8-6.ギルド長会議Ⅲ
闘技場はギルド本部の裏側に併設されている。時間になると警備をしている獣人がやってきて俺を闘技場へと連れていく。以前は決闘討議を眺める立場だったのだが、今回は実際に決闘をする側になる。円形の闘技場には、以前に比べて多くの人が座っている様子が見えた。
決闘を行う舞台の上には、いかにも侍という風貌のムラサメが静かに佇んでいた。目をつむり、精神を集中させている様子だった。
「それでは定刻につき、決闘討議を開始する。決闘討議のルールを説明する」
そういって、定型的な説明が始まった。その内容は過去に聞いたようなものだった。
「勝利条件は3つである。相手のHPを1割未満にする。降参の意を表明させる。円形の舞台の外に体の一部を触れさせる。いずれかを満たすこと。ただし、相手を死に至らしめた場合は敗北としたうえで厳罰に処す。また、武器・魔法道具の持ち込みは許可される。ただし、その身に携帯できるもの以外は禁止とする」
そういって、暫しの間が空いた。両者の装備の確認が取れたところで、局長から開始に向けて名乗るように促す。
「それでは、両者名乗れ」
「アサギリ州、ギルド長ムラサメ」
「サトル、です」
決闘の礼節など分からない。名前だけを答える。
「それでは構えて……はじめ!」
その言葉にムラサメはかっと目を開くと動いた、と思った瞬間には刀が下方から襲い掛かる。それを辛うじて剣で防ぐ。耳をつんざくような鋭い金属音と共に、腕に強烈な衝撃が走った。
「ほう。受けるか」
ムラサメはそう言うと、一歩下がり、刀身が届かない程度の距離まで後退する。そして、こちらの動きを警戒しながらも、刀の持ち手を変えて上段から刀を鋭く落とす。
それを見切って、半身になるように回避すると、ムラサメはすぐに刀の向きを素早く切り替えて横への一撃を繰り出す。それを受けずに跳躍して回避する。
ミスカに鍛えて貰った時に身に付けた空中浮遊で、刀の届かない高さに浮く。しかし、こんなのは時間稼ぎにもならないだろう。このままでは受けるだけで精一杯だ。正攻法ではない方法を考えないと……そんな時に、農園での会話が思い出す。
■■
「このペンダントはダメだ。MPの消費量が大きすぎる」
「師匠、このペンダント、ここにボタンみたいなものが付いていますよ」
ミナミちゃんが指さしたのは、ペンダントを取り付けるために一部が外れるようになっている部品に付いていた。確かに突起になっているようだ。
「え? 本当だ」
「えいや!」
ミナミちゃんは俺からペンダントをひったくると、そのボタンのような突起を押し込んだ。カチっという音がして、その突起は内側に沈んだ。
「何も変わった様子が無いですね。師匠、付けてみてください」
そう言って、ミナミちゃんは首にペンダントを掛けてきた。その動きを見て、MPがあっという間に切れた場面を思い出す。
「いや、止めて……あれ? MPが消費されなくなったみたいだ」
■■
これしかない。ブラドのペンダント。MPを犠牲にして短期的に腕力を向上させる効果のある魔法道具だ。王都で以前購入してからというもの、一度も実践では使用できていない。あまりにMPの消費が大きすぎるからだ。
こちらに飛びかかってくるムラサメに、足元を敷き詰めるタイルを想像で突起させてわき腹を強打する。ムラサメは飛び出してきた岩を蹴って、ダメージを回避し、再び闘技場の舞台に足をつけた。こんな小手先の魔法攻撃なんて、所詮は時間稼ぎにしかならないだろう。しかし、ムラサメが宙に浮いている隙に、金属の輪の連なるブラドのペンダントの突起を再び押し込む。すると、沈んでいた突起が再び飛び出してくる。
その瞬間、急激にMPが消費され始め、頭に倦怠感が溜まるのを感じる。ムラサメは再び跳躍し、俺に向かって一直線に飛びかかり、刀を切り返すと下から俺の体を斜めに切り抜くように攻撃を仕掛けてくる。その斬撃をサーベルで受けると、今度はあっさりと受けることが出来た。ムラサメの表情がわずかに歪むのが見えた。
俺の変化を感じ取ったムラサメは、自分自身に重力操作を掛けて一気に地面に足をつけると、闘技場の舞台の端まで走り抜けてから、再びこちらを振り向いて刀を構える。あの人たちのやり取りで、かなり警戒をされたようだ。
