ミッション4
ドリームマシーンのおかげでミノリちゃんはこのところすごく良い子になって夜はすぐに布団に入ります。今日はタダシ君もいっしょにとなりの布団に入って、ミノリちゃんにききました。
「ねえミノリ。ミノリはいつもどんな夢を見てるの?」
ミノリちゃんは元気に答えました。
「うんち!」
ハイハイ、とタダシ君はそれ以上きくのをやめました。
トナカイの鼻を押して、目が開き、音楽が流れ出します。
「おやすみ」
「おやすみなさい。今日はお兄ちゃんもいっしょだね?」
「うん、そうだよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
目を閉じると、なんだかオーロラが見えるようです。
音楽がゆっくりになったり速くなったり、微妙にゆらめいて・・
ミノリちゃんもタダシ君も夢の世界に入っていきました・・・・。
目が開くと、白い天井に黒いクレヨンで奥に向かって太い線が2本引かれています。いえ、それはどうやら天井と壁の接した角のようで、白い壁にはびっしりと、これもクレヨンで線を描かれた、ふたの付いた棚が並んでいます。なんでいちいち物の輪郭にクレヨンの線が描かれているのでしょう? それもきれいにまっすぐの線ではなく、ぶっとく、よれよれの、子供の落書きのような線です。
変な部屋だなあと思っていると、細長い部屋の奥の壁に、でーんと、クレヨンで描かれた灰色の金庫の丸いふたがあります。
タダシ君がまじまじと見ていると、
「うんち!」
突然目の前で大声がして、タダシ君はビックリして後ろにひっくり返りました。
「きゃはははははは」
と女の子の大喜びする笑い声が、やはり同じ目の前の空中から響いてきます。
「ミノリ! おまえだな? どこにいるんだ? 姿が見えないぞ?」
タダシ君が言うと、目の前に突然丸い黒い物が現れ、キラッと光りました。ガラスの、カメラのレンズです。それもタダシ君の顔と同じくらい大きな。続いて虹色の動物の体のような物が現れ、それにまたがるミノリちゃんが現れました。
「ミノリ!」
「ばあっ」
お兄ちゃんを驚かしてミノリちゃんは大得意です。
タダシ君はレンズの顔をした虹色のライオンみたいな動物をおっかなびっくりよけるようにしてミノリちゃんのとなりに回り込みました。
「ミノリ。おまえの乗ってる、これ、なんだ?」
「虹太郎! あたしの友だちだよ」
「ふうーん・・」
どうやらタダシ君はミノリちゃんの夢の世界に紛れ込んでしまったようで、この変な動物もミノリちゃんの夢の産物なのでしょう。それにしては周りの景色と違ってクレヨンの輪郭じゃない、リアルな姿をしていますが。ずいぶん大きなやつで、タダシ君の背と同じだけあり、カメラのレンズの顔にふさふさのたてがみがあり、体はライオンの形をした、プラスチックのロボットです。口がないので噛みつかれる心配はなさそうですが、太い足はすごく力がありそうです。
「よお、お兄ちゃんも来ちまったか」
黒岩三太郎です! 相変わらずの黒いコート姿です。
三太郎はトイレの窓から見せた困った顔でミノリちゃんに頼みました。
「なあお嬢ちゃん。頼むよ、いいかげんそいつを返してくれねえか?」
ミノリちゃんは
「アッカンベー、ベロベロベー」
とお得意のやつをやりました。
カメラのライオンが金庫の方を向きました。
ジーー・・ジジ・・ジーーー、
と、顔の中で音がして、レンズの中で奥のレンズが2重3重に微妙な距離調整をしています。
するとそれに合わせて金庫の灰色の扉が薄くなって扉の向こうが透けて見えました。
扉の向こうの部屋には、なんと、黄金に輝く金塊のピラミッドがありました!・・クレヨンで描いた金塊ですが・・。
