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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第7章 『新米農家 世界に名が轟く』
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7-2.気難しい(?)メンティ

 明日は更新が出来ないかもしれません。気長にお待ちください。


 メルが二界にやって来たのは、10月の終わりだった。バーニャの村では転生が少ないという話を聞いていたのに、俺が転生してきてから1年半ほどしか経っていない。あまりに早い次の転生にギルドでは衝撃が走ったようだ。


「報告を受けた時に、ナオさんが誤報かと疑っていましたから」


 というのはカーミンさんの話だった。次のメンター候補も決めておらず、受け入れ態勢が出来ていない状態で慌てて準備をしたようだ。カーミンさんの部下の女性が一時的に預かることになったようだ。


 そして、そんな報告をカーミンさんから聞いてから一か月半ほどが経った頃だろうか。


 農作業をしている時だった。温めたら甘みが増して美味しそうだな、なんて思いながら瑞々しい白菜を収穫していたら、農園につながる森のトンネルの方からナオが女の子を連れてやって来るのが見えた。女の子はどことなく嫌々という感じで付いて来ていた。ナオは声が届くところまで来るとこちらに話しかけてくる。


「やあ、サトル、元気?」

「うん、元気にやってるけど。そちらの人は?」

「この子はメル。最近サミュエル州に転生してきた子よ」

「ああ、噂は聞いているよ。どうも初めまして。サトルです」


 その女の子は、20代前半だろうか。アヒル口で可愛らしい顔をしている。繁華街にいそうなギャル、というと言いすぎかもしれないが、少し日に焼けた肌に、髪の毛は明るい茶色だった。年齢は大学生くらいに見えた。


 目線を斜め下に向け、むすっとした表情をしてナオの後ろに立っていた。こちらの挨拶に、軽く頭を下げるだけで言葉を返してくる様子が無い。あまり社交的では無いようだ。


「それで、どうしてこんなところに連れてきたの? 野菜好きとか?」

「違うわよ。そもそも市場にミナミちゃんが売りに来るでしょ?」

「あ、確かにね」 


 そう、野菜は市場で売っているのだからわざわざ農園まで来る必要はないし、そもそも個人に対しては農園での直接販売はしていない。ちょうど、一年半ほど前に大騒ぎになって以来、個人向けの販売はバーニャの市場だけと決めているのだ。最近は、サミュエル州全土に名前が知られているようで、各地から買い付けに来る人達が増えていた。大量の野菜を買ってくれるレストランや居酒屋などのお客様には、農園での直接買い付けには応じている。相変わらず、白鯨亭のリンドールさんともやり取りがあった。


 ナオはメルの背中を手で押して前に出るように促す。メルはしぶしぶという様子で二歩ほど前に出てきた。


「この子を農園で預かってくれないかしら?」

「え? 俺と同じように占いの結果が農家だったの?」


 みょん婆の占いは正確なことで有名だ。バーニャの村への転生者は、全員がみょん婆の占いで出た結果に従って職業を選んでいた。ほとんどの転生者ということは、みょん婆がそれだけ長い期間ここに住んでいるということの裏返しなのだが、いつからいるかは誰も知らなかった。そんなこともあり、彼女がここに来たのも占いの結果なのだろうと思っていた。


 しかし、ナオはその言葉を否定するように首を左右に振った。


「それが、みょん婆が読めないと言っていたのよ。サトルのメンティとして農園に預けておきなさいとも言っていたわ。そんな指示は聞いたことが無いのに」

「そうなの? うちに来てもらうのは構わないけど、メンターは他に適任がいるんじゃない? 俺、ここにきて2年も経ってないよ」

「それが、ギルドは人手不足なのよ。まあ、あなたの農園にはメンティみたいな子たちがいっぱいいるし、一人くらい増えても大丈夫でしょ」


 いや、それはこじつけでしょ。そんな迷子センターみたいに認識されても困る。とは言え、とりあえず話を聞かないことには何とも判断が付かない。


「まあ、建物の中で話そう。寒いだろうし。」


 そう言って、収穫作業を中断して二人をログハウスの共有スペースに案内する。ログハウスに入ると、一階は広いリビングのような空間になっていて、その中央に机と椅子が置かれている。二つあるログハウスのうち、一つを農園のメンバー専用の建物にし、もう一つを来客用の建物にしていた。どちらも、スキンヘッドの大工たちが建てているので、全く同じ設計で作られている。内装も同じようなレイアウトだが、来客用の建物の方が置かれている物は少ない。メンバー用の建物には、ミナミちゃんが置いたぬいぐるみやマルロが作った木の彫刻などが置かれていたからだ。食器棚にはハルのティーセットなども置かれていて、かなり生活感が出てきている。


