22話-辞職-
「まず始めに、現状のバサリア地区内で続く混乱について深くお詫び申し上げます。」
「早くなんとかしてくれ!」
「あの奇策を終わらせろ!」
「人殺しめ!!」
苛立ちを隠せない議員たちのヤジが飛ぶ。
「経済対策を優先すべく、天使狩り政策を無期限廃止。また、本日この会議の閉廷をもちまして私は総長を辞職し…バサリア地区を離れます。」
真っ直ぐ前を見つめて冷静に演説をするその声が、一瞬だけ声が詰まる。
イルの宣言に、多くの議員たちが拍手を送る中、ユサフ村代表席に座るガンボの表情だけは厳しかった。
しわくちゃの手で長い顎髭をゆっくりと撫で、静かに手を挙げる。
「ちょっと…良いですかな?」
とても低く、深い声。
その声を捉えたイルの耳が反応した。
大きく頑丈な杖をつきながら、ゆっくりとした足どりで演壇の前に立つ。
ゴホンと咳払いをし、会場内を見回した。
「我ら擬人は、人間に支配されておる。そんな中、バサリア地区及び近辺地区の解放独立は5年前、彼女によって成し遂げられたー。」
5年前、バサリアは人間居住区であった。
辺りには労働施設が建ち並び、この地区の多くの擬人たちが奴隷として生きていた。
そのすぐ側の森の奥。
竜の巣として恐れられ放棄された地区、ユサフ。そこでは脱走奴隷たちが身を潜めて暮らしていた。
訳あって村長ガンボの孫として育てられた少女、イル。
彼女は5歳にして医学書などの書物を理解。
7歳になる頃には、HA計画の資料を参考に、変異細胞の存在を発見。
また、戦術にも優れていた。
変異細胞によって強化された部隊を結成し、奇襲。バサリア地区を一晩で制圧。近隣の奴隷施設を全て占拠。
12歳になった現在も、政治の中枢を担っている。
「変異細胞に頼らず、この地区を守られる方は手を挙げてくだされ。おりますかな?」
誰一人として手が挙がらなかった。
ようやく、いつもの穏やかな表情を見せフォッフォッと笑う。
「イルよ、行きなさい。それまでこの老いぼれが守って見せますぞ!」
閉廷後、イルは足早に役所を後にした。




