ミッション5
翌日。
朝のニュースで銀行の金庫室で金塊泥棒が捕まったと大々的に報道されていました。
『捕まったのは自称夢の機械のセールスマン、黒岩三太郎38歳です。しかしどうやって金庫室に侵入したのか不明で、盗まれた金塊も一部を除いて残っておらず、どこにどうやって持ち去ったのか不明です。共犯がいるものと見られ、警察では黒岩容疑者を厳しく追及しています。黒岩容疑者はこの数日連続している日本各地の銀行の金塊窃盗事件にも関係していると見られ、その点でも警察は・・』
タダシ君がテレビを見ているとミノリちゃんが起きてきて、テレビを見て言いました。
「黒ヒゲのおじちゃん、お巡りさんに捕まっちゃったんだ・・」
タダシ君はわざと突き放した言い方をしました。
「いいんだよ、こいつは泥棒なんだから。警察に捕まって当然なんだ」
ミノリちゃんは顔を歪ませて、
「黒ヒゲ・・・・うわああ〜〜〜んんん」
と大声を上げて泣き出しました。うわああ〜〜んうわああ〜ん、と、泣き声は止まりません。「どうしたの? なにケンカしてんの?」と台所からお母さんが言いました。
タダシ君はミノリちゃんを一生懸命なだめながら、すっかり困ってしまいました。
学校に行くとクラスもこの話題で持ちきりです。
「あーあ、ルパンみたいにかっこいい泥棒だったらよかったのになー」
「見るからに悪人ヅラだったもんなー、ガッカリ」
「あの顔は日本人じゃないよな? きっとロシア人のマフィアだぜー」
なんて好きなことを言い合ってます。タダシ君は話題の輪に入っていくことが出来ず後ろめたい気持ちでいました。
夜。
やはりドリームマシーンは鼻のスイッチを押しても動きませんでした。ミノリちゃんはぐずってなかなか眠ってくれず、子守歌をねだられてあのピアノの曲「トロイメライ」を「ターンターンタンタタンー」と歌ってやって、やっと眠ってくれました。
タダシ君も眠っていると、夜中、帰ってきたはずのお母さんがまた出かけようとしているようです。玄関に出ていくと靴を履いていたお母さんが、
「あら、起こしちゃった?」
と困った笑顔で言いました。
「病院行くの?」
「うん。入院中の子が具合が悪くなっちゃって。他にお医者さんがいなくてね」
「そうなの。気を付けてね。あんまり無理しないでね?」
「うん。ありがとう。じゃ、行って来るわね」
とお母さんは出かけていきました。
朝になるとお母さんはいつものように台所で朝ご飯のしたくをしていました。
「帰ってたんだ?」
「おはよう。うん、なんとか落ち着いてね。あなたたちの朝ご飯作りに帰ってきたわ」
「そんなに無理しなくていいよ?」
「毎日の習慣ですからね、平気よ」
そう言いながらお母さんはとても疲れた青い顔色をしているのでした。タダシ君はとっても心配です。
タダシ君はききました。
「あのね、お母さん。お父さんとお母さん、クリスマスイブに僕にプレゼントくれる?」
お母さんは目を丸くしてわざとらしく言いました。
「いいえー。プレゼントしてくれるのはサンタさんでしょう?」
タダシ君もお付き合いで笑ってやって言いました。
「じゃあね、サンタさんに伝えてよ、僕のプレゼント、その入院している子にプレゼントしてって」
お母さんは本当に目を丸くして、まじめな優しい目になると手を止めてタダシ君に向き合ってききました。
「どうしたの? だいじょうぶよ、ユウキ君・・その子にもサンタさんがちゃあんとプレゼント用意してくれてるわよ」
「じゃあ元気になるように2つプレゼントしてもらってよ。僕、その子に早く元気になってほしいんだ」
お母さんは微笑みながら、ちょっと困った顔をして、タダシ君の頭を撫でました。
「・・はい。分かりました。じゃ、サンタさんに伝えておくわね。本当にいいのね?」
「うん」
