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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第7章 『新米農家 世界に名が轟く』
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7-8.ある人の正体

 明日、明後日は更新できないと思います。


 春の陽気がすっかりと農園を包み、心地よい日々が続くようになった。農園の作物はすくすくと育って、農園は色彩鮮やかな空間になっていた。そんな中、お茶を飲みながらログハウスの机に座って手紙に目を通す。


「視察できなかったラニストル州も大丈夫みたいだ」


 ラニストル州から届いた十人衆のニの手紙を読みながら、向かいにいるマルロに声を掛ける。マルロは事業計画を立てていたようだが、こちらに顔を向けて笑顔を見せる。恐らく、収穫した野菜の流通経路などを考えていたのだろう。その紙には簡単な地図が掛かれ、色々な矢印が引かれ、数字が書き込まれているのが分かる。マルロはすっかり農園のブレーンだ。


「どこも順調そうですね」

「ジャメナ州についてはハルのファインプレーあってこそだけどね」


 砂漠地帯のジャメナ州の農業支援をするにあたって、心配の種だった砂についてどうしようかと思っていたのだ。ただ、俺とドビーが急いでギルドを離れた後に、ジャメナ州のクレアが律義に砂をカッパ農園に送ってくれていた。それを受け取ったマルロは、事情を察したようでハルに相談し、ハルは試験農園で色々と試行錯誤してくれたようだ。その結果、俺とドビーが農園に戻ってきたころには必要な養分を突き止めることが出来ていた。


「さてと。ちょっと農園を見てくるよ」


 そう言ってログハウスを出ると、農園の端の方でミナミちゃんが楽しそうに話しているのが見えた。向かいにはカッパ農園によく来る美しい女性がいる。肌の色が白く、すらっと背が高い。モデルをやっても大丈夫そうな女性だ。


 彼女はミナミちゃんと仲が良いようで、農園に来るたびにミナミちゃんと話し込んでいた。普段は無表情で冷たそうな印象を持つのだが、時折見せる笑顔はとても愛嬌がある。いつもニコニコしていればいいのに、と思わずにはいられない。


 しかし、少し前にミナミちゃんと彼女の会話を聞いてしまってから、どうも彼女の素性が気になっているのだ。


■■


「ミスカお姉さんはどこから来てるの?」

「私はブランドンというところに住んでいるのよ」

「ブランドンってどこ?」

「うーん。少し遠いところかな?」

「どのくらい?」

「そうね。海を跨ぐわね」


■■


 ブランドンがブランドン州の事だとすると恐ろしく遠くから来ていることになる。そもそも、シュンスケの手紙では混沌の地と呼ばれると書かれていた。そんな中央の管理の行き届かない地域から来ているのだとしたらただ事ではない。


 ミスカさんに挨拶をしようと思って、二人の方に近づいていくそんな不安をさらにあおるような会話が聞こえてきた。


「海の向こうから来るの大変でしょ?」

「そんなことは無いわ。私、魔法が得意だもの」

「えーそうなんだ! どれくらい?」

「私のことを魔王と呼ぶ人もいるわ」


 魔王という物騒な言葉を聞いてしまった俺は、ミナミちゃんの相槌を奪い取るように思わずリアクションをしてしまう。魔族の王様で魔王だとすると、混沌の地と呼ばれる地域にはぴったりな役職に思えてしまった。


「魔王、え?」


 その声に、ミナミちゃんとミスカがこちらに顔を向ける。そして、ミスカはその言葉に応じるように話しかけてくる。


「あら、こんにちは。盗み聞きなんて趣味が悪いわね」 その言葉に謝罪するとミスカは冗談よ、と応じた。

「まあ、このことは言わないでくれるかしら。バレたって構わないのだけれど、バレると面倒なの」


 その言葉の真意を理解できずにいると、ミスカはフォローするように続けた。


「魔法の王様、略して魔王。まあ、あだ名みたいなものよ。それとも魔王は農園に立ち入り禁止かしら?」

「いや。うちは、誰にでも野菜を売るよ。喜んでくれる人がいるなら、みんなにね」

「良かった。私はこの農園の野菜のファンだもの」


 彼女のその笑顔は心から出たであろうとても可愛らしい笑顔だった。そんな表情を見て少しどきっとする。いや、美人な人にまっすぐな笑顔を向けられるとどきっとするよ、ね?


