8-7.ギルド長会議終結
仕事の関係で次の更新は12日になる予定です。
お待たせしてしまってすみません。
すらっとした背の高い女性は、黒い長い髪をなびかせながら悠然とホールの円卓へと歩いてくる。
その人物は、俺もよく知っている人だった。
「ベルギュルスト=ミスカ、混沌の地、ブランドン州を統べるものよ」
いや、ミスカさん、何言っているの?
その宣言に傍聴席には大きなざわめきが広がった。ギルド長たちは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。
「ギルド長不在の場合は、州民の支持を得たものがギルド長となる。その証拠として、ここに州民の半数以上の署名も得ている」
「確かに規定はそうなっているな。署名をこちらに」
局長は落ち着いた口調でそう言うと、官僚席を警護する獣人に指示を出して、その署名を取りに行かせる。署名を受け取った局長は、背後に控える部下と思われる人間に対して指示を出している。
「ブランドン州の州民の名簿と照合せよ」
しかし、そんな冷静な局長とは裏腹に部長級の官僚は感情的になっているようだ。
「今更よくも出てこられたな。過去の上納金の未納の罪は重いぞ」
そんな言葉を受けておびえる様子も無く、ミスカは飄々と言ってのけた。
「私はこの場で、この瞬間に、ギルド長として名乗りを上げたのよ。過去の上納金の滞納については不問になるはず。局長殿、いかがかしら」
「そうだな、法令上、我々は貴殿を裁くことが出来ない」
あくまでも冷静な局長はそう答えた。その言葉に部長級も口をつむぐ。しかし、局長の関心は上納金とは違うところにあるようだ。
「ところで、ミスカという名は登録があるが、ベルギュスルトというのは無い。姓として名乗っているとしたら重罪だぞ」
「ベルギュストはニックネームのようなものよ。姓で無ければ良いでしょう」
「ベルギュルストとミスカ。なるほど、いずれも姓ではないということか。しかし、今後は気を付けられよ。そして、ギルド長としての登録はミスカとするぞ。公式の場ではミスカと名乗るようにせよ」
「構わないわ」
ミスカは落ち着いた声でそう応じた。その後、暫しの間、ブランドン州の州民の照合に時間が掛かっている様子で動きがなかったが、官僚席の奥から誰かが走ってくる足音が聞こえ、駆けてきた者の声が聞こえてきた。
「確認できました。確かにブランドン州への転生者の情報と一致しています」
「それではブランドン州のギルド長としての貴殿の意見を聞くとしよう」
「ブランドン州は、新州の立ち上げに賛成する」
理由を添えろというルールは誰もが忘れていただろう。あっさりと賛成を表明したことに、他のギルド長の頭には疑問が浮かんだに違いない。しかし、あくまでも最後まで気を抜かずに交渉の場に付いていたウェズリーはそれに続くように宣言した。それは、12州の全会一致という難題を突破したということを証明する宣言でもあった。
「我らダボリス州は賛成する。サトルはリーダーに足る人物だ。以上」
そう宣言するウェズリーの表情は、どこか嬉しそうに見えた。その言葉に安堵感が全身を覆う。しかし、最後の難関が残っているのだ。その難関の主は、12の可決の札が上がった円卓を眺めた後で、はっきりと言った。
「さて、全州の賛成は得られたようだな。それでは、中央の判断を下す」
ヴェールに包まれて、正体の知れない中央の官僚たちの中で、一番中央に座る男が、こちらに姿を見せて宣言する。結局は中央がどう判断するか、なのだ。その言葉を固唾を込んで待つ。
「局長代行シュンスケ=サイト―の名のもとに新州の立ち上げを許可する! サトル殿、今後は二界全体への貢献のため、今まで以上に邁進せよ!」
シュンスケ=サイトー。え? シュンスケ?
