6-10.農園の創始者
第6章は終了です。
明日は、登場人物紹介と7章の0話を投稿します。
久しぶりのサミュエル州への帰郷だったが、ハルを置いてきてしまっているので、早めに戻ることにした。
カッパ農園はマルロとミナミちゃんがちゃんと運営してくれていたので安心だ。拡大の計画も立てているので、もはや経営者はいらないのではないだろうか。
一番のマネジメントは何もしなくても、問題なく運営できる体制を作ることだからね。上手く経営できているということだろう。まあ、俺が何かをしたというよりも皆が優秀なだけだけれど。
ところで、もうすぐダボリス州でも野菜が出来る時期だ。野菜によっては収穫が始まっていて、そうした野菜はダボリス州の内部で販売されていた。
そこで、サミュエル州と同じように収穫のイベントを開催することにした。農園の野菜の評判を高めることが目的だ。イベントの中身も同じようなものを考えていたのだけれど、開催場所は農園以外の場所にすることにした。
それはエリエンの村だ。ターニャに相談してみると賛成して準備を進めてくれた。近場の宿の確保と、臨時の宿泊所の整備をやってくれるとのことだった。
「会場代として村人の参加費を無料にして、当日の入場料で出た利益は村に渡そうと思っている」
「え、そんなことして大丈夫?」
ターニャは驚いたような表情をしていた。口調も心なしかいつもの社長口調ではなくなっていた。
「良いんだ。知名度向上が目的のイベントだから。そこで収益を上げることは考えていないよ。その代わり、その後はしっかり買ってもらうことになるけどね」
それを聞いて気を取り直したようにターニャ入った。
「いや、サトル君、さすがだな! それでは、その方向性で進めよう」
女の子らしい素の話し方は一瞬で、あっという間に社長のスイッチが入ったようだ。正直、普通に話すほうが、人望が増すような気がするのだけれど、気のせいだろうか。
ちなみにダボリス州ではジャガイモや小麦を中心に育てていた。理由は単純明快で、容易に腹を満たせるからだ。もちろんそれ以外にも用意はしているが、今回の支援の目的はあくまでも食料難の解消なのだ。収穫祭のレパートリーは物足りない感じになるが、そこはやむ無しだ。一応、盛り上げるための策を密かに用意していた。
□
イベント当日になると、エリエンの村には想像よりも多くの人たちが集まってくる。タイソンの姿もそこにあった。
「あのカッパが、噂の達人のハル様ね」
「あっちの青年が達人の師匠か!」
「腕相撲が恐ろしく強いらしいぞ」
アイドリエンでの腕相撲の一件とハルが見せつけた戦闘スキルで、知名度が上がっている。よく町に出ていたハルは顔見知りもたくさんいるようで、たくさんの鬼人に声を掛けられてはペコペコしていた。可愛い、マスコット的な意味で。
ちなみに、エリエンの村人たちは、最初こそ恐れおののいている様子だったのだが、あまりにたくさんアイドリエンから屈強な鬼人たちが来るので、途中から開き直ったようで、恐縮しながらも普通に案内を手伝ってくれたりしていた。予め、収穫祭では戦闘は禁止だと伝えてあったのが功を奏したのか、力で解決しようとする鬼人達も見当たらなかった。それでもずっと村人たちの表情は硬かった。
そして、アイドリエンから来た鬼人達は、貧しい村の様子を見ても何か感じているようには見えなかった。当たり前のようにスルーしている様子から、ダボリス州に沁みついた強者こそ正義の理論が感じられた。ターニャの改革を実現するまでは、かなりの時間がかかりそうだ。