カシャッ。
カメラのシャッターを切る音がすると、なんと、黄金のピラミッドが丸ごとパッと消えてしまいました。
ライオンがジージー言うと、金庫の扉がまた見えだして、元通りになりました。
「驚いたか?」
三太郎が得意げに言いました。
「こいつはカメラ+ライオン+カメレオンでカメライオンだ。
こいつに写された物はこいつの腹の中に入っちまう。そしてこの」
三太郎はカメライオンのしっぽを捕まえようとしましたが、カメライオンはさっと逃げてしまいました。ミノリちゃんがアッカンベーとやって、三太郎はいまいましそうににらみながら説明を続けました。
「そのUSB端子」
カメライオンのしっぽはパソコンにつなぐコードの形をしています。
「をサンタランドのデジタル立体プリンターにつなぐと、元の姿のまま取り出せるって優れ物だ」
どうだ?と得意顔の三太郎をタダシ君はにらみつけました。
「つまり、これで銀行から金塊を泥棒してたんだな!?」
驚いたことに、本当に三太郎は子供の夢の力を利用して泥棒を働く悪の秘密結社のメンバーだったのです! 怪人ブラックベアー。
「泥棒なんて人聞きの悪い」
三太郎はニヤニヤいやらしい笑いを浮かべて言いました。
「世界中の恵まれない子供たちにプレゼントを配るための寄付をしてもらってるのさ」
「嘘だ! おまえはサンタクロースの名前をかたる悪者だ!」
「やれやれ」
三太郎は困って頭をかきました。
「名前をかたってんじゃねーよ。俺が、サンタクロースなのさ」
「嘘だ! サンタクロースが泥棒なんてするか!」
「だからあ」
三太郎は大きくニタア〜ッと笑いました。
「俺は黒いサンタクロースなのさ」
タダシ君はひげ面の大男の不気味な笑顔にゾッとして怖くなりました。
「お・・、おまえみたいな悪者・・、本物のサンタクロースが許しておくものか・・」
三太郎は口をひん曲げると、
「ま、やりすぎると叱られるがよ」
と眉もひん曲げてばつの悪そうな顔をしました。その様子にタダシ君は心配になりました。
「・・じゃあ、やりすぎなきゃ叱られないの?」
「ま、知らんぷりしてくれるわな。
・・フム。あのなあ、せっかくサンタからプレゼントをもらっても、一夜の夢で消えちまったらガッカリするだろう? いくらサンタの魔法で作るにしても、材料はこの世の本物の同じだけの価値のある物でなきゃならないのさ」
「じゃあ・・本当にサンタさんがあんたに泥棒させてるんだ・・」
「だから俺たちが勝手にやって、サンタは知らんぷりしてるんだが・・。
あのよお、しょうがねえだろ?今どき森の木を切って作ったオモチャなんて子供は喜ばねえじゃねえか? それにおまえ、地球温暖化って知ってるか?森は大切なんだぜ?」
タダシ君はショックでガッカリしてしまいました。三太郎はちょっと気の毒そうにしましたが、
「ところがだ、
このお嬢ちゃんがとんでもねえ悪ガキで!」
三太郎が指さすと、難しい話に退屈してカメライオンのたてがみで遊んでいたミノリちゃんが素早く
「うんち!」
と三太郎に向かって叫びました。するとカメライオンはクルッとお尻を三太郎に向け、パカッとお尻にふたが開くと、ポンッ、と、例の黄金ソフトクリームを発射しました。三太郎は危うく頭をよけましたが、革靴の上に「べちゃ」と落ちてくっつきました。
「あー、くそ。ええーい、やめんか!」
「きゃははははははは」
ミノリちゃんは大喜びです。
「これだ」
と三太郎はタダシ君を恨めしそうににらみました。
「まったく、せっかく盗んだ金塊を、夜の街を遊び歩いて、こいつにみーんな『うんち!』させちまう」
「きゃはは、うんち!」
「ヤメッつーんじゃ! なあ、頼む、本っ当に、いいかげんそいつを返してくれよ、な?」
