2-1.襲撃
今日、もう一話投稿します。日が変わるまでには必ず!
蝉の鳴き声が辺りに響き渡っている。季節は夏に変わり、容赦ない日差しが降り注いでいる。この世界に転生してきて3か月ちょっと、平穏な日々が続いていた。唯一、驚いたことはスライムに遭遇したことくらいだろうか――
6月中旬だっただろうか。バーニャの町に向かっているときだった。森の小道を歩いていると、森の中から水色のスライムが飛び出してきた。いや、スライムって、嘘でしょ? と思いつつも現実にいるのだから否定してもしかたない。
突然の襲撃に驚きながらも俺はとっさに剣を構えた。すると、スライムはぴょんぴょん飛び跳ねながら、こちらに飛びかかってきた。とっさに剣を振りかざすと、水風船が爆発するように弾けて消えた。その時、ピロロンという音が聞こえたが、空耳だと思う。まあ、よくよく考えればロールプレイングの世界なのにモンスターがいない方がおかしいのだ。そう自分を納得させる。
スライムの襲撃についてギルドで報告すると――
「すみません。師団長には後ほど報告しておきますね」 と暗い顔でカーミンがいっていた。いや、無事に生還したんだから、少しくらい嬉しそうにしてくれればいいのに。
カーミンはジャックの部下で第一師団の副官だ。大変な上司を持ってしまったせいかいつも疲れた表情をしている。とても常識的で真面目な人なので、きっと大いに振り回されているのだろう。たまにジャックに毒を吐いている。当のジャックは全然気づいていないけど……
そんなわけで、今日も今日とて平和に農業に勤しむ。春に植えた野菜たちはすくすく成長し、もうすぐ収穫できそうだ。というより、すでに一部の野菜は収穫を始めている。昨日は最初に植えたトマトを収穫した。かじりつくと瑞々しい果汁が口の中に滴り、ほどよい酸味と驚くほどの甘さが口の中に広がる。トマト独特の草の匂いも抑えられているようだ。身がぎっしり詰まっていて、水っぽさがほとんどなかった。手前味噌だがものすごくおいしいと思う。早く他の人に食べてもらいたいという衝動に駆られるが、しっかり完熟するまで待たないといけないという師匠の教えに沿って、一見出来上がっていそうなものでも、完熟のサインが出るまで収穫しないようにしている。
トマトが夏の日差しを反射して輝き、キュウリやナスはその中にたっぷりと水分を含んでいる。農園の運営は順調だった。農園は試験農園と量産農園に分け、試験農園では様々な育て方を試してみる。師匠のマニュアルに基本的に従いながらも、肥料の量や水の量を少しづつ調整して変化を確かめている。今回は一つ区画を縦と横に3つづつ分割し、水の量と肥料の量を三段階に分けている。一番右奥が肥料と水が最大量で、一番左手前が肥料と水が最小量という形だ。量産農園では、師匠のマニュアルのもとに手の届く範囲でできるだけたくさんの野菜を育てている。
しかし、今日はとても暑いな。あまりの暑さに空気がゆらゆらと揺れている。視界が歪み、遠くがよく見えない。ふと違和感を覚えて、農園の入り口の方を見ると森の小道から忍者のような格好をした人が近づいてくるのが見えた。このクソ暑い日になんて格好をしてるんだ。新手のダイエットでもしてるのかな? あやしい、あやしすぎる。
そもそも農園を訪れるのはギルドのメンバーくらいだ。その中に忍者がいたという記憶はない。鍬を持つ手に力を入れなおして、防衛の構えを取る。忍者の顔が見えるようになったが知っている顔ではなかった。顔を見る限りは、バーニャの町民ではなさそうだ。そして、3メートルほどの距離に来た時、男は抑揚のない声で話しかけて来た。
「お前がサトルで間違いないな?」
「どちら様でしょうか?」 忍者の友達はいなかったはずですが。
「もう一度、聞く。お前がサトルで間違いないな?答えない場合は攻撃も厭わない」
この人、思った以上にやばい人かも。少なくともコスプレイヤーやダイエットに勤しむ人ではなさそうだ。改めて鍬を強く握りなおす。
「私がサトルです。間違いありません」
「それでは、攻撃を開始する」
忍者は手を目線の位置まで持ち上げ戦闘態勢に入る。いや、どっちみち攻撃するんかい。とりあえず、鍬を前に突き出し、近くに寄れないように対応する。農園にいることに油断していたため、剣はもっていない。
どうやって切りぬけようか。助けを呼んでも近くに住んでいる人はいない。やばいな。命乞いするか。
「すみません。何でもするんで許して下さい。家財は差し上げますので!」 できれば、師匠の資料以外で。
「……」
いや、無視すんなよ。なんか恨まれるようなことしたかな? 平和に農業をやっていただけなのになあ。頭をフル回転させ、この場を切り抜ける方法を考える。と、貯水塔の蛇口が目に入る。その時、あるヒラメキが頭をよぎった。それしかない。
鍬を左右に振って距離を取りながら、貯水塔に向かって後ずさりしていく。忍者は警戒しているのか、積極的に攻撃を仕掛けてこない。よしよし、そのままでいてくれ。
ようやく貯水塔の柱に背中がくっつく。そして、鍬を握る右手を離して、蛇口に手をかけると、その蛇口を全力で引っこ抜く。自重に押された水が勢いよく飛び出し、忍者の身体にあたる。よし、狙い通り。そして、次はーー
「サトルに手を出すのは許さん!!」
ジャックが飛び出してくるのが見える。あ、今こっちくるとやばい!!