「さっき少し聞こえたんだけど海を渡って来ているんだって? そんなに遠くから来ているなら、良ければうちで晩ご飯食べていかないかい? 空いている部屋もあるし」

「え、ミスカさんも一緒にご飯食べるの?」 ミナミちゃんは目を輝かせている。 「ナイスですね、師匠!」

「じゃあ、ご一緒させてもらおうかしら?」


 こうして、ミスカさんが農園に泊まることが決まった。とは言え、夜までは色々とやることがあるのでミスカさんの相手はミナミちゃんに任せることにした。



 夕食時になると、農園のメンバーが集まる。全員が集まるのは久しぶりかもしれない。各々が色々なところに行って活躍しているので、いつも農園にいるのはマルロとハルくらいになっていた。


 改めて机を囲むメンバーを見ると、優秀な弟子やメンバーに恵まれているな、と改めて思った。真面目なマルロがログハウスで事業計画を立て、さらに真面目なハルがその計画に基づいて農園で作業をする。ミナミちゃんは元気に販売活動をして、ドビーが他の州に流通させたり、納期などを折衝したりする。メルは明確な役割こそないが、農作業を手伝ったり、モンスターを退治したり、手の届かないところを手伝ってくれているようだ。本人は 「暇だからやったのよ」 等と言っているが、彼女の動きを見ていると色々なところに顔を出して、手伝えることが無いかを探しているのが分かる。


 ただ、メルに関しては農園よりもギルドに顔を出して戦闘訓練に勤しんでいることの方が長いようだ。この前手伝いに来てくれたカーミンさんがこんなことを言っていた。


「メルさんはすごいですね。あっという間にギルドの中でも腕の立つ人として知られるようになっていますよ。マナミさんの再来なんて言われています」


 そんな訳なので彼女は警備担当かな? と勝手に思っていた。


 そうすると自分のやる仕事が無いので、色々な州の知り合いに手紙を出して、次に取り掛かる事業を探してみたりしている。今年はビールの製造量を増やして、州を跨いで活動できる勅許隊商を通じて各州に販売する計画を立てている。あとは、ワインの挿し木も試験農園の土に挿して様子を見ている。根を張って葉をつけ始めていたので、ずっと先にはなってしまうだろうが、葡萄も取れるようになるかもしれない。農園も拡張して、人を雇ってということも考えているのだが、なかなかいい人が見つからない。バーニャで農家をやっている人たちに声を掛けたりもしたのだが、なぜか煙たがられてしまった。どうも、カッパ農園のことがよく思われていないようだった。


 話がそれてしまったが、ミスカさんが来たのがみんなが揃っている今日で良かったな、と思う。農園のみんなにミスカさんのことを紹介する。


「ミナミちゃんの友達のミスカさん。今日は泊ることになったからよろしくね」

「皆さん、初めましてではないわね。私はミスカ。海を跨いだ向こうのブランドン州というところに住んでいるのよ。ミスカと呼んでちょうだい」


 ブランドン州という言葉が出た時に、マルロはぴくっと反応している。ブランドン州に何か引っかかるところがあるのだろうか。


「ブランドン州からは連絡船でくるのか?」


 ドビーがそんなことを聞いている。ウェイン島とタイラー島の間には連絡船があるということをその時初めて知った。しかし、予想の斜め上を行く発言が飛び出した。


「飛んできているわよ」


「え?」

「はい?」

「飛んで?」


 騒然となる農園のメンバーに対して、ミスカさんは飄々としている。俺の方を向かうとさも当たり前のように、とんでもないことを言う。


「あなただって戦闘の時に飛ぶでしょ? それと一緒よ」

「なるほど……いや、違うでしょ!」

「ミスカ師匠、飛び方を教えてください」


 いつにもなくやる気に満ちた表情で、ドビーがミスカに教えを請い始める。そして、ぼそっと失礼なことを言う。


「先生との戦闘にも飽きてきたので」

「おい!」 そう窘めながらも、俺も飛び方には興味がある。 「俺も教えて貰いたいんだけど大丈夫かな?」

「ええ。もちろんよ。でも、慣れるまではものすごく魔力を消費するから覚悟してね」


 ミスカを話の輪の中心にした日常と離れた会話はとても刺激的だった。中央の情報統制が行き届いているサミュエル州にいると外の情報や新しい情報が入ってこないのだ。


 ミスカの話によると、ブランドン州にはガーベラというスラム街があり、そこに転生者がやってくるそうだ。ただ、社会基盤が出来ていないため盗みや暴力が支配している混沌とした場所だとのこと。中央の官僚組織は手を出さないのか気になって聞いてみると、たまにやってくる視察団は追剥にあって戻れないわね、と物騒なことを言っている。ガーベラに住む者たちは自由を求めているから、干渉されるのを嫌うわ。下手に犠牲を出すくらいなら、ブランドン州の中で勝手にさせておこうと考えているのでしょうね、と他人ごとのようにミスカは言っていた。


