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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第8章 『新米農家 王と呼ばれる』
82/90

8-8.花の館にて

 久々の更新になりました。明日も更新予定です。

<19時、メゾン・ド・フルール。106号室>


 メゾン・ド・フルールは、王都においても最上級のホテルだ。以前、一度だけ宿泊をしたことがあるが、世界が違いすぎて落ち着かなかったのを覚えている。豪華な装飾のなされた外装は、まるでそこが王宮なのでは無いかと思わせるほどだ。


 そんなメゾン・ド・フルールに入ろうとすると入り口にいる獣人に止められる。


「おい。どこに入ろうとしている。ここは庶民が来るところじゃない」


 前回来た時を思わず思い出す。シュンスケのことを口に出して良いか思案していると、奥からやって来た獣人がその獣人を遮るように割り込んできた。


「こちらの方は丁重に扱うように指示が出ている。替われ」

「は。申し訳ございません」


 シュンスケが事前に話を通してくれていたようだ。その獣人は106号室に案内してくれた。余裕が出てきて思ったのだが、王都で警備をしているのは、総じて獣人たちだ。アサギリ州のギルドも獣人、となると彼らが派遣しているのだろうか。


 ところで、てっきりメゾン・ド・フルールの客室で会談するということだと思っていたのだが違ったようだ。部屋に入ると小綺麗なメイド服を着た少女がいた。


「サトル様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 そう言うと、部屋の奥の壁を押して、隠し扉を開いた。


 なるほど、白鯨亭に通じているのか。



「いや、ブランドン州の賛成を取り付けたのは驚いたぞ」


 白鯨亭の個室で俺を嬉しそうに迎えたシュンスケだったのだが、食事が始まるとそう言った。今日の料理もリンドールさんが作ってくれているようだ。


「ちょっと個人的に関係がありまして」

「ほう、協定先でではない州の、ギルドのメンバーじゃない者と繋がりがあると。これは完全分離主義に反旗を翻している匂いがするぞ」

「やめてください。それに、ギルド長になった今は不問でしょ」

「まあな!」


 そう言ったシュンスケは豪快に笑っていた。その笑い方は見ているこちらの気持ちも不思議と明るくさせる。


「ところで、過去の罪は不問にというのは、変なルールですよね」

「確かにそうだな。何故にこのような法令になっているのかは分からん。ただ、上の人間はその穴を知っていて意図的に残しているようだ」

「勝てば官軍、負ければ賊軍。そんな言葉が頭をよぎりました」


 その言葉を受けてシュンスケは短く唸った。


「なるほど、それは案外正鵠を射る発言かもしれん」


 そして、シュンスケさんを信じて誤解を恐れずに言うけど、と付け加えた上で、考えたことを言う。


「あれって、クーデターや他州の乗っ取りでも同じことが起こるんですよね」

「ああ。そうだな。実際に州内でのクーデターというのはそれなりに起こってきたようだ。まあ、他州の乗っ取りという意味だと条件は厳しいがな」

「局長の許可が得られないからかな?」

「乗っ取った先のギルドの賛成を得る必要があるからだ。局長はギルドの内政には干渉しないというスタンスを貫いている。故に、中央への忠誠心の強い者であれば認められる可能性はある」

「なるほど。そう言うものですか」


 シュンスケのその言葉で気になっていたことを思い出した。


「そう言えば、局長格が参加するものだと思っていました。昇進されたんですか」

「いや、局長に頼んで参加させてもらった。一度経験しようと思って頼んだんだ」

「頼んでですか。さすが異端児」

「お前に言われたくないぞ。農業だけでなく、あらゆる意味で異端児だからな」


 そこで言葉を切るとシュンスケは表情を引き締めて続けた。


「注目を浴びるものは足元を掬われるものだ。慢心せずに精進しろよ」

「うん。気を付けるようにするよ」


 そこで、束の間の沈黙がその場を支配した。食事を楽しみながら、その言葉を胸に刻む。慢心せずに、か。これからが本番だもんね。


「ところで、ブランドン州のギルド長を名乗った者についてだ。彼女はベルギュルストと名乗っただろう。あの名前は要注意だ」

「要注意?」


 ベルギュルストが何だというのだろうか?


「二界に歴史が無いのは知っているか?」

「ええ」

「トムとサムの話は読んだか?」

「え? あ!」

「その表情は忘れていたな」


 イトウに聞こうとして断られて以来、聞けずじまいになっていたのだ。シュンスケはトムとサムの童話の話を説明してくれた。その内容を聞いて、どことなく何かを暗喩しているような気がした。トムがいなくなった時のサムの立ち振る舞いに、そしてそれをあっさりと許したトムに違和感を覚えたのだ。


