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奇遇ですね、僕も骨折れちゃったみたいですよ?


偶然にも伝説の剣『タージャボルグ』と思われる武器を手に入れた僕。

名前は、アラハ。32歳の独身。


長年レベル2の冒険者やってるけど、いやーまさかこの歳で勇者に選ばれるとは思わなかったよね。



勇者を選定するという神は一体何を考えているんだろうか。


もう僕、おっさんですよ?

その上、レベル2の冒険者を何年も続けているほど、ステータスはかなり低めだ。


ステータスとかまともに見たことないけどさ。

おそらくその辺の若い冒険者にも負けてると思う。駆け出しには負けないだろうが・・・

とはいえ僕に伸び代はないと思うけど。



何年も冒険者を続けていれば、よほどのことがない限りはレベル3にも到達しているという認識が冒険者の中では一般的となっている。


まあ、そんな常識のような一般論があるのは、身の程に合わない依頼を受けて、文字通りの冒険の結果死んでしまうか、才能がないと言って凡人が減っていくから、冒険者として生き残っている強者がレベル3になっているだけなんだろうなと思うけど。


長年続けられるようならば普通は強い、というこの世界で大体の人が思っているであろう常識を真っ向から否定している僕のような人間が勇者になれるとは到底思えない・・・



なので、これが歴代の勇者が持ち歩いていたという伝説のアノ武器である可能性は、状況から言えばかなり低いんだけど・・・



通称貧乏ストリートと呼ばれるほどの薄汚い露店の集まりのとある一角に出ていた何の変哲もない店で、値切って銭貨10枚とかいう、下手したらパン屋で、貧乏な4人家族が朝食昼食分のパンを買うような値段である。


だいたいクズパンの詰め合わせ5人前くらいの価格だろうか。



もしかして僕はクズパンを買ったんだろうか?


いやそんなわけはないんだけどさ。


事実、手元には汚らしい錆付いた短剣が一振り存在しているわけで。


・・・ちなみに、鞘は割れ、中の鯖付いた刀身がその隙間から見えている。




ぱっと見ただけでも、これは伝説の『タージャボルグ』などではないだろうなという気持ちが湧いてくる。


でも、僕にしか光って見えなかったみたいだしなぁ。


幻覚?という可能性もゼロじゃないのが何とも言えないが・・・そういや。なんだかんだ最近疲れてるしな。とか誰に言うわけでもなく言い訳してみたり・・・それとも変なもの食ったっけ?


まあ、本物なら言い伝えられてるように伝説のスキル『真実遭遇』が発動していろんなことに巻き込まれるだろう。




・・・『タージャボルグ』は勇者を魔王との戦いへと導くため、ステップを踏ませるように勇者の能力やその装備を充実させるような機会を次々と与えるという。


その過程で悪と存在と幾度となく対峙することになるわけだが、神は乗り越えられる試練しか与えないといわれていて、目の前の悪に対処させることで、それさえも勇者の糧とさせるのだ。




子どもの頃は凄く興奮して、勧善懲悪のストーリーに対して目を輝かせて読んでいたものだが、大人になって考えてみたらさ・・・神が勇者という駒を盤上で活躍させるために悪という駒を作り出しているのではないかと思うようになってきたんだよな。


あとさ、高ステータスの武具やアクセサリを手に入れたりとかさ。

いやーすげえなって思うよ?


でもそんなのどこから湧いてくるのって話なんだよね。

ただでもらえるのかな?え?有料?俺、金そんな持ってないよ?


ただでもらえるならうれしいですが、いや、ただで高ステータス武具って逆に怪しいよね。なんか使ってたらレンタル料とか言って後でむしり取られたりする美人局のアイテム版みたいなこと有ったりしない?


・・・大人になると、世知辛い世界に揉まれて何事をも素直に楽しめなくなるんだよなぁ。



なんだかんだ言って、今の今まで垂れていた愚痴のような思考からもなんとなく察することができるかもしれないが・・・今やもう僕は勇者にはなりたくない。子どもではないんだ・・・体が大事なんです。



武器屋で発見した際に、あれ?もしかしてそれ、タージャボルグじゃないですか?ちょっと、え?まじですか?ちょっとちょっと、え?え?と、内心、心さえも鳥肌が立っていた状態で店主に話しかけた時、いや、どちらかというとこれを見つけた瞬間からずっと勇者なんて肩書よりも、その伝説的スキル【真実遭遇】が欲しくてたまらなかったと思う。



・・・勧善懲悪の勇者に夢見る子どもではいられなくなって、ある時から勇者への憧れは『お金』というカテゴリの意識へとシフトしていたんだと思う。


何しろ、高ステータスの武具イコール高額転売可能!