参加者が集まったことを確認すると、会場に集まった鬼人達に向かって、ドビーが大きな声を上げて注目を集める。ドビーに注目が集まり会場が静まると、いつも通りのやる気の無さそうな口調で話し始めた。
「えー、こちらが支援に来てくれたサトルさんっす。挨拶お願いします」
そんなドビーの紹介を受けて、会場に集まった鬼人達の前に出る。何だか、大勢の前で話すことにもなれてきたな。
「どうも。サミュエル州カッパ農園のサトルです。ダボリス州で野菜を育てるべく、4か月ほど活動をしてきましたが、ここにいる鬼人の皆の協力もあり、無事に収穫を迎えることが出来ました」
そして、手で後ろに立っているイチからジュウとドビーの方を指す。その様子にパラパラと拍手が起こる。
「そこで、収穫した野菜を皆さんに振舞って、一緒に収穫を祝えればと思っています。料理は自由に食べてください。それから、量は少ないですが、ダボリス州で醸造したビールも用意しました」
そのタイミングで、イチからジュウの鬼人達がビールを配っていく。ダボリス州では酒が貴重だということを事前に聞いていたので、カッパ農園に連絡して事前に送ってもらったのだ。その言葉に、特に男の鬼人達が歓声を上げている。
「おお! ビールなんて、コノスル州の警備に行っていた時以来だぜ」
「最高だな。わざわざ遠いところまできて正解だった」
「俺も弟子になりたい……」
いや、最後の奴は動機が不純だな。
ところで、ロクからジュウが弟子入りを志願してきた以降にも続々と鬼人たちが弟子入りを希望してきたのだが、ドビーが断固拒否したので弟子は増やしていなかった。結果としては良かったのではないかと思っている。全員受け入れていたらキリが無いからだ。
いつも通り、乾杯の挨拶は手短に終えて、会の開始を宣言する。
「それでは、乾杯!」
その声に鬼人たちは、各々の乾杯の発声で答えていた。貴重なお酒に対する情熱か、サミュエル州で収穫祭をする時とは全然違う熱気が会場を包んでいた。
「う、うめえ。生きててよかった」
「おい、飯もうまいぞ。何だこの野菜は?」
「本当ね。これは、野菜じゃ、ないみたい」
そんな幸せそうな鬼人達の表情を眺めて達成感に浸る。イチからジュウも何やら誇らしそうな表情をしていた。知り合いにお褒めの言葉を貰うと、嬉しそうに頭を掻いていた。そんな中でもドビーは興味無さそうにビールを飲んでいる。
そんな時に後ろから声がかかった。
「久しぶりね。サトル」
声を掛けてきたのはナオだった。ちょうどウェズリーに話があってダボリス州に来ていたようで、ナオもイベントに顔を出していた。ナオに会うのはダボリス州に連れて来て貰った時以来だった。
そこで、ずっと言いたかった不満をぶつける。
「そういえばさ、蒸留酒なんて作って無かったんだけど」
俺は、ウィスキーとかジンとかテキーラとかを期待しましたよ。それが何ですか。酒類の製造なんて全然していないんだから。
「あれ? ジャメナ州だったかしら?」
ナオはそうとぼけたように言っていた。これは確信犯だな。その証拠にナオは目を合わせようとせずに、遠くに目を向けていた。
その後、お互いの近況を話した。ナオの方は相変わらず忙しくしているようだ。そんな久々の会話をしているといつもよりテンションが高いターニャがやってきた。
「私は感動した! サトル君の功績を称えて、銅像を建てようではないか!」
そんな無茶なことを言い始める。そして、何だかいつもよりターニャの距離が近い気がする。彼女の香水の匂いが鼻に入り、少しドキッとした。それが社長らしい香水ではなく、女の子らしいものだったからだ。可愛い女の子に近づかれたら、それはドキッとするよね?