「ひいては、前提条件が覆ったことから諮問は取り消しとする。新州と各州の協定は、次回のギルド長会議にて締結すること。そして、サトルを暫定のギルド長とし、次のギルド長会議までの期間を準備期間とする。それまでに、各州との交渉を進めること」
そして、息を吸い込むとはっきりと宣言した。その言葉は俺が無罪放免になったことを証明する言葉だった。
「以上、ギルド長会議を終了する」
その瞬間、あらゆる歯車がかちりとはまったような、不思議な感覚になった。
二界に転生してきて、なぜか俺のことを買ってくれる人たちが、偶然に噛み合って奇跡が起こったようだ。まるで神様の掌の上で転がされていたように。
「サトル殿、少々時間を貰おう。今後のことを話さねばならない。最低限守って貰わねばならぬことを説明しよう。これは、ギルド長になったものに行うガイダンスである」
その後に別室で説明されたことは、今まで州民として生きてきた中では意識することも無かったものだった。それだけに、ナオを始めとしたギルドのメンバーがどれだけ制約の多い、難しい世界で生きて来たのか、ということがよく分かった。
中央への絶対服従、活動の適時報告、上納金、ギルドの責任・権限範囲、転生者、州民の扱い、他州への干渉の禁止……
必死に聞いた。一言も逃さないように。なんせ、ギルド長として州民の命を背負わなければならないのだ。
すべての説明を終えると、シュンスケは簡単に締めた。
「以上だ、貴殿の二界への貢献に期待する」
シュンスケは握手を求めてくる。それに応じると俺は別室から外に出た。
別室を出ると興奮した様子で、ナオやドビーが駆け寄ってくる。それ以外にも俺の味方をしてくれた人々が集まって来て、ちょっとした騒ぎになった。
まず、ナオが抱き付いてきた。抵抗する間もなく、背中をばしばし叩かれる。いや、距離感が近いわ。
「サトル! 良かった! 本当に良かったわ」
「ナオ、苦しい……」
そんな言葉にはっとしたナオは俺を解放した。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。それを見て、思わず感謝の気持ちが口を突いて出た。
「ナオ、色々とありがとう!」
「何を言ってるのよ。州民を守るのはギルド長の務めよ。でも、これからはギルド長同士、容赦はしないから覚悟しておくことね」
その言葉に、ギルド長会議でのナオの立ち振る舞いを思い出す。今までは味方だったけど、この人が交渉相手になるのか。そう思うと恐ろしいな。美味しい食べ物をたくさん送り付けて今から歓心を買っておこう。
「先生、負けたのにギルド長になれてよかったっすね」
「水を差すなよ」
そう言ってドビーの肩を殴る。いつも通りの様子で皮肉を言うドビーだったが、その表情は安堵に満ちて緩み切っていた。その顔だと皮肉屋っぽくないぞ。
次に声を掛けてきたのはジャックだ。
「お前、メンティが知らない間に、何であんなに強くなってんだよ。何か秘密があるだろ?」
「今ならジャックにも勝てちゃうかもね」
「お、言いやがったな。今からやるか?」
「いや、それは遠慮しとくわ」
そして、表情を引き締めて続けた。それはギルド長として州を背負うものとしての覚悟を表明するため、自分自身に向けた言葉でもあった。
「でも、サミュエル州と意見が割れて決闘討議になっても絶対に負けない」
「言うようになったじゃねえか! 楽しみだな」
かっかっか、と笑うとジャックは腕を俺の首に回しながら言う。
「もっと訓練しとけよ。俺の本気を受けられるくらいにな」
その言葉に頷いて応じる。正直言って今まで見てきたジャックの戦闘が本気で無かったとすると、今の俺には勝てないだろう。だけど、これからだって戦闘訓練は積むつもりなのだ。次戦う時までに、絶対に強くなってやる。
そんな大騒ぎの中、ウェズリーが近づいてくるのが見えた。ウェズリーはギルド長会議の場にいる時の迫力を纏っている。そのオーラに気おされたのか、集まっていた人が気を使って道を空けていた。
「我が見込んだだけのことはあるな。この奇跡を勝ち取ったのは紛れもなくお前の力だ。まさか、ムラサメに一撃を食らわせるとはな。我も驚いたぞ」
「ありがとうございます」
「今度、どこかで語らおうでは無いか。サトルよ」
「はい」
そんな会話に周りにいた他のギルドのメンバーたちは大いに驚いたようだ。ウェズリーを交渉の場でしか見たことが無いとすると、フレンドリーに話す様子に違和感があったのかもしれない。
「おい、なんであいつウェズリー殿にひるまないのだ」
「あんなにぺらぺら話すウェズリーは初めてみたぞ。あいつ、底が知れないな」
そんなひそひそ声が聞こえてきた。何となく、ウェズリーにアシストして貰ったような、そんな気がした。もしかしたら、新しくギルド長になった俺に箔をつけてくれたのかもしれない。
そんな祝福の声は尽きなかったのだが、少し疲れたからと言ってその場を抜け出した。周りの人たちも気を使って止めることはしなかった。
内心では解放された喜び、スキップしたい気持ちになりながら、再び自由に動けるようになった身で王都を歩いていく。周りの景色が全て輝いているようだった。王都まで来るときに色あせた世界は再び色を取り戻したようだ。
だが、もちろん一人になりたくてここまで来たわけではない。
そう。いつかと同じように、シュンスケから握手するときに紙を渡されていた。
シュンスケと握手をした時に握らされた紙きれ、そこにはいつかと同じように簡潔な言葉が書かれていた。
<19時、メゾン・ド・フルール。106号室>