10代で家を追い出され、それからずっと1人で、今なおレベル2の冒険者の僕だ、適当に稼ぎ、鬼のように節約してきたからそれなりに手持ちはあるにはあるが・・・とは言っても、レベル3以上の冒険者指定の依頼が20~30回分にも満たないかも知れない程度だ。この町の冒険者の3割くらいがレベル3ということを考えると・・・まあそんな彼らにとっては年収の倍くらいはあるだろう。



まあ、誰にも言ってないし、万年ボロ共同住居に住んでる僕がそんな持ってるとは思わないだろう。


迷宮探索も基本的にレベル1冒険者の行ける範囲でしか活動していないから、誰も金を持っているとは思っていない、と思う。ばれたら、襲われそうだな・・・ちょっと身震いしてしまった。



・・・とりあえず、当面の目標は、高ステータス武具が運よく手に入ったらそれを転売して稼ぐか・・・ま、手に入ったら、それからお金どうするか考えよ。



あー高ステータス武具やアクセサリ手に入ったら僕の老後の生活も安泰だなぁ。

とか皮算用してみたり。



・・・冒険者なんてやってるけど、僕はそう簡単に死にたくない。


人間種の平均寿命と言われている50歳どころか、しぶとく80歳くらいまで、いやもっと、健康で生きたいのだ。



そんなわけで、僕は勇者にはなりたくない。もしこれが本当に『タージャボルグ』だとして、勇者になるとしても、僕は高ステータス武具を転売して冒険やめようと思う。


勇者なんてやってたら命がいくつあっても足りないからね・・・!



神が与える乗り越えられる試練とか言って何度も死にかけて立ち上がる勇者の物語は、子ども時分には興奮するものだったが、大人になってから考えてみれば、明らかに寿命が縮まっていることだろう・・・!と恐怖せずにはいられないのだ。


魔王を倒すまでに腕や足、目、耳など体の一部がなくなった勇者も数知れない。大体その後悲惨な末路を辿っているのもいただけない。



例え生きられたとしても、そんな身体の欠損状態で平和な世の中を生きるなんて、大変だとしか思えない。


それに、平和な世界で、寂しく過去の世界を思いふけることになりそうで、僕は嫌なのだ。それは、寂しいと思う。


過去の栄光を思い返して死んでいくのは、虚しいんじゃないかって思う。


まあ、今のまま人生終えても寂しいんだけどさ・・・なんにせよ。


でもまあ、同じ寂しい思いをするなら、まだ過去の栄光のがマシだなと思たったりもする。


例え勇者になったとしても、僕は危険回避には多少自信はある。


それが、見て見ぬ振りをすればよかったのにタージャボルグをわざわざ手に入れた理由でもある。



これが本物ならそのうち事件に巻き込まれてしまう可能性があるわけだが、逃げられるなら速攻で逃げようと思う。


うん。神よ、すまねっ!魔王とは戦いたくないですっ!高ステータス武具やアクセサリだけ希望します!いつまで経っても力が付かないので魔王とは戦わなくていいですよね!?


与えるなら、めちゃくちゃびっくりするほどイージーなやつを希望します。

と、テンションを上げながら道を歩いている時だった。



突然、僕の右肩に強めの衝撃が走った。



ぬぐはぁ!痛っ!?




妄想にふけって歩いていたせいか、通行人にぶつかってしまったらしい。



謝ろうとその人物を見上げると・・・


ん?み、見上げると?



・・・露出の多いガチムチした全身傷だらけの大男がギロリとした目で僕を睨んでいた。



「いてえなぁ、にいちゃんよお。あれぇ?おい、俺の肩の骨、折れちまったぞぉ?治療代として有り金全部寄越せよぉ。な、わかるだろ?」



僕の身長の2倍、横幅は3倍はありそうな大男はニタァと笑いながら指をポキポキならし始めた。



・・・うっわぁ。なにこの、絵に描いたような悪人!!


まあ、有り金、銭貨5枚しか持ってないし、これでいいなら渡してもいいか。



そう思って、謝りながら5枚の銭貨を見せてやると、大男は僕をぎろりと睨む。



「おい、にいちゃんよぉ。嘘はよくねえぜぇ?今どき町を手ぶらで歩くにしては少なすぎるだろぉ?ないってんだったら、力尽くで探してやるよ!」



にじり寄る大男!

下がる僕。



やめてぇ!こないでぇ!!むさくるしい!!!



ちょ、ちょっとちょっと!?

本当にスキル『真実遭遇』が発動してませんか?!


あぁ、しかもだ・・・貧乏ストリートならいざ知らず、普通の町の中の道端まで来てしまっている今、たしかに銭貨5枚しか持ってないような人間はそうそういない。

喧嘩売ってると思われた!!!くそ!!タイミングが悪い!!



いやそんなことよりもだ!ここで戦えとか言われても!