「何かの暗喩でしょうか。シュンスケさんから聞いたからこそ、そう感じるのかもしれませんが」

「何となく、引っかかるだろ?」

「そうですね。特に仲間たちがサムの言ったことをあっさり信じたところが。それにトムがあっさりサムを許せたことも正直違和感があります」


 その言葉にシュンスケはゆっくりと頷くと、一言だけ言葉を発した。


「ベルギュルスト=トムソン」


 シュンスケが発した言葉の意味が全く分からなかった。ベルギュルスト=トムソン? その言葉を処理できずに言葉を発せずにいるとシュンスケは再び話し始める。


「それが二界に存在した最後の王の名だ。過去の歴史については、それ以上の情報は手に入れることが出来なかった。俺は立場上自分で動くことは難しいからな」


 この国にいた最後の王ベルギュルスト=トムソン。つまり、王都エルディアが名ばかりの王都では無かった時代の王ということだ。そして——


「ミスカが名乗った名前と同じなんですね」

「ああ、その通りだ。恐らく同席した部長たちは気づいていないだろうから中央に報告しないつもりでいる。今の時点では泳がしておいた方が、利があると考えているからな。知り合いを密告させるようで罪悪感はあるが、彼女について分かることがあれば共有してくれ。俺自身は彼女に手を下さないことは約束する」

「分かりました」

「次のリンドールの隊商に隠し封筒を持たせる。それで連絡してくれ」


 その言葉を言い終えるところで、リンドールさんが部屋に入ってくる。


「私を便利屋だと思っていらっしゃるようですね」

「リンドール、固いことを言わないでくれ。この店に相当の私財を投資しているのだからな」

「おっと。そうでした。今後ともご贔屓に」


 そういって、手に持った料理をシュンスケと俺の前に並べる。そして、手に持った瓶からビールを継ぎながら料理の説明をした。


「さて、こちらでございますが、カッパ農園のビールと野菜の炒め物でございます」

「粋な計らい、ありがとうございます」


 その味は故郷を思わせる味だった。今すぐにでも農園に戻りたい、そんな衝動が胃袋から全身に広がる。この味を守ることが出来て良かった、そして、これからも守りたい、そう心から思った。


 食後のコーヒーを啜りながら、残り少なくなった時間を過ごす。シュンスケと直接話す機会は、きっとずっと先になるだろう。中央の官僚機構の部長なんて、本来であれば天上の人々なのだ。二界の特権階級のさらに上の存在なのだから。


「俺の目に狂いは無かったようだな。しかし、ここまでのし上がるとはな」

「周りに巻き込まれてばっかりですけどね」

「それは周りを動かしていると思うべきだ。俺はサトルにはリーダーたる資質があると思う。お前を信用する人間を、お前の正義で導いてやれ」

「はい! その覚悟は決めたつもりです」


 そう。それは人の上に立って、人の命を背負う覚悟だ。どうせ、一度は失ったようなもの、俺の命を懸けて死力を尽くそう。これから先は甘さを捨てて、いや農園の仲間たちのために強かにならないといけない。これからはナオが作り上げた安定の中では無く、自分で可能性を切り拓かなければならないのだ。一つひとつの政策の責任を負わなければならない。失敗はすなわち農園の仲間たちに害を与えることになる。


「良い顔をしているな」


 そういうとシュンスケは満足そうな表情をして、ビールをあおった。そして、美味いと豪快に言って笑う。


「最後に一つ。お前はまだ中央から反体制派レジスタンスとしては警戒されていない。それは安心して良い。だが、一つだけ忠告しておく。絶対に反体制派レジスタンスだと思われるような言動はするな。反体制派レジスタンスとして捕らえられたものの末路は悲惨なものだぞ」

「悲惨な末路……?」

「あらゆる権利も力も奪われ、命が尽きるまで中央の監視の下で苛烈な環境に置かれる。過程は知らないが、来た時と出ていくときであまりに顔立ちも姿も変わる。命こそ取られないが、あれは気持ちの良いものではないぞ」

「忠告ありがとう。気を付けるよ」

「さて、そろそろ時間が来たようだ。俺はリンドールと話があるから今回は先に帰ってくれ」


 その言葉に席から立ち上がると、シュンスケの方に向かって握手を求める。シュンスケはそれに力強い握手で応じると、入り口の方に誘導していった。俺が部屋を出て、長く続く廊下を歩き始めると、去り際の一言を発する。


「では、また会おう!」


 その言葉を背に、長い廊下を歩いていく。何人も案内人が変わり、そして出口から外に出ると最後の案内人が一言だけ発した。


「またのご利用をお待ちしています」


 その言葉を最初に聞いた時は二度と利用することは無いと思っていたが、こうして2回目の訪問があったのだ。また、来ることもあるかもしれない。


 そんな出口になっていた小屋から外に出ると、王都から少し外れたところまで来ていたようだ。月明かりの下に草原が広がり、その少し先には王都がそびえる。官僚たちが住む中央区を囲む城壁は、月明かりを反射して、不気味に浮き上がる。


 サトルが去った後の白鯨亭で、リンドールとシュンスケが話す。


「本当はブランドン州のギルド長がいなくても大丈夫なようにされていたのでしょう?」

「まあな」

「とは言っても、全州のギルド長の賛成を得たのは並外れた幸運と力ですね」

「ああ、そうだな。俺が見込んだだけのことはある。中央の法令の解釈も面白かったしな」

「彼は思ったよりも大きく二界を動かすかもしれませんね」

「ああ。俺たちの活動にプラスになることを祈ろう」


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