7-12.一大イベント
第7章終了です。明日は登場人物紹介を投稿します。
収穫祭の当日は、朝から少しずつ人が集まってきた。今回は10人衆もいるので会場設営などは問題ないのだが、料理などはどうしても出来る人が限られる。そこで、不動産屋のオヤジやケシャ牧場のイトリン夫妻などに協力をお願いしている。もちろん、カーミンさんもやってきてくれた。カーミンさんに至っては——
「そろそろ収穫祭ですよね。日程を教えてください」
「え?」
「日程空けときます」
さすが出来る課長さんは違う。先回りして雑務をこなしてくれるなんて、優秀すぎるのだが、却ってそれがデスマーチを呼んでいるように思えてならなかった。せめてものお礼にビールを1樽送ることにした。
そんなわけで、朝から結構な人が集まって騒がしかった。そんな彼らをマルロが現場監督としてまとめている。
ちなみに、ミナミちゃんはドビーを引き連れて、前日からやって来て、バーニャに滞在しているお客様に挨拶をしに行っていた。ドビーは嫌がっていたが、ミナミちゃんの勢いに負ける形で連れ出されていた。
「私、商人さんとの人脈はあるけど、ギルドの人との人脈は無いんです! ドビーさんしかいません」
ミナミちゃんが真っすぐな目線でドビーに言っていた。その言葉に折れたようだ。きっと、向こうは向こうで上手くやってくれているだろう。ドビーも意外と押しに弱いところがあるよね。
□
開始の時間が近づくと森の小道を通って、人がやってくる気配を感じた。入口で待ち構えていると、農園に入りきるとは思えない人数が近づいてきた。それを先導するようにやって来たマナミが元気に挨拶してくる。
「こんにちは! サトルさん、お久しぶりです!」
「久しぶり、って、ちょっと待って」
「どうしましたか? サトルさん」
「これ、人が多すぎないか?」
「そうですね! とっても多いです」
「いや、そんな嬉しそうに言われても……」
マナミはにこやかにそう言っている。サミュエル州のいたるところに声を掛けたようだ。今までの比にならないほどの人がやってきている。
「マルロさんには事前に言っていますから、大丈夫だと思いますよ」
その言葉の通りに、マルロは動揺する様子も無く、彼らを農園の奥へと案内した。前からマルロが何かをしているのには気づいていたのだが、農園の奥の森を少し抜けたところには、驚くような光景が広がっていた。
「え? 村が出来とる」
そう、森を抜けた先には広い広場があり、それを囲むように建物がいくつか建っている。ログハウスのような建物がメインだったが、入り口の反対側にはギルド本部のような立派な建物が立っていた。そんな空間を見て呆然としていると、マルロが声を掛けてきた。
「ええ、そろそろ、手狭かなと思いまして。スキンヘッドの大工さんたちにお願いして準備していたんですよ」
「すごすぎるよ。びっくりした」
「サトルさんは結構外に出ていることが多いですからね。その間にミナミさんと相談して準備したんですよ」
広場には机が並べられ、料理や飲み物の準備がされているようだった。そんな机を囲むようにやって来た人たちは思い思いに集まっていく。入口でカーミンさんの部下たちが入場料を取っている。そんなやり取りを聞いていたらしいナオが口を挟んできた。
「このペースで規模が大きくなっていくと、芸術祭、武闘祭に並ぶ二界の一大イベントになるかもしれないわね」
武闘祭については不動産屋のオヤジに聞いてことがあった。各州で闘技会が行われ、そこで上位に入った人たちが力を競うイベントだと聞いている。各州の豪商などを集めて中央が行うイベントとのことだ。芸術祭については聞いたことが無いけど。ただ、そんな話を聞いている余裕はなかった。
コノスル州からは魚介類やワインが、ジャメナ州からはテキーラが持ち寄られて、いつも以上に食事やお酒のバリエーションが豊富だった。そんな様子を見て、州間の制約が無ければ色々とできるのにな、と思わずにはいられなかった。
人が集まってきたところで、いつものように乾杯の音頭を取ることになった。事前に相談なんて受けていなかったのだが、直前になってマルロに言われた。
「今回は事前に言ったら断られる気がしたので」
確かに、色々やってくれているマルロに任せようと提案するつもりだった。途中までやってもらって良いところ取りしているようで気持ちが悪かったからだ。しかし、そんな俺の考えを見越していたのだろうか。さすがにマルロは抜け目がないなと思いながらも、挨拶するために台の上にあがる。
