1-5.新しい住まい
ミナミちゃんが気を使ってくれて紅茶を出してくれたので、僕たちは占いの館のホールにおいてあるテーブルにかけて話をしていた。
正直に言うと職業診断の結果には落胆したが、この人生の期間に限りがないのであれば、農業に従事する者として悠久の時を過ごすのも悪くないかもしれない。紅茶を啜っているとだんだんと気持ちが落ち着いてきた。前世では人間は長くても100年程度しか生きられず、しかも徐々に衰えるものだったはずだ。だから、短い人生で色々なことを達成しようと焦っていたように思う。
でも、時間に限りがないなら美味しいものを作ることに心血を注ぐのも悪くないか。そんなほのぼの自給自足生活に思いをはせていると、さっき保留にされた疑問が再び頭によぎる。そういえば、転生者の危険については結局解決していないような――
「そういえば、転生したての人間が危険に晒される理由がまだ分からないんだけど」
「そのことなら、サトルは大丈夫だ」
自身満々という表情でジャックが答える。いや、意味が分からん。
「え? どういうこと」
「そりゃ、お前が農民だからだ。狙われるのは勇者、剣士、魔法使いとか。要はライバルになりそうな奴を芽のうちにつぶすのが目的だからな。俺も最初は狙われたが、全部返り討ちにしてやったぜ」
ちょっと、とナオが咎めるようにジャックに声を掛ける。それを無視してジャックに尋ねる。
「ちょっと待った。ジャックの職業って?」
「俺は聖剣士だ。剣士の上位職。普通は剣士として修業を積んでなるんだが、俺は天才だから最初から聖剣士だったな。」
なんだろう、ものすごい敗北感がある。しかも、受け入れられないタイプの敗北感だ。努力して臨んだ試合で、努力していない天才型に負けた時の気持ち。しかし、その気持ちを押し込めて、とても重要な疑問をぶつける。
「ちょっとまった。マニュアルには不死だと書いてあったはず。なんで、狙う必要があるの? ライバルを殺して減らせるわけではないよね」
先ほどよりも、さらに気まずそうな表情でナオが答える。
「ごめんなさい。安心感を与えるために、その件については伏せていたの。」
伏せていた情報。それはつまり、マニュアルに書かれていた前提が崩れることを意味する。
「最初からそんなマニュアルに従わずに、全部説明すりゃーいいんだ」
「いいえ。そもそも、こうなったのはあなたの失言が原因じゃない! 本当なら占いなどの不確かなものに不安を覚えた転生者を騙そうとする人がいるから、という話をする流れなのに、狙われたなんて話をするから……少しは反省してほしいところね」
「いや、こいつが農民じゃ無かったら致命傷になりうる情報だ。それを伏せて平和ごっこするのは違うだろ」
「それは……」
ジャックの軽くない話し方に驚いたが、それだけにとても難しく、重要な話題なのだろうことを感じる。また、ナオの表情には苦悩がみられる。きっと何か事情があるのだろう。ここは助け舟を出したほうが良いかもしれない。
「まあ、狙われる必要が無いのは安心だよ。それに、基本的には死ぬことは無いんだろう? それなら、とりあえず、町を案内してこの世界で農業を営むためのアドバイスを貰えないかな?」
ナオがほっとしたような表情をする。
「そうね。どちらにしても当面は私たちギルドが身辺の保護をするつもりでいたから、安心して貰っていいわ」
そうか、この世界に慣れるまではギルドが保護してくれるつもりだったのか。確かにマニュアルを見た辺りから、かなり親切なんだなとは思っていた。
「それじゃあ、町を案内しましょう。農業をするのに必要な道具や新居を探したりしなければならないわね」
「おい、話は終わってないぞ」
「いいえ、この件は終わりよ。あと、あなたの規則違反は目に余るから、後ほど処分を言い渡すわ」
その一方的な宣言にジャックは不満そうな表情で反論しようとしていた。しかし。ナオの一言で気持ちを切り替えたようだ。
「とにかく、サトルがこの世界で生きていくためにできることを全てしましょう」
意外と優しいところがあるんだな、と思っているとナオが立ち上がり、それに続くようにジャックが席を立った。それを見て、俺も立ち上がって二人に付いて行く。
「ご来館ありがとうございました!! またのご利用をお待ちしております!!」
占いの館を出るときに、見習いバイトのミナミちゃんが元気に声を掛けてきた。いや、またのご利用はないんじゃないかな。そんなことを思いながら、ドアをくぐって外に出ていく。
少し歩いたところで、ナオのことも聞いてみようと思って質問をした。
「ところで、ナオの職業は何なの?」
「それは、最初に話したようにギルド長よ。この世界のギルドを統括し、町の平和を守っているわ」
