9話-人工竜-
外は静かに時が流れ、虫たちの音色が響いている。
一方、村の中でも一番大きな建物の中。
三人の旅人は手厚い歓迎を受けていた。
森から獲れる果実、村で栽培された農作物、焼いた川魚海鮮料理。
華やかに飾られた料理が、次々と長机の上に持ち運ばれてくる。
座椅子に座り、料理を頬張りながら、目の前の広い畳の上で舞う踊り子たちを鑑賞していた。
「こんなに沢山のご馳走。ありがとうございます。ガンボさん。」
「フォッフォッ。今日は宴じゃ。疲れを癒してくだされ。」
ラースは一礼した。
ひょうたんを片手に、顔を真っ赤にして酒を呷る老人。
彼の名はガンボ・ガンナー・カドル。
リスの擬人で、ここユサフ村を治める村長。
大砲の名手、ガンナーの称号を持つ。
打楽器や弦楽器の音に合わせ、扇子を使い、赤や黄色の明るい染め色の着物を纏う娘たちが舞う。
ルゥーとランは、楽しそうに手拍子する。しかし、ラースの表情は浮かない。
その表情を見たガンボが隣に座る。
「やはり、気になるじゃろう?」
ガンボの問いかけにラースが戸惑う。
この村に対する違和感。どうやら勘付かれているようだ。
「…ああ。研究所までそう遠くないし、防御も甘い。此処は安全といえるのか?」
「確かに安全とは言えぬ。だがしかし、人間がこの村まで辿り着く事は不可能じゃ。何故ならー。」
一度間を開けるかのように、ひょうたんの中の酒を小さな御猪口に注ぎ、一口啜る。
「此処ユサフ村周辺は、人工竜の生息地なのじゃ。」
「人工竜…!聞いた事はあるが、実在するとは…。」
「フォッフォッ。まだ旅人としての日が浅いようじゃな。ここで一つ、昔話をしようかのう。」
統一戦争中に造られた生物兵器、人工竜。
全身真っ黒で鱗に覆われ、首は長く、頭部は爬虫類のような骨格をしている。目は赤い。
腕は蝙蝠のような大きな羽になっていて、空を飛ぶ。尻尾は胴体よりも長く、二股に分かれている。
更に、体内で毒性の発火性ガスを生成し、口から吐き出して炎を吹く。
知能が高く、人間の言葉を理解し、忠実に従っていた。
しかし戦争後、人間に見放され野生化。
繁殖を続け、現在は森の生態系を乱す厄介者となっている。
時は過ぎてHA計画始動後。まだガンボがラースと同じくらいの青年だった頃。
この地は労働地域として、醜悪な環境の中、多くの擬人が強制労働を強いられていた。
ある日、施設内で大規模な反逆騒動が起きる。その中にガンボは居た。
大量の血が流れた末、擬人が勝利し、この地を占拠。
しかし、次の敵となったのは、この地に住み着いた大量の人工竜だった。
弾丸を弾くほど硬い鱗を持つ人工竜。
奴らを撃退する唯一の方法が、大砲だった。
ガンボ達は人工竜を研究し、対策を練る。
砲弾に細工をし、竜体内のガスと反応し大爆発を起こす。
幾年に及ぶ激闘の末、撃退に成功。
ガンボは称号を獲得し村を設立。
新たな実験被害者の保護、人間からの独立を目指している。
一方、人工竜はガンボ達の脅威を学習し、村を襲撃する事は無くなった。
現在は、たまに若い竜が紛れ込む程度である。
また、人工竜の研究も進められ、ある可能性が浮上した。
「お主、聖竜を知っとるかね?」
「いえ…。」
「無理もない。今は崇拝が禁じられておるでのぉ。言い伝えを教えよう。」
"炎は水に包まれ"
"水は雷に促され"
"雷は地に静まり"
"地は風に誘われ"
"風は炎に紛れる"
"闇は全てを滅ぼし"
"光は唯一を照らす"
「炎、水、雷、地、風、闇、光。7体の神聖なる竜。彼らはこの世の誕生と共に生まれ、神羅万象の力を操り、秩序を保っていた。が、生物の誕生が突如として姿を消した。唯一、形を変え現在に残る伝承と共に存在する者、それが―。」
「天使…。」
「その通り。更に近年、残りの聖竜の存在の可能性を示す、特殊な遺伝子情報を持つ細胞が、人工竜と擬人から検出されておる。」
「それってまさか―。」
「うむ。人間は何らかの方法で聖竜と接触、遺伝子細胞を入手し、ワシらを造ったのじゃ。」
宴の方が次第に盛り上がり始め、辺りに音が響く。
会話が困難になり、ガンボは酒を頬張って踊り子と共に舞を始めた。
ラースは食事を再開。
ランは村の子供たちに交じって遊んでいる。
そこに、ルゥーの姿は無かった。