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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第6章 『新米農家 国を救う(後編)』
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6-7.弱肉強食の負の側面

 

 ターニャとのドタバタがあった数週間後に、ギルド長のウェズリーが農園を訪れてきた。ウェズリーの姿を視界にとらえると、農作業をしていた鬼人達に緊張が走るのが分かった。しかし、その緊張は恐怖によるものというより、尊敬の念による部分が大きいことがすぐに分かる。鬼人たちがウェズリーを見る目線には、憧憬の色が浮かんでいた。さながら、武道の師匠が道場に現れたかのような雰囲気だ。口々にウェズリーに対して丁寧な挨拶をしていた。ウェズリーは手を上げてそれに答えている。


 なぜ、こんなところにギルド長が来ているのか? と不思議に思っているとウェズリーはこちらにまっすぐに向かってくる。どうも、俺に用事があるようだ。


「サトル殿、急な訪問失礼した。先日は我が娘が迷惑をかけたようだ。申し訳ない」


 なるほど、そのことか。


「いいえ、別に迷惑など掛けられていませんよ」


 正直、迷惑を受けたという気はしなかった。ターニャという鬼人の中で異質とも言える存在に出会えたことには価値があったと思っていた。事実、その後ターニャについて聞いた話はとても興味深いものだった。強者たることを絶対とするダボリス州にあって、唯一と言っていい、弱者への慈愛を持った鬼人である、というものだった。


「ところで、娘からサトル殿が相当な武道の達人だと伺った」

「その点については幸運なところが大きいのですが」


 その言葉に笑い声で答えるとウェズリーは 「謙虚だな」 といった後で、ここに来た本当の目的を述べる。


「娘に引き続いて申し訳ないのだが、我に付き合って貰えないだろうか? 一週間ほど見て貰えると助かるのだが……」


 農園の運営自体は俺がいなくても問題なくできていたので、その依頼を受けることにする。州のトップの依頼を無下に断る理由もない。


「ハル、悪いけどお願いできるかな?」

「お師匠様、もちろんです。お気を付けて」



 ターニャとの旅と同じように、最初は狂獣の森に向かって進んでいったのだが、ウェズリーは狂獣の森には入らずに、その周囲をぐるっと回るように進んでいった。


「農園の運営は順調のようだな。支援に来てくれたこと大変感謝している」

「いえいえ。それに、収穫はこれからですから」

「この州は食糧が慢性的に不足している。その様子をサトル殿にも見て貰いたいのだ」


 その言葉に、今回の同行の意味の一端が伺える。アイドリエンでは、そのような様子は見られなかった。つまり、アイドリエンとは違う側面があるということだろう。


「恐らく、今回の同行にもつながる話かと思いますが、この州には、強い者しかいないのですか? アイドリエンには子供や老人が見当たりませんでした」

「感が良いな。アイドリエンにはいないが、他の地域にはいる」

「つまり、その人たちが困窮している、と」


 その言葉にウェズリーは黙って頷いていた。その後、ウェズリーから言葉を発することは無かったので、無言でウェズリーの後ろを付いていく。その後もずっと移動は続いた。途中、日が落ち始めたところで宿場町にたどり着き、宿泊も挟んだ。しかし、ウェズリーはかなり無口なようで、宿で食事をとっている時も、ほとんど会話らしい会話はなかった。



 馬での旅は、目の前に現れた村によって終わりを迎えた。その村はアイドリエンとは全く違う様相だった。飾り気のない雰囲気と言えば、アイドリエンと同じような光景に聞こえるが、残念ながら貧しさが前面に出ている。飾るつもりが無いというよりも、飾る余裕が無いのだろう。そして、その村にいる鬼人たちは老人だったり、子供だったり、アイドリエンには不思議と存在しない類の者たちだった。


