サイド:『魔の者に幸あらんことを』
・・・ああ、人々の闇が垣間見える。
遠くまでは見通せないが顔を近づければ商品や人の顔が見える・・・そんな薄暗さの中、強面の男や顔つきのキツい印象を受ける女、胡散臭い笑顔で客を迎え入れる者たちが犇めき合う場所。
ここはファルビル王国、王都【スターズ】に存在する唯一の闇市場。名はない。
ここの商品は普通の市場でも出回っている物もあるが、それは通常価格よりもかなり安い事が多い。物によっては高いものもあるが、高いのには高いで理由があることが多い。
相場よりもやたらと安いもの、その多くはおそらく曰く付き品、窃盗品などのせいで正規販売ができない場合であろうというのは想像が容易にできる。
闇市場とはよく言ったものです・・・
さらには普通出回らないような物も散見される。
たとえば、ドワーフやエルフが込めた妖精力により造られた、特殊な工芸品や服飾品などが挙げられるだろう。
これらはまず、創立以来敵対している彼の国々とは国交がないため普通は出回らないのだが、ここではたまに出品される。
表ではまず出回らない代表格だろう。
さらには、現在ではもう失われた古代の超高度な技術により作られた武具や戦具、神がこの世に出現させたとされる神を冠する戦具などもこの闇市では出回ることがある。いわゆる勇者の武器ですが、それに関してはまずここでもお目にかかることはないですがね・・・
この闇市場では偽物と思われる、かつ価値がないものは見つけ次第葬ることにしているが、それを咎めるものはいない。
それがここのルールですからね。
贋作、偽物でも、価値があるもので世の中に出回ることが問題とならない物に関しては許しますが、本物として売り出すなら厳重な注意をします。
本物、多くの人にとって価値のあるものを一目でも見るということを目的とする者もいるのだ、
まあ私もなんでも確認しているわけではないので、偽物、贋作もあるのでしょうが、競売では多くにとって価値なき物は出させません。
まあ、結局のところ、多くの者にとっては買う対象というより、どんな物か、またはどんな価格で落札されるのかなどが面白いため、見物にやってくる事の方が多かったりするので、この行為自体も客寄せに繋がっている。
また、競売場と市場は別になっている。競売場は特に裕福な者しか入れないという格差を生むことでより質の高い者が集まるようにしている。
この世界の人間は格差が好きですからね。
なお、見るだけで面白いのは特殊な物だけではない。
例えば奴隷。
そもそも人身売買は多くの国で禁じられている。
もちろんのこと、このファルビル王国でも禁じられているため、こんな場所でしか買えないわけだが、厄介なことに買ったところで人目につくようなことはさせられない。
よって、用途は極めて非人道的なものとなると言われている。
殺人鬼と揶揄される金持ちに拷問の末に殺されるとか、特殊な性癖を持つ者に性処理のために利用されるとか、噂話なら枚挙に暇がない。
そんな金持ちが欲しがるのは見目麗しいような女性の奴隷が一般的だ。
大男などは奴隷として買うより傭兵として雇っていた方が法律的にも、額面としてもその方が良いという理由もある。
まあ、虐め殺すにせよ、弄び倒すにせよ、見た目は良さは重要なのでしょうね。
そんな危険な金持ちにとっては奴隷たちは使い捨てのように大人数を必要とするため、需要と供給があるために比較的多く出回る。
誘拐されてきたのか、騙されて身売りさせられたのか、いろんな事情はあるのでしょうが・・・
本物である限り、私は介入はしません。
奴隷に堕ちたのであれば、理由も知らずに人生を投げ出されるのですから、世の中は酷です。
こんな世界で、私は、質の良い物に喜ぶ者、格差に悦ぶ者など・・・そういった様々なヨロコビの提供のためにここを開いている。
そんなことを許容する場を設けている私もまた、非道と言えましょう・・・
しかし、私は悪と言われても、これを止めることはないでしょう。
この生業を辞めるということは、私の死を意味すると言っても過言ではない・・・私が生きるために、他者を犠牲にすることはもはや必須なのですから・・・
・・・ふと、ある区画を見ると、人だかりができていた。
・・・金は持たないが想像するだけでも昂ぶる下賤な輩も多く存在する故に、奴隷の売買や競売が行われる際は人だかりができる。
この階は市場なので、下級市民の集まりだろう。
今回もそうでしょう。
市場の一角に下品な笑みを浮かべた人間たちが一点、薄暗い檻の中を注視していた。
私は身長が高いので、上から覗き見ることができた。
ほう。これは珍しい・・・今日は、亜人種ですか。
檻には鎖で両手両足を繋がれて、無理やり宙に吊られた者が1人・・・
特徴的なのが、人間にはないはずの長い2本の角を頭から生やしているということでしょう。
その、女性が首を垂れている。
角はさらに二股に分かれ、少し先端の方に行けば分かれた内の片方では再び二股に分かれていた。
なお、片方の角は途中から折れてしまっているが、現存する角を見る限りおそらくは、鹿の角だろう。
つまり目の前の者は鹿の亜人種。
それにしても、なぜだが視線が奪われる。
珍しいからでしょうか?
