ミッション3
朝起きるとタダシ君はミノリちゃんと並んで布団に寝ていました。トナカイはもう光っていません。ミノリちゃんはご機嫌の寝顔でだらしなくよだれをたらして「へへへえ〜」と笑っています。
起きていくと台所でお母さんが朝食の支度をしていました。
「お母さん、おはよう」
「はい、おはよう」
お母さんは包丁の手を止めて眠そうに大あくびしました。
「きのうも遅かったの?」
「ええ。なんだかどんどん忙しくなっていくみたいで、まったく、困ったものだわ」
気を取り直してまた包丁で野菜をトントンと切っていきます。
お母さんは小児科、子供の病気を診るお医者さんです。テレビでやっていましたが今小児科のお医者さんがどんどん減っていて、とても困っているのだそうです。
「お父さんは?」
「まだ大いびきよ」
笑って言いました。お父さんは空港で飛行機の整備の仕事をしていて、朝早い日と夜遅い日があるのです。
「あ、そうそう」
お母さんがまた包丁を止めて言いました。
「タダシ。あんたなんで台所でバット抱えて寝ていたの?」
タダシ君は眠ってしまったのを恥ずかしく思いましたが、泥棒には入られなかったようなのでほっとして、昨日の夜やってきた黒いセールスマンとトナカイのドリームマシーンのことを話しました。お母さんはフンフンと聞きながら手早くみそ汁の支度をしていきます。聞き終わるとちょうどナベにふたをして、タダシ君の顔を見ました。
「タダシ。お母さんたちの留守中に知らない人を入れてはいけないって言ったでしょ?」
「分かってるよ。でも・・」
「ま、おしっこじゃ仕方ないか。はい、以後気を付けるように。
・・ふうーん、2週間のテストか・・。2週間後って言うと、ちょうどクリスマスイブねえ・・」
カレンダーを見ながらお母さんはなんだかとても言いづらそうにして、タダシ君に言いました。
「クリスマスイブなんだけどね、お母さん、どうしても夜帰ってこられなくなっちゃったのよ。どうしても人手が足りなくてね」
「夜勤はなしなんじゃなかったの?」
「うん・・、そうなんだけどね・・・、その日だけはどうしても人がいないの。ごめんなさい! ・・クリスマスパーティーは25日にしましょう?ね?」
お母さんに手を合わせられてタダシ君も「うん、わかった」と言いました。本当はとっても不満だったのですが・・。
タダシ君はお母さんに言われてミノリちゃんを起こしに行きました。ミノリちゃんはむにゃむにゃ言って起きるなり、
「あ・・、うんちは?」
と寝ぼけて言いました。タダシ君は「こーら」と叱ってミノリちゃんを着替えさせました。
「そんなにうんちが好きならミノリもうんちになっちゃいな」
と言うと、ミノリちゃんはタダシ君に抱きついてきました。
「お兄ちゃんもうんちだあ!」
とケタケタ大笑い。
「はなれろ、うんちっ子」
「わーい、うんちだぞお〜」
とドタバタ騒いでいるとお母さんがやってきてコツンとタダシ君にげんこつしました。もちろん形だけですが。
「ほら、馬鹿言ってないでさっさとうがいしてらっしゃい!」
ミノリちゃんはピューと走っていきました。お母さんに叱られて良い子のタダシ君はガ〜〜ンとショックです。
お父さんはまだ大いびきをかいて寝てるので、3人でテーブルについて朝ご飯を食べ始めました。
テレビでニュースをやっています。
『昨夜から今朝にかけてデパートの前のライオンの置物やファーストフード店の看板の人形に、金色のソフトクリームのような物がかぶせられているのが発見されて大騒ぎになっています。この金色のソフトクリームのような物は純金と見られ、昨夜都内で相次いだ銀行の金庫から金塊が盗まれた大規模窃盗事件との関連が調べられています。昨夜都内で連続した金塊窃盗事件は現在のところ犯人及び犯行の手段などまったく分かっておらず、警察当局は・・』
