1-6.農園の主
新居が決まるとナオとジャックが馬車で町から新居まで送ってくれた。町からは各方面に街道が出ているようだ。いずれ他の町に行く機会もあると良いな。そのうちの一つを馬車で進む。馬車の御者はジャックが担当していた。
「徒歩で往復1時間は大変だと思うけど、毎日ギルドに顔を出してくれるかしら? そこで、一日分の食料を支給するわ。安全確認も兼ねているからよろしく。逆に、サトルが顔を出さない時は、ギルドから人を送って安全確認するから」
「分かった。必ず顔を出すようにするよ」
そんな言葉にナオが頷いていた。そして、ジャックが馬を操りながら話しかけてくる。
「俺やナオはギルド本部にはいないことも多いが、サトルのことは伝えてあるから大丈夫だ。まあ、とにかく飯と住む場所、それから身の安全は俺たちギルドが保証するぜ。困ったときは俺を頼ってくれ」
「あなたは仕事せずにふらついてばかりじゃない。メンターであることを自覚して……」
「あー、うるせーな。俺はやるときはやるつーの」
「そうなることを祈るわ。あと、支給品以外に必要なものがある時は、言ってくれれば現物かゴールドを支給する。ぜいたく品は支給できないけど許してね」
「何から何までありがとう。助かるよ」
何から何まで親切だな。良いところに転生してきたのかもしれない。
さて、そんな会話をしながら広い街道を進んでいたのだが、不動産屋のご主人に貰った地図の通りに、途中でわき道があり、そこに入っていった。街道は石畳で舗装されていたが、この道は木を切り倒して、先に進めるようにしただけで舗装されていない。
小道を3分ほど進んだだろうか。突然、視界が開けた。大きな森の中に突如現れた開けた空間は楕円形に広がっている。その楕円形の空間はすべて畑になっていた。耕されてはいないが、前の住民が区画分けしていたのか、歩く道と畑の境界が良く分るようになっている。さらに、ずっと奥には一軒の家が建っている。木造の質素な家だが、それなりに広そうだ。また、家を含めて畑をぐるっと囲むように木の柵が立っている。
「ここで間違いなさそうだな」
「そうね、この先に道が続いている様子もないわ」
「二人ともありがとう。とりあえず、ここまでの道はとても分かりやすかったから、町に行くのも大丈夫だと思う」
「そうだな、右と左、曲がる方向を間違えるなよ。左だからな」
「いや、来るときに左に曲がったから、町にいくときは右にまがらないとだめね」
「お、そうだった」
こいつ大丈夫かな? まあ、迷っても自己解決しそうな勢いはあるけどね。
「あと、念のため剣を渡しておく。構えているだけでもある程度抑止力にはなるだろ。まあ、俺みたいな強い奴には通用しないけどな。一応ここを出てくるときは携帯しておけよ」
そうしてギルドが用意した生活必需品を受け取ると、二人は馬車を引き返して、町に戻っていった。この世界に来て初めての一人で不安を覚えるが、二人の案内でこの世界は安全であることが分かっているので、そこまでの不安ではない。改めて農園の全体像を見渡してみる。一人で管理するには大きすぎるような気がするが、できる範囲から手を付けていこう。そして、全体を囲う柵に沿って、右回りにぐるっと一周してみる。不動産屋のご主人が言う通り、一部分には小川が流れていた。とても澄んだ水が流れているようで、そのまま飲むこともできそうだ。小川の途中には水車小屋が建っていて、水車でくみ上げた水を貯めておける大きな樽のようなものも併設されていた。
広い農園はいくら見ていても全く飽きなかったが、一周見て回ったあたりで、徐々に空が暗くなってきたので、ナオから受け取ったランタンに火を灯す。火を灯すのにはマッチを使った。ただし、マッチは貴重品のようで、基本的には火打ち石で火を焚いてねとのことだった。だいぶ昔に歴史の授業でやっただけなんだけど、大丈夫だろうか。時間がある時に練習しておかないと。
そして、入り口からまっすぐ伸びる道を歩いていく。その道は住居と思われる建物へと通じていた。家の中に入ると、家の中にもいくつかランタンが置かれていたので、貰ったランタンから火を移す。すると、室内が徐々に温かい光に包まれていく。家は一階建ての建物で、部屋が3部屋あった。一つはリビングのようになっていて、キッチンが併設されている。テーブルや椅子もあるので生活するには十分だ。次の部屋は寝室になっていて、ベッドやクローゼットが置かれている。そして、最後の一部屋は物置になっていたのだが、この物置が想像をはるかに超えていた。
