8-5.ギルド長会議Ⅱ
その次に言葉を発したのは、全身が純白のうろこで覆われた魚人、コノスル州のヒューリックだった。
「コノスル州は2つ目の理由に賛成致します。サトル殿の育てた野菜は品質が高く、二界の食文化の向上につながると確信しております。故に、新州の立ち上げに賛成致します。メニコル殿も同様の意見だったと記憶しております」
コノスル州のヒューリックからのバトンパスに、慌てたようにメニコルが可決の札を上げた。慌てすぎて、札を掴もうとして落としていた。ヒューリックも陰で動いてくれていたらしい。
「あ、えっと。ポスティン州は王都にカッパ農園のファンが多いことから賛成だ」
少し締まらない理由だったが、賛成してくれたので感謝するべきなのだろう。メニコルは札を上げながらも中央の官僚たちの方をちらちらと伺っている。もしかしたらヒューリックはメニコルの弱みを握っていて、圧力を掛けたのかもしれない。
どうもポスティン州のギルド長は中央の傀儡となっていると聞いている。中央から反感を買わないか、気にしているということなのだろう。いずれにしても、カッパ農園の野菜の名が知られていたことから支援が得られた形だ。ミナミちゃんに感謝しないといけないな。
これで、ダボリス州を除いて許可を取り付けなければならないのは、エーシャル州、ネジャルタル州とアサギリ州、ブランドン州か。そのうちのエーシャル州のギルド長、マリエンがすっと立ち上がる。
「エーシャル州は学問的見地で条件付きにて賛成致します」
ラニストル州のギルド長と反対に白い肌の美しい女性のエルフは、穏やかな口調でそう言った。そこで提示された条件は、俺が王立大学において農業の研究に協力することだった。あくまでも技術の譲渡ではなく、学問的観点で農業の手法を確立させたいということのようだった。それを広めるという考え方は無いと言っていた。
「しかし、この場で協定を結ぶことは出来ませんから、次回のギルド長会議で締結させていただけないかしら? 口約束で構いませんわ」
その発言は一聞すると甘い発言に聞こえる。しかし、ギルド長が全員そろっている場でした約束を反故にした場合に、その後の外交に与える悪影響は計り知れない。凛とした姿に反して恐ろしい人だな、と思った。
「喜んで協力させて頂きます」
出来るだけ他州に協力する姿勢を示すために、そう言って応じた。それに対する返事を聞くと、マリエンは軽く微笑んだ後で席に着き、可決の札を挙げる。その姿はとても美しく、このような場にも関わらず目を奪われる。
「王立大学の研究とサトル殿の農業が混じれば、二界への貢献は大きいでしょう。故に、私たちエーシャル州は賛成の立場を取ります」
その言葉を聞き終わるとドワーフが立ち上がった。当初から難関の一つだと考えていたネジャルタル州だ。狡猾なドワーフたちがどのような立場を取るか、全く未知数だった。ウェズリーが圧力を掛けてくれるとは聞いているけれど……
「ネジャルタル州は、無償にて農業技術を譲渡することを条件に賛成しよう。それが最低条件だ」
足元を見て厳しい条件を突き付けてきたようだ。この場合、今の立場上はネジャルタル州と約束するしかないだろう。しかし、他の州からは対価を受け取っている以上、そこに差をつけることは信頼を失うことになる。どう答えるのが正解なんだ? この場ではコールスに生殺与奪の権利を握られているのだ、と感じると絶望的な状況だった。短い時間にそんな考えが頭の中を巡った。
諦めて受け入れるしかないと言葉を発しようとしたところで、机を叩く音が響き、大きくて低い声がホールに響いた。怒りの声を上げたのはウェズリーだった。
「この場で我を敵に回すか! そもそも、この場で協定は結べないのだぞ」
その言葉に、ドワーフは両手を上げて肩をすくめる。その動きには、どこか馬鹿にしたような感情が感じられて気分が悪かった。ウェズリーは約束通り、ネジャルタル州に圧力を掛けてくれたのだろう。それに効果があったことはすぐに分かった。
「ほんの冗談じゃあないか。大げさな奴だな。これだから鬼人と言う奴は……迫力など交渉の場では意味が無いというのにな」