そもそも、亜人種が珍しいので競売にかけられてもおかしくはない。
おかしくはないが・・・
「状態がかなり悪いじゃないか、もったいない」
「全くです。ふひ、完全な状態で普通に販売されていたら僕が飼うところです、ふひ」
「私だって飼いたいさ。・・・だが、なんだあの角に、髪は。皮膚だってボロボロではないか」
髪は無造作に切られ、かなり短くなっていて、顔も殴られたのがパンパンに腫れている。
さらに鹿の皮膚があったであろうと想像される部位が焼けただれている。
鹿の皮膚が露出する部位を全て焼かれているのか・・・酷いですね。
顔も見えないため、普通であれば男かもしれないということも視野に入れるところだが、今回は誰1人そう思う者はいないだろう。
というのも、上半身は裸で、胸部に2つ小さいながらも主張する膨らみが露わになっているからだ。
ボロボロの布を部分的に纏い、体中が泥だらけ、いかにもみすぼらしい格好で、その上顔以外は見える範囲は全身のあちこちで爛れた状態。
しかし、こんな状態でも、さらにはまともに顔も見せていないのに人間の雄の性欲を煽るためにそこに居るのではないだろうかというほど、その者の性的な存在感はこの場の者たちにとって強烈と感じさせていることだろう。
私からしてみればなんとも思いませんが、何が私を引きつけるのでしょう・・・
「まあ、顔がどうなってるかはわからないが、少なくとも隠していればなかなか楽しめそうじゃないか?」
「それは僕も思っていましたよ、ふひ」
なんとも下品な会話ですね・・・
私は内心深いため息を吐きつつも、販売主の元へと足を進める。
特殊な種族などは競売にかけられることが多い。
なお、鹿の亜人種はこの辺りには住んでいない。
いくつか国を跨げば住んでいる場所があるという話も聞くが、一部を除き、現在一触即発とも言われている周辺国の国境を奴隷を連れて跨ぐのは容易ではないだろう。
この周辺国で奴隷が許可されている場所はないのだから。
どうやってここまで連れてきたのかはわからないが、少なくとも酷い待遇で連れてこられたのは明白だ。
「ドーランさん。これはこれは、本日は鹿の亜人種ですか・・・競売にはかけないのですね」
私は販売主であるドーランという男に話しかけた。
ガリガリの身体つきで、つり目。人相は良いとは言えない。
そんなドーランは私を確認すると貼り付けたような笑顔を私に向けてきた。
「あぁ、ラバリアさんか。本当は競売にかけたかったんだが、残念なことにこんな有様でな。仕方なく普通に販売しようということになったのさ」
ほう。これは嘘ですね。嘘の匂いがしています。
それに、こんな状態でも売れることは私はよく知っている。
そもそも、表向きには競売の受付を担当している私にそんな嘘が通じると思っているのでしょうか。
・・・あえて何も言わない方が良いでしょうね。
こういう商売は無駄に突いては藪蛇となることが多い。本物を扱っている以上何も言わないに越したことはない・・・が。
「そうですか、もう買い手は見つかりましたか?」
私はなぜかさらに突っ込んだ話をしていた。
「・・・いや?見ての通りたくさん買い手ならいるんだが、少し見せびらかしておこうと思ってな」
目をそらすドーラン。
心なしか、顔が引きつったような気がした。
・・・裏がある、と言ったところですね。
闇市場で裏も何もないというのは重々承知ではあるんですけどね。
まあ、どうにもできそうにありませんね。
あまり私は関わらないと決めています・・・
気になった理由がわからないのは残念ではありますが・・・
そんなことを思いながら、その場を後にしようと思った時だった。
「そ、その子、売ってくれ!」
必死の形相でドーランに話しかけた男がいた。
私は横目でその人物をちらと見た。
・・・この方は、見ない顔ですね。
ドーランはといえば、一瞬反応して男の顔を覗き込んだが、すぐにそっぽを向いて言い放った。
「ちっ。指くわえて見てな。この亜人種は庶民にゃ買えねぇよ」
「いくらなんだ?!」
「ニエルガ中貨200枚」
