6-8.久々の帰郷
明日は朝投稿する予定です。
エリエンの村の様子を見ても、俺がやるべきことは変わらなかった。もうすぐやってくる収穫時期に向けて、農園の他のメンバーと協力して、美味しい野菜を作ることだ。それが、ゆくゆくは村の支援につながると信じて……
「お師匠様、サミュエル州の農園も大丈夫そうですね」
手紙を見ながらハルが声を掛けてくる。マルロは定期的に、カッパ農園の状況報告の手紙をくれていた。毎度、問題ないという報告だったので、俺やハルが何かすることは無かったが、そろそろ農園の様子も気になって来たので、近いうちに戻ろうと思っている。
「そうだね。マルロもミナミちゃんも、カーミンさんたちも優秀だからね。優秀と言えば彼らもだ」
そういって、視線を小屋の窓から外に向けると、鬼人たちはきびきびと働いていた。最初は、修行のつもりでやっていたのだろうが、最近は成長していく農作物をみて感動している様子だったので、徐々に意識は変わってきているのだろう。最初こそ武道の師匠と弟子という不思議な関係ではあったが、彼らも、よく途中で飽きずに続けてくれた、と感謝の気持ちでいっぱいだった。
小屋から外に出ると作業している鬼人たちに声を掛ける。
「おーい。そろそろ休憩したらどうだい?」
「師匠! こっちの区画がまだなので、終わらせます!」
「同じく、ジャガイモ畑の雑草を抜ききったら戻ります!」
そういって、全員がこちらに向かって背筋を伸ばして報告してくれる。どうやって生きてきたらこんなに体育会系な人間になれるのか不思議だ。
「あー、疲れました。やっと休憩っすね」
逆にドビーはあっさりと小屋に帰ってくる。ドビーがなぜダボリス州でやっていけるのか、これはこれで不思議だった。まあ、きっと戦ったら強いのだろう。
そんな作業をする彼らの様子を遠くで眺めているとウェズリーがアイドリエンの方からやってくるのが見える。まっすぐにこちらに近づいて来る。どうも、農園の視察にきたようだった。
「サトルよ。これは順調に育っているのだろう?」
「ええ。ばっちりですよ」
「そうか。こっちの蔓は何だ?」
「ジャガイモですよ。当初の想定よりも多く育っています」
ウェズリーは、気付くと俺のことをサトルと敬称を付けずに呼ぶようになっていた。それが、どういった心境の変化によるものなのかは分からないが、悪い気はしなかった。エリエンの町に一緒に行った後に呼び名が変わったはずなのだが、いつからだったかは思い出せない。
「これだけの収穫量があれば、二界の食料不足も解消できそうだな」
その言葉を聞いて、この農業の形を上手く浸透させれば食料問題を解決していけるのではないか、と思い至った。確かに、錬成による農業は、生産量が安定しているのだろう。材料だけ確保すれば、天災によって収穫量が不安定になることは避けられる。しかし、結局のところは人の能力に頼っていることには違いないのだ。
□
ダボリスの農園の運営も安定してきていたので、久々にサミュエル州に向かうことにした。念のため、ハルには残ってもらうことにする。そして、サミュエル州まではターニャが護衛に付いてくれることになった。
「やっぱり私が行きましょうか。道案内も出来ますし……」
「ありがとう。でも、農園の野菜が心配だし、ハルにしか任せられないから」
その言葉に複雑そうな表情をしていたのだが、最終的には納得してくれたようだった。信頼されていることに照れているのかな?
時間になるとターニャが馬車に乗ってやってきた。御者はギルドのメンバーがしていたが、知らない鬼人だった。ターニャは馬車から降りてくると、相変わらずの社長口調で声を掛けてくる。
「やあやあ! サトル君。お待たせしたかね?」
「いや、大丈夫ですよ」
そういって、ターニャの乗ってきた馬車にターニャと共に乗り込む。御者は乗り込むのを見るとすぐに出発した。馬車の車内がガタガタと揺れる。
「ターニャさん、よろしくお願いします」
「そうだ、サトル君。私に敬語なんて使う必要はないぞ」
「そんな話し方をしているのに、ため口で話せって無茶じゃないでしょうか?」
「そうかね? 君はダボリス州のギルドに属しているわけではないだろう」
それは、そうなんだけどさ。でも、目の前に現れた社長口調の人にため口で話せって難しくないだろうか。ターニャの方が合わせてくれれば良いのに。
「ま、努力はしてみるよ」
その言葉にターニャは満足そうに頷いている。見た目から判断すると20代の前半に見えるから同じ若者であることには変わりないのだろう。鮮やかな金色の髪の毛に、白い肌のその姿は、さながら海外の若手女優という感じだろうか。しかし、その口から出る言葉が社長口調なせいで、どうしても同じ年代とは思えなかった。
「ところで、君は私の故郷に行ったのだろう?」
「ああ」
「君はあれを見てどう思った?」
「驚いたよ。転生してきてからあんな光景を見ることは無かったしね」