愛用しているロングソードは町中では邪魔なので現在家に置いてきたんだよな・・・


冒険者なら武器を置いて外を出歩くなと、他の冒険者から叱られそうだが、今はそんなこと言ってもしょうがない。ないものはないんだから!



手持ちはもともと持ってた短剣が一本と同じく短剣の『タージャボルグ』・・・だがこいつは戦力外だ。


これじゃこんな大男には対抗できる気がしないなぁ・・・安全マージンが全然取れないし、戦いたくないなぁ。


周囲をチラチラみると通行人が距離を持って通っていく。

まあ普通そうだよな、助けようだなんて誰も思わないさ・・・勇者だったら助けるんだろうけど、誰か助けて欲しいなぁ・・・


あぁ、もう・・・戦いたくないんだよなぁ・・・はあしょうがないか。


ぐちぐち頭の中で思いつつ、切り抜ける方法を考える。




・・・うーむ、じゃあこの方法がいいか。

さて、うまくいくか・・・うまくいかなかったら本気で逃げるしかない。うん。



僕は一か八かの勝負に出ることにした。



僕は手を自分の肩に当ててさすりつつ、急に辛そうに嘯く。



「い!!いたた!!お、お兄さん、奇遇ですね!!僕の肩も折れちゃったみたいです!!大変ですよ!知ってます?

この辺じゃ事故でもなんでも、同時に怪我した場合、体格の大きい方に罰を与えるっていう対人同時損害時体格差罰則ていう領律があってですね。

この前もこの領律を知らずに領主に噛み付いた詐欺師が両腕を切断される罰を食らったばかりですから、おとなしく従った方がいいと思いますよ。あー可哀そうに逃げてももう無駄ですよ、さっきから目撃者が多いので、町からももう出られません」



「な?!た、たい、たいじん?どう、え?!う、なんだそれ?!嘘だろ?!」


急に狼狽しだす大男。



もちろん嘘である。

今適当に作ったけど同時に怪我した時に体格の大きい方に罰を、とか理不尽通り越して謎だろう。



この辺りじゃ見ない人物だったからローカルルールなんですが知ってますか?みたいな感じで毅然とした態度で言ってやった。

だが、脳まで筋肉で出来てそうなこの大男のことである。



突然出てきた領律という言葉や脅したのに明らかに弱そうな奴が全く動じないことから逆に驚いてしまっているのだろう。

汗をダラダラ流しながら難しい顔をしている。


しめしめ。これなら行けそうだな。

あと一押しだ。



「お兄さんが怪我してないなら良かったんだけどなぁ、同時でさえなければなあ!

さぁさ、怪我もお互い早く治したいですよね?法律ギルドに行きましょうか、近くにありますし、あ。もしくはその辺りの方に呼んできてもらいましょう!

この辺りだとそこら中に法律ギルドがありますからね!この町じゃすぐにこういった案件は引っ張りだこなんですよ!法律ギルドが仲介料分捕るために犯罪犯させてることもあるくらいですからね!あ、そこのおやっさん!誰でもいいので法律系のギルドの方を呼んでください!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺は骨が折れたってのは気のせいだったみたいだ!」



「そうなんですか?!それならむしろ僕が治療費を払ってもらいますね、一応、対人時賠償請求権が発生してるので、法律ギルドでの裁判ではかなり裁判費用も込みで考えるのであなたに高額請求しなければならなくなりますが・・・示談で良いのでしたら、僕は旅の聖法師(せいほうし)と偶然知り合いですのでこのくらいの怪我ならニエルガ貨を5枚でいいですよ?

あいたたた、本格的痛くなってきたなぁ痛いなぁーこれは血管までブチキレてるかも、これは高くつきそうですよ!!!?」



「わ、悪かった!!!これで無かったことにしてくれ!!!!」



大男は大量の汗というかもはや汁といった感じのものを吹き出しながら僕にニエルガ貨を5枚握らせて早足に逃げていった。



相手が馬鹿過ぎたってのもあるだろうが、あまりにうまく行き過ぎな気がするな、と逆に不安になるよ。


ま!こういうこともあるわな!ということにしておくこう。



事故みたいなもんだったが、僕はもちろん無傷な上に臨時収入が手に入ったし、たまには美味いもんでも食べるかな。


周囲を見回すと引きつった顔で僕を見てくる人たちが数名。


あれ?周りの視線が痛いな、どうしたんだろ?

まぁ今更どう思われようがどうでもいいか。


僕は普段は行かない酒場に足を向けることにしたのだった。


誰にも聞こえないような小声で、僕はつぶやいた。



「助けてくれなかった上にドン引きかー・・・勇者なら、きっとこんな時助けてくれるよ」


もちろん誰の耳にもそれは届いていなかっただろう。

でも僕の声はもちろん僕の耳に響いた。


もしかしたら、僕は今もまだ、勇者に夢を見ているのかもしれない。

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