「中貨200枚?!」
亜人種の奴隷は珍しい、むしろ少し安いくらいですね。傷が酷いのでそのくらいでも全く問題はないかもしれないですが・・・
「私が聞いた時よりさらに上がっている」
「ふひっ、僕が聞いた時よりも倍以上高いな」
どうやらドーランは徐々に金額を吊り上げているらしい。
自分の商品がいかに高く売れるかは手腕に掛かっているため、金額の吊り上げもいけないことではない。
しかし・・・まるで端っから売る気がないようにも感じられる。
しかし、商人としての貪欲さを、この男からは感じられないのだ。
・・・面白くない男ですねぇ。
私はそういうのはあまり好きません。
「金を持ってきたら考えてやってもいいんだぜ?早く持ってこいよ、金がないならさっさと消えな!!」
「そんな金なんて・・・いや、なんとか、なんとか集めるから!」
「・・・ふん、俺の気が変わらないうちに持ってくるんだな、さっさと消えろ」
食いついていた男が飛ぶように居なくなると、ドーランは立ち上がり、背後の檻の番をしていた男の元まで行くと下卑た笑いを浮かべて耳打ちする。
誰にも聞こえないと思っているだろうが、残念ながら私には聞こえていた。
地獄耳なのでね。
「今の男、それっぽいんじゃないか?万が一金持ってきたら黒だろ。金も頂いてもいいか?」
「主は裏切り者さえ始末できればそれでいいとのことだ。だが、あの男が裏切り者かはわからない」
「大金ふっかけてんだ、いくらなんでも庶民じゃ手を出してこないだろ。なんのために競売みたいに金持ちが寄ってくる場を外したと思ってるんだ?」
「あの男が雇われて買いに来ただけの可能性もある」
「・・・ちっ!もしも金を持ってきたらこの鹿女を渡して泳がせるってのか?」
「金はやる。女は別のを探せ」
「・・・へいへい、御方様様、万歳としか言えねぇな、おい」
その言葉を檻の番に吐き付けてからドーランは再び元の位置まで戻った。
なるほど、あの亜人種は特定人物を誘き出すためのオトリでしたか。
道理で競売じゃないわけですね。
競売が行われるのは月に4回。
その時には貴族など金持ちが訪れるが、それ以外の闇市場は下級市民が多い。
というかほぼ下級市民ですね。
下級といってもここに入れる時点で大半が中流階級ですが、わざと狙っていたのですね。
さて、どうしたものでしょう。
こういうことはよくある、といえばよくあることなので、いつもの如く無視を決め込んでしまってもいいのですが・・・
なぜだが、彼女は生きていてもらった方がいいような、そんな気がします。
その方がきっと、面白い。
私の直感は割と良い方向に向かうことが多いんですよね。
かと言って、私に何かできるようなアイデアは思い浮かびませんね。
困りましたね・・・
そう思っていると、見覚えのある人物がドーランの元に歩いてきた。
歩いてきた。それも千鳥足で、だ。
「おぉいい、そこのねーちゃんボインがパイオツじゃないか!」
酔っ払いはドーランに絡み始めた。
「ちっ。なんだてめぇ。酔っ払いが。絡んでくんな!消えろ!」
あぁ。彼・・・よく見かけますね。
特に何か買うでもなく、売り物を見て歩き、何を思っているのかわからない人でした。
ただ、彼からは面白い匂いがしたので、よく印象に残っています。
どうやら酔っ払ってドーランに絡んでいるようですが、おかしいですね・・・
「きょぬーがいる場所にこの僕あり!!さぁ!触らせろ!」
「は?巨乳ではねぇだろ。節穴か?」
「僕が巨乳と言ったら巨乳で良いではないかぁ!揉みしだく!!今ここで!!!」
「おいおい!自制心ねぇのかよ!!くそ、酔っ払い!誰か!こいつを止めろ!」
「そうはいかねぇ・・・邪魔するなら容赦しねぇんだなぁこれが」
その言葉を皮切りにとても酔っているとは思えない速度で、男は素早く拳をドーランの鳩尾に打ち付け、次いで首には肘を打ち付けた。
ドーランは突然の連続攻撃に意識を飛ばしてしまったらしく、男にもたれかかり、その直後ゆっくりとその場に崩れた。
