7-11.農園の会長
収穫祭の前日になると10人衆が久しぶりに集まっていた。なんで前日に10人衆が集まっているかというと、夏の収穫祭の前日に各州の代表者を集めたのだ。名目は農業支援の一環なので、教育ということにしている。この辺りに理由付けをしないといけないのは煩わしいのだが、ギルドのメンバーではない以上、仕方がないことのようだ。
今までは達人の師匠と呼ばれていたのだが、気付くと名前が変わっていた。
「サトル会長! お久しぶりです」
そう声を掛けてきたのはロクだった。
「久しぶりじゃないか」
会長と呼ばれて、とっさに偉そうな話し方になってしまった。協定の通称がフード連合会である以上、そのリーダーの名前は会長ということになるようなのだが、会長というのは正直落ち着かない。
「その節は、ありがとうございました」
ロクは丁寧に頭を下げる。ダボリス州に支援に行っていた時から思っていたけど、彼らは自分が従うと決めた人にはとても従順だ。そんな彼らの尽力により、各州の農園は順調に運営できているという報告があった。
ただ、ジャメナ州については、土地の栄養分が少ないためか、成長が遅いという報告を受けたことがあり、ロクに助けを出したことがある。そのアイデアを出してくれたのはハルだった。
「お師匠様、砂に混ぜると効率が悪いようなので、パイプの水に栄養を混ぜてあげればいいのではないでしょうか」
「でかした! それだ」
そんなことがあったので、お礼はハルに言ってくれ、と言いながら近況を聞いてみる。すると、ロクはついに名前で呼んで貰えるようになったと嬉しそうに言っていた。ダボリス州の鬼人達は自然に周りから名前を呼ばれるようになることを夢見ているらしい。他の州で呼ばれるのは普通なんじゃないかな、と思ったがそれを言うのは野暮だと、胸に秘めた。
「農園の部下たちにはロク先生と呼ぶように言いつけていたのですが、ある時、本当の名前を聞いて貰えまして」
どうも、他の十人衆が来た時に、番号で呼び合っているのを見たジャメナ州の部下がロクに名前を聞いたということのようだ。そりゃ、ロクと聞いただけなら名前として分からなくはないけど、番号で呼び合っていたらおかしいと思うだろう。
「そうか、おめでとう。それで何て名前なの?」
「ロックです」
うそでしょ? そんなことってある? そう驚いていると——
「あ、自分で付けた名前ですよ。生まれつきの名前は知りません」
「あ、そう。色々あるんだね」
「会長は今まで通りロクと呼んで下さい」
そんな彼らは各州で収穫できた野菜をもって集まっていた。各州で収穫できた野菜を食べ比べてみると、少しずつ味が違うようだ。しかし、どの州の野菜も瑞々しくて美味しいものになっていた。そのことにまずは安心する。
10人衆の中でも各州に行った鬼人達に話を聞くと、どの州でも無事に収穫を迎えることが出来て、とても喜ばれたそうだ。食料の流通量が増えたことで、取引される野菜の価格の高騰が抑えられるようになったと言っていた。
「俺たちは今まで力を高めることばかり追求してきましたが、人のためになれるというのは良いものですね」
「そう思ってくれたなら良かったよ。美味しいものを食べている人たちって幸せそうな表情をするでしょ?」
「はい! 本当に」
その言葉に他の鬼人達も頷いている。彼らはこれからも頑張ってくれるだろうな、とその様子を見て確信する。これから支援先が増えてもきっと大丈夫だろう。
しかし、鬼人達はどこまで行っても戦闘民族であることは変わらないようで、俺が収穫祭の準備に手を取られている時に、ハルに稽古を付けて貰おうと集まって頭を下げているのが見えた。10人衆は最初こそハルの変身に驚いていたが、あっという間に慣れて、今になっては姿が変わったことなど気に留めている様子もない。
「達人! 稽古をお願いします」
息の合ったお辞儀を見てハルが困ったように声を上げている。肉体派の鬼人達がハルに息をぴったりと合わせてお辞儀する様子はとてもシュールだ。
「ぎゃあああ! そんな、私のところに来ないで、お師匠様にお願いしてください!」
「いえ! まずは達人を倒さないと、その師匠には挑めません」
「はあ……」
ハルの気持ちは分かるけど、彼らはきっと諦めないだろうな。そう思っていると、押しに負けるようにハルは広場へと連行されていった。傍から見ると10人の男たちが1人の女の子を連れ去っているようにしか見えないが、10人が束になってもハルには勝てないのだから、この世界は分からないものだ。
カッパの姿に変わったハルは、あっという間に鬼人を一人ずつ倒していき、ハルの周りには10人の鬼人達が臥していた。ハルはカッパから女の子に変身しながらこちらにやってくる。
「はあ、ひどい目にあいました。今度、お師匠様からも言ってください。私は武道家じゃないんです」
「あ、ああ」
あれだけのことをやっておいて、それは信じて貰えないんじゃないかな? という気持ちを抑えて相槌を打った。
その日は翌日の収穫祭の準備を早めに終わらせて、10人衆と農園のメンバーで前夜祭を開催することにする。彼らは久しぶりのビールにテンションが上がっているようで、口々に喜びの声を上げていた。
10人衆は、それぞれが昔話や近況で盛り上がっていた。
「いや~腕相撲で負けた時に、師匠に付いて行こうと思いましたね。しかし、ここまでの男だとは思いませんでした」
「俺だって、腕相撲であんなに態度が変わるとは思ってなかったよ」
「俺らからすると力を見せつけずに、誰かに指示が出来ると思う方が不思議だったんですが……他の州に出て見た今、会長の態度が偉大だと分かりましたよ」
