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ミッション1

*ちょっとお下品ですが、子どものやることなので笑って許してやってください。

「うんち!」

 トイレに行きたいにしてはやたらと元気のいい声が言います。

「トイレに行きたいの?」

 と聞いてもやっぱり元気のいい声で

「うんち!うんち!」

 と続けて大きな声で言います。タダシ君はハアーー・・とため息をつきます。ミノリちゃんは別にトイレに行きたいわけではなく、ただ「うんち!」と言いたいだけなのです。どうやら「うんち」という言葉の響きがお気に入りらしく、ミノリちゃんの通う保育園で子供たちの間でブームになっているようです。困ったものです。

 夕方も遅くなって外は真っ暗になってしまいましたが、タダシ君とミノリちゃんの二人兄妹は二人きりで家でお留守番をしています。お父さんは空港で飛行機の整備の仕事をやっていて、お母さんはお医者さんで、二人ともたいてい帰りがすごく遅いのです。

 お兄ちゃんのタダシ君は小学3年生で、妹のミノリちゃんは保育園の年中組、すみれ組です。

 ミノリちゃんは小さくて細くて白くて髪が背中まで伸びて長く、かわいい子です。去年のあだ名は「サダ子ちゃん」でしたが、先生に禁止されてしまいました。ミノリちゃん本人も他のほとんどの子供たちもなんのことか分かってなかったので、まあ、どうでもいいですが。

 ミノリちゃんはけっして悪い子ではないのですが、この「うんち!」のくちぐせにはお兄ちゃんのタダシ君は大弱りです。ミノリちゃんは何を見ても「うんち!」で、食事の時まで大喜びで言うので、お母さんに怒られています。ああ、ミノリちゃんにはもう一つくちぐせがあって、こんな時に言うのが「うそつきい!」です。自分が気に入らないことはなんでも「うそつきい!」で、これも保育園で子供たちの誰かがはやらせたのでしょう、困ったものです。

 そんなミノリちゃんのめんどうを毎日しんぼう強く見ているタダシ君は、とても良い子です。


 さて、帰りの遅いお父さんお母さんを待って二人でお留守番していると・・


 ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴りました。タダシ君は「ハーイ」と玄関に行き、「どなたですか?」と聞きました。

「ごめんください。夜分遅く失礼します」

 男の人です。

「わたくし、『空想科学社』のセールスマンです」

 なんだ、セールスマンですか。「くうそうかがくしゃ」なんて聞いたことない怪しい会社名です。タダシ君はお母さんに教えられているとおり断りました。

「すみませんが、今うちのものが出かけておりますので、お答えできません」

 セールスマンが来たら絶対に玄関のドアを開けてはいけないときつく教えられています。外の男は困ったように言いました。

「いえ、実はこの先の竹山さんの家のマサル君をおたずねしたのですが、お留守で。しかたなく帰ろうとしたのですが、恥ずかしながら、この寒さでトイレに入りたくなってしまいまして。さがしても近所に交番も公園もないようですし、申し訳ありませんがトイレを貸していただけないでしょうか?」

 これはいけません!絶対に怪しいです!ぜ〜〜ったいに、こんな怪しい男を家の中に入れてはいけません!

 男の声はとても深い響きがあって重いですが、背は大人にしてはそう高くありません。タダシ君の家の玄関のドアには縦に長い表面にこまかな凸凹のある厚いガラスが3枚並んでいて、夜で真っ黒なガラスに、白い顔の影がタダシ君の背より少し上の所に映っています。

 それにしてもぜ〜〜ったい!こんな男を中に入れてはいけません!

 タダシ君は「どうぞよそをさがしてください」と追い払おうとしましたが・・、

 玄関にやってきたミノリちゃんがドアを指さすと大喜びの大声で言いました。


「うんちいっ!!」


「いや、うんち・・じゃなくって、おしっこなんですが・・」

「うんちい!」

「いや、おしっこ」

「うんち!うんち!」

「おしっこだってば」

「うんち!うんち!うんちいーっ!!」

「おしっこだ! けっしてうんちではなあ〜い!」

「キャハハハハ、うんちいーっ!!」

 ・・・・・・

 タダシ君はとっても恥ずかしくなって、玄関先で「うんちじゃない!」と言い張っている男の人にも気の毒になってしまいました。

 タダシ君は仕方なく男の人にトイレを貸してあげることにしました。ああ、だいじょうぶでしょうか?・・

 ガチャンと鍵を開けてドアを横に引いて開け・・、

 タダシ君はビックリして、しまった!開けるんじゃなかった!と後悔しました。

 男の背がたいして高くないと思ったのは大間違い、

 厚いガラス越しに顔に見えた白い影は、細い黒ひもをネクタイ代わりに蝶結びに結んだ白いシャツで、胸元に見えるその白以外は帽子をかぶった頭の上から革靴の先まで、全身黒ずくめでした。しかも!

