5話-脱出作戦Ⅱ-
静かに息を吐くと、ルゥーは目を見開いた。
真っ赤な瞳。瞳孔は二つの勾玉を向き合わせた形状をしている。
まだ寝息を立てている見張り人を見つめながら、手で合図を送った。
「お兄さ~ん!」
少し鼻にかかったような甲高い声。
普段の冷静でクールな口調とは似ても似つかない甘え声。
ラースらしくない、女の子のような声で叫ぶ。
「お・に・い・さぁ~~ん!」
「んん~…。何だ煩い…。」
もう一度大きな声で呼ぶと、ようやく見張り人が目を覚ました。
手を大きく上げて背伸びをしてから、二人の居る檻へ向かって歩く。
真っ黒の軍服を着た大柄の人間軍の男が、檻の前で立ち止まった。
肩からはアサルトライフルをぶら下げている。
一瞬、男とルゥーの目線が合った。
「わ、私…。ここから、出たいなぁ~?」
「うわぁ…。」
地べたに座り込み、上目遣いで男に媚びるラース。
あまりの気持ち悪さに思わずルゥーが呟く。
男は黙ってラースを見つめている。
失敗したのか?二人の表情が引きつり始めた。
<<ガチャガチャ>>
ついに動きだした男が、腰につけていた鍵でラースの檻の扉を開けた。
「ほら、大丈夫だよお嬢ちゃん。怖くないからねぇ~。」
中年の男の顔が、優しくほほ笑む。
まるで、小さな人間の女の子へ語り掛けるかように。
作戦成功。
ラースは檻から出るなり、男の腹部を殴って背後へ回り、首を捻った。
男は声を出す間も無く床に倒れた。
不可解な行動をとったこの人間軍の目には、確かにラースの姿が人間の女児に見えていた。
正しくは、脳内に映し出された虚像。
この不思議な現象を引き起こした原因は、ルゥーの瞳にある。
ルゥーこと、本名ジェン・ルゥセン。狐のHA生命体。
瞳孔に印された二つの勾玉に隠された力。
人知を超えた不思議な力を引き出す。
彼はこの妖力の目を使い幻覚を見せる事で、マインドコントロール(精神操作)を行うことができる。
だが、術者自身への反動も大きく、体力が著しく奪われる。
ルゥーは突如襲い来るめまいと吐き気に思わず咳き込むと、すぐに目を閉じ、呼吸を整える。
「大丈夫か?」
「はぁ、はぁ…。久しぶりに使ったからやなぁ…。」
ルゥーの檻を開け、背中をさする。
しかし二人には、安堵する暇など無い。
一部始終を見ていた別の人々が騒ぎ始めた。
檻から手を伸ばし、出してくれ、助けてくれと悲痛な叫び声が響く。
「脱走者!脱走者!!」
声に気づいた人間軍たちが、次々と階段を下ってくる。
「まずい、逃げるぞ!」
二人は急いで奥の道を目指す。
「あかん、行き止まりや!」
コンクリート製の壁が連なる地下室の通路を走り続けると、壁が立ちはだかった。
背後からは足音が近づいている。
慌てて辺りを見回すと、天井角の小さな換気口を発見。
ラースは一旦後退し、壁に向かって走り出した。
壁を蹴り、更に隣の壁を蹴り上げて高く飛ぶ。
<<ガン!ガシャア!>>
勢いに任せ、拳で柵を殴る。
そのまましがみ付き、換気口の中へ侵入。
「ルゥー、急げ!」
「まったく無茶しやがってぇ…!」
ラースが中から手を伸ばすと、ルゥーの手を掴んで一気に引き上げた。
「クソっ!!」
軍人が到着する頃には、二人の気配は消えていた。
換気口の柵も元通りに設置され、次々と駆け付けた人間たちは立ち尽くした。