8-2.逆転の一手
召喚状を受け取ってから少し経った頃だろうか。農園のログハウスの前に10人の鬼人達が立っていた。
「俺たちは、師匠のために立ち上がります」
どこで聞きつけたのか、10人衆のうちダボリス州にいる鬼人達がやって来た。全員がばっちり武装している。いやいや、この人数で中央に楯突くのは無理だ。でも、気持ちはありがたく受け取ることにする。
「気持ちは嬉しいけど、そんなことしたら俺らだけじゃなくて、サミュエル州の人にも迷惑かけるから。他の方法を考えよう」
その日は泊って貰って、翌日にダボリス州に戻ってもらうことにした。納得行かないような表情をしていたが、そこは強き者には従う鬼人達だ。大人しく戻っていった。
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他にも色々な人が農園にやってきて協力を申し出てくれた。それを丁重に断りながらも農園のメンバーと共に解決方法を考えていた。しかし、この状況を打開できるようなアイデアは残念ながら出なかった。
そんな日々が続く中、ある日、ミナミちゃんが面白いアイデアを持ってきた。歯切れの悪い言い方なので誰かの入れ知恵だということが伺えたが、そのことはミナミちゃんの口からは出なかった。何か理由があって言えないのだろう。人の手柄を奪うような子ではない。
「師匠が州を立ち上げるのはどうでしょうか?」
「なるほど……? でもギルドに入るのと同じで否決されるような気がする」
「えっと。それはですね。州の立ち上げは、特別なんとかで、別なんです」
その時、一度だけ参加したギルド長会議を思い出す。上申事項、協定、支援要請の後には、ほとんど行われない特別決議というものがある。そこで決議する事項の中には、新しい州の立ち上げというものも含まれていたはずだ。ギルド長会議で行われる特別決議、つまり、新しい州の立ち上げは、ギルド長会議の場でギルドの判断で決まるということか?
「ミナミちゃん、ありがとう! これしか無さそうだ。あとでギルドに行ってくる」
ようやく見えた光明に久しぶりに前向きな希望が心に宿るのを感じた。はやる気持ちを抑えながらも、馬に乗ってバーニャの町のギルド支部に向かった。
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ギルド長室に入るとナオとイトウがいた。何かを話していた様子の二人は、一斉にこちらに目線を向ける。簡単に挨拶を済ませると、ミナミちゃんが出してくれたアイデアを2人に説明する。
「イトウ、俺が新しい州を立ち上げるっていうのはあり得るかな?」
その言葉に、ナオやイトウが困惑した表情を浮かべた。あれ、あまりに荒唐無稽すぎるアイデアだったかな?
しかし、イトウは少し考えた後に、何か思い当たることがあるような表情をして、急に席を立つと別の部屋に行ってしまった。
「まさか。いや、もしかしたらあり得るのかもしれないわ。私たちは考えもしなかった方法だけれど……イトウの答えを待ちましょう」
ナオも心当たりがあるようだ。その表情は明るく見えた。少し経ってイトウが分厚い本を持って戻ってきた。法律書のようだ。
「これしかない。特別決議で新たな州の確立を宣言すること。12州のギルドの代表者たちの全会一致とその場にいる局長級の決議という条件が付くが、ギルド長たちによる判断が先に来る」
イトウは対象となる条文を指さしながら説明し始めた。ギルド長による決議が先に来るとしたら、希望があるかもしれない。でも、局長の許可を取ることは難しいのではないだろうか。そんなイトウの説明に補足するようにナオがコメントをする。
「諮問会議はギルド長会議の最後に設定されるの。だから、特別決議を先に通してしまえば、あなたは諮問を受ける段階ではギルド長になっていることになるわ」
「でも、今まで罪に問われていたことは事実だよね。局長級が否認したら終わりかな?」
「確かにそうだ。しかしながら、全ギルドの許可が得られているのであれば、中央もその意思を無下にはしないだろう。特に、州を跨ぐ団体の会長というだけのことであればな」
イトウの言葉になるほど、と思う。逆に言えば、反体制派活動での諮問だったらそうは行かないということなのだろう。
