6-9.腹案
今日の夜の更新はありません。あと1話で6章は完結です。
農園は、マルロが言っていた通りに順調に運営できている様子だった。ダボリス州の畑よりも多種類の成熟中の野菜が実っていた。ダボリス州では支援の協定に書かれている種類の野菜しか作ることが認められなかったからだ。カラフルなカッパ農園に心躍りながらも、農場の中を歩いていく。
しかし、農場を見渡してもマルロとミナミちゃんは農園にいる様子は無かった。こちらに気付いたカーミンさんの部下が、小屋で何か話し込んでいますよ、と教えてくれる。それにお礼を言いつつも、小屋に向かって進んでいく。
ところで、農園を全体的に見回してみると、農場の面積が広くなっている。農園を囲む森までの距離が長くなっていたのだ。それに加えて、俺以外のメンバーが寝泊まりしているログハウスが2棟に増えていた。ミナミちゃん、順調に農園を拡大しているようだね。
小屋のドアを開くとマルロとミナミちゃんが机の周りに立っていた。マルロが大きな紙を広げて何やら話しているところだったが、二人はドアが開く音を聞いてこちらに顔を向けていた。俺の姿を捉えると二人の表情が変わる。
「師匠! おかえりなさい」
「サトルさん、戻られたんですね」
二人とも嬉しそうな表情をしていた。その顔を見て俺も思わず笑みがこぼれる。
「ああ、ただいま」
マルロがお茶を用意してくれたので、それを飲みながらテーブルに座って話をすることにした。最初は2人が農業支援の様子を聞いてきたので、それに答えていたのだが、質問がひと段落したところでカッパ農園の様子を聞くことにした。
「ねえ、農園がだいぶ広がったような気がするんだけど、どうしたの?」
その質問にミナミちゃんが胸をそらして答える。えっへんという言葉が聞こえてきそうだった。
「農園の拡大計画を実行したんです!」
その言葉にマルロが補足をしてくれる。
「カーミンさん達が手伝ってくれるので、人手が余っていましたからね。彼らも農園の方に集中していいと言われているようだったので、住み込みで働いて貰うことにしたんですよ」
「前、ログハウスを建てて貰ったスキンヘッドの棟梁にお願いしました!」
どうりで同じ建物が2棟立っていたわけだ。確か、同じ設計図だったら比較的簡単にできるという話だったはずだ。それにしても、二人でよくやってくれたな。農園のメンバーの優秀さを改めて感じる。
「二人とも、居ない間に色々とありがとう!」
「まだまだ、お礼を言うのは早いですよ! 今も私とマルロさんで計画中です」
「ええ。楽しみにしていてください」
二人とも頼もしすぎるよ。
□
久々の会話で話すことは尽きなかったのだが、夕方になるとサマリネ姉さんとの約束のためにバーニャの町に向かった。ギルドのメンバーがよく使っている居酒屋に向かうと、サマリネ姉さんは先に到着していた。マスターは奥にある個室に通してくれる。
そこで、ダボリス州での農業支援で見たことについて話す。農園の運営が上手く行っていることに加えて、エリエンの村で見た光景も話す。ギルドのメンバーに言うようなことでは無いのだろうが、中央に対する不信感も正直に話してしまった。
「サトル、そういうことは話す人を考えた方が良いわね。反体制派だと認定されたら命は無いわよ」
「うん、他の人に話すつもりはないよ」
「信頼してくれるのは、正直嬉しいわ」 その言葉を言うサマリネ姉さんは微笑んでいた。しかし、表情を引き締めて続ける。 「だ、け、ど! ギルドの中には通報制度がある。通報した者には多額の褒章金が与えられるわ。だから、安易に言わないこと。お金に目がくらむ人間は多いわよ」
その忠告に頷いて理解を示す。ウェズリーが警戒していたように、中央に対して反抗的な態度を取ることは非常に危険なことなのだろう。
想像以上に二界の統制は厳しいようだ。自由に見えて制約がとても多い。
「ところで、普通の人が州を跨いで他の州に住むというのが難しいという話を聞いたんだけど、サマリネ姉さんはどうしてサミュエル州にあっさり来られたの?」
「ギルドのメンバーは移動できるのよ。もちろんある程度勤続年数があることと、移動先でもギルドに所属することが条件にはなるけどね。そうすれば、中央はその者の動向を把握することが出来るでしょ」
「なるほどね」
人の移動を制限するのは、そもそも中央が誰がどこにいるかを把握するためということなのか。それが目的だとするとギルドのメンバーが移動できる理由も納得がいく。ギルドは中央の管理下にあるから、結果として統制が行き届いている状況には変わりが無いということだ。ということは——
「もしかしてだけど、一度ギルドに入ると抜けられないとか?」
「その通りよ。ただ、ギルドに入ると出来ることの範囲は大幅に広がるわ。だから、損なことばかりではないのよ」
