8-3.地下牢
王都への旅は順調に進んだ。しかし、その旅路は今までとは全く違う見え方だった。風景は色あせていて、旅をする時の高揚感のようなものは一切ない。
そんな陰鬱な気分をを少しでもかき消すように、現れたモンスターは全て俺が倒していた。それを止めさせようとしたナオをドビーが止めてくれたのが見えた。そんな気遣いに内心で感謝しながらも、とにかく目の前の敵に集中して余計なことを考えないようにする。
王都に到着すると真っすぐにギルド本部に向かった。ここに来るまでの道のりで、王都に着いたら拘束されるだろうことは聞いていた。その言葉の通りに、ギルド本部に入った途端に獣人たちがやって拘束しようとしてきた。
「容疑者を拘束せずに連れてくるとは。信じられん」
拘束をされていない状況を見て、獣人は驚いたようにそう言った。
「彼は罪人ではない。彼が諮問に掛けられるまでの責任は私が負っている。拘束はせずに丁重に扱いなさい」
「随分と気に入っているようだな。だが、地下牢には入れるぞ」
その言葉にナオが反論しようとしてくれたが、それを手で軽く制する。
「それで構わない。ナオももう十分だよ。ありがとう」
それからギルド長会議の当日まではギルド本部の地下牢に押し込まれていた。とは言え、まだ罪状が確定しているわけではないため、普通に食事を与えられる上に、しっかりとベッドなども用意されている。外には出られないが、個室を与えられている。
しかし、日の光の届かない地下牢にいると、生気を奪われ、希望が徐々に失われていく。悪いことをしていないと確信していても、どこか自分が悪いような気になる。仮に罪状が確定した場合は農園の他のメンバーに被害は及ばないだろうか? サミュエル州のナオに迷惑は掛からないだろうか?
そんな自分を傷つけるだけの葛藤に、徐々に心が罪悪感に包まれていく。
そんな俺を気遣ってか、色々な人が地下牢に面会に来た。中に入ることは許されないようだが、扉を挟んで話をすることは許されていた。
「サトル。大丈夫だ。いざとなったら我の本気を見せて説き伏せる」
一度だけやって来たウェズリーははっきりとそう言った。他の人から聞いている限り、ウェズリーは賛成を取り付けるべく、他の州のギルドたちに接触しているようだ。傭兵部隊を要するダボリス州としては、他の州との警備協定を使ってプレッシャーをかけてくれているのだろう。
「かつての恩、この場で必ず返すぞ」
バーナーはそう言葉こそ少ないものの、力強い声を掛けてくれる。ウェズリーもバーナーも武人らしい励まし方をしてくれた。背中を押すようなそんな言葉に、気持ちが少し楽になる。
それに対して、少し変わった励まし方をする人もいた。それはコノスル州のヒューリックだった。
「サトル殿がいなくなったら、美味しい野菜が食べられなくなるではありませんか」
「いや、作れるでしょ」
「気持ちの問題ですよ。私はあなたの野菜のファンですから。それを避けるためにも、尽力致します」
個人的に親交が深いわけではないヒューリックだが、それでも、野菜に対しては好意的な感情を持ってくれているようだ。きっと、ギルド長会議で何が論点になるかを踏まえた上で励ましてくれているのだろう。品質の高い野菜の安定供給こそが、州立ち上げの最大の理由になるのだから。そのことを思い出させてくれた。
「おい、俺の戦闘指南は終わってないぞ。しごいてやるからさっさと出て来い」
ジャックはそうやって未来に目を向けさせようとしてくれたのだろう。乱暴な物言いではあるが、そんな軽さがその時はありがたかった。そんな形で、サミュエル州のギルドの他のメンバーも頻繁に代わる代わるやってきて話し相手になってくれた。
そのお陰で何とか正気を保てたように思う。とは言え、昼夜の概念のない地下にいると徐々に、いつ眠ればいいのかが分からなくなり、眠りが浅くなっていた。
そんなギルド長会議前日の夜だっただろうか。
「……生、起きていますか?」
その声に転寝していた俺は目が覚めた。寝起きで声が出ない。
「あなたほど、他人のことを思えて、そして強い人はいません。まだ、学びたいことがたくさんあります。だから、奇跡を、どうか、勝ち取ってください」
ドビーは独り言を言うと地下牢を離れていった。ドビーの足音が地下牢の空間に寂しく、しかし確かに響いた。
ごめん、聞いてしまった。でも、ありがとう。
□
ギルド長会議当日。訪れる人もいない中、吐き気のするような緊張に苛まれながら地下牢でその時を待っていると、何人かが近づいてくる足音がした。その足音が近づくにつれて、鼓動が高鳴るようになり、頭に徐々に血が上っていく。
呼び出しが掛ったようだ。迎えにきた獣人たちは、扉を開けて中に入ってくると、俺の両手を拘束して牢から出るように指示する。ただでさえ体の中をうごめいていた緊張がさらに高まる。
階段を一段一段上っていくと、久しく見ていなかった日差しが目に飛び込む。その光はあまりに強く、目に鋭く刺さった。視界の戻らない中、二人の獣人たちに引き連れられて、ギルド長会議の開催されているホールに向かう。
ギルド長会議の会場の入り口を警備している獣人達は引き連れられている俺を見ると黙って扉を開いた。
その先には、かつて傍聴席で参加した時と同じような光景が広がっていた。向こうに座る人々の目線がこちらに向くを感じ、改めて気を引き締めなおす。