間稼いでもそんな意味ないんだぞ?
侵攻の抑止の他に手があるんだろうな聖女様。
そう言いたいところではあるが、なんかこんな最後の最後に目をつけられても嫌だしな・・・
それにしても最後までやっぱり私という人格は人の目を気にしてしまうんだな・・・
そんなことを考えていると、聖女様に従っていた使徒たちが聖女様を囲って何やら祈りをあげ出した。
というか、かなり前から何か使徒たちは唱えていたと思うが、あまりのアクションのなさにスルーしていた。
無論遠いので何言ってるのかはわからない。
そもそも近くで聞いても訳わからないとは思うけど。
少なくとも、あれは間違いなく聖法を使っているだろう。
先ほどまではばらばらの方向を向いていたが、今は完全に聖女様に向けられている。
何人も集まって一つの聖法を行使することは稀だ。
そういえば、子供時分におとぎ話で見たことがある。
『集団による聖法行使による奇跡の発現』
10人前後の聖法師たちの集まりで奇跡が起きるのかはわからないが。
そもそも奇跡とは何を指すのかはあまりに抽象的だっために不明だが、この場で言う奇跡は、魔物の殲滅か倒さずとも私たちを生き延びさせることだろう。おとぎ話でもそうだったっけ。
さて、何が起きるのか。
奇跡が今ここで起きてくれるのかはわからないが、私もとりあえず祈ることにした。神など信じちゃいけど、聖女様を信じよう。
そして、この場を打破する者へ、誰でもいいから、助けてくれと。
突然の眩い光で聖女様を直視していた目が眩んだ。
何事かと思ったが、聖女様あたりから現れたものだから、さほど驚かなかった。
ただ、周りの冒険者や部下たちにしてみれば、先程の魔物の動きが遅くなったのも聖女によるものだと気がついていなかったらしいので、あからさまに騒ぎ出した。
「な、なんだ!!?」
「敵の攻撃か!!!」
「違う!聖女様じゃねえか!」
「何が起きたんだ?!」
「み、見ろ!なんだあれ!!」
光が弱まり、聖女様の手元に何かがあることに気がついた。
あれは、弓?
また弓かよ。
と思うところだろうが、そうは思えなかった。
なにしろ、ただの弓ではない。聖女様の身長ほどの直視するのは嫌になる程度に煌々と光り輝いているのだ。
まさか、聖法で武器が出てくるとは思わなかった。
これが奇跡?
いや、だとしても、弓は鎧蟷螂には意味をなさない・・・
聖女様が弓を鎧蟷螂大群のいる天に掲げる。
矢は持っていない・・・どういうことだ?
そう思っていると聖女様が右手で握りあたりに触れてゆっくりと弦のほうに持ってくる。
まるで、矢をつがえるように、・・・いや!?
そこには手の動きと同時に弓以上に輝く矢が造られ始めていた。
光の矢!!?
完全に出来上がった矢を持って引き絞れるだけ引き絞り、放った。
そんなに張っていなかったはずなのに、光の矢は目にもつかぬほどの速さで天に登って行った。
聖女様に夢中でいつのまにか不気味な暗雲が天を覆っていたことに気がつかなかった。
さっきまでの晴天はどこへいったのだろうか。雲一つ見当たらなかったのに、この数分で何が・・・もしかしたら先ほどの爆発時の煙のせいだろうか?
とりあえず、それはおいておくとしても、故に光の矢がどこに行ったのかがよく見えた。
暗雲の一部、鎧蟷螂の大群の上空のに位置する一点が光り輝く。
そしてまるで稲妻が雲の中で蠢く様に少し光が広がる。
それはちょうど鎧蟷螂が居る上空にだけというところだろうか。
そして、ついにそれらは一斉に落ちてきた。
何が落ちてきたのか。
何と例えればよいのか。
それはあまりに一瞬の出来事で認識できなかったと言えばできなかった。
だけどそれは無数の光の矢だったらしい。
らしいというのも、一瞬の出来事で土煙りで何が起きたのかわからなかったのだ。
眼下に蠢いていたあれだけいた鎧蟷螂の群れが無数の光の矢によってほとんど身動きできない状態になっていたからだ。
聖法による光の矢は恐ろしい威力を持つらしく、地面に当たった矢は地を抉って小隕石のように小さなクレーターを作っていた。
矢というより、雷の槍という感じだ。
昆虫ということもあり、いくつも食らっても当たりどころが良かった鎧蟷螂は即死はしてない様だが、ほとんどは時間の問題だろう。
こちらに降ってこなくて良かった・・・。
運良く光の矢に当たらなかった、もしくは致死的なダメージを受けていなさそうな鎧蟷螂は数えたところ13体。
この数なら冒険者と傭兵、それに部下たちが戦えば勝機はある!
これで推定200体の鎧蟷螂を倒したわけだ、歴史に残る大勝利と言えよう!!
まだ勝ってはいないが・・・この状況を見て勝てないわけはない!
周りの冒険者たちは歓喜のあまり雄叫びを上げて走り出して戦おうとしていた。
カチカチ、ガチガチと金属音が聞こえる。
開戦前とは打って変わって勝利への確信で、恐怖の震えではなく武者震いだと思い当たるのは簡単なことだ。
天を仰げば黒い雲が一層分厚く覆っている。
・・・ふと、ちりちりと頭の中が焼き付くような感覚に襲われる。
・・・脳が違和感を訴えている気がする。
あれ?一体なんだろう。おかしい。
聖女様を見れば、いつもの強気そうな表情とは打って変わって力が抜けきっていた。その表情はとても戦いを終えた直後の英雄の顔とは言えなかった。
表現するならば、『絶望的表情』。その顔を浮かべながらその場で倒れた。
使徒たちも同じように倒れているが、何人かは聖女様を気遣って立たせようとしている。
・・・力尽きたのか?
違和感の正体は、これか?
視界にこんな戦争の英雄の表情を見たせいだ。
でも、なぜ聖女様はそんな表情を・・・
あとは冒険者と騎士団が頑張ればぎりぎり処理できるはず・・・士気は高いから勝利は揺らがない。実際、鎧蟷螂は弱体化していることもあり、冒険者たちや傭兵によって次々と討伐されていく。
もうすぐ戦いは終わる。一瞬で片が付いた。開戦前まではむしろ逆の状態となり、人間が蹂躙される、そう思っていた。だが、違ったのだ。人間の勝利なのだ。
聖女様が不安そうな顔をするからおかしな感覚に陥ったのだ。
・・・そう、違和感の正体がわかったと言い聞かせていたんだ。
だが、本当は違和感の本当の正体に気がついてしまった。
ふと、鎧蟷螂が進行してきた方角を見た。
凝視すれば、遠くに先ほどよりも広い範囲、さらには先ほどよりも大きな土煙りを上げてこの街に近づく黒い塊の大群があった。
そう、戦いはまだ序の口であったのだ。
敵はたったの200体などではなかったのだ。
それに気が付かされたとき、気が付いたものから順に、そう、あの狂戦士の如き冒険者たちでさえも青ざめていたのだ。
天を仰げば禍々しい暗雲が広がっている。
あぁ。やっぱり、こうなるのか・・・。