他の州に行ってギルドを抜けられたら捕捉しづらくなってしまうのだからね。脱退した場合は、かなり厳しい処罰が与えられるのだろう。場合によっては命を奪われるのかもしれない。
そんな疑問が解消されたところで、もともと相談しようと思っていたことを話すことにした。
「ところで、食料不足の現状を目の当たりにして、今回の農業支援を他の州でもやりたいんだけど可能かな? あまり自由に人は送れないのかな?」
「結論から言えば可能よ。誰かを他の州に送りたいときは、ギルド長会議で協定を結び、その協定書に支援者を明記するの。簡単に言えば、誰がどこにいるのかを中央が把握できれば問題ないということね」
「なるほど。じゃあ、問題ないんだね」
「ただし、滞在の理由が明確でないといけないことと滞在中は報告書の提出が求められる。あなたも報告書を書いているでしょ」
確かにその通りだった。協定書を結べば完全に自由というわけではないのか。
ただ、協定書でサミュエル州とダボリス州の農園のメンバーを明記しておけば、いつでも支援に行けるようになるわけだ。そうすれば、二界の食料不足も解消出来かもしれない。種を持って他の州に行って、貧しい人たちに農業のやり方を教えていけば、と考えを膨らませる。しかし、サマリネ姉さんはそんな考えの先を見透かしたように忠告してくる。
「サトル、そういう支援はボランティアでしちゃダメよ」
「え、なんで?」
「人は与えられることに慣れてしまうと、その価値を忘れてしまう。そのうちに、自分で努力することを放棄して与えられないことに怒りを覚えるようになる」
「でも、所詮は偶然手に入れたものだからなあ……」
「それなら、その優位さを良心を以て運用しなさい。他の者に自由に使わせたら、悪用する人間が出てくるわよ。この世界の中央は協定関係に対しては厳しい。しっかりと主導権を握ってまっとうな協定を結びなさい。搾取される者が生まれないようにね」
搾取という言葉に、小作人と荘園の主の図が思い浮かぶ。確かに、この農業の形を資金が潤沢にある人間に支配されるような農業にはしたくない。食はすべての者に与えられた権利であるべきなのだ。
「分かった。じゃあ、今のダボリス州との協定を多州間で締結することは可能かな?」
「良いアイデアだと思うわ。そういうことは、イトウに相談してみると良いわね」 そして、思いついたように続けた。 「あ、時間が物凄く余っている時にね。間違いなく、恐ろしく長い時間拘束されるわよ」
後日、イトウにその件について相談するとひどい目にあった。昼過ぎに始めたはずの議論だったのに、気付くと翌日の朝になっていたのだから。
何をそんなに話すのかって?
協定の条件、期間、対象品目、締結先などの基本的なことから、想定される例外事項とそれへの対処など、あらゆることを全て文書に落とし込んでいた。いや、細かいこと、細かいこと。正直イトウが嫌いになりそうだった。途中でイトウに丸投げしようと思ったのだが、あっさり却下されてしまった。
「え~、細かいことは任せるよ」
「農業のことは私には分からないからな。前例のない協定だから、綿密に練らねばならない。だいたいが、ダボリス州との協定は穴が多すぎて見ていられんからな。例えば……」
問題なく運営できているのに、とは思いながらも俺たちのことを守るためという厚意なので、受け入れて質疑応答に応じ続けることにした。というより余計なことを言うと、その解説で余計に時間を取られるのだ。
翌朝、ようやく解放された俺は、ふらふらになりながらギルド長室を出ていった。ギルド支部を出るところで出勤してきたカーミンさんとすれ違ったのだが、俺の様子を見て、憐れむような目線で声を掛けてきた。
「サトルさんもギルドの過重労働に放り込まれましたか。ご愁傷さまです」
カーミンさんの哀愁漂う同情に、かえって申し訳なくなる。いつもあの調子で働かされていたら、カーミンさんは死んでしまうかもしれない。
「カーミンさん、働きすぎはだめですよ」
「最近は農園にいる時間が長いのでだいぶ楽ですよ」
「いや、それは過酷な状況同士の比較ですから! 楽じゃないですから!」
その言葉に乾いた笑い声で答えると、手をひらひらさせながらギルド支部に入っていった。
ところで、複数の州間での農業支援協定は次の11月のギルド長会議で議題に上げることになった。それに向けて準備を進める必要があるのだが、それはマルロにお願いすれば問題ないかな、なんてことを考えながら農園へと戻っていく。
穏やかな喧騒が包むバーニャの町の朝はとても爽やかなものだった。転生してきた場所がサミュエル州だったことを幸運に思うと同時に、この町にいるほとんどの人たちは外の世界で何が起こっているかを知らずに生きていくという事実に、羨ましいような、憐れなような複雑な気持ちになる。
知っている方が幸せなのか、知らない方が幸せなのか、その時の俺には判断が下せなかった。