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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第6章 『新米農家 国を救う(後編)』
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6-6.姫様のお供


 10人の鬼人たちとドビーの大所帯で始まったダボリス州の農業支援だったが、肉体派な上に従順な彼らの働きがあって、あっという間にカッパ農園よりも広い範囲の畑を耕すことが出来ていた。


 彼らに重力操作を使って鍬で畑を耕す方法を教えると、感動した様子でこうやって力をコントロールするんですね、勉強になります、と口々に言っていた。いや、戦闘の指南をしたつもりは無いんだけどね。


 そんな形で、農園の運営が安定してきたころに、騒がしい客がやって来た。どこで聞いたのか知らないが、俺の名前を知っている様子だった。


「やあやあ! 君がサトル君かい?」

「え、はい、そうっす」


 一本角の鬼人の女の子がそこにいた。いや、誰だよ。


 彼女は他の鬼人たちと違い華奢な体をしていた。かわいらしい容姿でかわいらしい声の女の子から、社長のような話し方が飛び出したことに面を食らってしまい、なんだか締りのない相槌を打ってしまった。


「私はターニャ。ヴェズリーの娘だ!」

「え、ヴェズリーに娘がいるの?」

「まあ、養女なのだがな!」 そういって豪快に笑う。 「君、どうも強いらしいじゃないか。私の散歩に付き合ってくれたまえ」


 そんな様子を見て、ドビーがこちらに駆け寄ってくる。その表情には焦りが見え、彼女が普通に扱ってはいけない人なのだということが容易に読み取れた。


「姫様! また抜け出したんじゃない、ありませんよね?」

「おい、君! 人聞きが悪いじゃないか」

「は、失礼しました!」

「まあ、寛大な心で許してやろう」

「は、ありがとうございます」

「で、散歩のお供はどうだ? 来てくれるか?」


 そういって、気を取り直してこちらを向くとそう聞いてくる。いや、上から目線で急にそんなことを言われても困るんだけど。断ろうかと思い口を開こうとした時、ドビーが割り込んできた。


「先生、申し訳ないんですが付き合っていただけないですか?」


 普段やる気の無さそうで感情の起伏が見えないドビーが焦っている様子を見ていると断ってはいけない相手だと分かる。そこで、その要求を受け入れることにした。


「うーん。ドビーが言うなら仕方ないか」


 そして、彼女に少し準備する時間が欲しいと言うと、ドビーを連れて小屋に入る。ドアを閉じたところでドビーに彼女のことを問い詰める。


「彼女はいったい何者なの?」

「ターニャ様はギルド長の養子です。ある日、ギルド長が連れてきて養女にすると言い出したんですよ。ダボリス州のギルド長は有望な若者を自分の養子にする事で、次のギルド長を指名します。彼女が次期ギルド長ということになります」


 そういって首を横に振っていた。やれやれという表情をしている。


「ウェズリーさんは非常に尊敬できる人ですが、彼女を養子にしたことだけは失敗と言わざるを得ないように思いますね。どこで拾ってきたのか分かりませんし、結構なおてんば娘なのでギルドのメンバーも困っています」


 そんなふうに皮肉を言いながらも、ドビーの表情からは憎らしさのようなものは感じられなかった。皮肉屋のドビーは、いつも通り棘のあることを言っているが、何となく彼女はギルドの鬼人たちに受け入れられているんだろうことが感じられた。


「彼女は不思議な話し方をするよね」

「何だか、妙な反抗期のようで親父と同じにはなりたくないけど、そのカリスマ性には憧れているようで、変な社長スタイルになったようですね」

「あ、そうなんだ」


 そうなんだ、と言いつつも正直に言えば腑に落ちてはいないが、気にしても仕方が無いかと追及することは諦める。


「今回はさすがに私も付いていきますが、姫様は無鉄砲なところがありますから気を付けてくださいね」


 彼女は馬を2頭連れてきていた。ドビーは自分の馬を持っているので、ターニャの連れてきた馬に乗らせてもらい、付いていくことにする。


 行き先は近くの森のようで、農園を出るとまっすぐに森の方向に向かっていった。農園の周囲も含めて、アイドリエンの町の周りは草原に囲まれている。そんな春の陽気の漂う草原を馬に乗って駆けていくのはとても気持ちが良かった。草花と土の匂いが風に乗って鼻に入ってくる。


 しかし、森に入るとそんな長閑な状況は一変した。森にはモンスターが多く生息しているようで、次から次へと飛び出してくる。しかし、出てくるモンスターはサミュエル州でも普通に見かけるようなものばかりだった。


「この森は狂獣の森と呼ばれている。不思議なことにモンスターの発生が多いのだ! 私にとっては良い訓練場所だな」


 そんな風に余裕を見せている彼女は、その言葉の通りにとても強かった。ドビーや俺が助けるまでもなく一人でモンスターを撃退していた。


 そんな様子を眺めながら馬に乗って彼女の進む方に付いていく。彼女が悠々と戦っているので、こちらは正直に言うと暇だった。ドビーと話をしながら時間を潰す。


「正直、狂獣というほど強いモンスターには見えないね」

「ああ、まだ森の淵ですからね。中央に行くほどモンスターは強くなっていきますよ。なんせ、誰も最深部には辿りつけていませんからね」


 その言葉の通りに、中央に進むほどモンスターのサイズが大きくなってきていた。最初は中型のクモや蛇などが出ていたのだが、徐々に大蛇やキメラが姿を見せるようになってきていた。たまにドビーがターニャに引き返そうと声を掛けていたのだが、彼女はその言葉を無視してどんどん奥に進んでいく。


