7-1.フード連合会
今日は仕事が遅くなるので、朝投稿です。夜の更新はありません。
問題発生、農園のメンバーをログハウスの共有スペースに呼び出す。
イトウと話をした他州間の協定が締結され、名前を決める段階になっていたのだけれど……いや、『フード連合会』 ってどんなセンスだよ。
「名前つけたの誰?」
「はーい」
あ、ミナミちゃんね。本当に色々と命名してくれるよね。誇らしそうな表情をしているけど、決して褒めてないよ。
「いつ命名したの?」 出来るだけ穏やかな口調で尋ねる。
「この前カーミンさんがやってきて聞いてきたので、私が代わりに答えておきました!」
「そっか。ありがとうね」
「いえいえ~礼には及びませんよ。あ、私そろそろ市場に行く準備があるので!」
そう言って、ミナミちゃんはログハウスの2階の自室へと駆けあがっていった。犯人が判明し、その犯人がいなくなったところで、他のメンバーの感想を聞いてみる。
「みんなはどう思う?」
「名前なんてどうでもいいんじゃないですか?」
ドビーは考える様子を見せることもなく言い切る。まあ、ダボリス州の内情を知っているとその発言の意味も分かるというものだけど、普通に聞いたら冷たい人だよ。ちなみに、ドビーはサミュエル州のギルドに移籍する形でカッパ農園にやってきた。形式的にはサミュエル州のギルドのメンバーになっているが、ほとんど農園にいる。
「興味無いわ」
至極興味が無いという表情で、若い女の子が冷たく言い放つ。明るい茶色の髪をしている活発そうな女の子なのだが、表情に変化が無い。その仏頂面をやめれば可愛いと思うのになあ。意外と嬉しいときは分かり易く嬉しそうな表情をするのだが、普段はツンツンしているのだ。
うーん、最近やってきた二人はいつも通り冷めたリアクションだ。ちなみに、このツンツンしている女の子は、最近、俺のメンティとして農園にやってきたメルだ。そのことは別の機会に振り返るとして、マルロとハルの二人に助けを求めるように声を掛ける。
「どう、かな?」
「お師匠様、お気持ちは分かります……」
「私ももう少しスタイリッシュな名前が好みです」
真面目なハルとマルロは相変わらず心の支えだ。決して、ドビーやメルに問題がある訳では無い。二人ともしっかり働いてくれているし、二人の中身も分かっているから嫌な感じはしないんだけど、それでも冷たく言われると傷ついてしまうのが人間というものだ。
「ありがとう」 そう心から言いながら、 はあ、とため息をつきながら続けた。 「でも、もう決まっちゃったみたいだし、諦めるか」
その後、農園のメンバーと情報交換をして、今日の作業内容を共有する。ハルとドビーが農作業を行い、メルは訓練があるのでギルドに行くと言っていた。メルは見た目に反して武闘派で、ジャックに弟子入りし、ジャックや妹弟子としてマナミに、時間がある時に戦闘を教えて貰っているようだ。訓練が無いときは農作業を手伝ってくれる。マルロと俺はフード連合会の活動計画を立てるために、小屋に籠って議論をすることになった。
こうして他州間協定、通称、フード連合会はこうして発足した。フード連合会は、名前はともかくとして二界の食料不足を解消するために、新しい、というより古い農業の形を広めるために創設した他州間の協定だ。内容としては、カッパ農園やダボリス州の農園で行っている農業の形を広めていくというもの。その代わり、その農園で上がった売り上げの10%をサミュエルが受け取る。農園には、その半分の5%が入ることになっている。
イトウとサマリネ姉さんの尽力もあって、他州間での協定は11月のギルド長会議ではあっさりと決議される結果になったとのことだった。今回のギルド長会議には参加しなかった。王都に行くの、疲れるしね。
最初の他州間協定は、ダボリス州に加えて、同じ条件で合意することが出来たジャメナ州、ラニストル州、コノスル州の3州と新たに協定を結ぶことになった。他の州は売上の10%という条件を飲まなかったり、農地が確保できなかったり、という理由で不参加になった。ネジャルタル州は、技術を無償譲渡しないなら受けないと訳の分からないことを言っていた。まあ、自州の利益だけを考えるのであれば、売り上げの10%を半永久的に取られ続けることに利が無いと判断したのかもしれない。好意的にとらえればだけど。