「ここはターニャがかつて住んでいた村、エリエンの村だ」

「そう、なんですね。アイドリエンとはかなり様相が違いますね」

「ああ、少しここの村長に用事があるのだ」


 そういって、その貧しい村の中心に向かって進んでいく。途中ですれ違った村民たちは一様にウェズリーに膝をついていた。


 村長の住む家は、他の家と同じようにみすぼらしいものだった。ウェズリーがその家に入ると村長は頭を地面に擦り付けながら、挨拶をしていた。


「遠いところ、ご足労頂き、恐縮にございまする」

「ああ、止めてくれ。我はそういうのは嫌いだ」

「そうは申しましても……」


 仕方ないという風にウェズリーは、奥の座席に腰を下ろした。ウェズリーはその傍の席を薦めてきたのだが、頭を地面に擦り付ける老年の鬼人を前に、椅子に腰を掛けることにはものすごく抵抗があった。しかし、郷に入っては郷に従え、ということで腰を掛けることにする。そこで、ウェズリーは小さな声で耳打ちをしてくる。


「前のギルド長が弱者を虐げる人間だったのだ」


 なるほど、それでこの態度なのか。沁みついてしまった服従する心を覆すのには時間がかかるということなのだろう。


「ところで、最近転生者はいたのか?」

「占い師の話によりますと一名転生者がいたようでございます。されど、残念ながら命を落としたようでございまする」

「そうか。転生の場所さえ特定できればいいのだがな」

「狂獣の森の中ということしか分かりませんゆえに、特定は難しいかと存じます」


 その後もウェズリーは村長と話をしていた。納税の減免や食糧支援などについて話をしていたが、そうした支援の言葉に対して、村長はひどく恐縮している様子だった。


 話が付いたところで、村を離れることになった。彼らの様子を見ていると長く滞在することが得策とは思えなかった。気を遣わせてしまうだけのように思えたからだ。エリエンの村を離れていく道すがら、ウェズリーは独り言のように呟いていた。


「我らギルドはかような者たちを守らねばならぬ」


 そんな様子を見て、少し時間を空けてからウェズリーに質問をしてみる。あまりにもサミュエル州と違うその姿に対する違和感を拭うための質問だった。


「こういう光景は、二界では一般的なんでしょうか?」

「ああ、そうだな。比較的、平等な環境が確保できているのは、サミュエル州とコノスル州くらいだろう」

「そうですか……」


 その事実に対して、咄嗟に返す言葉が無かった。視線を遠くに移してただ馬に揺られる。すると、ウェズリーの方から声を掛けてきた。


「サトル殿のような強者に支援に来てもらえたのはありがたかった。普通の農家では鬼人たちをあれほど上手く従えられないだろうからな」

「私は運が良かっただけです。生まれつき、能力が伸びやすかっただけですから」

「確かに生まれつきの能力は、二界では前世以上に大きな要素だ。だが、その中で生き残っていけるかは別だ。二界では他に追従して生きる分には楽だが、自分の思いを通そうとするのであれば、相当な覚悟と努力が必要だからな。特にダボリス州では子供であっても弱肉強食の原理に放り込まれる。転生の地がそもそも狂獣の森だからな。この地は転生者が多いが、はっきりと言えば、命を落とすものも多い。それがゆえに、若い芽がつぶされている、と我は見ている」


 そんな言葉を頭の中で咀嚼しながらもウェズリーの話を黙って聞く。厳しいダボリス州を束ねるギルド長の言葉には、一言ひとことに過去の経験が根付いているように思えた。


「だが、傭兵稼業で成り立たせるこの州の生き残り方から考えると合理的とも言える。だから、我はその体制を変えるつもりはない」


 何となく、そんな葛藤に心をほだされたのだろうか。リンドールさんが残した資産と、それを活かして農業に従事してきたという事実を、ウェズリーに話していた。それを聞いていたウェズリーは、少しの間を空けた後に言う。


「サトルよ。継続は力なりだ。楽とは言えない農業を、地道に、しかし着実に定着させたその継続性は誇っても良いと我は思う。その師の教えを忠実に守り、しかも発展させる意思を持って一年間農業に従事していた努力は並大抵のものではないぞ」


 まあ、途中、戦闘訓練ばかりやっていた時期があるから偉そうに言えることではないけどね。とは言いつつも、そんな言葉に誇らしさを覚えていると、思わぬ言葉がウェズリーの口から飛び出した。


「ナオと今回の協定の画策をした時に、彼女もそう言っていたな。正直に言えば支援要請という方法が上手く行くとは思えなかったが、今となってみればサトルに来てもらえたのだから正解だったな」

