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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第7章 『新米農家 世界に名が轟く』
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7-9.え、誰?


「お師匠様、おはようございます」

「う、うん。おはよう」


 目を開くとすっかり日が昇って明るくなっている。小鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝だ。徐々に目が光になれてくると、目の前には、小柄な女性が立っているのが分かった。そんな小柄な女性は親しげに声を掛けてくる。


「机なのにぐっすり寝られていましたね。遅くまで飲んでいたんですか?」


 え、っていうか誰? ミスカさんかと思ったけど、背がそんなに高くないぞ。


 そこに立っていたのはショートカットの髪形をした猫顔の女性だ。色白の肌に、はっきりした目をしていて、可愛らしいという言葉がすぐに浮かぶような女の子だった。クラスで一番とは言わないが、きっと隠れたファンが多そうな、そんな感じの子だ。


「えーと、どちら様でしょうか?」


 その言葉に、その女の子は目を見開いてショックを受けたような顔をしている。昨日のハルのショックを受けた表情を思い出して心が痛んだ。


「ええ、そんな、私のことを忘れてしまうなんて……」


 いや、こんな感じの清楚系の可愛い子に知り合いはいないはずだ。バーニャの町にもいないはずなんだけどね。


「すみません。ど忘れしてしまったみたいです」

「もう! 昨日から酷いです! ハルですよ! まだお酒が残ってるんですか?」

「ああ、ハルか……って、えええ!」


 俺は驚いているハルと名乗った女性を放ったらかしにして、慌てて自室に行って手鏡を持ってくる。それを渡すと彼女は訝しそうにしていたのだが、自分の姿を見て言葉を失っていた。


「え……え?」


 ハル(暫定)は鏡を見つめながら、声を発さずに口をパクパクさせていた。そんな彼女を引き連れてすぐにログハウスに向かう。マルロとドビー、メルが共有スペースにいたのだが、今回ばかりは、俺だけが勘違いということでは無いようだ。誰も彼女のことを見抜いている様子はなかった。


「朝からどうしたんですか?」 マルロは姿を変えた彼女を見て、丁寧に挨拶し始める。 「初めまして。マルロと言います。サトルさんのご友人ですか?」


 そんな声掛けにも応じずに彼女は手鏡を覗き込んでいる。そんな礼儀正しい挨拶に被せるように、マルロとは全く違う反応を見せる人がいる。


「先生、あんなことがあった日に女を連れ込むなんて」

「最低ね」


 ドビーとメルは彼女に聞こえないような声で俺を毒付く。文句の一つも言いたいところだけど、今はそれどころじゃない。そんな中で一人だけ余裕を見せ、変わり果てたハルのことを見抜いた人がいた。


「ああ、姿が変わったハルちゃんね」


 いや、ミスカさん。何ですかその余裕は? その言葉を聞いて、マルロとドビーは何を言っているんだ、という表情をしている。


「サミュエル州に転生したのに河童の姿なんておかしいと思っていたの。てっきり、変身しているのだとばかり思っていたわ。でも目元が似ているから分かるわね」

「へん、しん?」


 ダメだ、昨日から大転換が起きすぎていて頭が付いて行かない。ハルが女の子だったという事実だけでもやっと受け止めたところだというのに。


「ミスカさん、変身っていのはどういうことですか? というより、こちらの方はハルさんなんですか?」

「ハルなのは間違いないみたいだ。さっき自分で言っていたから」


 そんな俺の言葉を聞いて、マルロとドビーは彼女をまじまじと見つめている。ほぼハルだと確定した彼女はまだ両手で鏡を持ち、それを凝視している。口は空けたままだ。


「ねえ、ミスカ。全然理解が追い付いていないから少し説明してもらえないかな?」

「私も分からないわ。ミスカ、説明しなさい」


 メルはなぜか偉そうにそんなことを言っている。みんなでテーブルを囲み、呆然としている彼女はとりあえずメルが椅子に座らせていた。


「そうね。どこから説明しようかしら」 そう言うと、ミスカは逡巡しているような表情をしていたが、頭の中で整理が付いたのか話し始めた。 「この世界の魔法は想像すること、に頼っているのは知っているわよね」

「それは知っているけど、理屈が通らないことって出来ないんじゃないの?」

「それは、少し違うわ」


 ギルドから聞いた説明では、この世界で魔法を使うには科学的な知識が必要だと聞いている。魔法書も化学の教科書に近い物だと聞いている。実際、ログハウスを建てた大工たちも、長い修行の時間をかけてようやく建物が建てられるようになると言っていた。


「そうね。例えば」


ミスカがログハウスの一部に手をかざすと、床から机が生えた。現れたのではなく、生えたのだ。そんな様子を見て、転生してきた初日にナオが見せた魔法を思い出す


「例えばだけど、机をいくつかの部品に分けて組み上げようとすると、かなり正確な想像が必要になるわ。でも、こうやっておおざっぱなものであれば出来るのよ。何も無いところから物を生み出すことは出来ないけれど、そこに存在しているものに干渉することはできるから、最初から全体を想像して形を変えれば良い」


 つまり、理論立てて一つずつ考えていくことで、成立させるのが魔法だと思っていたけれど、そうではないということなのか? 最終的なゴールが明確にイメージできていれば、理論の理解は大雑把であっても魔法が使えるという意味だと思えた。