「よっ、会長!」
「カリスマ経営者!」
「挨拶は良いから早く飲ませろ!」
余裕が出てきたから分かったのだが、いつも急かしてくるのはギルドの奴だ。主にジャックの部下たちが声を上げているらしい。しかし、なぜか俺が知らない人達まで会長と呼んでくる。変な肩書が広まるのは避けたいんだけどな。
「えー、お集まりいただきましてありがとうございます。いつものように早く乾杯したいところではありますが、今日の会の準備に尽力して下さった人たちを紹介したいと思います」
やっぱり自分だけが注目されているのか気分が良くない。急かしているのがギルドの奴らだと分かった以上は気を使う必要も無いだろう。そう言って、周りを見回しながら紹介していく。
「まずは、今日早くから準備をしてくれたサミュエル州ギルドのカーミンさんと部下の皆さん、そして——」
収穫まで丁寧に野菜を育ててくれたハル、各州との物流を管理してくれたドビー、みんなの手の届かないところをフォローしてくれたメル、これだけ大勢の人を集めてくれたミナミちゃん、そう一人ひとりを紹介していく。
「そして、全体の統括をしてくれたマルロ。彼無くしてこの収穫祭は成り立ちませんでした」
そう言って、マルロの方に手を向ける。マルロは恥ずかしそうに頭を掻いている。お立ち台をマルロに譲ってから、自分は下に立って続ける。
「無事に買いを開けたのは彼らのお陰です。この場でお礼を言わせてください。ありがとう!」
その声に暖かい拍手が広がる。なかなか鳴りやまない拍手は、自分では無く、仲間たちに贈られる拍手だ。ちょっとしんみりしそうになってしまうので、あとは軽く終らせることにした。
「ということで、次からは乾杯の音頭はマルロに任せます」
そうさらっと、マルロに乾杯の仕事を丸投げしたところで、ビールの入ったカップを受け取って乾杯の発声をする。
え? とマルロが言ったような気がするが、その言葉は乾杯の発声にかき消される。
「では、乾杯!」
こうして夏の収穫祭が始まった。去年は農業支援に出ていたので参加することは出来なかったのだが、これで夏の収穫祭は3回目の開催になる。最初はギルドや一部の人を集めるだけだったのに、あっという間に大きなイベントになったな、と思う。
各州のギルドのメンバーに声を掛けたのだが、残念ながら来られない人の方が多かった。忙しいということなのだろう。やって来ていたのは、ダボリス州のターニャ、ジャメナ州のクレナ、クレナが来ると言ったら慌てて参加の連絡を送って来たケビルソだった。
<おいらが行かないわけがないじゃないか。友人として喜んで参加させていただくよ。で、クレナはいつ来るんだい?>
もちろん手紙は無視した。でも、集まってきたメンバーの中にケビルソの姿があるのは確認した。クレナを探しているのか、きょろきょろ周りを見回しているようだ。そんなケビルソの様子を見ているとターニャに声を掛けられる。
「サトル、久しぶり!」
「あ、ターニャ! ってあれ?」 話し方が普通になっている。 「話し方どうしたの?」
「その、仲良くなれ、たら良いかな、と思ったの」
「なるほど……?」
いや、正直に言えば何で今さらそう思ったのかが分からない。でも、正直、社長口調は落ち着かないから普通の口調なのはありがたい。
「最近はどうなの? その、農業支援とか」
「ああ、順調に言っているよ」
「ジャメナ州は? あそこは、乾燥しているって聞くわね。体調は崩さなかった?」
いつかダボリス州に行った時を思い出し、またターニャの質問攻めにあうのか、と思っていると、意外なところから助けがやって来た。
「ターニャさん、お久しぶりです。こっちに美味しい料理がありますよ」
「ハル君、久しぶりじゃないか……」
あれ、ターニャの口調が社長口調に戻っている。しかも、どうもトゲトゲした雰囲気が漂っている気がする。何だか気まずい。二人は喧嘩でもしたんだろうか。
「どうしますか? 冷めちゃいますよ」
「うむ。サトル君、しばし席を外す。また戻ってくるから待っていたまえ」
「いや、色々回らないと……」
そんな俺の言葉は聞き遂げられず、二人は食事の並んだテーブルの方に向かっていった。とは言え、色々な人が来ているから挨拶をしながら回ることにした。会場を回っていると色々な人に挨拶された。
他の州から来ている人もいるようだが、直接面識がない人も多いので確証はない。ドビーが話しているので、恐らくギルド関係者なんだろうな。