その有名な一流デパートの前の大きなライオンの像が映し出されると、その頭の上には帽子のようにこんもりした大きな金色のソフトクリームのような物が乗っています。次にフライドチキンの有名なメガネのおじさんのお人形が映ると、おじさんの頭の上にも同じ形の金色のソフトクリームのような物が乗っています。周りに人が大勢集まってパシャパシャ写真を撮っています。
こんもり盛り上がった金色の物は、たしかにソフトクリームと言えば言えますが、それより・・・・・・・・
ミノリちゃんが大喜びでテレビを指さして大声で言いました。
「あっ! うんちいーっ!!」
あーあ・・。
「こら!」
とお母さんは怒ってテレビを消してしまいました。ミノリちゃんは「ぶ〜〜」と文句を言いましたがお母さんは知らんぷりです。
それにしても、変な事件です。
ドリームマシーンですが、ミノリちゃんはすっかり気に入ったようで「買って!」と言いました。すぐ眠ってしまったくせに気に入るも何もないでしょうが、「こんなどこの会社か分からない怪しい物、さっさと返しちゃいましょう?」と言うお母さんに「買って買って買ってえ〜!」とダダをこね、「2週間したらオモチャと交換してもらえるから」と、けっきょく2週間テストを続けることになってしまいました。
1週間がたちました。
この間ずっと「銀行金塊盗難事件」と「黄金ソフトクリーム帽子事件」は毎日発生し、タダシ君のクラスでも「犯人はどんなすごい大泥棒だろう?」と話題になりました。テレビの騒ぎもたいへんです。なにしろ犯人はおろか、どうやって警戒厳重な銀行の金庫から大量の金塊を盗み出し、どうしてせっかく盗み出した金塊を、どうやって溶かして「ソフトクリーム」にしてライオンやフライドチキンおじさんや遊園地のお城のてっぺんやキャラクターやおしゃれな看板に帽子をかぶせていくのか?さっぱり分からないのです。目撃者は一人もおらず、手がかりは何一つなく、警察の偉い人たちは頭を抱えていました。
夜になると日本中の銀行に警官が厳重な警備につき、昼間も刑事たちが血眼(ちまなこ)になって犯人を捜し回りました。けれどその甲斐なく、事件は起こり、やっぱりなんの手がかりも見つけられないのでした。警察は面目丸つぶれです。
お母さんが忙しくてお父さんも寝てるとき、タダシ君が学校に行くついでにミノリちゃんを保育園に送っていきます。すると顔なじみの先生が困った顔でタダシ君に「ミノリちゃんの『うんち』はまだ治りませんか?」と笑って言いました。どうやら他の子供たちはとっくに飽きて卒業して、いまだに「うんち!」を言っているのはミノリちゃん一人だけのようです。まったく、女の子なのに。ちなみに今園児たちのブームは「ムゲン」だそうですけれど、これはミノリちゃんのお気に召さないようで、タダシ君は聞いたことありません。
タダシ君はどうしてミノリちゃんだけうんちが治らないんだろう?と思いました。ストレスでしょうか?
帰りに迎えに行くと、
「うんち、うんち、お日様うんち、キラキラうんち、ピカピカうんち」
と楽しそうに大声で歌っていて、他のお迎えのお母さんたちに笑われてタダシ君はすご〜〜〜く、恥ずかしい思いをしました。
「ミノリいー、お願いだからその歌はやめてくれないか?」
と言ってもかわいく笑って
「うんちい?」
と言うばかりです。
タダシ君は大きくため息をついて、ハテナ?と思いました。
ミノリちゃんが歌っていたキラキラピカピカうんちって、もしかしたら「黄金ソフトクリーム」のことでしょうか?
しかし家ではミノリちゃんが「うんち!」と大騒ぎするので事件のニュースがあるとさっさとテレビを消してしまうのです。
どこで見たのでしょう?