「これは、正確な想像が出来て、どれだけ自分の想像力を信じているか、それが全てよ。もちろん、基礎体力として魔力があることが前提だけれどね。だから、誰にでも簡単に身に付けられるものではないわ。いわばスポーツ選手のようなものかもしれないわね。何度も繰り返しで練習することで、息をするように体が動く境地と言えばいいかしら」

「つまり、最終的に起こることを正確に想像し、それを引き起こせるだけの魔力があれば、多少無茶に思えることでも起こせる、ということなのかな?」

「その通りよ」 ミスカはそう応じると、さらに続けた。 「中央からギルドに流されている情報は理論的な内容になっているけど、実際はそんなに複雑なものじゃないわ。あの説明は、万人に魔法を使えるようにするという意味では効果的だけれど、結果として魔力のあるものが魔法を使うことを難しくしている」


 つまり、魔法の使い方も中央の統制が掛かっているということだ。ウェズリーの話では、二界では能力が伸びやすい人とそうでない人ではっきりと分かれると聞いている。ということは、大勢の人は中央から流されてくる情報のお陰で魔法が使えるようになっているが、一方でギルドのメンバーになるような能力の伸びやすい人間にとっては、むしろ足かせになっているということか。


 スポーツ理論を理解している人が必ずしもスポーツ選手になれるわけではないように、二界の魔法は答えのあるものではなく、一人ひとりの想像力によって左右されるようだ。


「あなただって、戦闘中に時間がゆっくりと流れるような感覚になったことはあるでしょ。あれに理屈が付けられるの?」

「……確かに」

「あれも、危機を感じた体が引き起こした防衛本能によるもの。繰り返し、命を懸けた戦闘訓練をする中で身に付くものよ」


 無茶に思えたジャックの訓練も意味があったということなのだろう。ジャックはそんなことまでは考えていないだろうけどね。


「人は一度覚えてしまった固定概念を手放すことが難しいわ。中央の官僚組織はもしかしたら意図的にそんな情報を与えているのかもしれないわね。強力な魔力の使い手の数を少しでも減らすために」 


 そう言うと、彼女は一息置いた。そして、窓の外を眺めながら続ける。


「この世界はそんなに理屈だけで説明できるような世界では無いわ」


 確かに、ミスカの話は今まで思っていた魔法の理解とは違っている。それでも——


「それとハルの姿が変わったことのつながりは?」

「転生者の姿や見た目は、恐らく前世のイメージが強く作用している。ただ、自分が違う人間だと心から思い込めばその姿に変わることも出来るのよ。なかなか、そのイメージを無くすことはできないけれどね。つまり、ハルちゃんはもともと人の姿だったのよ。でも、カッパというイメージが強かったのでしょうね。それでカッパの姿で転生してきてしまった。前世で何かがあったのか、真相は分からないけれどね」

「なるほど。それだとしたら、州によって種族が違うのは何でだろう?」

「それは私にも分からない。何か理由があるのかもしれないし、あるいは、もともと人間じゃなかった可能性もあるわよね」


 まあ、これは可能性だけの話だけれど。ミスカさんはそう続けた。これに関しては中央の統制ではなく、本当に分かっていない情報なのだろう。


「とにかく、ハルちゃんの姿が変わったのは、彼女が持っていたカッパのイメージが何かのきっかけで飛んだのでしょう。もしかしたら、あなたが男だと勘違いしていたことがショックだったのかもしれないわね」


 ミナミちゃんが眠たそうな表情で二階から降りてきて、みんなに挨拶をし始める。


「師匠に、ドビー、マルロ、メルちゃん、ミスカお姉さん。それから、ハルちゃんね。おっはよう!」


 自然にハルの名前を呼んだミナミちゃんに驚いた。


「ミナミちゃん。ハルの姿が変わったことを何で知っているの?」

「昨日、ハルちゃんが眠って、メルちゃんが出ていった後に姿が変わったのよ」


 ミナミちゃんの発言で、彼女がハルだということが確定した。ハル(確定)は意識が戻ってきたように話し始めた。


「私、こんな見た目だったんだ」 ハルはそう言うと、俺の方をしっかりと見ながら続けた。 「お師匠様、これで私を男だと勘違いする余地は無くなりましたね!」


 それは咎めるような口調だったが、そんな口調とは裏腹にハルの表情は嬉しそうにしていた。その表情は、初めて出会った日にキュウリを美味しそうに頬張っていたハルの表情そのものだった。


「ごめんって。もう許して」

「もう、特別ですよ」


 いつになく、いたずらっぽく笑うハルの表情に、もう怒っていないということが分かった。姿は変わってもハルはハルなんだということを、その瞬間に自然と実感した。


「さて、皆さん。姿は変わってしまいましたが、中身は変わっていません。これからもどうぞよろしくお願いします」


 ハルはペコリと頭を下げる。その姿はいつものマスコットのハルの姿に見えた。カッパの姿と今の姿が重なるような錯覚を覚える。


「もちろん! ハルちゃんは大切な仲間だもん」

「ハルさん、こちらこそよろしくお願いします」

「どうも」

「まあ、今まで通りよね。何も変わらないわ」


 そんな俺たちの様子を柔らかい表情で眺めていたミスカだったが、そんなやり取りがひと段落すると、俺たちをいつもの日常に戻すように言った。


「さて、農園のあるじさん。今日はどうするの?」

「色々と起こったけど、今日もいつも通りの一日だ。朝の打ち合わせを始めよう」


 各々が机について朝の会議を始める。自分の作業を確認し合うと、それぞれが自分の思うように動き始める。


 バタバタこそしたけれど、こうしていつも通りの一日の始まった。


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