「サトル! 元気かい? ところで、クレナは?」
会場を歩いていると色ボケ魚人のケビルソが声を掛けてきた。お前の頭の中はクレナの事しか無いのかい! と思いながらも旧友との再会は嬉しい。
「おう! ケビルソ。そっちはどうなの?」
「まあまあかな。でさ……」
その先に続く言葉は分かっている。正直、どこにいるかは知らないので、それを遮るように話を変える。
「そういえば、葡萄の木はちゃんと根を張ったよ」
「おお! そうか。おいら、結構心配していたんだ。良かったよ」
ケビルソとは色々な情報を交換した。やはりワイン農家ということがあり、通ずる部分が多いのだ。まだ先にはなってしまうだろうがワインの作り方も確認しておいた。もし葡萄の実が成ったらワインにもチャレンジしようと決意する。
でも、ケビルソの家で見てしまった手紙の反体制派のことは聞けずじまいになってしまった。
□
色々な人と話をしているうちに、あっという間に空が暗くなり始めていた。早めにバーニャの町に帰っていった人もいるが、マルロとミナミちゃんがいつの間にか作り上げた村に泊まる人たちも多く、今までよりも遅い時間まで盛り上がっている。
10人衆が広場の真ん中で、闘技大会を始めたようで、広場の中央は大いに沸いていた。その様子を見に行くと、武器は使わずに組み合っているようだ。大きな円を描き、そこからはみ出したら負けというルールのようだ。これは、相撲だな。
そんな中から、ゴが飛び出してきて俺を呼ぶ。ハルを倒すまでは挑めないなんて言っていたのに、今は酔いが回っているからだろうか。意気揚々と10人の鬼人達は戦いを申し込んできた。
「達人の師匠、稽古を付けてください」
「よっしゃ、全員掛かって来い! 背中が地面に付いたら負けだ!」
「押忍!」
気分が良くなった俺もそれに快く応じる。10人衆と俺を囲む観客たちの歓声を浴びながら、鬼人達の攻撃を見切って避けながら順番に地面に倒していく。
全員を倒したところでターニャとハルが近寄ってくるのが見えた。ターニャは酔いで距離感を失っているのか、ものすごく近くに寄ってきて腕を掴んでくる。
「やっぱり私だけの騎士様になって」
あ、ターニャはまだ俺を護衛兵にしたかったのね。そんなターニャを剥がすように割り込んだハルが言う。
「駄目です! サトルさんは農園に必要です!」
ありがとう、俺も農園でのんびり過ごしたいよ。しかし、なぜか二人はにらみ合うようにどこかに行ってしまった。
「なんだかな……」
「サトルも意外とモテるのね。嫉妬しちゃうわ」
「え?」
そこにはサマリネ姉さんがいた。からかうような表情をしている。
まあ、確かに色んな人に好意を持ってもらえているように思う。ある人は農家として、ある人は息子、あるいは師匠、先生、経営者、創始者、会長として。俺がモテるというよりも、周りの人たちが勝手に良いところを拾ってくれているのだと思う。
だけど——
「意外とモテるみたいね。少なくともこの世界では」
意外と人には恵まれているからね。その瞬間は酔った時くらいはと調子に乗ってみる。
「あら、サトルも変わったわ」
「この10人も性懲りもなく師匠と呼んでくれるし」
「やっぱり変わってないわ。彼女いない歴イコール年齢の青年君」
「失礼な! 何でそうなるんだよ!」
そんな言葉を聞いてサマリネさんは笑い声を上げている。からかっているのに嫌味が無くて清々しい笑い方がサマリネ姉さんに良い人だなと思う。
「姉さん、ワインでも飲みましょう!」
サマリネさんに話しかけたつもりだったのに、意外な人が返事を寄越した。
「あ、ずるいっすよ、俺もワイン飲みます」
「今日はあなたと話してあげても良いわよ」
ドビーとメルが、サマリネ姉さんとの間に割り込んでくる。少しびっくりしたけれど、普段は冷めている2人も混ぜて、大きなホールへと向かう。途中でワインのボトルを見繕う。コノスル州から持ってきたワインだ。
ワインボトルを手にもって会場の中を歩いていくと、集まった人たちの顔には一様に笑顔があり、ある人は豪快に、ある人は上品に笑い声を上げている。そんな明るい声の響く中を夏の風が吹き抜けていく。まるで明るい空気を他のところにも届けようとするように。
「なあ、サトルさ。昨日は結局クレナが見つからなかった」
「あ、大きなホールにいたわ」
「何で教えてくれなかったのさ!」
「ごめん。忘れてた……」