8-1.召喚状
8-1.の投稿前にタイトルを変更しました。
実は8章の題名を書くところで、タイトルは変更するつもりでした。
この章で農園の王は1区切りになります。
季節が秋に移ろい、寒さが増してきた時だった。いつものような平穏な朝は、慌てた様子で農園にやって来たナオとイトウによって無きものにされた。
その日、早めに目覚めた俺は小屋でゆっくりしていたのだが、そんなゆったりした時間を壊すようにノックもせずにイトウが小屋に入ってくる。イトウは青ざめた表情をしている。その後ろをナオが付いて来ているのだが、その表情も固く、何やら緊急事態なのだろうことが分かる。
「え、なに?」
その言葉に返事もせず、イトウは手に持った紙の束をテーブルに置いた。そして、イトウらしからぬ言葉を発した。
「申し訳ない。私が不甲斐ないばかりに」
そのタイトルは——
<召喚状>
そのただ事ではない様子を見て、まずは読んでみないといけないだろうと察する。その召喚状に書かれた文字を目で追っていく。それは中央から俺に宛てられた文書だった。硬い文章で書かれたその内容は、簡単にまとめるとこういうものだった。
貴殿を越権行為により、諮問に掛ける。
複数の通報があり事実を調べたところ、貴殿が州をまたぐ組織の長を務めていることが確認された。
ギルド以外の人間による州をまたぐ組織の設立、運営は禁止されている。
それ故に貴殿を次回のギルド長会議にて諮問に掛ける事とする。
「つまり、俺は容疑者になっているわけ? 何でそんなことに」
「それは順を追って説明するわ」
ナオは俺が話そうとするのを遮るように手を上げながら言った。
「まず、ギルド長会議の諮問会議についてだけれど、中央に目を付けられたということ。これは死罪の宣告に等しい。基本的に重篤な協定違反や越権行為など州のギルドで捌けない犯罪者を裁く場よ」
「そんな悪いことをしたと思えないんだけど」
「会長をあなたにしたことが問題視された。州の立案だから問題ないはず、と思って油断していたわ。実際、行ってきた活動も決して反体制派と見なされるようなものではない」
そう言いながら、ナオは確認をするようにイトウに目配せをした。イトウはナオのその目線に頷いて答えている。
「ということは、中央はサトルが完全分離政策の脅威になりうる活動をしていると判断したと見るべき」
州を跨いだ俺にとって、中央の分離政策はどうしても不合理なものに見えて仕方が無かった。他の州にある美味しいものを取り寄せることもままならない現状に加えて、それが原因で召喚状を受け取ることになった今、その不満が自ずと噴出する。
「そもそも、完全分離政策って必要なのか?」
「気持ちは分かるわ。だけど、諮問会議に掛けられようとしている今、その発言は危険よ」
その言葉にさらに不満を口にするのを抑える。この状況で反体制派であるとみなされるのは危険だということなのだろう。
「そもそも完全分離主義は、州民同士による州間の摩擦を回避させる意味がある。例えば、貧しい州にいる人たちがサミュエル州を見たら羨ましいと思うでしょう。でも、知らなければせいぜい自州の中の摩擦で完結するわ」
確かに、エリエンの村の人たちがバーニャの町を見たら、きっとまずは自州のギルドに対して不満を持つだろう。そして、仮に自州のギルドを打倒したとしたら、次には自州の経済状況を目の当たりにし、自州だけでは解決が難しいと思うはずだ。すると、その怒りの矛先は他の州に向く可能性がある。
「もし、摩擦が起き戦争が起こるようなことがあれば、大勢が巻き込まれる。そして、一番の懸念はその怒りの矛先が中央に向くことなのでしょうね」
「結局は保身のためなのか」
「今の発言も要注意よ。元々、種族が違えば能力にも違いがある。それは、種族の考え方の違いとして現れる。そうした考え方の違いを、中央の官僚組織は州の中に集約し、争いを無くしている。でも、それを可能にしているのは中央が権力を集約し、厳密に運用しているからよ。全体最適のための保身と考えるべきね」
ナオの表情には迷いなどなかった。そこから、中央の官僚組織への絶対的な信頼感が伺えた。俺は、中央の息が掛かりにくい立場で色々な州を見る経験をしてきた。だから、ナオが見てきた世界は違うのかもしれない。
「サトルを会長にしたというのは文書として公式に出したことは無いわよね」
その言葉に頷いて肯定する。口頭では伝えていたと思うが、公式な資料には残していないはずだ。