俺自身にも重力操作を掛けて地に足をつけると、地面を踏み込んで一気に詰め寄り、サーベルを水平に切り抜く。腕力強化に重力操作を掛けたその一撃は、威力もスピードもケタ違いに上がっている。
捉えた! サーベルが何かを切り抜いた感触があった。
「それはブラドのペンダントだな。運命とは数奇なものだ」
しかし、目の前からムラサメは消えている。そして、俺の首元に刀を鋭く向け、ムラサメはそう言った。その声は周りに聞こえるようなものでは無かったが、俺の耳にははっきりと聞こえた。声の方に目を向けるとムラサメの来ていた服の腹部は綺麗に避けていたが、傷はすっかり治っている。
「決闘は終わりだ。それとも続けるか?」
よく考えれば、人と本気で切り合った経験などない。しかし、ムラサメは切られてもHPの範囲内で収まり致命傷を負わないことまで見越して、自分自身の身を削って勝利を手にしたのだ。しかし、あれだけの斬撃を受けきれると判断するのは、相当にHPに自信が無いと出来ない芸当だ。
絶対に勝利を勝ち取らなければならないにもかかわらず、この状況からムラサメの斬撃を防御する方法が思い付かなかった。MPもそろそろ限界に近づいていたからだ。
「拙者は可決の意を表明する。安心しろ」
認めてくれた、ということだろうか。その言葉にブラドのペンダントの突起を押して、サーベルを放って敗北を認める。
「運命が貴様を選んだのか、貴様が運命を勝ち取ったのか、その先が見たくなった」
ムラサメは意味深な言葉を残すと、さっさと闘技場の舞台を後にした。
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控室に誘導されて、携帯していた武器や装備を奪われた。獣人に手を拘束されると、ギルド本部のホールへと連れていかれ、再び円卓から外れたところにある椅子に座らせられる。
その様子を見て、ムラサメは言葉を発する。
「決闘討議は拙者の勝ちだったわけだが……」
ムラサメは俺の方を一瞥すると続けた。
「貴殿ならギルド長たちと渡り合えると判断した。アサギリ州は特別決議に賛成する」
その言葉に真っ先に反対の意見を上げたのはコールスだった。
「ちょっと待て! ネジャルタル州は先ほどの賛成を取り消す」
「一度表明した意見を覆すなど潔くないぞ!」
ウェズリーが怒りの声を上げる。そんな言葉は聞こえないとばかりにコールスは言い放つ。
「あれだけの戦闘力を持った新州の立ち上げは危険だ! あいつの動きが見えた奴がいるか? 危ない、危なすぎる」
コールスの様子を見て、ドワーフたちの本心が分かった。つまり、俺が弱いからと足元を見ての賛成だったのか。つまりは、決闘討議に持ち込めば有利な条件で協定が結べるだろう、という裏があったということだ。扱いやすい駒が欲しかったというのが実際の動機なのだろう。しかし、その意見は中央から跳ね返される結果となった。
「一度可決の札を上げた以上、取り消しは認められない」
官僚席からその言葉が聞こえるとコールスはバツが悪そうに肩をすくめた。そして、負け惜しみするように言った。
「し、しかしだな。ブランドン州がいない以上、決議は取れないだろう。残念だな!」
悔しいがその通りなのだ。残念だが、現状では全会一致という条件は満たせない。
「その件についてだが……」
ウェズリーが何かを言おうとしたところで扉が開く音がする。ウェズリーは何か策を用意してくれていたようだが残念ながらそれは披露されずに終わった。
その扉が開く音に続いて、獣人たちの止まれ! という怒号が聞こえた。ギルド長全員の目線が入り口の大きな扉の方に向かう。
開いた扉から現れた人物は獣人を制するように手をかざしながら、優雅な歩き方で円卓に向かって歩いてくる。手をかざされた獣人は、その人物に近づけないようで、彼女が魔法をかけているらしいことが分かる。本人はそんな獣人など意に介さぬという様子だ。すらっとした背の高い女性は、黒い長い髪をなびかせながら悠然とホールの円卓へと歩いてくる。
その人物は、俺もよく知っている人だった。