7-4.二界巡りⅡ(ジャメナ州編)
「君は噂通りお人好しなようだな。ウェズリーがそう言っていたよ」
顔の緊張を崩してバーナーが言う。真顔だと怖さを感じるオークの猪顔だが、表情を緩めたことで不思議な愛嬌が出ていた。そして、え、ウェズリーが? そう思っていると、その疑問に答えるようにバーナーは続けた。
「やつとは昔から仲が良いのだ。喧嘩仲間だな。よくギルド長会議で相まみえた時は手合わせをしていたものだが、そんなやつが急に手紙なんぞ寄越したから驚いたのだ」
ウェズリーが手紙を書いている姿を想像して、にやけそうになってしまう。ダボリス州にいた時に関わることがあったからこそ、人間味溢れる一面に触れることが出来たが、ウェズリーは眼光の鋭いヤクザのような見た目をしているのだ。そんな強面の男が手紙を書いている姿は、正直に言って違和感しかない。
「さて、君は手紙の通りの人間のようだな。協定書には一般的な農業の仕方しか範囲になっていないぞ。本来は、その手法は付加価値にあたる技術だ。その手の内をあっさりと明かしてしまうとはな」
そんなことを言われても、農業を砂漠地帯に根付かせるには必要なアイデアだからね。それで対価を取るってどうなのよ。そう思っているとドビーが言う。
「一緒に行動していると、部下としてはもう少し商売っ気があっても良いと思っています。そして、増えた収入でボーナスを増やしてほしい」
それに続いたため息に、オークたちから笑い声が上がる。よく分からない理由で笑われて釈然としないのだが、まあ、馬鹿にされている訳では無いから良いか。
「まあ、そんな人だから付いて来たんだけど」
ドビーの言葉は、笑い声に忍び込んでほとんど聞き取れなかったが、隣に座っていたので俺には聞きとれてしまった。ドビーは、表現しないけど意外と周りのことに関心を持っているし、仲間思いなのは分かって来てはいるのだが、それでも口に出しているのを聞くと印象が違う。妙な気恥ずかしさと嬉しさを覚えた。
「さて、君の人柄の一端は見えた。明日からよろしく頼むぞ」
そう言って、テキーラの入った瓶をこちらに回してくる。
「飲んでみてくれ。料理は君の舌には物足りないだろうが、テキーラには満足できると思うぞ」
その夜は、勧められるがまま、テキーラを堪能しながら遅くまで飲んでしまった。ジャメナ州の話も色々と聞くことができたのだが、どうも、ジャメナ州は資源が取れる州ということもあり、鉱物の採掘などを中心とした一次産業が盛んとのことだった。オークはHPが高い種族ということで、長時間の肉体労働に向いているとのことだった。ちなみに、州の標語は 『体を動かせ、肉体こそ我らが資産』 だった。これもまた分かりやすい標語だ。
□
翌日は、農場の候補地を見学することになっていたのだが、バーナーが案内してくれるというので驚いた。ギルド長って忙しいんじゃないの?
「うちは、あまり統治するような必要はないからな」
それがどう言う意味なのかは図り損ねたのだが、とりあえず、バーナーはナオとは違って雑務に追われているということが無いようだ。
候補地に到着すると、乾燥した土地が広がっている。見るからに栄養分の不足したその広大な土地を見て、思ったよりも難しいかもしれないと感じる。もしかしたら、土に栄養を与えるために、何らかの策を講じないといけないかもしれない。
「この土を少しサミュエル州に送っても大丈夫でしょうか?」
「それは構わん。ギルドの誰かに言いつけてくれ」
「ありがとうございます」
そして、もう一つお願いをすることにした。土の養分もそうなのだが、まずは水を適切に野菜に届ける必要がある。そこで、パイプの図面を渡して用意できないか検討してもらう。
「サトルさん、こういう図面も隠しておくのが普通ですよ。一応言っておきますけどね」
「ああ、そうだな」
バーナーもドビーに同調する。そんな会話をしている時に、遠くから馬に乗って駆け寄ってくるオークの姿が目に入った。かなり緊迫した形相にただ事で無いことが分かる。馬も騎手のそんな様子を察してか、落ち着きを失っていた。
「バーナー殿! 伝令でございます」
「客人の前だぞ! 気を付けよ!」
「申し訳ございません!」 そういって頭を下げる。しかし、すぐにバーナーに向かい合うとつづけた。 「しかし、緊急事態なのでございます!」
その後、バーナーにだけ聞こえるように耳打ちをしていた。しかし、バーナーは驚きのあまり、その内容を口に出してしまう。
「落盤事故、だと?」
「早急に対策を講じないと被害が広がります。炭鉱の労働者の体力を考えると、即死ということは無いかと思いますが、とにかく急がないと」
「すまん! サトル殿、少し失礼する。代わりの案内人をすぐに寄越すから待っていてくれ」
そう言って、現場に向かおうとするバーナーを止める。
「いや、付いて行きます。手伝えることがあるかもしれない」
「駄目だ! 他州での活動は協定書の記載事項に限られる。それは、越権行為だぞ」
「分かった。が、私たちが残ると案内役がが必要になります。それよりは全員で行った方が良いんじゃないかと」
ドビーがそう言うと、その言葉にバーナーは頷いた。
「すまんが、君らに構う余裕はない。勝手に付いて来てくれ」
「分かった。急ぎましょう」
そういって、各々が馬に跨って現場に向かう。ダンドラン周辺は街道が整備されているので、その道を猛スピードで駆け抜けていく。途中ですれ違う人々が一様に、怪訝な表情でこちらを見ていた。