 そんな2棟のうちの来客用の建物に入り、椅子に掛けるように促すと、台所でお茶の準備をする。


 急な来客対応にも準備万端だった。野菜の取引量が多くなり、来客が増えていたからだ。買い付けに来るのはサミュエル州の商人だったり、他の州のギルドだったりする。それに加えて勅許隊商の時もあった。勅許隊商というのは、中央の厳しい審査を通過した商人集団のことで、中央の官僚組織から州を跨いで移動することが認められている商人集団のことだった。リンドールさんの野菜を買い付けに来る人たちがそうだったのだが、そのことは後で分かった。彼らは、ギルドのように領土や徴税権を有しない代わりに、州に縛られずに自由に行動している。しかし、各州での徴税に応じなければならないにも関わらず、州の保障を受けることが出来ず、しかも中央にも上納金を修める必要があるため、決して楽な仕事というわけではないようだ。


 マルロとミナミちゃんの尽力もあって、それなりに人様に見せられるような農園にグレードアップしていた。お茶の入ったポットを持って二人の元に向かいながら、かなり生活基盤がしっかりしてきたな、なんてことを考える。二人に感謝しないとね。


 カップを並べると俺も二人に向かい合うように席に座る。ナオはお茶を一口すすると、一息ついてから話し始める。


「メルはちょうど10月の終わりころに二界に転生してきたのよ」

「それは何となくカーミンさんに聞いているよ」

「以前話したように、バーニャの町に転生者がやってくる頻度は低い。だから、とても異例なことなのよ。これは、別に隠していたわけでは無くてちゃんと話す機会がなかったのだけれど、サミュエル州には他にも転生者がやってくる場所がいくつかあるわ。ギルドのメンバー以外には秘密にしているけれどね」


 そのことは、色々な人の話を聞いて何となく知っていた。そもそも、町にいる人の人数に対して転生が少なすぎるので、おかしいとは思っていたのだ。ハルに聞いてみたら、ハルが転生してきた場所は、どうもサミュエル州ではなかったようだ。ギルドのフォローが無かったことから、俺とハルはそう結論付けていた。とは言え、ハルは追い出されるように逃げてきたので、転生した場所のことは覚えていないとのことだ。


「うん。そのことは何となく知っていたよ」

「まあ、分かるわよね。それで、一応メンターになれる人の候補はいつもリストアップしているのだけれど、今回はみょん婆の言葉があったから、サトルにメンターになってほしいのよ。色々考えたけど、それが一番いいと思うの」

「俺は構わないけど、残念だけど農業以外の生き方は教えられないと思うよ」


 その言葉に、メルは嫌そうな表情をした。そして、ぼそっと俺の心に刺さることを言った。


「農家なんてやっている暇は無いわ」


 初対面の人にそんなことを言われて心が折れそうになった。いや、農家に厳しすぎないかね。


 しかし、そう言っているのには理由があった。そのことはナオが説明してくれた。


 サミュエル州のギルドは、転生して来たばかりの人のモンスターへの接触を極力避けるようにしている。しかし、モンスターとの接触を避けるというギルドの自主ルールは果たされずに、彼女は不慮の事故で接触してしまったようだ。


 その際に、かなり怖い思いをしたようで、強くなることへの強迫観念が付いてしまっているということだった。そこまで衝撃を受けたのだから、出会ったのはスライムでは無かったのだろう。


「これに関しては、完全にギルドの落ち度よ。申し訳ないと思っているわ」 


 ナオは申し訳なさそうに言っていた。ギルドが独自に定めているルールというだけに、達成できなかったことに責任を感じているのだろう。


「でも、サトルは強いのよ。こう見えても」

「こう見えてって、失礼だな!」


 そんな言葉に、メルは疑わしそうな表情を向けて来ていた。仕方が無いので、マルロとの戦いを見せることにした。ウェズリーの助言を受けて戦闘訓練も欠かさずにしているので、以前よりも上達しているはずだ。


 最近は、ハルやドビーもそれに混ざるようになって、4人で時間を見つけては訓練していたのだ。ミナミちゃんは興味が無いようで、そこに混ざることはなかった。


 今いたログハウスを出て、もう一つのログハウスに入るとマルロが大きな紙に何やら書きながら頭を悩ませているようすだった。そこにドビーがアドバイスをしていた。


「あ、サトルさん。ちょうどいいところに!」 マルロはこちらを見ると明らかに表情を明るくして声を掛けてきた。 「ジャメナ州には誰を派遣しましょうか。人が足りません」

「うーん。ロクとかかね? ドビーどう思う?」

「良いんじゃないですかね。あの五人組ではリーダー的なポジションですし」

 

 そんな話し合いに巻き込まれて本来の目的を忘れそうになった。慌てて話題をもとに戻す。


「あ! そうじゃなくて。マルロ、ちょっと来てくれない? 鉤爪を持ってさ」

「分かりました。でも、突然どうしたんです? 戦闘訓練ですか?」

「ちょっと、人に見せないといけなくて」


 そういうと、マルロは釈然としない様子ではあったのだが、頷いて準備を始めてくれた。そんなマルロとは反対に、仕事が中断されたドビーは椅子に座ると昼寝を始めていた。相変わらずやる気が無いな。