ほお。ずいぶんと技術があるが、年の割に腕力が少ないように見えますね。
檻の番をしていた男が彼に近づきつつ懐の短剣を引き抜く。
「酔っ払いが」
「なにぃ?酔っ払いだぁ?!喧嘩売ってんのか?!」
「全く。ままならないものだ。裏切り者を探ろうとしたというのに、全く関係のない男が釣れてしまったと見える」
「んん?僕のこと、知ってるのかぁ?」
「あぁ。【メルの町】に居るだろ?冒険者の隅にも置けない【ろくでなし】て言われてるのを聞いた」
あぁ。なるほど。彼が通称【ろくでなし】でしたか。
どんな人物かと思っていましたが、彼がそうでしたか、動きを見る限り、とてもただの有象無象ではないのですがね。
・・・なるほど、彼、面白いですねぇ。
私は自身の頬が少し緩むのを感じた。
これはこれは、なかなか・・・長生きはしてみるものです。
頬をさすりながらめったに感じたことのない感覚を噛みしめた。
「喧嘩売ってんな?!」
【ろくでなし】と呼ばれた男が声を荒げる。
だけど、それほど心がこもってない・・・これは演技、ですね。
「だとしたらどうなんだ」
【ろくでなし】と呼ばれた男はロングソードを抜く。
こんな薄暗く物が多いような場所ではロングソードは使いにくいだろう。
一度、私も彼のことを噂で聞いたことがあった。
王都近くにある比較的新しい町。そこに居ついたという男。
なんでも、冒険者らしくないと言われていますが・・・まあ、私からしてみればそんな『冒険者らしさ』なんてものはどうでもいいとは思いますけどね。
そんか彼は関係ないとばかりに檻の番をしていた男に突撃する。
横薙ぎではなく、フェンシングの要領で刺突をを繰り返す。
檻の番は、短剣では太刀打ちもできず、後ろに下がるだけだ。
「なかなか。意外とできるな。【ろくでなし】という割には・・・。隙がない。なかなかできるじゃないか」
「褒めても何もでないんだからな?」
「ふ。隙はできるだろう、こんな風に」
その言葉と同時に男はロングソードを弾いて、それまでの速度が嘘のように【ろくでなし】と呼ばれた彼の腹に短剣を突き立てた。
男もそれなりに腕が立つようだ、が・・・
「ぐっ!!掛かったな、お返しだ!」
「な、なに?!」
ロングソードの男は腹に刺さった短剣を物ともせずに剣の柄で男の後頭部を何度か殴りつけて、失神させた。
短剣は腹に刺さったまま微塵も動かない。血も出てないし、痛がる様子もない。
どうやら、木の板か何かを腹に入れていたようだ。
隙を見せたと思わせて、お腹に誘導したんですか。
彼、なかなかやりますね・・・【ろくでなし】と呼ばれるような人物ではないと思いますが・・・なぜそんなふうに呼ばれてるんだか
「ボインのチャンネー、僕がいただくぜぇ。さっきの話聞いてたぜえ?200ニエルガ貨でいいんだろ・・・? 大金叩くんだ!!!ありがたく頂くぜぇえ!!」
どうやら彼は貨幣を勘違いしているらしい。
ニエルガ貨ではなく、ニエルガ中貨だ。
文字通り桁違いである。
しかし、この界隈では端金くらいの感覚になるであろう200枚のニエルガ貨にあそこまで執着的な念を放てるとは、気に入りました。
200枚のニエルガ貨をドーランに向けて投げるとロングソードで檻の鍵を破壊し、鹿の亜人種を縛っている鎖も断ち、お姫様抱っこをして颯爽と立ち去る。
なかなかの太刀筋、その辺のゴロツキでは彼には勝てないでしょうなのになぜ、【ろくでなし】など
「これで僕も童貞からの卒業だぁぁあ」
何・・・最後は全くもって台無しですね。
一見すると、タチの悪い酔っ払いが事件を起こした感じに見える。
誰もあの酔っ払いには近づいて行こうとはしない。
しかし、私は気がついてますよ。
彼からはアルコールの臭気がしてないということにね。
もちろん、覚醒剤や麻薬などの悪薬でおかしくなっているというわけでもないようだ。
亜人をお姫様抱っこで、闇市の外へと走る。
その足取りは決して酔っているようには見えなかった。
途中、ドーランさんたちの仲間と思われる人が彼に近づくそぶりがあったが、うまく人混みを利用して隠れたり、死角となる隅に入って撒いたり、結局、彼は無傷で入り口まで逃げ遂せていた。