「今までの実績を踏まえても、不問とされる可能性はある。中央としてはサトルの活動に権限を与えすぎると、州間の完全分離主義が崩れることを恐れている、と見るのが合理的だ。であれば、その権限に州のギルドという理由を与えてやればいい」
そして、少し間を空けるとイトウは改まった表情で続けた。その表情は、俺に覚悟を問うような鋭いものだった。
「ただし、ギルドを立ち上げるというのは、行動を全て中央に報告し、絶対の服従を誓うことを宣言するに等しい。だから、ギルド長になるということで中央から相応の制約を受けることは覚悟するように」
「それくらいはお安い御用だよ。となると、目下の課題は全ギルドの全会一致を得ることかな?」
それだって簡単なことでは無い。州を立ち上げる合理性を全州のギルド長が納得するような説明をしないといけないのだ。楽観的に考えれば、害が無い場合は賛成してくれる場合もあるだろうが、利が無いと賛成しない可能性は十分にある。それだけに、各州の動きを予想して事前に準備しておく必要がある。
「協定先のダボリス、ラニストル、コノスル、ジャメナ州は大丈夫だろう。エーシャルやヴェリトス、ポスティン州は食料を輸入している側だ。食料供給が安定するのであれば賛同が得られる可能性が高い」
「なるほど。それを説得することがポイントになるのか」
「しかも、協定の決議は次のギルド長会議に持ち越される規則になっている。つまり、その場で不平等な協定を押し付けられる可能性は低いと言える。となると、問題はウェイン島の3つのギルド、それからネジャルタル州だ」
イトウはそう現状を整理した。つまり、4つの州をどうにかすることが課題になるということだ。そして、州の立ち上げには半年間の猶予が与えられることも説明された。つまり、半年の間に州としての体制を確立して、次のギルド長会議までに各州との関係性も考えておく必要があるということだ。ただ、それは今考えるべきことではないだろう。
そんな問題の4つの州のうち、ネジャルタル州への対応は、ウェズリーの提案で目途が立った。
「ネジャルタル州については、ダボリス州が圧力を掛ける。それで大丈夫だろう。ダボリス州が警備を一手に引き受けているからな」
ドビーの言葉を聞いて、サミュエル州にやって来たウェズリーはそう言った。ウェズリーの言葉はとても力強いものだった。
「それから、我はアサギリ州のギルドのメンバーと親交がある。その者にも今掛け合っている」
そんなウェズリーや他の人々の言葉に励まされながら、ギルド長会議に向けて出来ることはやっていった。しかし、そんな仲間たちの尽力があっても、ブランドン州とミュートレット州とのコネクションは作ることが出来なかった。
そんな不安要素のプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、悪いことを考えても仕方が無いので、目の前の野菜の育成に集中して、そんな不安を取り払おうとした。農園のメンバーたちは、色々と話をしたり、前向きな情報を入れたりして励ましてくれた。そんな彼らの協力をありがたく思う。
あとは、人事を尽くして天命を待つ、だ。こうして過ごしているうちに、ギルド長会議に向けて旅立つ日がやってきた。
マルロはぎりぎりまで頑張ってくれているようで、その日は農園にはいなかった。
ドビーはギルドに所属しているので同行してくれることになった。他の農園のメンバーも付いて来てくれようとしたが、残念ながらポスティン州に行く権限は無いので、農園で待っていて貰うことになった。彼女たちは農園で送り出してくれることになった。
「大丈夫です! それはわたしが保証します!」
ミナミちゃんが言うと実現しそうな気がするよ。
「さっさと片づけて来なさい。私のメンターなんでしょ?」
メルはいつもの冷たい口調でそういう。でも、どことなく不安そうな表情に、多少無理をしてでも強い言葉を言ってくれているのだろうことが分かった。
「私はお師匠様と同じ道を歩みたい。その先にはみんなの笑顔がある、そう確信しているからです」
ハルの目は少し潤んでいた。そう言い切ると下を俯いたのだが、涙を拭いたような動作をした後に、はっきりと言う。
「だから、絶対に帰ってきて」
その言葉に強く頷くと、出来るだけの笑顔を作って答える。
「必ず帰ってくるよ」
そう言うと、迎えに来たナオとジャックの乗った馬車に、ドビーと一緒に乗り込んで、カッパ農園を離れる。
この場所にえ必ず戻ってこようという決意を胸に秘めて。