そして首を左右に振って、やれやれ、という態度をとる。その様子に、後ろに控える2人のドワーフたちが嘲笑する声がホールに響く。
「新米ギルド長候補に厳しさを教えてやろうと思ったのだよ。感謝して貰いたいくらいなのだがな」
そう言うと、狡猾そうな表情をしたコールスは俺に指を指しながら続けた。
「まあ、次のギルド長会議が楽しみだ、サトル殿」
そう言うと、満足したように席について可決の札を掲げた。
「ネジャルタル州も賛成だ、面白そうだからな」
なんだ、その理由は? まあ、ウェズリーの圧力が利いていて消極的な立場ながら賛成ということだろうか。しかし、不本意ながらこれからはここにいるギルド長と対等に渡り合って行かなければならないということを実感する。もちろん、仮にこの場を切り抜けられればではあるが。
「ダボリス州は賛成なのだろう。となると、この場で立場を表明していないのは拙者のみか」
怒りに震えるウェズリーを一瞥すると、微動だにせずに座っていた獣人が言葉を発した。自分で言った通り、この場において唯一立場を表明していない者だった。その男の発言を固唾を飲んで待つ。
「結論から言おう。アサギリ州は、サトルとやらがギルド長の器たる人間かまだ判断しかねる。したがって、賛成は出来ない」
その言葉は、死刑宣告に等しい言葉だった。血の気が引くのを感じる。元々、繋がりがほとんどない人間が反対を表明したのだとしたら、それをひっくり返すのは難しいのではないだろうか。
その獣人の言葉にバーナーが出来るだけ落ち着いた声で尋ねる。
「ムラサメよ。貴州に損は無いだろう」
「損が無いということは、拙者が賛成せねばならぬ理由にはならない」
そういうとすべてのギルド長に向けるように続けた。
「アサギリ州はタイラー島からの支援など受けておらぬ。故に独立した立場で判断するとさせて頂こう。拙者は賛成の札を上げるつもりはない」
その言葉に、味方の立場を表明してくれていたギルド長達が反論する。しかし、ムラサメはそれに応じる様子はない。
その様子を見て意を決して立ち上がる。両側に立つ獣人が動くのが分かったが、反抗するつもりはないことを伝える。すると、彼らは緊張を解いた。ギルド長達の注目が集まる中で、出来るだけ冷静に、中央の官僚席に向かって言う。
「この場で私が意見を述べても宜しいでしょうか」
「許可する!」
絶対の勝算がある訳では無い。だが、出来ることはすると決めているのだ。待ってくれている農園の仲間たちのために、絶対に農園に戻らなければならない。その決意を胸にムラサメに向けて話す。
「ムラサメ殿は私がギルド長の器たる人間か判断が付かない、と仰いましたね。それは性格、生まれつきの長としての資質のようなものでしょうか。あるいは知性、この交渉の場でやっていけるだけの頭の回転でしょうか」
そこで間を空けて続けた。可能性があるとすると、これしかない。
「あるいは、武、でしょうか」
それに表情が少し動くのを感じた。ここを押すしかない。
「ぜひ、貴殿と決闘を申し込ませて頂きたい!」
二界の種族は、それぞれが特性を持っている。ダボリス州であれば誰よりも強くあることを是とする。エーシャル州のエルフは知を究める。ヴェリトス州のゴブリンは自分たちの利を最大化しようとする。それでは、アサギリ州の獣人は何か。
それを考えた時、獣人が腰に挿した刀、そして隙の無い様子から、武を究めんとする種族なのではないか、と推測したのだ。
「ふ、中々に面白い男だな。拙者に挑むと申すか。だが、拙者は手加減などせぬぞ」
その言葉を受けて、局長の許可が下りた。
「許可する! 両者準備せよ。時間は30分後とする」
ひとまずは首の皮一枚で繋がったようだ。しかし、相手はギルド長、しかも武に重きを置いていると思われる種族なのだ。決して状況は芳しくない。
一抹の不安を抱えながらも、決闘決議に向けて心の準備をする。持ってきた武器や装備などは一度返して貰うことが許可された。しかし、他の者との接触は禁止とのことで、一人で控室の中で待つ必要があった。
これまでの訓練と農園で待っている仲間たちを思い出し、自分を奮い立たせる。