彼、闇市のことをよく理解してますね。
今の動きはこの闇市から外へと逃げる時の最適解と言っても差し支えないルートと身のこなし方であった。
とはいえ、私は巻くことはできなかったみたいですが・・・
彼の後を追って行くと闇市場の外に出ていた。
そこにいたのは、先ほどドーランに吹っかけられてもなおお金をかき集めると宣言していた男だ。
ほお。ここでさっきの方に繋がりますか・・・
「ユーリア!!ぁあ!本当に連れてきてくれたんですね?!」
さっきの方は鹿の亜人と知り合いのようだ。
【ろくでなし】と呼ばれた男は即座に息切れを隠しながらも応える。
「馬鹿やろう。奪ってきたんだよ。俺はこの後タコ殴りにされるからな、さっさと金くれ、でもってすぐこの王都から逃げな」
「ありがとうございます・・・恩に、恩に着ます、本当に、本当に・・・!」
そう言うと男涙ぐみながら【ろくでなし】にニエルガ中貨を1枚手渡し、鹿の亜人種を受け取ると、すぐに踵を返して逃走しようとする。
ほう。これは、お金のためにやったわけでしょうか?
さっきの差額分と考える儲けてはいますが・・・いや、それにしてはあまりお金で欲望が満たされてないですね・・・不思議な感じです。
私にはその人の心の満たされ具合を感じ取ることができる。
だからこそ、闇市なんてやっている・・・闇市での欲望の満ち方はかなり歪で、なかなかゾクゾクするものですからねえ。
しかし、彼からはまだ欲望の満ちを感じない。
まだ何かあるのでしょうか。
「ちょっと待った!」
ロングソードの男が鹿の亜人を連れて行こうとする男に待ったをかける。
「な、なにか?!」
「一発。僕を殴って行け。じゃないと締まりが悪いからな」
・・・何のために?
「何故ですか?!」
男も理解に苦しむと言った表情で迎え撃つ。
私もわからない。
どういうことだ?
「いいから!やれ!」
【ろくでなし】の勢いに負けた男が軽く彼の頬を殴りつける。
【ろくでなし】は、くぁっ!と目を見開いてが口を開く。
「弱いな!これじゃいきなり、掻っ攫われたなんて嘘が通じないだろ!早く強く!」
「な、るほど、そういうことですか!わかりました、恩人を殴るなんて気があまり乗りませんが、仕方ないですね・・・」
男は彼の顔を殴った。
「弱い!」「はい!」「まだ!」「はいい!」「いぃい」「はい!」「いぇぇてぇぇえ」「はい!」「も、もう」「はい!」「もういい!」「はい!」「いや!だからもういいって!」「はい!」「やめてぇぇえ!」「はい!!」
そんなやりとりの末、彼の顔はいたるところあざだらけになっている。
「だから、も、もういいぞ!おい!え?ちょっとちょっと!やめろ!やめろって!痛いってもうやめてっ!」
「あ、す、すみません!夢中になって!じゃあもう行きますね?!」
「危ない性癖でもあんのかよ!?・・・あぁ行け!王都からなるべく離れろ」
その言葉を聞くと男は鹿の亜人種を抱えて走っていった。
途中止まって、深くお辞儀をしていた。
なんと不思議なものを見せられたことでしょうか・・・
残されたのは、あざだらけで壁にもたれかかる彼だけだ。
そんな彼がひとりごちる。
「あぁ、いてぇ。・・・はぁ・・・」
何を彼は考えていたのでしょう。
気になります・・・
「亜人ちゃんの胸、柔らかかったなぁ。代償は大き過ぎるな、ははは」
なるほど・・・そういう欲求でしたか。
そのために行うにしては些かことを荒立て過ぎている気がしますが。
行動の源泉としては間違えてはいない。
「なんか、あの子には生きてきて欲しかったんだよな・・・勝ち筋はこれで良いと思ったのに・・・」
・・・いや、違ったようだ。それだけではない。
彼はなんらかの『直感』を信じて行動していたのだろう。
それに、なるほどなるほど・・・彼も私と同じように、彼女に生きていて欲しいと思った者ですか・・・
彼は理由が明確でなくともこれほどまでの行動を起こせる人間なのですね、とても面白い。面白い!