よく見ると、彼女の片手にはビールのジョッキが握られていた。なるほど、アルコールが入って距離感が掴めなくなっているのか。
そんなことより、銅像とか冗談はよしてよ、と思ったのだが、彼女の表情は至って真面目だった。その言葉を聞いて周りの鬼人達が盛り上がり始めた。
「良いっすね! 達人の師匠の銅像」
「野菜とビールを持たせましょう!」
「いや、腕相撲のシーンが良いだろ?」
鬼人達はなぜか盛り上がり始めていた。ナオが同情するように声を掛けてきた。
「あなたも巻き込まれやすい体質よね」
いや、もともとはあなたの策略のせいですからね、と心の中で毒づく。そして、助けを求めるようにウェズリーの方を見る。何となく、そういう浮ついたことはしないんじゃないかと思ったのだ。しかし——
「我は良いと思うぞ」
おい! ウェズリーはそういうのに反対しそうなのに、勝手なイメージだったようだ。さすがに、これは抵抗しよう、と声を上げる。
「嫌です。さすがに」
「では、決闘討議と行こうじゃないか」
あっさりと決闘討議に持ち込もうとする。どうもダボリス州の法律では公式に認められているようだ。その辺りの考え方はサミュエル州とは全然違う。
「決議書を用意しよう。我が勝利した時は、これに署名してもらう。万が一、サトルが勝利した場合には破棄しよう」
□
決議書が準備されると、ウェズリーと俺は広場に相対する形で立った。それを鬼人達が円形に囲むように観戦している。鬼人たちはギルド長の戦闘が見られるということで、その熱気は最高潮に達していた。
ウェズリーは腰に差した剣を抜いた。細身の刀身の剣を太陽の日差しが照らし、輝いている。剣を両手で構えたウェズリーには隙が無いように見える。
俺もそれに応じるように腰に差したサーベルを抜く。王都で購入して以来、数回しか使っていない。傷もほとんど付いていないサーベルは、美しく日の光を反射していた。
「来いっ!」
その声に、俺は一気にウェズリーとの距離を詰める。細い刀身を突き刺すような動きを見せるが、それを裏切るように飛び上がり、ウェズリーの背後を取る。そして、反転しながらサーベルを横に大きく振る。この速度ならウェズリーは避けることが出来ず、受けると思った。
しかし、その刹那、恐ろしい殺気を感じて1ミリとも動けなくなる。目線だけを動かすと首筋にはウェズリーの細身の刀身がある。
あまりのことに、言葉を出すことも出来ず、俺は降参の意を示すためにサーベルを地面に落とした。
これが、傭兵業で州を成り立たせている者たちの長か。二界の最高クラスの実力を体感して、くやしさというよりも清々しさを感じた。
「参りました……」
「まだまだ、だな。各州のギルド長なら俺くらいは当たり前に戦えるぞ」
「そんな強いなら、なんで決闘討議に出なかったんですか?」
「我の実力を隠しておくためだ。全力を見せてしまったら、足元を見られるだろう?」
そんな会話は観客の鬼人達には届かなかっただろう。しかし、圧倒的な実力差で勝利をもぎ取ったギルド長の様子に、鬼人達から一斉に歓声が上がる。
「さすが、我らが長!」
「ウェズリー様、素敵です」
「俺はサトル殿の動きも追えなかった。それに勝利してしまうなんて」
「一瞬でも後ろを取っただけですげーよ」
戦いに負けたことで評価が下がるかと思ったのだが、さすがにギルド長相手ということでそれは無かった。いや、むしろ評価が上がったのかもしれない。
□
夕方になるとほとんどの鬼人達は近くの宿場に戻っていった。日も落ちて辺りが暗くなり、戦いのほとぼりが冷めてきたころには、村人たちもお酒の勢いもあって少しずつ溶け込み始めたようだ。恐縮した態度と言葉遣いは変わらないが、笑顔が浮かぶようになっていた。
それに対して、ダボリス州における強者である力の強い鬼人達も咎めることは無く、打ち解けているようだった。強さへのこだわりこそあるが、鬼人は決して陰湿な種族では無いのだ。前のギルド長のやり方が徹底しすぎていただけで。
そんな落ち着きつつある村の様子を眺めていると、ウェズリーが声を掛けてきた。