現場に到着すると、炭鉱の作業員が必死の救出活動をしているところだった。しかし、そんな作業を妨害する存在がいた。
あれは、モグラなのだろうか。しかし、その大きさは3メートルを余裕で越え、その顔には獰猛さが滲み出ている。土の中で過ごしているモグラは、通常は目が小さいはずなのだが、そのしっかりと開いた目は憎しみに満ちているように見えた。
「キングモルめ……落盤事故の原因はあいつか!」
バーナーはキングモルと呼ばれるモンスターに向かって飛び出した。それに追従するようにドビーに、俺も付いて行く。そして、ドビーは剣を構えると大きな声で言った。
「これは、正当防衛だ! そうですよね、先生」
「ああ、このモンスターは、なぜか俺たちに襲いかかってきているしな」
ドビーの機転の利いたセリフに、乗っかるように大きな声で応じる。キングモルの前で、ドビーは飛び跳ねて挑発をし始める。その様子を視界にとらえたキングモルは、敵をドビーと見定めたようだ。
「すまん!」
そう一言発すると、バーナーは落盤事故の現場へと走り始める。ジャメナ州の州民はHPと腕力以外のステータスはからっきしの者が多いそうだ。落盤事故の対処も魔法が使えれば楽なのだろうが、協力して手で運んでいるようだった。
その様子を横目で眺めながら、目の前の敵への対処法を考える。キングモルは、その強靭な前腕を振りかざし、ドビーに攻撃を仕掛けている。それを回避しながらドビーは作戦を練っているようだ。正面からの攻撃は前腕で受けられるうえに、横や背後から攻撃しようとすると土の中に潜ってしまうため、こちらから攻撃を仕掛けるのが難しい。一度地面に潜っても、キングモルは敵の位置を感知できるのか、ドビーや俺がいる真下から姿を現していた。
そんな様子を見て、アイデアが思い浮かんだ。
「ドビー! 悪いけど、少しの間引き付けて!」
「了解!」
その言葉を聞くと俺は落盤事故の現場の方に駆け出す。地盤が崩れ、地下に窪んだ現場では、オークたちが必死の救出活動をしているところだった。救出者たちの必死な呼びかけと、地面の隙間からうめき声が入り混じり、大混乱になっている。
「悪いけど、ちょっと離れていてくれ! 当たったら申し訳ない!」
そう救出作業している人たちに声を掛けると、落盤した岩盤が宙に浮く様子を思い浮かべる。同時に、その岩盤を覆っていたであろう砂も浮かべる。乾燥した砂はさらさらと宙に上っていく。そして、岩盤と砂を浮かべながらキングモルのいる方へと移動していく。その様子を周りのオークたちは呆然と見つめていた。
岩盤と砂が失われた坑道があったと思われる場所には、何人ものオークたちが横たわっていた。ほとんどの者は体に傷がついていないことから、HPが尽きる前に助け出せたということが分かる。救出活動をしていたオークたちが慌てて下に降りて行っていくのが見えた。
そして、ドビーとキングモルが戦闘している所まで、その砂と岩盤を浮かべて行くと、それを一か所に落として山にする。小さな丘が出来たような形になったところで、ドビーに指示を出す。
「ドビー、その丘の頂上に立って!」
そう指示を出すと俺はキングモルに向かって近づき、側面から攻撃を仕掛ける。キングモルは案の定土の中に潜っていった。足元に警戒しながらもドビーに次の動きを伝える。
「キングモルが出てきたら横に回避!」
その言葉にドビーは察したように頷いていた。ドビーに狙いを定めたらしいキングモルはその小高い丘のてっぺんから飛び出してきた。それをドビーが横に回避するのを見て、丘の砂を一気に除いた。すると、宙に飛び出したキングモルは足場を失い、徐々に地面に落下し始める。
その落下点に向かい、腹部に一撃を食らわせる。ドビーも同じように攻撃を仕掛けていた。キングモルは咆哮と共にあっさりと姿を消した。腹部が弱点だったということだろうか。
「やりましたね、先生。流石の作戦です」
「いや、ドビーが引き付けてくれたお陰だ。ありがと!」
救出活動にオークたちが必死になっている中、バーナーがこちらにやって来た。そして、申し訳なさそうな表情をしながら言う。
「騒ぎになる前にジャメナ州を離れた方が良い。中央から越権行為だとみなされるとまずいからな。情報は中央に行かないよう、ギルドで潰しておく」
そう言うと、俺とドビーの間にすっと近寄り、小声でつづけた。
「この恩は忘れない。いずれ、必ず報いる!」
その言葉に頷いて応じると、乗ってきた馬に乗って、ダンドランのギルド支部に向かい、ここまで旅を共にしてきたラクダに乗って移動を開始する。途中、声を掛けてくるオークたちがいたが、出がけにギルドのメンバーから渡された外套のフードを深くかぶり、顔を隠した。こうして慌ただしい形でダンドランの訪問を終えることになった。
ダンドランを離れ、静けさが覆う砂漠地帯を進んでいく。途中で、早馬で追いかけて来たギルドのメンバーが水や食料を渡しに来てくれた。バーナーが指示を出してくれたようだ。そのお陰で、急に旅立つことにはなったが、問題なく旅を続けることが出来そうだ。
「ギルド長が感謝を伝えてくれと言っていました。あなたたちは我々の命の恩人です。くれぐれも、旅路をお気をつけて」
深々と頭を下げると、馬を引き返してダンドランへと戻っていった。その様子を見送った後、再び、次の目的地へと進み始める。
「先生、次はコノスル州っすね」
「ああ、そうだね」
そう言って、コノスル州の友人に思いを馳せる。ケビルソ、元気にしているだろうか? ワインの作り方をしっかりと聞かないと。そんな決意とわくわくと共に砂漠の中を進んでいく。