 一応、不法滞在ということになるので、ギルドにバレるのはまずいようだ。あれ? ドビーはギルドのメンバーじゃないか、と思ってドビーの方を見ると、全然気にしている様子もない。確かに、ドビーはそう言うことには興味が無さそうだ。


 そんなことを考えていると、ミスカさんから提案があった。


「私、この農園の手伝いをしてみようかしら? 飛び方も教えないといけないしね」

「えー、ミスカお姉ちゃん、一緒に手伝ってくれるの? 私、お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しい!」


 無邪気にはしゃぐミナミちゃんに、ミスカが答える。


「ハルちゃんもお姉さんっていう感じじゃない?」

「ハルちゃんは叔母ちゃんって感じなんだよね~カッパだしね! 人の姿だったらお姉ちゃんなのかな?」


 その言葉に、ハルがショックを受けている。くちばしを開いて固まっている。


 ハル、若くて綺麗なおばちゃんもいるから。あらまあ、って言っているのだけがおばちゃんじゃ無いからね。ハルはカッパだからそもそも違うけど……っていうか。


「いや、そもそもハルって男でしょ。ハルキって名前だし」


 その言葉に、ハルがさらにショックを受けている。そして、その場には重たい空気が漂う。あれ、変なこと言ったかな?


 そんな気まずい沈黙を破ったのは、マルロだった。普段は丁寧な口調なのに、心なしか責めるような棘のある話し方だ。


「ハルさんは女性ですよ。サトルさん、それはさすがに分かるのでは?」


 それに続くようにドビーとメルが言う。こちらの二人は非難の気持ちを隠す気も無い。


「先生。目が節穴ですね」

「ええ。ありえないわ」


 そんな様子に俺の勘違いだということを理解する。そして、ハルが女性だったという衝撃の事実に、自分でも驚くほどの大きな声が出た。


「えええ! うそでしょ?」


 いや、最初の先入観が強すぎた。ハルキって聞いて男の名前とばかり思っていた。そして、ハルの中性的な見た目も相まって、その誤った認識はすっかり自分の中で定着してしまっていた。


「ひどいです!」


 ハルはそう言うと階段を駆け上がって自室に駆けていく。それをメルとミナミちゃんが追いかけていくのが見える。あまりの気まずさに顔を伏せていると、ミスカさんがフォローするように声を掛けてくる。


「まあ、見た目や声だと分からないかもしれないわね。中性的だもの」


 そ、そうなんですよ。見た目が中性的だったからすっかり名前に引きずられてしまった。っていうか、ハルキって男の名前だよね。

 

「すごく申し訳ないけど、名前の先入観が強すぎたみたい。むしろみんなはどこで気付いたの?」


 それにマルロとドビーが口々に言う。


「話し方とか振舞いとかですね。ハルキという名前も知りませんでしたし、先入観が無ければサトルさんも分かったのではないでしょうか?」

「言われてみれば、どっちとも取れるか……いや、取れないだろ」 


 ドビーは首を傾げて考えているようだったが、結局俺が悪いと結論付けたようだ。そんな中で、圧倒的な余裕を見せていたミスカがアドバイスをくれた。


「明日、ちゃんと謝りなさいよ。今はそっとしておいてあげた方が良いわね。私がフォローしておくから」

「ありがとう。そうするよ」


 衝撃の事実を受け入れたことで憔悴してしまった。その日は食事の片づけをドビーに任せて、小屋に戻ることにした。ドビーはものすごく嫌そうなリアクションをしていたが、ミスカの提案にあっさりと寝返った。


「ええ。今日担当なんだから自分でやってくださいよ」

「ドビー、良ければ私も手伝うわ」

「やります。ミスカ師匠!」


 これ、先生の座を奪われるのも近いかもしれない。


 さて、実はこの会話が後にちょっとした騒動を起こすことになるのだが、その時はそんなことを考える余裕も無く小屋で一人反省に浸った。その夜は目がすっかり冴えてしまって寝られず、気が付くと何杯もビールを空けていた。飲みすぎて記憶を失うように、机に臥して眠った。


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