 男はずうっとおしっこをがまんしていたようで、またの間を押さえて背を丸めていました。それで下に下がった白い胸元が、腕を寄せたしわと蝶ネクタイでちょうど顔に見えたのです。

 本当は、男は山のように大きな大男でした! 本当の顔は下半分が真っ黒なかたそうなヒゲにおおわれています。

 男はタダシ君にのしかかるように

「しつれい!」

 とせっぱ詰まった様子で中に入ってきて、慌てて靴を脱ぎ散らかして廊下に上がり、きょろきょろトイレをさがし、ミノリに

「うんちい!」

 と指さして教えてもらい、

「・・かたじけない」

 と苦々しく言ってトイレに小走りで向かいました。

 バタンとドアが閉まり、しばらくしてジャーッと水の流れる音がして、男はすっきりした様子で出てきました。

「いや、どうもありがとうございました。おかげさまで助かりました」

 男はずいぶん礼儀正しくきちんとしたおじぎをしました。ミノリちゃんは大きな男の顔を下から覗き込み、

「うんち? ねえ、うんちしたあ?」

 と疑いのまなざしでききました。5歳なのでなかなか悪知恵が働きます。

 黒い大男はミノリちゃんをジロリとにらみ、


 ニカッ、と白い歯を覗かせて笑いました。


「ハッハッハッ。これは愉快なお嬢ちゃんだ。お嬢ちゃんは、マサル君と同じ保育園のミノリちゃんだね?」

 ミノリちゃんは不思議そうに

「うんちのマサル君?」

 と言いました。どうやら保育園で「うんち」をはやらせたのは竹山さんちのマサル君のようです。マサル君は年長ゆり組です。

「そうだ、そのうんちのマサル君だ」

 男はますます大きく怪しい笑いを浮かべて言いました。そして、

「ふっふっふ、君はなかなか見込みがあるね? よし決めた! これも何かの縁だ、商品のテストを君にお願いすることにしよう!」

 ちょっと待ちたまえ、と、黒い大男はタダシ君が早く帰ってくれるようにわざと開けておいた玄関の外に置いておいた大きな荷物を廊下に運び上げました。今度はきちんと靴を揃えて脱ぎました。

「タダシ君。すみませんがお部屋をはいしゃくさせていただけませんか?」

 タダシ君はすごく困りました。

「駄目です。あなたにはトイレを貸してあげただけです。もう帰ってください」

 しかし大男はとりあいません。大きな手を広げて、まあまあ、

「だいじょうぶですよ、わたくしはセールスマンではありますが、今回は商品のテストとアンケートをお願いに来たのです。もちろんちゃんとお礼はいたします。ちゃーんとけいやく書も用意してありますから、お父さんお母さんによく読んでいただいて、テスト品の回収の時までにサインしていただければけっこう。サインしていただけなければけいやくはすべて無効です。それで安心でしょう?」

 と言いました。いくらお利口でも小学3年生では大人の難しい話は分かりません。

「お礼は、こちらのカタログからどれでも好きなものを選んでいただけます」

 と、大男はカバンからぶ厚いカタログ本を出して、ミノリちゃんに預けました。ミノリちゃんはきらびやかなオモチャの表紙に目を輝かせて、床に置いてさっそく眺めだしました。妹を買収されてタダシ君はムッとしましたが、チラリとのぞくとカタログには自分の欲しいオモチャものっていて、思わず口を半分開いてしまいました。

「ああ、タダシ君もよろしかったらアンケートにお答えください。もちろん、お礼は差し上げますよ?」

 タダシ君は、え、自分も!?とビックリしました。

 黒い大男はタダシ君を見てニヤリ大きく笑いました。

「お邪魔してよろしいかな?」

 タダシ君は黒いセールスマンを部屋に通してやりました。

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