8話-擬人-
一向に変わらない景観の中、三人は歩き続けていた。
研究所を抜け出してから迎えた三度目の日の出。
足場の悪い獣道。薄暗い森の中を彷徨う。
「水ぅ~…。」
「腹減った~。食うもん無いんかラースぅ~。」
空腹の二人が駄々を捏ねる。
先頭のラースは、お構いなしに奥へと突き進む。
初日、旅用の道具を全て人間に奪われていた三人は、この森に迷い込んだ。
幸いにも、森の木々には食べられそうな果実や木の実が自生していた。
食料調達をして飢えをしのぎ、順調な旅の幕開けだった…はずなのだが。
食い意地の張った二人の争いは絶えず、あまりの騒がしさに堪忍袋の緒が切れたラースが食料を没収。
全てたいらげてしまった。
「一番食い意地が張っとたのはラースやな!」
ルゥーは笑顔で言い放つと、ラースは振り返って近づいてきた。
二人が取っ組み合い、ワーギャーと騒いでいる最中、近くの茂みが揺れた。
ランは耳をピンと立てて音の方向を探り、慌てて二人の仲介に入った。
「ふたりとも!何かいるよ!」
二人の服を引っ張って茂みを指さした。
ラースはルゥーから離れ、ランをかばいながら体制を整える。
ルゥーが指さされた方向に銃口を向ける。
「フォッフォッ。後ろじゃよ。」
突然、背後から男の声が。
三人は思わず飛び上がり、地面に腰を付く。
現れたのは、ラースの背丈の半分ほどの小柄な老人だ。
白い髭を伸ばし、眉毛も目を覆うほどに長く、頭髪は無い。
独特な刺繍の民族衣装を身に纏っている。
「軍人が尻尾を巻きおって。ほれ。」
木の杖をつきながらラースに近づき、手を差し伸べた。
老人の耳は茶色い毛に覆われている。彼もHA生命体のようだ。
ルゥーも老人の丸まった長い尻尾を見て、銃を降ろした。
「見慣れない方々ですなぁ。」
「天使探しの最中、道に迷ってしまって。」
天使という言葉に、老人の耳が微かに動く。
「そうじゃ、ここで立ち話も危険じゃ。村に案内しましょう。」
「こんな場所にHA生命体の村が!?」
「擬人と呼びなされ、狐の方。」
老人の声は低くなり、持っていた杖の先をルゥーの顔に向ける。
ルゥーは一歩後退し、すんません。っと謝った。
HA生命体は自らを擬人と呼び合う。
特に、人間が主権を握るこの地域に住む擬人たちは『HA生命体』という名を非常に嫌う。
<<グゥ~~~…>>
「お腹空いたぁ…。」
ラースにしがみついていたランの腹が鳴る。
白衣姿のランを見た老人は長い髭を撫でながらほほ笑んだ。
「フォッフォッフォッ!食べ物もたらふくあるぞ。ついて着なされ。」
老人に連れられしばらく歩くと、木製の門が姿を現した。
柵は森に溶け込むような形状をしていて、遠くからは発見できないだろう。
老人が門を杖でつつく。
すると中から老人と同じ民族衣装の、ガタイの良い男が二人で門を開けた。
「ようこそユサフ村へ。」
門を潜ると、中は集落になっていた。
茅葺屋根の木造住宅がぽつぽつと並び、畑には新鮮な野菜が栽培されている。
一見のどかな田園風景。
しかし、村を囲う柵の一部は破壊された痕跡が見られる。
この地域に潜入し、始めて見る擬人の居住地。
あまりに不自然な光景に、ラースは少し警戒心を抱いた。