彼が死ぬのはもったいない。
闇市場のルールに従うならば、暴動を起こした彼を抹殺しなければならない。
いや、私が手を下さずとも、ドーランさん達に殺される事でしょう。
・・・ここは私が一肌脱ぎましょうか。
あなたを生かしておいた方が、この世界が面白くなる気がします。
正義を語る気はありませんが、面白さこそ、大義です。
ブツブツ呟く彼に近寄り話しかける。
もちろん、消していた気配を解放して、だ。
「見ていましたよ」
「げっ!?ラバリアさん!ど、どこから?!・・・い、いやぁ、酔った勢いでなんかやらかしたかもしれません!酒癖が悪くて、あはは」
あくまで酔っ払っていたということにしたいようですね。
その手段も、たしかに悪くはないです。
「・・・えぇ、そのようですね。今回に限り全てを見逃しましょう。ただし、あなたはもう二度と闇市場には出入り禁止です。それでドーランさん達にも納得していただくとします」
彼はぽかーんとした顔をしていたが、すぐさま口を動かした。
「出入り禁止・・・だが、あいつらがそれで収まってくれるとは」
そこまでわかっていたのに、なんでこの方はこんな勝負に出たのでしょうね。
本当に面白い。
「私の名を持って黙らせますよ。あなたはあの2人を殺そうと思えばできたのにしなかった。その意味も、私はわかっているつもりです」
「いや、それは闇市場で殺しはご法度だから」
「そもそも暴行が禁止ですがね。しかし、貴方の意図も私は汲んでいるつもりです。この街の闇市場の主ラバリア・クラーケンの名を持って、あなたを追放します。今回の件は全て、恨みっこなし、ということにさせますよ」
彼は人殺しが嫌いなのでしょうね。
善人たるオーラが、損な役回りのオーラが出ているから、なんとなくそんな気がします。
オーラと言っても、実際に見えるわけではないが、雰囲気というやつです。
「ラバリアさん・・・どうも、ありがとう」
彼はそう言うとすぐにその場から立ち上がり、先程の男のように深くお辞儀をして、ゆっくりとその場を後にし出した。
彼の姿が見えなくなるまで後ろ姿を見ていましたが、ついぞ、振り向くことはなかった。
・・・もう会うことはないのかもしれませんね。
クラーケン家にとって、殺生とはつまらぬこと。殺して面白くなることはないからだ。
だが、恨みや嫉みは覚えている限り、人を蝕み、自己を、他者を殺すことになる。
それはつまらぬこと。
さて、恨み辛みは全て、水泡の如く消えてなくしましょうか。
・・・まだ彼ら以外は外に出ていませんし。
入り口から中に向かって独り言のように私は呟く。
「ラバリア・クラーケンの名において命じる。本日、【ろくでなし】と呼ばれる彼は来ていない。本日の騒動は全て彼の闇市場登録カードで侵入した見知らぬ者の犯行です。カードを奪われた彼は追放とします。カードは盗まれないよう、気をつけてください。以上」
一瞬フロア内が静かになる。
が。すぐに元の活気を取り戻した。
これで大丈夫でしょう。
今日のことは誰も覚えていない。
ふと、足元に付着していた血の跡に気がついた。
先程の怪我らしい怪我をしていたのは亜人の彼女だけだったはず。
「・・・ほぉ。そうでしたか」
全てが終わった今。
なぜ興味が湧いたのか・・・その一因を知ることになった。
・・・血液からわずかに魔素を感じる。
「道理で、私が興味を引かれたわけだ」
鹿の亜人はどうやら魔素を持っていたようだ。
すなわち、魔族の血が混じっているのだろう。
はたまた魔人との混血かはわからないが、私と同じ、『魔の者』であったらしい。
どこかで幸せに暮らしてくれることを願おう。
「『魔の者』に幸福あらんことを」
そんな独り言を呟きながら、私は欲に塗れた闇市場の中へと再び戻っていく。
あぁ・・・また、今日のように面白いことが有れば、とてもありがたいことです。
ふと思い出して、頬が緩むのを感じた。
緩んだ頬を摩りながら、階段を降りていく・・・




