7話-旅-
白衣の男が中に入り、部屋の電気を付ける。
とっさに物影に隠れたラースには気づいていないようだ。
男はそのまま機械の前の椅子に腰かけると、コンピュータで作業を始めた。
男が座る目の前の機械の後ろで、息を潜める。
しばらく作業を続けていると、ようやく男が立ち上がった。
「よし、完成だ。」
男はそう言って大きな装置に繋がれたコードを全て引き抜き、最後のスイッチを押す。
<<コポッゴボボッ!>>
中の液体が音を立てて抜け出し、ガラス張りの壁が装置の中へ収納された。
装置の中央で横たわる少女に手を伸ばした瞬間。
「グッドタイミング。だったな。」
「ぐふっ!!ぅっ…。」
背後から両手で大きく振り上げた椅子を、男の頭部目掛けて思い切り叩きつけた。
男の頭部が陥没し、そのまま倒れた。地面に血が広がる。
「ラン!ラン…!」
何度も呼びかけるが、応答は無い。
とにかく、ここにずっと居座るのは危険だ。
死んだ男から白衣を奪い、裸のランに着せて背負う。
再び空気孔の中を進み、先を急ぐ。
眩い光を放つ大きな柵。外だ。
柵を勢いよく蹴り飛ばし、外へ出る。
目の前には大きな塀。そして、外側からローブが垂れ下がっている。
急いで塀を越える。
「遅かったな!心配したで!」
茂みの中から、銃を携えたルゥーが手招きする。
外を見張っていた人間軍を倒したようだ。
茂みの中に駆け込み、研究所を立ち去る。
森の奥深くを、走り続ける。
「かはっ…!けほっけほっ!」
ラースに背負われたままぐったりしていたランが、ついに動いた。
口から液体を吐き出し、咳き込む。
「ラン!よかった…!」
ラースたちは巨木の近くで足をとめ、ランを座らせた。
「大丈夫か?まだ慣れないかもしれないが…。」
「この子が助けたいって言うてた子かぁ。可愛ええ子やなぁ。」
二人が語り掛ける中、まだ状況が把握できていないランの表情は困惑している。
無理もない。恐怖の体験をした直後、目覚めた途端にラースと見知らぬ男が目の前に立っているのだ。
あ、う…。言葉もうまく出せない。身体の様子がいつもと違う。
自分の身体に繋がっている手や足を見ると、錯乱した。
「う、うっ!!ぅぁああぁ…!!」
「落ち着いて、ラン!大丈夫、怖くない。落ち着いて…。」
ラースはランの肩を抑え、必死になだめながら、頭を撫でる。
しばらくして落ち着きを取り戻すと、ラースはHA生命体となった事実を伝えた。
ランはうつむき、涙を流した。
「ラン。俺と旅をしないか?」
ランはラースを見つめ、首を傾げる。
「天使探しの旅さ。」
"世界は光によって生まれ闇によって滅ぶ"
"光は唯一を照らす"
"光は人間など認めない"
天使。
人間が文明を築く遥か昔から、全生命の間で語り継がれてきた伝承。
光はこの世界を創り出した神を意味し、闇はそれを滅ぼす死の神を意味する。
光は唯一を照らす、これは神の使い、天使を意味する。
そして、天使は願い事を叶える力を持っている。と言われている。
「不思議な力と、人間否認。天使は俺らと同じHA生命体じゃないか、と言われとるんや。」
身寄りも無く、このままではまた人間に捕まるだろう。
ランはまだ慣れない身体で立ち上がり、決心した。
ラースとランが握手を交わす。
「…だぁれ?」
不慣れに言葉を発してルゥーを指さすラン。
「ジェン・ルゥセン。ルゥーでええで。」
自己紹介すると、元気よくルゥー!と呼び、笑顔を見せた。橙色の瞳が輝く。
緊張感からようやく解放されたランの本来の性格が表れた。
白い頭髪の前髪の間から、毛がぴょんと逆立つ。
活気のある明るい女の子だ。
三人旅が始まった。