あそこまで困窮しているようすの村があるとは思っていなかった。そして、その時に思ったことを正直に話す。
「同時に何とか出来なかなと思った。でも、結局はダボリス州の農園を安定させることがそれに繋がるのかな、と」
その言葉にターニャは真面目な表情で頷いていた。
「そうだな。あの村の皆にはとても助けられた。貧しい中でも食料を分け与えてくれたのだ。だから、恩返しというほどでもないが、父を通じて出来るだけそうした村を支援するようにしている。だが、それは一時的な解決でしかないのだ」
その言葉は、現在のダボリス州の体制の限界に対する不満のように思えた。結局、傭兵として働くことが出来ないものは、貧しさを強制されてしまう環境なのだ。それは、傭兵稼業で成り立つダボリス州にとってはやむを得ないこと、なのだろう。
ターニャは、ぽつぽつと過去のことを話し始めた。ドビーの話では、ギルドのメンバーには話していない話のはずだ。俺はこの親子に気に入られたのだろうか? いや、単純にギルドのメンバーじゃないから話しやすいだけかもしれないけどね。
「実は、私は転生してきた時、誰かに助けられてあの村に導かれたのだ。その者は、私を狂獣の森の淵まで連れていくと、去り際に手紙を持たせた。そして、これをギルド長に渡せと一言だけ残して、森の中に再び消えて行った。私はその者を探して狂獣の森の中心を目指している。もちろん、転生者を助けるという目的もあるがな」
その表情からは、エリエンの村への感謝の気持ちと決意のようなものが読み取れた。彼女もまた背負っているものがあるということなのだ。
「エリエンの村で生活するように1年ほど経ったとき、父が視察にやって来た。そして、父に手紙を渡すと、父は私をギルドで引き取ると言ったのだ。私は村に残りたかったのだが、村長や村人達が強く勧めたので従うことにした。それで、今に至っている。私はダボリス州をいずれ変えたいと思っている。父のように日和見にはならないように、だ」
そんな身の上話を聞きながら、サミュエル州とダボリス州の州境まで進んでいった。最初こそ真面目な話をしていたのだが、ターニャも普通の女の子のようで、途中から恋愛話を始めた。一方的に質問攻めにあっている形だったのだが、あまりにしつこいので逆に質問することにした。
「で、好きな人はいるのかね?」
「だから、いないって。っていうか、恋バナをする時くらいは普通の口調にしてよ」
「それは無理だな。口から勝手に出てきてしまうからな」
「全く……で、ターニャは好きな人はいるの?」
その質問にターニャは明らかに分かるように動揺している。分かり易すぎませんかね。そして、顔を赤くしてもじもじしている。しかし、急にはっきりした口調で宣言する。
「サトル君、君だ!」
「はいはい。護衛兵として欲しいって意味でしょ? 農家が本業だからお断りします」
ターニャははぐらかそうとしたのだろう。それに、社長口調で言われるとヘッドハンティングされているようにしか聞こえない。だから、ナオにギルドに誘われたときのように適当に断ることにした。
護衛兵になることを断られたのが嫌だったのか、何やら不満そうな表情をしていた。ターニャは口を噤んでいた。俺は恋愛話が途切れたので、安心して外を眺めながら馬車に揺られる。
サミュエル州とダボリス州の州境まで来ると、サミュエル州のギルドの馬車に乗換になった。ターニャはギルドのメンバーではないようで、ここから先に進めないということのようだ。そこで、ターニャと別れて、馬車を乗り換えて移動を続けた。
久々にバーニャに帰ると、あまりの平穏さに安堵のため息が漏れる。この町には争いなどない様子で人々の表情には笑顔が浮かんでいた。
まずは、ギルドに向かうことにした。ギルド長の部屋に向かおうとすると、ナオは外に出ている、とギルドのメンバーの一人が教えてくれた。それに感謝の言葉を返しながらもギルド長の部屋に向かうと、そこにはイトウがいた。イトウはいつもギルド長室にいる。あまり外に出ることもないようだ。
イトウはこちらを見つけると農業支援の状況について、矢継ぎ早に質問をしてくる。そんな質問が二時間ほど続いたのだが、質問が終わったのだろうか。
「うまくやっているようだな。報告ご苦労。行って良いぞ」
そう相変わらず、謎の上から目線で言っていた。まあ、上から目線なのは良しとしよう。ギルド長の部屋から出ると、サマリネ姉さんが、ギルド長室に向かってくるところだった。
「あら、サトル。久しぶりじゃない?」
「久しぶりだね。姉さん、少し相談があるんだけど、今夜空いてない?」
「あら? サトルからの夜のお誘い何て嬉しいわね。空いてなくても空けるわよ」
「いや、“夜のお誘い”って語弊がありすぎるでしょ」
「ちょっとからかっただけよ。場所は宿が良いかしら?」
「いつもの飲み屋で!」
サマリネ姉さんの笑い声を背にしながら、ギルドを後にする。その足でカッパ農園に向かうことにした。久々の農園に胸が高鳴るのを感じた。ギルドで馬を借りて、そのまま農園へと向かった。