いや、生まれながらにギルド長というのは違和感があるよな。勇者とか魔王とかならまだイメージできるけど……そんな疑問を汲んだように、ジャックが答える。
「こいつは、魔法少女だ。転生したときはまだ子供だったらしいぞ。天才魔法少女 『魔女っ子、ナオちゃん』 って」
「ちょっと。黙っていなさい。」
そういってジャックを黙らせる。言葉での威圧ではなく、魔法による威圧、というより無言の強要だな。結構、我を通す無茶な人なのかもしれない。
「今は魔法使いを名乗っているわ。以上」
ナオに詳しく聞こうとしたが、無言のプレッシャーに負けた。いや、あの表情は怖いって。やっぱり美人が怒ると迫力がある。
ナオはバーニャの町を歩きながら案内してくれた。バーニャの町には大抵のものが存在している。服や薬などの専門店がある一方で、生活に必要な食料品や生活雑貨は市場で購入できるようだ。活気ある市場では、客引きの声がぶつかり合い、健全な町の喧騒を醸成している。
この国の通貨はGで、その十分の1の価値を持つSがある。だいたいリンゴ一つが1Gとのこと。当然、俺は生活費など持っていないのだが、収穫の時期までは収入が無い状態が続くから、それまではギルドが支援してくれるようだ。その後は、逆に税を納める必要があるようだ。
「長い目で見れば投資ともいえるかもしれないわね」
ナオはそう言っていた。一般的な町民はギルドに対して納税することで、その保護を受けることができている。ギルドは警察・消防・防衛などの役割を果たすとともに、治安維持のために転生者だけでなく、引っ越ししてきたばかりで生活が不安定な人の支援を行い、治安を維持するという仕組みになっているようだ。
また、町には前世では見ることの無い、武器屋、魔法用具店なども存在していた。魔法用具店については――
「ここが魔法用具店ね。魔法を使うのに便利な道具を購入することができるわ。」
「あれ、この世界も魔法は存在しているものに干渉する力のことだよね? 魔法用具って魔法書くらいしかないんじゃ?」
「魔法用具店では魔法書の他に私が来ているようなローブや杖などを買うことが出来るわ。職業が魔法使いであることをアピールできるわね。とてもカッコよいでしょ?」
確かにカッコ良いけれど、それをアピールするってことは、実用性無いってことじゃ……
最後に不動産屋に寄る。不動産屋のご主人はとても気の良い人で、農家を目指していることを伝えると町から歩いて30分ほどの農園を紹介してくれた。少し距離はあるが、最近まで他の人が管理していたため、そこまで荒れていないだろうとのことだった。森に囲まれた開けた楕円形の広場に、家が一軒建っていて、森と広場の境界の一部には小さな川が流れている。農業をするにはとても良い環境とのことだ。とても良い環境ではあるが、来たばかりの人に安易に家を貸してよいのだろうか。そう思っていると――
「いやー、ギルドの紹介ってことは安心できるからね。また、ナオさん、引っ越してきた人がいたら、うちに来てくださいね」
ご主人はそう言っていた。ギルドからの紹介というのは、この世界では身元保証になっているようだ。各地に同じようなギルドが存在し、町民はギルドにゴールド、もしくは食料品などを納める。あるいはギルドに所属して街の安全に貢献することを求められる。これが、この世界の税制になっている。町民は納税をしっかりすることで、町での信頼を高めていくことが出来る。その信頼は、例えば、他の町に引っ越すときにギルドから紹介状を出して貰えたり、困ったときの支援を受けやすくなったりするという形で帰ってくる。逆に信頼がないとこのような恩恵が受けられない、ということなんだろう。
こうした仕組みって、運用している人の顔が見えないと難しいけど、この世界では信頼関係に基づいて、うまく回っているようだ。
「おお、そうでした。前の住民からメッセージを預かっています。次に住む人に渡してくださいとのことでしたので、どうぞ」
俺はご主人から封筒を受け取る。丁寧に封をされている。不動産屋のご主人がレターオープナーを貸してくれたので、封筒を開けて中のメッセージを取りだす。そこには次のメッセージが書いてあった。
バーニャの町も農園もとても快適な場所でしたが、夢を叶えるために王都に行くことにしました。家には農具や植物の種などを置いていきますので、ご迷惑でなければ使ってください。良い人生を。
とてもありがたい申し出だった。王都にいる農家の先輩に感謝する。これは王都に足を向けて寝られないな。まあ、王都がどっちにあるかしらないけど。
っていうか、この世界って王様いるのね。ますます、ロールプレイングゲーム感が出るな。