協定はギルドにしか締結することが出来ないため、ナオや各州のギルドの代表者の署名で発効された。ただ、実際に運営するのは俺を始めとするカッパ農園のメンバー、及び、ダボリス州の10人衆だ。
そこで、この協定に参加している州とメンバーを一つの団体として捉えるために、名前を付けることにしたのだ。そして、その名前を考える時間を貰っていたのだが、タイミング悪く農園にやってきたカーミンさんがミナミちゃんに声を掛け、ミナミちゃんが答えてしまったということのようだ。
他州間協定という建てつけではあるが、実態はフード連合会として活動していくことになる。そして、協定の通称が決まったところで、セットで決まったことがある。
<フード連合会/会長:サトル>
これだけは納得がいっていない。誰も会長をやると言っていないのだ。そうは言いつつも、結局客観的に見れば俺が適任なので受け入れることにした。実際はカッパ農園のメンバーやダボリス州の10人の鬼人達が活動してくれるだろう。
ところで、農業支援で長いことカッパ農園を離れている間に、中央のシュンスケから2通の重要な手紙が届いていた。表向きはリンドールさんの発注書になっているが、隠し封筒になっていてシュンスケからの手紙が添えてあるのだ。とは言え、発注書の内容は確認する必要があるので、マルロには封筒は取っておくようにお願いしていたのだ。信頼はしているが、農園のメンバーにも隠し封筒については話していない。
1通目の手紙は3月上旬に届いていた。内容は昇進と中央の情報統制に関するものだった。
・部長に昇進した。
・昇進してから監視の目が厳しくなり、手紙を送る余裕が無かった。
・アクセスできる情報量が圧倒的に増えた。
・それでも、さらに隠されている情報の多さに気付く。
・部長クラスでは分からないことが多く、断片的な情報でしかない。
この情報を踏まえると中央の官僚組織では、統括官、局長に続く部長級であっても情報が制限されているという厳しい情報統制が敷かれていることが分かった。想像以上に中央の官僚組織が、トップに集権的な体制であることが伺える。
2通目の手紙は6月下旬に届いていた。二界は2つの島で成り立っているが、サミュエル州が所在していない方のウェイン島に関する情報だった。
・ウェイン島の情報が分かったが、タイラー島と違い情報量が少ない。
・ブランドン州は中央も内情を把握できていない。混沌の地と呼ばれている。ギルドも存在しているのか分からない。
・ミュートレット州は中央の息がかかっているようだ。中央の警戒の意識は薄い。
・アサギリ州は正教会と協力関係を維持。だが、基本的に閉鎖的な州で、中央も多少警戒はしている。
そして、ウェイン島についてだ。これについては普通に活動している間は影響がないのだが、二つ島があるのに、もう一つの島にあまりに存在感が無いので気になってはいた。ただ、ブランドン州は中央の統制が届いていないということで、官僚組織も完全な統治が出来ている訳ではないということが伺えた。
靄がかかったように捉えきれない二界の全体像に、危険な好奇心が湧き上がるのを感じるが、あくまで目の前のフード連合会に集中しようと頭を切り替える。変に首を突っ込んで、反体制派と見なされることは避けたいのだ。
そんな形で、6人に増えたメンバーとフード連合会としてサミュエル州を飛び出していく。美味しいものを世界に広め、さらに食料不足も解消するという壮大な使命を持って——
なんて、大げさなことは考えてない。俺がやりたいことは美味しい野菜を作って、食べた人の笑顔を見ることなのだ。
マルロとの打ち合わせを終えて、外に出て深呼吸をすると冬の冷気が肺を包み込む。凛とした空気は体を内側から冷やし、目を覚まさせる。
「よし! 今日も頑張るか」