1話-HA生命体-
舗装のなされていない林道。
春の暖かい風が、生い茂った木々の青葉を揺さぶる。
地面に突き刺さっているだけの朽ちた木の看板が一つ。
そこに立つ、フードを被った一人の青年。身に纏うローブが静かになびく。
看板に彫られたHA計画の文字。
ハイブリッドアニマル計画、通称HA計画。
この世界を支配する人間によって発表された、おぞましい動物実験の名である。
計画が発表されてから長い月日が流れ、現在ではその名を知らない者も少なくはない。
動物を労働力として利用しようとしたが、この地の景観を見渡す限り、恩恵は対して受けていない様子。
ここは、そんな貧しい人間たちの居住区。
青年は腕組みをして看板を見ると、深く溜息をついた。
<<ガサガサッ!シュッ!>>
突然、近くの茂みが激しく揺れた。
その瞬間、何か小さな生き物が青年の足元を潜り抜けた。
「こっち!こっち!!」
「あ、逃げる!待て待て!」
続いて、茂みの中から数人の子供が飛び出す。
小汚いボタンシャツと半ズボン姿で、ボサボサの髪。
裸足のまま、木の枝や長い紐を携えて走り去った。
青年はとっさに子供たちの後を追う。
まだ体の小さい、真っ白な子猫が一匹。子供たちに捕らえられた。
「その子を離せ!」
突然の怒鳴り声に子供たちは固まった。
深く被ったフードの奥の蒼い瞳が、子供たちを睨みつける。
まだあどけない顔の人間の子供たち。
しかし、十分な栄養を摂取していない為か、皆痩せ細っている。
「ボクらの獲物だ!」
木の枝を持っていた少年が、背後から青年に飛び乗った。他の子供たちも一斉に反撃開始。
次々飛び乗ってくる子供を振り払う為、ローブを脱ぎ捨てた。
濃い青髪の青年の頭から生える大きな獣耳。
額には赤いバンダナ。
尾てい骨から延びる長い尻尾が、カーキー色の軍服から大きくはみ出し、垂れ下がる。
「わ!こいつHA生命体だ!逃げろ!」
青年の姿を見るなり、慌てて子供たちは逃げ去った。
子猫を抱きかかえ、林の中を走る。
人気の無い森の深くへ逃げ、辺りを警戒しながら縄を解く。
「俺の言葉が解るか?」
「わ、わかるの!?」
ひどく怯える子猫の頭を撫で、優しく問うと子猫の表情は驚いた。
人間の子供にHA生命体と呼ばれ、動物が理解できる言語を話す青年。
彼もまた、おぞましい動物実験の被害者。
「ああ、解るよ。俺はラース・ウィング。君は?」
「ラン・フィン。」
HA計画により造り出された労働用生物、HA生命体。
人間は彼らを蔑視し、ぞんざいに扱っている。
多くの動物たちもまた、人間を恨み、恐れている。