「さっき聞いたが、サトルはそろそろサミュエル州に戻るのだろう?」
「彼らが優秀ですからね。とりあえずは安心して任せられると思いまして」 そういって、10人の鬼人達の方を指さす。 「まあ、トラブルがあったらすぐに飛んできますよ」
「そうか。それでは暫しの別れということだな。では、その前に少し散歩をしよう」
そういって、村のはずれに繋がれた馬を指さし、乗馬するように促す。その指示に従って、自分の馬に跨るとウェズリーは手綱を引いてかけ始める。黒馬に跨るウェズリーは、歴戦の猛将という雰囲気を纏っている。月明かりの中だ。尚更に、その姿に畏怖を感じさせる。
草原を少し駆けて行ったところで、馬の速度を下げて俺の馬に並走するように並ぶ。
「いいか。この世界は成長の早い遅いはあれ、最後に到達するスキルはほとんど同じだ。それは、限界までたどり着いた者にしか分からない事実なのだがな。そこから先は、頭の良さ、勘の良さ、自分の特性をいかに理解出来ているかの勝負だ。スキル鑑定はあくまでも体力測定のようなものだと思え」
ウェズリーは黒馬の進む先をまっすぐと見据えながら話しかけてくる。
「お前にはまだ成長の余地がある。だからこそ、修練は怠らぬことだ。その中で、自分を見つめなおせ。自分の道を歩んで行きたいのならば、なおさらだ」
そして、一瞬の間を置いてつづけた。それは、俺に対して言ったというよりも、自分の過去を振り返っての独り言のように聞こえた。
「迎合せずに生きて貰いたいものだ」
そんな自分の過去への葛藤を含んだ独り言に、何かを言うのは野暮だと感じた。そんな独り言の余韻が冷めたところで、ずっと疑問に思っていたことを聞く。それは、なぜウェズリーがこの短期間で俺のことを評価してくれているのか、という疑問だった。
「それは娘が気に入っているようだからだ。娘は 『サトル君は力がある。だが、それを誇示しない。そして何より人のために一生懸命になれる奴だ』 と言っていたぞ。偉そうな口調でな」
そして、ウェズリーは、あまり言い過ぎると怒られそうだな、と言う。この辺りは、年頃の娘を持つ父親の親心なのだろう。
いや、しかし娘が推しているからって、そんな理由かいと思っていると、改めてこちらに顔を向けてつづけた。
「娘にとっては強者が正義の世界において異質に見えたのだろうな。そして、実際にエリエンの村まで旅をし、剣を交えた結果として、我自身の評価も固まった。さっきの決闘は我の本気だ。あれが限界だということは誰にも言うなよ」
その言葉に感謝の言葉で答える。それは、ウェズリーが自分の身を以て、俺と世界のトップクラスの実力差を示してくれたということへの感謝だった。そこまでしてくれたという強者からの評価と計らいに、純粋に嬉しさを感じるとともに、どことなく運の良さによる部分がある俺の強さに気まずさのようなものも感じた。生まれた時からエリエンの村人のような境遇だったら、果たして俺はやっていけたのだろうか、という自問が頭をよぎる。
しかし、そんな自問自答を頭で反芻する間も無く、ウェズリーから問題発言が飛び出した。
「お前の名前は、 『農園の創始者』 として語り継いでいくつもりだ。銅像のタイトルにしようと思う」
「それだけは、止めて貰えないでしょうか」
「残念だが、先ほどの決闘討議の決議書にも記載しているぞ。ここはダボリス州だ。郷に入っては郷に従って貰おう。この州の標語は何だ?」
「『強者たれ、さもなくば死のみ』 です」
「その通りだ。強者に従え!」
そういうと気持ちよさそうに大声で笑っている。月明かりに照らされる広大な草原に、その笑い声は広がっていくが、風に揺れる草の音が、それをかき消すように響いた。そして、ウェズリーは改まった口調で声を掛けてきた。
「強くなれ、サトル。我に勝てるくらいに」
目の前の男は、目指すところは全く違うとしても、一つの州、いや国を背負う男なのだ。速度を上げて前を駆けていくウェズリーの背中は、遥か遠くにあるように見えた。その背中に少しでも近づけるように、手綱を引いて速度を上げた。