「アッカンベー、ベロベロベー」
「ええーーい、こらあっ! 待ちやがれえっ!」
三太郎はとうとう顔を真っ赤に爆発させてカメライオンにつかみかかりました。カメライオンはひらりとよけて、スッと姿を消しました。
「きゃはは」
「ここかあ!」
「こっちだよお〜」
ミノリちゃんだけ空中に顔を出して、
「おりゃあ!」
三太郎が飛びかかると、壁にガーンと激突して、くう〜〜・・と鼻を押さえました。
「きゃははは。鬼さんこちら、手の鳴る方へ〜」
「待て!返せ!」
「きゃははは」
あーあ、かわいそうに、大の大男が保育園児の女の子に遊ばれています。
三太郎とミノリちゃんがドタンバタンと追いかけっこをしていると、タダシ君はきょろきょろして、何を考えているのか、おーいおーいと自分も手足を大きく振って踊り出しました。
三太郎が不思議に思って追いかけっこをタイムしてききました。
「おい、なにやってんだ?」
「警報機」
「なんだって?」
「この部屋、銀行の金庫室だろう? どうして警報機が鳴らないんだ?」
「そ、それは・・」
「泥棒のアニメで見たけど、ふつう警報機があるものだろう?」
「ええーい、バカ、そんなこと考えるんじゃねえ!」
タダシ君は三太郎の反応を見てますますわーわー大きく踊り出しました。それを見たミノリちゃんもいっしょになってわーわー騒ぎました。
「だっかっら、なにやってんだよ?」
「こういう所には見えない光線がいっぱい通っていて、それに触れば・・」
「うわー! バカバカバカー! よせ! よさねえか!!!」
「うるさい! だまされるもんか! おまえは悪者だ! やっぱり本物のサンタが泥棒なんてするもんか!」
三太郎は悲鳴のように叫びました。
「よせ、やめろおーーーーっ!!!」
ジリリリリリリリリリリリ
けたたましい警報が鳴り響きました。
同時に、ミノリちゃんの落書きだった部屋の様子が、冷たいコンクリートの、リアルな本物の銀行の金庫室に変わりました。
けたたましい警報音と冷たい部屋の様子に、ミノリちゃんはすっかり怯えて表情が固まってしまいました。
三太郎が言いました。
「えい、くそっ。おいカメライオン! その子をさっさと寝室に送り届けるんだ!」
カメライオンはうなずくとミノリちゃんといっしょにスッと姿を消しました。
「さて、と」
三太郎は皮肉な笑いを浮かべてタダシ君に言いました。
「どうしたもんかな?」
タダシ君はぎゅ〜っと自分のほっぺたをつねりました。これは夢の世界のお話なのです、自分が目を覚ませば、これはすべて夢の出来事、になるはずです・・
でも、ほっぺたが真っ赤になるまでつねっても、タダシ君は夢から覚めることが出来ませんでした。
タダシ君はすっかりあせって、自分は何かとんでもないまずいことをしてしまったんじゃないかと恐くなりました。
「フウーーム・・。これだから良い子はブラックサンタ団には入れねえんだ」
顔を青くしているタダシ君に三太郎は言いました。
「おめえのまじめさが夢を現実にしちまったんだ。
こい。夢の力のねえ俺が使える魔法は一度きりだ」
三太郎はタダシ君をまっすぐ自分に向き合わせると、ニッと笑って言いました。
「おい兄ちゃんよ、口の汚ねえ妹と仲良くな。アバヨ」
三太郎が大きな腕を勢いよく「バッ」と広げると、
タダシ君の目の前が真っ黒になって、
自分の布団の中にいました。
あわてて起き上がってとなりを見ると、ミノリちゃんがう〜んう〜んとうなされながら寝言を言っています。
「う〜ん・・、黒ヒゲ危機イッパツ〜・・」
二人の間の枕元に置かれたドリームマシーンは光りが消え、鼻のスイッチを押しても目は開きませんでした。