 ログハウスの外に出ると、マルロにメルのことを説明する。マルロは納得したような表情で、いつも戦闘訓練をしている広場にナオとメルを連れていく。


 ナオが審判をやってくれるというので、マルロと俺は向かい合う。ナオはタイミングを見て初めの宣言をした。


 その宣言と同時にマルロは真っすぐにこちらに飛び込んでくる。その様子をしっかりと見つめた上で、最初の一撃を横に飛んで回避する。しかし、本気を出したマルロはその程度の回避では許してくれない。すぐに、反対の手の鉤爪を使って追撃してくる。


 その攻撃をサーベルで受けてはじき返しながら、一度後ろに飛び退いて距離を取る。地面が盛り上がり、マルロを包むようにイメージをする。魔法と剣技を混ぜてマルロの行動を制限する。


 マルロは隆起する地面を捉えるとすぐに回避行動を取り始めていた。しかし、その回避行動先に俺は先回りをする。回避できる方向を絞るように地面を隆起させていたのだが、その予想通りのところにマルロが回避してくれた形だ。


 サーベルで強烈な突きをする。マルロはそれを鉤爪の爪と爪の間に引っ掛けるようにして受けたが、その鉤爪は力を加えられて折れそうになる。このまま力勝負をしていたら、マルロが負けになるのは見えているので、そこでマルロは敗北を認める宣言をする。


「やめ!」 という宣言がナオから聞こえたところで、戦闘態勢を解除する。


 そんな戦闘を見学していたメルの方に目線を向けると、メルの表情には憧れのようなものが見えたような気がした。しかし、残念ながらそんなことは無かったようで冷めた言葉を掛けてくる。


「まあ、これなら一時的なら身を置いても良いわ」


 ナオはその言葉を聞くと——


「良かったわ。決まりね!」


 と言って、軽く挨拶をすると町に帰っていってしまった。何だかんだで、今回も無茶振りに巻き込まれたような形になった。とは言え、農園で働くメンバーが増えるのはありがたいことなので文句を言うつもりはないんだけど。


 ハルを呼んでメルの部屋の準備をしてもらいながら、マルロと2人で農園について説明をしていく。共同生活をしていく上での簡単なルールなどだ。食事当番とか、掃除当番とか、農園のシフトとか、そういったものに加えて、農園のメンバーの悪口を陰で言わないとか、そんなルールも何となく出来ていた。そんな説明を無表情で頷きながら聞いていた。ちゃんと聞いているか心配していたのだが、最後に彼女がした質問で杞憂だということが分かった。


「意外とルールは少ないのね。あと、農園のシフトが組まれていない時は、町に出ても問題ないかしら?」


 その質問に、問題ないよと答えると、彼女は少し満足そうな表情をしていた。説明をしていたら気づくと夕方も過ぎて辺りも暗くなり始めていたので、晩御飯の準備をすることにした。先ほど収穫した白菜と根菜類、イトリンからもらった鶏肉などを入れて作ったシチューを用意していた。鶏肉の出汁がしっかりと出ていて、スープにもしっかりとうま味が染み込んでいる。


 ちなみに、煮込み料理は俺の得意分野だった。時間をかけてコトコトと煮込む作業が小児あっているのだろうか。徐々に味が濃くなる鶏がらスープに愛情を感じながら灰汁を取る作業は時間を忘れさせてくれた。そして、時間を掛けた甲斐あって、シチューを食べるみんなのスプーンも進んでいた。口々に美味しいという感想を言っていた。ドビーもいつもよりテンションが高くなっている。


「美味いっす!」


 そんなみんなの様子を満足した気持ちで見つめていると、メルもスプーンを持ってシチューを口に運ぶ。その瞬間、感想が自然と彼女の口をついて出た。


「あ、美味しい」


 そう言ったメルの表情には自然と笑顔が浮かんでいた。もともとアヒル口の彼女の口角が上がり、よりアヒル感が強調されたが、自然と出たその表情はわざとらしさがなく、とても無邪気で可愛らしく見えた。そんな表情を見て、 「あ、この子は大丈夫だ。農園に馴染める」 と確信をした。他のメンバーもその言葉を聞いて自然にほほ笑んでいるようだった。ミナミちゃんが声を上げる。


「でしょー。師匠のシチューはバーニャで一番です!」

「いや、そこは世界一で良くない?」

「師匠! それは誇大広告ですよ」

「それ、ミナミさんが言いますか?」


 そんなマルロの言葉に笑い声が上がる。徐々に寒さを増す外の気温に逆らうように、暖かい空気がログハウスのリビングを包んでいった。


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