「ジャック‼︎ あぶなーー」
ゴオ
「うおー。何じゃこりゃー」
物凄い音を立てて、目の前で爆発が起こる。その規模は想像を遥かに超えていた。家の屋根を大きく超える高さまで炎が上がる。やべ、全然加減が出来てない。やり過ぎた。
大爆発に巻き込まれた男の服は真っ黒に焦げている。無残な姿を直視出来ず、目を背ける。
どうしよう。人を殺してしまった……まずい。まずい。
「ジャック、ど、どうしよう。殺人ってこの世界でも犯罪だよね?」 どうか、そこだけルールが違ってくれ。頼む。
「ああ、そうだな」 だよね。
ジャックは平然と燃え尽きた人の様子を見ている。
「こ、こんなことになると思って無かったんだよ。正当防衛は主張できるよね?」
「正当防衛は無理だな」 そっか、そっちは前世と同じじゃないのか。農園の主の期間、たった3ヶ月だったな。異世界に転生したら犯罪者として捕まったって……
「殺人じゃ無いからよ」 え?
「こいつは最近中央から連絡のあった分体だな。見てみ。この手、金属で出来てるだろ?」 そう言われてみると焼けた皮膚の下は金属だった。 「とりあえず、ギルド支部に行くぞ。ナオに報告する」
そういうと分体と呼ばれた人型のものを片手に抱えて森の小道の方に向かっていく。俺も付いていくことにする。ジャックは森の小道に馬をつないでいたようだった。その馬に乗ってバーニャの町のギルド支部に向かう。
■
「ナオ、回覧板で連絡した通り、分体らしきものを発見した」 そういって、ジャックは会議室のテーブルに分体と呼ばれる人型のものを置く。
「確かに中央からの連絡の通りね。まさかサミュエル地方、しかもサトルの農園で現れるとはね。イトウ、至急中央に送って」
「承知致しました。早馬にて送ります」
「よろしく。私は中央に連絡を取るわ」
イトウは第12ギルドの参謀長だ。合理主義者という言葉が似あう。直接的な表現をするため言葉だけ聞くと冷徹に思える時もあるが、本人には悪気はない。様々な問題に的確な助言を行うことができるため、ナオの右腕として活躍している。特に中央の官僚機構への理解が深く、その点に関して、政治的な話が苦手なナオは絶大な信頼を寄せている。中央の官僚機構のことはよく分からないが、ギルドの上部組織にあたるもので、絶対的な権力を有している政治機構とのことだ。この世界では官僚が政治を支配しているということだが、詳しい話は聞けていない。ナオとイトウがバタバタと仕事をしている中、俺はジャックとカーミンとギルド支部の会議室で待機している。
「それより、さっきの規模の魔法はありえないぞ。いつ習った?」
「基本的な理科の知識を使っただけだよ。水素と酸素で水が出来てるってやつ。水の電気分解ってやらなかったか?」
「いや、知らん。」 そんな自信満々に言われても。
「サトルさん、団長にそう言った話をしても無駄ですよ……」 カーミンが毒を吐く。これ、部下の忠誠心に厳しいプライドの高い上司だったら根に持たれるぞ。その点、ジャックはすっきりしているのだが。 「ところでサトルさん、咄嗟の判断としてはとても素晴らしかったと思います」
そう、さっきの大爆発は水素に火を付けることで起こしたのだ。魔法を使うのは初めてだったが、起こしたいことを強くイメージすることで使用できるというのは事前に聞いていたので、イチかバチか試してみたのだ。それがうまく機能したということだ。
また、火打石を持っていたので点火するための火種も作ることができた。実は3か月経っても火打石で火を起こすことができなかったので、いつでも練習できるようにポケットに入れて携帯していたのが功を奏した。才能無いんじゃないかって? だったら自分でやってみてよ。難しいのよ。
「とりあえず殺人者にならなくてよかったな。さっきは相当焦ってたもんな」 うるさい。
「そうだね。安心したよ」
「まあ、そもそも、そうそう殺人なんてことにはならないんだけどよ」
「え?」 どういう意味だろう、と思っていると――
「さて、こんな状況だからサトルに色々と説明をしないとね」 中央への連絡を終えたナオが会議室に戻ってきた。イトウも一緒に入ってくる。
「イトウ、転生者が二界に慣れたころにする3つの説明を特例としてサトルにして挙げて。あ、説明は20分以内でお願い」
「Q&Aセッションは時間外でよろしいでしょうか」
「別でいいわ。サトル、少し驚くような内容かもしれないから心して聞いてね」
「はい」
「それでは、これから3つのことを説明する。通常は時間をかけて少しずつ説明していくのだが、今回は特例だ。1つ目はこの世界の政治機構、2つ目はモンスターの存在、3つ目はスキル鑑定についてだ」