「え?」


 その瞬間に、いつも落ち着いているウェズリーに動揺が走るのが分かった。今のは明らかに失言だよね? というか、支援要請とか言いながら出来レースだったということかな。


「その、すまん。忘れてくれ」


 その表情には、やってしまったという自分への失意と諦めが入り混じっていた。変にごまかそうとせずに、素直に非を認める様子には好感すら持てたのだが、失言である事実は変わらない。


 この人を裏切ってナオに告げ口をするなどということは、少しも考えなかったが、この場でもう少し詳しく突っ込んで聞くくらいの権利はあるだろうと思った。


「分かりました。ここだけの秘密にするので、何でこんな画策をされたのか教えていただけないでしょうか」


 その言葉に、ウェズリーは少し考えている様子だったが、諦めたように話始めてくれた。俺を信頼できるかという疑問、各策の理由の後ろめたさ、ナオへの背信感、中央への露見の恐れ、など色々と考慮した結果なのだろう。


「分かった。だが、我は婉曲した表現が苦手ゆえ、少し過激な発言に聞こえるかもしれん」


 その言葉に黙って頷く。その言葉は反体制派レジスタンスと思われることに対する警戒であることが容易に読み取れた。


「実は、ナオと我は古い付き合いだ。それ故に、サトルの噂は以前から伺っていた。二界に転生する人間は、極端に言えば、2種類に分けられる。高い潜在能力を持つ者と普通の者だ。サトルという青年は農業に従事しているが、高い潜在能力を持つ人間だと聞いていた」


 そういう括り方で人を捉えたことが無かったのだが、思い返してみれば、バーニャの町にいる人たちとギルドのメンバーの間には明確な力の差があったように思う。


「これは、嫌な言い方をすれば、善良な民たちと中央の傀儡たる支配者層、つまりギルドのメンバーという分け方をすることも出来る。そして、州を跨げる人間は基本的にギルドの人間だけだ。ギルド以外の人間に州を跨がせ、さらに長期的に滞在させるには、よほどの理由が必要になる。支援要請はそのための策だったのだ。普通の善良な市民たちは外の世界を知ることなく生涯を終える」


 なるほど。それで、支援要請という形でギルド長会議の議題に上げたのか。通常の協定では、俺に州を跨がせることは出来なかったということなのだろう。その辺りのルールは良く分からないけど。


「二界のギルドは戦闘能力がモノをいう階級社会だ。もちろん政治的な能力も問われるが、野心ある戦闘能力の高い人間がいれば、そのものの意見が優先される。力が全てだ。あとは中央の統制に反抗しなければ全てが許される」


 その言葉に、エリエンの村の老人の姿やコノスル州のケビルソが話していた差別や奴隷制の話が思い出される。


「しかし、我はターニャを見た時に、二界の現体制の歪さを感じてしまった。彼女はかの村でとても愛されていた。そして、彼女はまたその愛情を村人に注いでいた。かような心の清らかなものを排除して、体制を維持することに果たして我の目指す道なのか、と」


 そして、ウェズリーは首を振りながら続けた。その全身からは自分に対する不甲斐なさのようなものが感じられ、ウェズリーの体が縮んだかのような錯覚を覚える。


「だが、我にはそれを変革する勇気はない。なぜなら、ギルド長になることで、あまりに多くのものを背負いすぎてしまったからだ。急激な変化は、ダボリス州の州民に多大な犠牲を負わせることになる。特に傭兵稼業で成り立つダボリス州に、強者であることを放棄させることは難しい」


 その表情にはあきらめと同時に、覚悟のようなものも感じられた。州の民の命を背負うというのは容易なことではないのだろう。


 この旅で、弱肉強食の負の側面を見てしまった俺は、中央の官僚機構に対する拭えない不信感のようなものが広がっていくのを感じた。それは、ドロドロと腹の底に渦巻くように不快感を覚えさせた。


 ところで、話を聞いている中で、ヴェリトス州からサミュエル州のギルドに移動したサマリネ姉さんやイトリンさんはどうやって州を跨いだのだろう、という疑問が浮かんだのだが、それをウェズリーに聞くのは違うように思った。


 その疑問は後日、本人に聞いてみればいいか。


 それより前に、農業支援を無事に完遂しないとね。エリエンの村の鬼人達のためにも、食料供給を安定させることが一番求められていることだろう。自分の手の届かない大きな事を考えても仕方が無いからね、所詮は農家なのだから。


 


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