「偉大って大げさだな」
しかし、他の鬼人達もその言葉に納得しているようだ。何がそこまで言わしめたのかはよく分からないけど、正直に言って悪い気はしない。
前夜祭は旧交を温めるようにのんびりと進んだ。そんな前夜祭が温まってきたところで、酔い覚ましで夜風に当たるために、ログハウスの外にあるベンチに腰を掛ける。月明かりが農園を照らし、夜空には星が綺麗に輝いている。目の前には月の明かりを浴びて、野菜が風になびくのが見える。
そんな時、隣に誰かが座るのを感じた。
「あなたは、人望があるようね」
その声のする方に顔を向けると、そこにはメルが座っていた。メルは俺が向いていたのと同じ方向を眺めている。
「お節介でお人好しだけが取り柄なのにね」
メルの偉そうな口調にももう慣れてきた。別に悪意が無いのは分かっているから、気にする必要が無いのだ。そもそも前世の記憶がないとは言ってもその人の核は変わらない。だからこそ、そういう態度に腹を立てるのではなくて、メルはメルで受け入れるべきだと思っている。
メルは農園に来た当初は他の人と話をしようという素振りも無かったのだが、ある事件をきっかけに、少しずつだけれど周りに溶け込もうとしてくれ始めたように思っている。それは、ちょうど農業支援の準備として各州を回ろうと思って計画を立て始めたころだった。
■■
ある日、メルは朝の会議でこう言った。
「エルジン山脈の方に訓練をしに行ってくるわ」
「いってらっしゃい。ギルドのメンバーと一緒?」
「ギルドには話して無いわよ。じゃあ、行ってくるわ」
「ちょ、ちょっと待った!」
それを聞いてしまうと、メンターとしては、はいそうですかとは言えない。そこで、他のメンバーに人手をやりくりして貰ってメルについて行くことにした。
「別にそんなこと頼んでないのに」
そんな突き放すような言葉を貰う羽目になったが、結果としては同行して正解だった。もちろん、メルはギルドに名が響くくらいには強い。だから、心配は無いのだが一人では倒せない敵というものもいる。だから、念のためについて行ったのだが——
「出たわね。いつかの復讐を果たさせてもらうわ。手を出さないでよ」
巨大なトカゲを前にして、それまで黙々とモンスターを倒していたメルが、改まった態度でそう宣言している。トカゲの見た目にもかかわらず、ワニのような鋭い牙の生えたその爬虫類はメルに敵意を向けている。その大きな口は、人間など一口で飲み込んでしまうだろう。
その時にメルが何でここに一人で来たのかが分かった。メルは転生して間もないころにこのモンスターに襲われたのだろう。こいつに転生してすぐに出会ってしまったのだとしたら、それは、あまりに不憫だと感じた。同じ種類というだけで違う個体なのだろうけれど、このモンスターはきっと恐怖の象徴になっているのではないだろうか。
しかし、言葉とは裏腹にメルの足は地面に張り付いたように動けない。よく見ると全身が震えている。トカゲはそんな事情など素知らぬ様子で、むき出しの敵意をメルにぶつけるように、一直線に駆け寄り始める。
「危ねえ!」
慌てて重力操作を掛けてメルを移動させる。そして、巨大なトカゲをこちらに誘導して、弱点への一撃を与える。決してメルに倒せない相手ではないように思うのだが、恐怖心が強すぎたのだろうか。トカゲを処分した後で、メルのところに駆け寄り無事を確認する。
「結局……恐怖に、勝てなかった」
やはり、自分がかつて屈してしまった敵を倒したかったということだろう。強さにこだわりのあるメルらしいとは思うが、農園の一員の命の危機を目の当たりにした俺は、冷静さを失って声を荒げてしまう。
「何やってんだ! 一人で来てたら危なかったぞ! そもそも、どうして、そんなに強さに拘るのさ?」
「分からないわよ! でも、強くないといけない。そんな脅迫観念が取れないのよ」
メルのそんな感情を露わにした言葉に、思わず口をつぐむ。メルは普段、どちらかというと感情を表に出さずに淡々と話すのだ。そんな様子に本人も答えが出せずに悩んでいることが伝わってきた。そこで、少し口調を落ち着けて続けた。
「元からの性格が変えられないのは分かる。でも、メルが倒せない敵がいるなら、その時は俺や他のメンバーに頼ってくれても良いんじゃないか?」
その言葉は俺自身が人に助けられて来たからこその言葉だった。俺だけだと今みたいに農園を運営することは出来なかった。でも、他のメンバーに頼って、多くの人に美味しい野菜が届けられるようになったのだ。だから、メルにも少しはメンバーに頼って欲しいと思ったのだが、少しは心に響いたようだった。
「うるさいわ。余計なお世話よ」
言葉とは裏腹にその口調には棘が無かった、ように感じた。
■■
そんな日からメルは変わったように思う。もちろん、相変わらず強さへの拘りはあって、時間があればギルドで訓練している。それに、口調も上から目線で冷たいままだ。ただ、農園の他のメンバーとの関係を少しずつ変えようとしているのは分かった。
「お人好しか。そうなんだろうね」
サミュエル州を出るまでは、美味しい野菜を作って、喜んだ表情を見られればそれでいいと思っていた。しかし、ダボリス州で貧しいエリエンの村を見てしまった。食料危機を実際に目の当たりにしてしまった今、少しずつ目指す方向が変わってきたなと自分でも思う。そんな気持ちがあって、自然に言葉が口から出ていた。
「でもさ、自分の力で出来ることがあるなら、何とか頑張ってみたいと思うよね。困っている人を知ってしまったらなおさらさ」
「それがお節介だって言うのよ」
そう冷たい口調で言い放ったメルの口元は少し緩んでいた、ように見えた。