11話-伝染病-
宴会の音が響き渡る中、ルゥーは急いでラースの元へ戻ると、人工竜の件を伝えた。
ラースの表情が強張ると、勘付いたガンボがそばに待機する男へ耳打ちをする。
男は静かに会場の裏側へ姿を消す。
続いてガンボも立ち上がり、宴会の妨げにならないように静かにラースの元へ近寄り、耳打ちした。
「…了解。」
ラースは辺りを見回し、静かに背後のすだれの奥へ移動する。
再びガンボは酒をほおばると、何事もなかったかのように宴を続行。
ランは夢中で村の子供たちと共に、村の遊びを楽む。
その頃、宴会場のすだれ奥から繋がる隣の建物の中。
ラースを含めた数人の男たちが静かに集う。
部屋の中には武器や防具、様々な物が並べられていた。
ルゥーは別の男たちと共に、さらに別の部屋へ移動。
男たちは合図と共に、足早に身支度を始める。
ラースはガンボの耳打ちの通り、静かに目的地へ向かう。ランを含む子供と女性には勘付かれぬ様に。
「あれが人工竜…。」
「感染症の危険性がある。死体には絶対に近づくな。」
現場に到着すると早速、微かに腐敗臭が漂う人工竜の死体を発見。
ラースは初めて見る人工竜を遠目から覗く。
月明りに照らされた亡骸は、口を開けたまま死後硬直している。
人工竜の身体は非常に腐敗が早い。
全員顔に布を巻き、臭いを防ぐ。
感染症防止の装備をした男が数人、慣れた手つきで死体に布を巻き、火をつけた。
火が瞬く間に燃え上がる。
更に、別の男たちが近くの森を捜索。
人工竜の痕跡を消すための作業が続いた。
「怪我も無く、意識狂心病の危険性はありません。」
処理を終え戻ったラースは、村の病院に呼ばれた。
医師の診断を受けたルゥーは安堵した。
「竜も感染するんですか?」
「ええ。現在解っている限り、我々擬人と人工竜にのみ感染します。研究は続いていますが、中々糸口が見えていないのが現状ですね。」
ラースたちの母国でもこの病の名は知られていて、擬人唯一の伝染病として恐れられている。
意識狂心病。
擬人の中で流行している伝染病。
HA計画により造られた身体を元の姿へ戻す為の研究を行う中、様々な薬が開発された。
しかしその最中、ある薬の副作用により被験者が狂暴化。
噛みつかれた擬人たちは次々と感染し、世界中に撒き散らされた。
感染後間も無く、頭痛や吐き気、めまいを引き起こし、高熱が続き自我を失う。
その症状に耐え切れず、多くの者が死に至る恐ろしい病。
ごく稀に症状の無い感染者もおり、それがこの伝染病根絶の停頓要因となっている。
ふすまを潜り宴会場へ戻ると、村人の女性の膝元でランがぐっすり眠っていた。
まだ音楽が鳴りやまない中、少しずつ後片付けがなされていた。
「突然の協力、感謝致しますぞ。ルゥー殿も無事で何より。」
座椅子に座り、ひょうたんから最後の一滴の酒を御猪口に注ぐガンボが二人の帰りを待っていた。
ふと、ルゥーがガンボの手を両手で握る。
「間一髪で助けてくれはって、おおきにー!」
「はて?」
ガンボは首を傾げた。
手をぶんぶんと勢いよく振られ、少々戸惑う。
付き人をつけた心当たりが無い。誰が人工竜を?
「あんな小さな武器で首を一撃!圧巻の剣術や!」
お構いなしに話を続けるルゥー。
圧巻の剣術。心当たりのあるガンボは、安心したように頷きながらフォッフォッと笑う。
「時にラース殿。天使探しをしている、と仰ってましたなぁ。」
「はい。」
「明日、ここから一番近い街へ行きなされ。地図を渡しましょう。そこなら手がかりが掴めるはずじゃ。」
宴が終わり、ラース達は来客用の宿舎で休息をとった。
翌朝。
「昨晩はありがとうございました。」
「村を出たら目印をたどりなされ。大きな石門が見えたら入り口じゃ。名はバサリア。そう遠くは無いでの。」
ユサフ村に入ったときと同じ木製の門の前。
次の目的地となるバサリアという名の大きな街への道が記された地図を受け取った。
道中の木々には地図に記されている目印の模様が彫られているらしい。
また、通行手形となる印とガンボのサインが記されている。
「おじいちゃん!またね!」
最後まで、何度もランが手を振る。
三人は村を後にした。
「フォッフォッ。本当によう似とる。」
ガンボは去り行く三人を見送った後、ほほ笑みながら白い髭を撫でた。