「だから、伝聞で伝わった情報を通報した人間がいるのでしょう。恐らくだけど、他の農家が署名したのよ。あなたの野菜に品質で勝てる農家はいない」
「そんな、俺は聞いてくる人たちにはちゃんと教えていたのに。もちろん対価は取っていたけど、それでも元々の儲けよりは多かったはずだ」
「それは私たちも知っているわ。だから、出来る支援はする」
農業支援をしてきて、二界の人たちを救ったはずなのに、なぜそのようなことになるんだ? 行き場の無い怒りが頭を巡り、思わず声を荒げる。
「そもそも規則違反になることを知らなかったのか?」
その言葉に、イトウが申し訳なさそうに項垂れている。来た時から元気が無いイトウの様子を見て、イトウにとっても想定外の事態だったことは分かっていた。それでも、問わずにはいられなかった。
「すまない……」
それをフォローするようにナオが言う。
「直近で規則が変わっていたようなの。この点はイトウを責めないであげて」
とはいえ、何とか対応方法を考えなければならない。何の対策なしに諮問に掛けられた場合は何らかの処分が下るということなのだろう。中央は違反者に対して苛烈とも言える処罰を下すと聞いている。
「ごめん、言い過ぎたよ、イトウ。何とかする方法を考えるのを手伝って!」
「ええ。私も賛成よ。今は悔やむよりも、サトルを助ける方法を考えて」
「はい。全力を尽くします」
そう言うと、イトウはすっと立ち上がり小屋を出ていった。恐らくギルドに戻って法令を確認するのだろう。小屋に残ったナオと今の時点で考え付くアイデアを議論する。
「俺がこれからギルドに加入するというのは?」
「ギルド加入には中央への申請が必要よ。時間がかかる上に、今の状況で承認されることはないでしょうね」
「それもそうか。そもそも後出しでは意味がないものね」
「いや、後出しという点については諮問会議の時点で変わっていれば問題ないはずよ」
そうなのか。となると——
「回避する条件は2つ。一つは諮問会議までにギルドのメンバーとして認められること、もしくは州を跨ぐ組織の会長では無かったことを証明すること、か」
「状況的に後者は難しいでしょうね。証拠が無ければ中央は動かない。つまり、正攻法ではない方法でサトルをギルドに加入させなければならないわ」
農園を、いや、この世界の食を守るためになんとかしないと。裕福な人間が支配する農業にしてはならない。美味しいものを食べた人たちの笑顔を守るために。
□
ナオが帰った後で、農園のメンバーにも事情を説明する。農園のメンバーたちは、まずは驚き、そして口々に納得が行かないと言っている。誰も俺が悪いと思っている様子は無くてほっとした。
「俺、ウェズリーさんに連絡を取ってみます」
「サトルさん、僕も心辺りを当たってみます。すぐに帰ってきますが、少し農園を空けます」
「わたし、バーニャの町に行ってきます」
普段から外の人たちとの関わりの多い3人はそう言って、すぐにログハウスを飛び出していった。勢いで飛び出そうとする3人を引き留めて声を掛ける。
「あまり大きく動いて犯罪者に加担していると思われないように気を付けて!」
「サトルさんは犯罪者ではないでしょ」
そう強く言ったのはマルロだった。信じてくれるのは嬉しいけど、そう言うことじゃない。
「気持ちは嬉しいけど、中央はそう見てくれないかもしれない」
「お師匠様、今は中央がどう思うかではなくて、私たちがどう考えているかを見てください! 私たちはお師匠様を信じています。自分の身は自分で守りますから、お師匠様は自分のことだけを考えてください」
その言葉に他のメンバーも頷いている。そんな様子に感謝の気持ちが溢れる。
「ありがとう」
「私もお師匠様のため出来ることを頑張ります!」
みんなが出ていった後のログハウスの机で頭を抱える。どうしたものか? ハルはああ言ってくれたけど、少なくとも農園のメンバーには迷惑が掛からないようにしないと。
「しゃきっとしてちょうだいよ。私のメンターなんでしょ!」
そんなことを考えている時に、ログハウスの共有スペースにメルの声が響いた。驚いて声の方を見ると近くにメルが立っている。いつもの平坦な話し方では無く、どこか感情的でとがった声だった。
「なにも、あなたが全て背負わなくたっていいのよ! たまには私たちを頼りなさい」
なぜか、そんな厳しい言葉がその時はありがたかった。その言葉にお礼を言って立ち上がる。
「ありがとう。俺も出来ることをやってみるよ」