その夜も遅いお父さんお母さんを待って二人で留守番をしていました。
タダシ君がトイレでおしっこをしているときです、コツコツとガラス窓を叩くものがあります。枯れ枝か何かが引っかかっているのかなと開けてみると・・、
「わっ!」
ビックリしました。そこにあの黒い大男、黒岩三太郎が立っていました。
「夜分遅くこんな所から失礼。実は君に内密にお願いがあるのです」
「な、なんですか?」
「実は、たいへん申し訳ないのだが、ドリームマシーンを回収させてはもらえないだろうか? 契約途中の一方的な申し入れでまことに申し訳ないのだが、是非、お願いします」
三太郎はていねいに頭を下げて、実に困り切った顔でタダシ君を見ました。
「どうしてです? 理由を教えてください」
「理由は、それは、その・・」
三太郎はしどろもどろに弱り切りました。
「理由は・・言えんのだよ。頼む!この通り! ドリームマシーンをミノリちゃんから取り返してくれたまえ!」
両手を合わせてお願いされて、タダシ君は三太郎にとって実にまずいことがおこったのだなと思いました。思いましたが・・
「いいですよ。ちゃんと理由を教えてくれればね。でも理由を教えてくれなきゃ、駄目です」
と断りました。三太郎は実に苦々しく、恨めしそうにタダシ君を見て、ハアーー、とガックリ肩を落としました。
「ああ、まったく、俺としたことがとんだ大ドジふんじまったぜ。ああ、まったく、今年のクリスマスはさんざんだ」
とこぼして、とぼとぼ歩いていきました。
怪しいです。
ミノリちゃんはドリームマシーンで眠っているだけです。いつも眠りながらニヤニヤ笑って「うんちいー・・」と寝言を言って「キャハハハハ」とけたたましい笑い声を上げたりしますが。
・・その夢と何か関係があるんでしょうか?
タダシ君は一生懸命考えました。どうして三太郎はミノリちゃんの見ている夢を知っているのでしょう? もしかしたらドリームマシーンとは、子供が見ている夢を吸い取ってどこかに電波で送っているのかもしれません。
三太郎はもしかしたらテレビのヒーローものの敵の、悪の組織の一員なのかもしれません。子供たちの夢を吸い取ってその夢の力で地球を征服しようとしているのかもしれません!
というのはさすがに考えすぎで、小学3年生のタダシ君はとっくにそんな子供っぽい特撮番組卒業しています。
タダシ君は翌日の午後、お父さんにミノリちゃんを任せて郵便局に行きました。
局員のおじさんにハガキを見せてききました。
「この住所は本当にあるでしょうか?」
それは三太郎が2週間以内に契約を解除したいときに出すようにと置いていったハガキです。
おじさんはじっと読んで、
「こんな郵便番号はないね。この住所はでたらめだよ」
と言いました。やっぱり。
でも、
「いや、待てよ、どこかで見たような気がするぞ。それも最近よく・・」
おじさんは何か思い当たるものがあるようで、宙を見て考えました。
「あっ、エアメールだ!」
と思い出しました。
「エアメールってなんです?」
「航空便。飛行機で運ぶ外国宛ての郵便だよ。そうそう思い出した、
これはサンタクロースの住所だよ!」
「えっ!サンタクロースに住所があるんですか!?」
「ああ。えーと、
JOULPUKKI
SF-99999
KORVATUNTURI
FINLAND
ヨウルプッキ
SFー99999
コルヴァチュンチュリ(かな?)
フィンランド
っていうのがサンタクロースのフィンランドのおうちの住所なんだ。
ヨウルプッキっていうのがフィンランドのサンタクロースの呼び方だ。
えーと・・、
999−99SF
木の葉堤(このはつつみ)
か。
コルヴァチュンチュリをコノハツツミとは、しゃれてるな。
住所そのものはない・・はずだけど、空想科学社とは、なかなか考えたじゃないか」
おじさんははっはっはっはっと笑ってウケてます。タダシ君はききました。
「その住所に手紙を出すと本当にサンタさんに届くんですか?」
「ああ、本当に届くよ。今年は・・もう間に合わないけど、来年になったら君も出してみるといい。本物のサンタクロースから返事が届くかもしれないよ?」
おじさんは愛想良くニコニコしてハガキを返しました。頭のいいタダシ君はそれが本物のサンタクロースのわけないと思いました。どうせ観光客相手のにせ者に決まってます。
でも、
どうやら黒岩三太郎一味はサンタクロースの名をかたって悪巧みをしているようです。
サンタクロースの名前を悪いことに利用するなんて許せません!
よーし、今夜は自分もミノリといっしょにドリームマシーンで眠ってみよう、
と、タダシ君は思いました。