9-1.エピローグ
ここで第一幕終了です。
昔々——
この王国には民に愛される王と2人の優秀な補佐官がいた。あまりにも長い乱世を終息させた彼らは、あらゆる民衆が認める英雄たちだった。種族異なる者たちの諍いも、彼らが姿を現すだけで収まった。そして、その姿を見るためだけに多くの人が集まり、子どもたちは彼らの活躍を限りなく誇張をして熱く語り合った。そして、自分の将来に、彼らの生き様を重ねた。
2人の補佐官のひとりはシャーロット。彼女は政治運営の事務方と王をつなぐ役割を果たした。そして、もうひとりの補佐官はミョートル。王の腕と呼ばれ、その類まれなる武で王を支えた男だ。
この国に王が存在した最後の日、王と二人の補佐官は強力な刺客によって、絶命寸前まで追い込まれていた。
息も絶え絶えの中、王は補佐官の2人にこういった。
「逃げて、身を、隠してくれ。余は、大丈夫……だ。君たちを失ったら、余には、何も、のこらん」
王はその類まれなる魔力を用いて、二人を王都の外に飛ばした。二人には抵抗する間も与えられなかった。なぜなら、王がここまでの魔法を行使することを想定していなかったからだ。王は、側近たる二人に対しても、その強大な魔力を隠し続けて来たのだ。
主犯格たる男がその部屋に足を踏み入れた時、そこにいたのは王ひとりだった。
王は言う——
「シャーロットも、ミョートルも、余を、守り、そして命を落とした。故に何も残っておらん。余は、この世界が、平和に続くのであれば、おとなしく、身を引くことを約束しよう。カイシュウよ」
カイシュウと呼ばれた男は部屋を見回す。そこにはボロボロになった衣服以外は、何一つ残っていなかった。そのことを確認すると首謀者は静かに頷いた。こうして、クーデターは、静かに幕を引いた。王の行く末を知る者は、首謀者以外にいない。
この世界の人々が国王の不在に気づいたのは、なんと、4か月後だった。二界の年に一度の謁見の会が中止になったからだ。
王は人々に愛されていた。それ故に人々の間で混乱が生じるかと思われた。
しかし、クーデターの首謀者は一枚上手だった。
「王は不在ですが、わたしたちがしっかりと国を運営します。今まで通りです」
彼らは自らが裏切った王からの信頼を存分に使ったのだ。
王が信頼を寄せた官僚だ。人々はその言葉をあっさりと信じた。事実、この男の敏腕によって、二界はかつてないほどの平穏を享受していたのだ。
なぜ不在なのか、その答えを首謀者は言わなかった。それ故に人々は様々な憶測をした。亡くなったと言うもの、行方不明になったと言うもの、老衰で床に臥しているというもの、裏切りにあったというもの。だが、日々の生活に精一杯の人々は徐々に忘れていった。
噂は、真実も嘘も含みながら、その真実をも噂の中に葬ってしまった。結果、誰も王のことは語らなくなった。
この国は、王がいなくなって久しい。
王は人々に愛された人気者だったが、王がいなくてもこの世界は回る。こうして、この世界は官僚機構が支配する世界へと静かに変わったのだ。
官僚機構のトップ以外に、クーデターが起きたことを知るものは、たった3人。いずれも今となっては生死すら不明。
エルディア=ベルギュルスト=トムソン、かつてこの国の王だったもの
シャーロット=イトウ、かつてこの国の王の頭脳と呼ばれた才媛
ミョートル=ランダル、かつてこの国の王の腕と呼ばれた猛者
この3人は誰よりもこの世界を愛し、そして、誰よりも人々の生活を考えていた。
それ故に、裏切りという憂き目にあっても、何かを起こすということはなかった。これまでも、そしてあるいはこれからも。この世界に平穏が齎され続ける限り。
今日もこの世界は平和に回る。
かつて王が君臨した頃から、民衆にとっては恐ろしいほどその姿を変えずに。しかし、徐々にその本質を変えながら。
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農園の王の続きについては、明日、筆者の活動報告を更新します!