奥行7メートル、はば5メートルほどの広さだろうか。居住スペースとつながるドアの反対側には、外につながるドアがある。その右側には 農具を保管する棚、農作物を保管する棚があるが、どちらも、外とつながっているようで外側からも内側からも出し入れができるようになっている。農作物を入れると思われる棚は、外側の方が高くなるように傾斜がついていて、外側から入れたものが自然に内側に落ちてくるようになっている。外で収穫したものを中で整理できる仕組みのようだ。逆に農具を入れる棚は外側に向けて低くなっている。使った農具を室内で整備して棚に入れることで、外から使えるようにするという仕組みのようだ。中がレールのようになっていて、スムーズに滑るようになっている。
また、その棚の反対側には壁一面が棚になっていた。こちらは外とはつながっていないようで、一つ一つの引き出しが小さい。その一つをあけると、植物の種とメモが入っていた。メモにはミディトマトなどと種の種類と育てる上での注意点が記載されていた。種まきの時期、育てる際の注意点、収穫のタイミングなど、必要なことが全て書かれているようだ。そのような棚が作物の種類別にきれいに並べられている。トマトだけでも何種類もある。あまりのクオリティの高さで感動に体が少し震える。
王都に住む先輩、いやこれからは師匠と呼ばせていただきます。ありがとうございます! そして、どうか王都で夢を叶えていますように。
その夜は引き出しを開けては師匠のメモを取り出して読み込んでいった。ナオの話では今日は4月15日、春とのことだ。師匠のメモを参考にしながら、今の時期から育てられる作物をピックアップしていく作業をしていったが、気づくと空が明らみ始めていた。
あー、夢中になりすぎていたな、やってしまった。そんなことを思いながら、ピックアップした作物の種と鍬を持って外に出ていく。深く息を吸うと森の空気が肺を満たしていく。徹夜したのにとても爽やかな気分だ。
とりあえず、持ってきた種を植える範囲の土を耕していく。師匠が残してくれた肥料を撒いて、さらに土と混ぜるように耕していく。手入れされていない土地だと岩が埋まっていたり、木の根が残っていたりしてスムーズにできないのだが、丁寧に管理されていたのだろう、耕していくとすぐにふっくらとした土へと変わっていく。
耕した土にまずはトマトの種を植えていく。トマトが実をつけるのがだいたい3か月後、そのころには夏になっているだろうな。そんなことを考えながら種を植えていく。そんな作業に夢中になっていると、気付いた時には夕方になっていた。無意識のうちにかなりの範囲を耕して野菜を植えたようだ。そして、一日一回町に行くという約束を思い出す。
あ、やべ。行くのを忘れていた。今から行ったら確実に夜になるし、さすがに知らない土地を暗い中歩くのは危ないよな。どうしたものか。
焦ってどうするか考えていると、街に続く道の方から馬の駆ける音が聞こえてくる。馬にはジャックが乗っているようだが、大きな声で俺の名前を叫んでいるのが聞こえる。かなり焦っている様子で、とても申し訳ない気分になる。ジャックは俺の姿を見つけるとほっとしたような表情をしていた。そばまでくると馬を下りながら聞いてくる。
「おい、なんで町に来ない?」
「ごめん、農作業に夢中になって忘れていた。どうもこの仕事が合いすぎたみたい」
「そりゃ良いことだが、ちゃんと顔を出せよ。ギルドに戻ったらまだサトルが来てないって言うんで、焦って飛んできたんだからよ。とりあえず、飯を持ってきたから、明日からはちゃんと来いよ。」 そういって食料の入った袋を渡す。「あと、これもやる。俺が飲むつもりだったが、今から持って帰ると温くなるしな」
そう言って、馬の鞍についた荷物入れから冷たい瓶を二本取り出して渡してくる。
「なにこれ?」
「ビールだ。前世に比べると何故かクオリティが低いが、やっぱり酒は最高だぞ」
「ありがとう。最高だよ」
「じゃあ、俺は町に帰るわ。またな」
そういって、馬に乗って去っていく。パンとビールを渡すときに、馬の鞍の荷物入れの中が見えたのだが、同じ瓶がいくつか入っていた。温くなるからと言っていたが、買ったものを分けてくれたんだな。
新しい人生はチートな力を持った転生者の夢物語ではなかったが、良い人たちにも恵まれて、何となく上手くいくような気がしてきた。とにかく、農家としてのスタートはとても順調なんじゃないだろうか。とりあえず農園の主くらいは名乗っても良さそうだし。
「よーし、いっちょ、頑張りますか」
そして、ビールの蓋を開ける。
「新しい人生に!!」
「くう~、うめ~」
ここで第1章完結です。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。第2章は少し物語の展開が早くなります。