日は過ぎて、23日、クリスマスイブのイブの日になってしまいました。
夕方、またミノリちゃんと二人でお留守番していると、玄関のチャイムが鳴りました。
この時ミノリちゃんはお昼寝していました。
タダシ君は、心配事で頭がいっぱいで、ついお母さんの言いつけを忘れて相手を確認もせずに玄関のドアを開けてしまいました。
開けたとたん、タダシ君は眩しさに目が痛くなって閉じました。まるで夕日を直接見てしまったみたいです。目を開けると、実際はそんなに眩しいことはなく、ただ真っ赤な派手なコートの色が見えました。女の人かと思ったら・・
「いよおっ、おめえさんがタダシ君だな?」
男の、お爺さんでした。背が少し丸まってかがみ気味ですが、元はずいぶん背が高かったように感じます。今でもずいぶん元気そうで、おしゃれにトンボみたいに大きな銀色のサングラスをかけています。顔は細くしわだらけです。このお爺さんのなにより特徴的なのは、ロシア人のかぶるようなふわふわの毛の帽子の頭からブーツの足先まで、全身が真っ赤なことです。
「タダシ君だね?」
「は、はい。僕、タダシですけれど、お爺さんは?」
「お爺さんと来やがったか? へっへっへ。おいらあ『空想科学社』から来た赤畠三之助(あかはたさんのすけ)ってえもんだ。ちょいとじゃまするぜえ」
赤畠三之助は玄関のドアを閉めました。とたんに玄関の中が怪しい秘密基地のような雰囲気になりました。
「おじさんは・・黒岩三太郎の仲間の人?」
「おうよ。部署は違うがな、まあ、同僚だわな」
「じゃあ・・おじさんも、ブラックサンタ団の一員なんだ?」
三之助はじいっと見つめるタダシ君に
「へっへっへっへ、なんてえツラしてやがるんでえ」
と、ものすご〜く悪人っぽい笑顔になりました。
「このかっこうを見やがれってんだ。どこがブラックだよ?
おめえさん、会いたかったんだろう?サンタクロースに?
だから来てやったんじゃねえか、おうよ、おいらが、正真正銘、本物の、
赤いサンタクロースよ」
タダシ君は、「ぜったい違う」と思いました。
「あなたがサンタクロースう〜〜?」
「おう。まあ、今は引退してオモチャ工場の生産ラインの係長をやってるんだがな。ついこないだまであ、ビシバシ、トナカイどもにムチをくれて世界中の夜の空をソリを走らせていたもんだぜ」
「サンタクロースは何人もいるんですか?」
「あったりめーよ。おめえさん世界中に何人の子供たちがいると思ってる? サンタが一人きりで全部の子供を回りきれるわきゃねえだろうがよ?
もちろんオリジナルのサンタクロースは一人きりだがよ、そのサンタ爺さんから正式に任命された公認サンタクロースが俺たちよ。イブの夜にゃあ世界中の空を俺たち公認サンタのトナカイソリが飛び回ってるんだぜえ。どうでえ、本物だろうが?」
「ええ・・まあ・・」
でも、
「おじさんはあんまりサンタクロースっぽくないです」
「てやんでえ、ちくしょうめ、こちとら生まれも育ちも生粋(きっすい)の江戸っ子でえ! 江戸っ子がサンタになっちゃいけえねえって法でもあるのかい?」
「いや、ないです、たぶん・・」
だから江戸っ子のべらんめえ調のサンタがサンタっぽくないと思うのですが、まあこの人本人にそれを言ってもしょうがないのでやめておきましょう。
でも、
「僕、トナカイのソリが空を飛んでるのなんて見たことないですよ?」
「バーロー。サンタってえのはな、心から純粋に信じる子供にしか見えねえんだよ」
「はあ、すみません」
「まあいいやな。でだ、タダシ君。おめえさん、せっかくのクリスマスプレゼントを病気の子供に譲っちまったんだな? スジガネ入りのいい子ちゃんじゃねえか?」
三之助爺さんは黒岩三太郎にも負けないニイ〜ッと悪そうな笑いを浮かべました。
