遠征軍の帰還
第1話最後の部分ちょっと付け足しました。昨日ご覧になった方は、ご覧になってくださいよろしくお願いいたします。
林に着くとそこには、趙雲と滄海が控えていた。劉禅は颯爽と馬を降りると、
「趙雲将軍、この度の遠征、大変ご苦労であった。怪我は無いか?」
「陛下の御威光で眩しいのか、臣には、矢も病気も避けて行きます」
「はははっ、大将軍には、矢どころか病も避けて通るか」
劉禅はひとしきり笑うと
「大将軍、いつまでも朕の側にいてくれ。そのためには、身体を大切に労わってくれよ。この度はご苦労であった。褒美は後日届けるであろう」
と優しく諭した。
「はっ、ありがたき幸せ」
「して、隣の者は?」
劉禅は隣に控えている滄海を指差した。
「はい、この者は滄海というもので私の弟子でございます。」
「ほう、大将軍の弟子」
「南蛮で孟獲に仕えていましたが、私に武芸を習いたいと自らやってきた男にございます」
「捕らわれたわけではなく?」
「そうでございます」
趙兄弟は、顔を見合わせた。彼の父は、弟子は絶対にとらないと日ごろ言っていたのである。その父の心を変えた滄海という男、よほどの才能を持ち合わせているのだろう。
「そうか。ならば、朕の護衛として用いたいと思うが・・・。実はな、朕も父上のように、両翼に豪傑を揃えてみたいのじゃ。関羽叔父や張飛叔父のような。どうじゃ?」
「恐れながら、関・張将軍のような豪傑は、そうそう現れるものではございません。ましてや滄海ごときでは、まだまだ未熟な者にございます。私の元で鍛えて、一人前になったその時には、陛下のお側に置いていただければと思います。どうかしばらくお待ちください」
劉禅は、すこしつまらなそうな顔をしたが、
「そうか。ならばその時を楽しみに待っておろう。滄海よ。よくよく励め」
滄海は、地面に額を擦り付けるように頭を下げた。
そんな会話を続けていると、やがて諸葛亮孔明の四輪車が現れた。
「相父、会いたかったぞ。お元気であったか」
劉禅は、四輪車に駆け寄って、急いで四輪車から降りようとする孔明の腕を取り、
「椅子だ。早く椅子を用意せよ」と大声で命じた。
趙兄弟が慌てて椅子を2つ用意する。
「相父、挨拶などはせずともよい。お体に障る。はよ、椅子に腰を下ろされよ」
しかし、孔明は、恐れ多いというとしっかりと拝跪の礼をしてから「いただきます。」と感謝の言葉を述べて、椅子に腰を下ろした。その間も、劉禅は気が気ではない。孔明はもうすぐ50歳になろうとしている。この国の宝に何かあれば、国の滅亡にかかわると彼は思っていた。体を落ち着けると劉禅は興奮して話し始めた。
「この度の、相父の戦果、誠に偉大である。朕は、心から感じ入った。凄いとは思っていたが、これほどとは・・・、凄い、いや~凄い・・・」思いが強すぎて、言葉が出てこない。それは若者らしい感情のあふれ方である。そんな劉禅を、微笑ましく見ていた孔明は、
「この度の戦勝は、陛下の御威光の賜物、また、勇敢なる陛下の勇将の働きによるもの、臣は何もいたしてはおりません」と頭を一つ下げた。
「謙遜である。蛮王を七度捕らえ、これを放つこと七度、さすがの蛮王も恥じ入り、涙を流して帰順を誓ったというではないか。兵は、心を攻めて上という言葉があるのは朕も知っておるが、よくぞここまで辛抱できるものじゃ」
孔明は、白羽扇を顔の前に翳し
「この度の戦は、蛮王の心を屈服させる戦いでした。そのために心を折っていく作業が必要でございましたが、折っても折っても蛮王は立ち向かってきたので、七度という回数が掛かってしまいました。もう少し上手くやれば、陛下の大切な将兵を失うことなく、屈服させえたことは、臣の不肖といたすところ、どうかご容赦願います」
そういうと孔明は深々と頭を下げるのである。この上品な謙虚さが、劉禅は堪らなく好きだった。劉禅は、急いで椅子から立ち上がると、孔明の肩に手を置き、
「そうではない。相父ではなくて他の誰が蛮王を屈服しえたであろう。もし、朕が向かっていたら、蛮王の首を下げてここに戻り、戻った頃には、蛮地はまたもや反乱を起こしていたであろう。偉大な功績である。褒美は後で届けるであろう」
そのようなことを話していると、冷たい風が吹くようになってきた。
「お、これはいけない。寒くなってきた。城に戻ろう。城では戦勝祝いの宴を予定しておる。相父も是非いらして欲しい。」
孔明は、「必ずや伺います」と深々と頭を下げた。
「趙統、趙広は大将軍とともに騎馬で随行せよ。朕は、相父と輿で帰る。久々の親子水入らず、十分に満喫せよ」
「はっ、ありがとうございます」
趙親子は並んで馬にゆられた。やがて、趙統が
「父上、先程の滄海の状態、確か奥と伺ったかと思いますが、あれは何でございますか?」
趙雲は、腕を組み考えていたが、
「何であるか?と聞かれればわしも答えることはできぬ。ただ、ある条件を整えると感覚が研ぎ澄まされ、相手の動きがゆっくり見えるような状態になる。それを奥と呼んでいた。」
今度は、趙広が
「父上は、奥になったことはございますか」
趙雲は、遠い眼をして
「うん、長坂橋で陛下をお救いした際には、奥になっていたらしい。何せ、助けに来た張飛にも打ちかかっていったらしいからのう」
「そのときのこと、覚えてはいないのですか?」
「そこが奥の不思議なところで、入っていたことは良く覚えていない。その時も気付いたときには、張飛が「「殺されるかと思ってひやひやしたぜ」」と言い笑っておった。いや、張飛と関羽は自分で奥に入ることができる。奥に入った二人の稽古を見せてもらったことがあるが、それは恐ろしいものじゃった」
「父上が恐ろしいと感じたのですか?」
二人には信じられない。彼らにとって、父は武神のような強さを持っていると思っている。その父が、恐怖を感じるほどの強さとは?彼らには想像もできなかった。
「後もう一人、呂布だ。ただし、あれは奥ではないような気がする」
「武神と恐れられた人ですね」
趙雲は頷いた。
「もう30年以上も前になるか。あの男の戦いは忘れられん。あれは、人を殺すために生まれてきたような男だ。普通、どんな人間でも戦場で人を殺すことに多少の感情のゆれが生じるものじゃ。しかし、呂布にはそれがない。呼吸をするように人を殺す。そこには何の感情もない。殺戮を繰り返す人形、そのように感じる。あれは奥ではないと感じるが、あるいは奥であったかもしれん」
「奥に入るための条件とは何でございましょう」
「それはわしにも分からぬ。張飛も関羽もわからないと言っておった。また、入れるときと入れないときがあるともいっておったな。まあ、入るために才能が関係しているとは思うのじゃが・・・、だから今日、滄海が奥に入っていたことには驚いた」
趙雲は楽しそうに笑った。
次回は、宴です。話が思わぬ方向に行き、あの趙雲子龍が・・・。乞うご期待!