三之助の銀色トンボメガネにじいっと見られてタダシ君は怖じ気(おじけ)づきそうになるのを我慢して言いました。
「代わりにサンタさんにお願いがあるんです。僕のせいで捕まった三太郎さんを助けてほしいんです」
三之助は、
「そりゃできねえ相談だな」
とあっさり断りました。タダシ君は驚いてききました。
「どうして?」
「オレァ良い子の赤サンタだぜ? 泥棒して捕まった犯罪者を助けるなんて、出来るわけねえだろうが?」
「そんなあ! あの人はサンタクロースたちのために働いていたんでしょう? それを見捨てるんですか!?」
「あいつがドジ踏んだのが悪りいのさ。なあに心配いらねえよ、クリスマスシーズンが終わりゃあ他の黒サンタが助け出すさ」
「他にも黒いサンタがいるの?」
「おう、世界中にいるぜ。だからな、そう心配するな」
そう言って三之助は骨張った大きな手でタダシ君の頭を撫でました。
タダシ君は、なんだか、子供扱いされてすごく腹が立ちました。
「でも・・、僕、どうしてもあの人を助けたいんです!」
「フム」
三之助はタダシ君の頭を撫でる手を引っ込めました。
「どうしてもかい?」
「はい!」
「どうなっても知らねえぜえ?」
「はい!・・」
「よーし、じゃ、こいつだ」
三之助はニヤッと悪く笑ってコートのポケットから白い布を折り畳んだものを取りだし、廊下の板の上に広げました。大きな白い袋です。袋を1回ふわっと振って、袋の口を広げて下ろすと、何もなかったはずの中からレンガを組んだえんとつの頭が現れました。
「現代サンタの必需品さ。いまどき大きな煙突のある家なんてありゃしねえからな。こいつでどんな家の屋根でも床でも通り抜けられる」
タダシ君は感心して言いました。
「まるで『ドラえ・・」
三之助が人差し指を立てて「チッチッチッ」と振りました。
「それは言わねえ約束だぜ。
さ、行くか?」
三之助はこの煙突に入れと言っているようです。それで三太郎の捕まっている警察の留置所に行けるのでしょうか?
だったら世界中を飛び回るトナカイソリも必要じゃない気もしますが・・
三之助は「へっ」と笑いました。
「サンタは合理主義なんてでえきれえなのさ」
タダシ君は思いきってえんとつをまたいで、中に飛び込みました。
わーーーっと下に落ちたタダシ君は、
「おっと」
と、がっしりした大きな腕に受け止められました。
「おい、お兄ちゃんじゃねえか」
「三太郎さん!」
タダシ君を受け止めたのは黒岩三太郎でした。逮捕された三太郎は暗い水色の牢屋着を着せられています。そう、ここは黒い鉄の檻(おり)と冷たく硬いコンクリートの壁に囲まれた牢屋の中です。
「よお、三太郎、ざまあねえな?」
天井にポッカリ空いた黒い四角い穴から三之助がのぞいて笑っています。ケッケッケッケッ。三太郎は嫌あな渋い顔をしました。
「なんだよ、よりによって赤ハナのとっつぁんが来やがったのか?」
三之助といい三太郎といい、仮にもサンタクロースを名乗るものがどうしてこんなに口が悪いのでしょう? その謎はこのお話には関係ありませんのでパス。
「おら、さっさと上がってこい」
「ちょっと待て」
三太郎はタダシ君を見つめて言いました。
「タダシ。おめえ何か勘違いしてねえか?」
タダシ君は何が?と分かりません。
「おめえはな、悪い金庫泥棒を捕まえて、いいことをしたんだぞ? それに対して今おめえのしようとしていることは、悪い泥棒を逃がす、すっごい悪いことなんだぞ? おめえそれが分かってんのか?」
タダシ君は恐い三太郎の顔をまっすぐ見つめて言いました。
「いいよ。僕はあんたを助けたいんだ」
三太郎はじいっとタダシ君を見つめて、ニッと笑いました。
「フフン、そうかい。ありがとうよ。それっ」
三太郎がジャンプすると、
煙突を飛び出して、玄関に降り立ちました。