「はあ」 無視されるたびにドビーはため息をつく。 「この森の探索は切りがないのに……何が楽しくて探索しているのか、全く理解できない」


 現れるモンスターが徐々に強くなっていくにつれて、ターニャの戦闘の余裕がなくなってきていた。彼女は森にある水を上手く使い、氷に変えて攻撃を仕掛けていた。その発想が今まで無かったので、見ていてとても参考になったのだが、徐々にその攻撃が利かなくなってきているのは明らかだった。ドビーのターニャを止める言葉の語気も徐々に強くなってきていた。


 そして、少し開けた空間に出た時に、2階建ての建物くらいはあるであろう巨大な蜘蛛が現れた。このモンスターはジャックの訓練を受けていた時、最も苦しめられて相手だった。最初のころは全く相手にならず、ジャックに助けて貰ってばかりだった。


 彼女は自分の戦闘に自信があるようだったので、ここまでの戦闘は任せていたのだが、今回ばかりは手を貸した方が良いかもしれない、と思い剣を抜く。


 案の上、彼女の魔法攻撃は巨大蜘蛛には弾かれていた。


「なっ、攻撃が通じないだと?」


 巨大蜘蛛は糸を吐き出す。普通、クモは口から糸は吐かないはずなのだが、そんな常識はこのサイズのモンスターには通用しない。彼女はそれをぎりぎりで回避していた。あの糸に絡み取られると身動きが取れなくなってしまう。そうなったら命とりなのだ。


 その様子を見て、助け舟を出すことを決めた。巨大蜘蛛の目の前に飛び出すと、その視界がこちらを捉えたことを確認して、大きくその周りを回るように駆けていく。重力操作を自分に掛けているので、かなりの速さで移動しているはずだが、クモはその動きを確実にとらえている。このサイズにも関わらず、巨大蜘蛛は敏捷な動きをする。


 巨大蜘蛛は俺のことを糸を吹きかけて動きを止めようとするが、速度に追い付けていない様子で何もない空にその糸を放出していた。こうして巨大蜘蛛の周囲に糸を撒かせた状態で距離を取ると、巨大蜘蛛はそれを追いかけてくる。しかし、自分の糸に足を取られて動きが鈍っていく。こうすることで、巨大蜘蛛の動きを封じることが出来るのだ。


 そこで、一気に巨大蜘蛛の頭の上に飛び上がると、脳天に剣を突き付ける。訓練を通じて、この一撃が最もダメージが大きく効率が良いことが分かっている。剣が突き刺さるとクモは消滅していた。


「素晴らしい!」 彼女は拍手をしながらこちらに歩いてい来る 「君。私の護衛兵に任命しようじゃないか!」

 

 いや、遠慮します。農家なんで。


「サトルさんは農家ですから、護衛兵にはなっていただけないと思いますよ」


 俺の気持ちを代弁するようなことをドビーが言ってくれたので、それに頷いて同意しているとドビーは余計な一言を放った。


「強いのに、引きこもりなんで……なんで農園から出ないのか」


 そんなドビーを肘で小突く。すでに2か月近く一緒に過ごしているので、ドビーの性格は良く分かっていた。皮肉を言うのは癖のようなもので、決して悪口を言っているつもりはないのだ。そして、確かに俺が農園から出る気が無いことには変わりないので、それに応じるように言葉を重ねる。


「悪いけどそういうこと!」

「残念だな。だが、いつでも歓迎だから気が変わったらきたまえ! さあ、今日のところは町に帰るとしよう」


 そう言うと、再び森の中央と思われる方向に向いて、決意を語っていた。


「いずれ、狂獣の森の中央にたどり着いてみせるぞ」


 なぜ、彼女が狂獣の森の中央に拘るのかは分からなかったが、その目線には強い意志が感じられた。きっと何か理由があるに違いないが、それを聞くには彼女と出会ってからの時間は短すぎるように感じられた。


 こうして狂獣の森を引き返すことになった。草原を駆ける途中でターニャとは別れ、ドビーと俺の2人で農園に戻ることになった。


「ありがとうございました。姫様はいつも森に勝手に言ってしまうんですよ。危ないのでやめてほしいのですが」

「何か理由があるように見えたけどね」

「そうですね。でも、誰も真相は知りません」


 そう言うと改めてこちらの目を見て続ける。


「ところで、先生! 先ほどの戦闘には感服致しました。私は先生に付いていく覚悟が決まりました。ご迷惑でなければ、農業支援が終わった後も共に働かせていただけないでしょうか? 手続きに時間がかかるかもしれませんが」

「それはもちろんだよ! カッパ農園は常に人手不足だから大歓迎だ」

「ありがとうございます!」

「まあ、まずはダボリス州の農園をしっかり運営しよう」

「はい」


 こうして、新しい農園のメンバーが増えることになった。まあ、当面はダボリス州で活動していくことになるだろうか、弟子たちもいるので、近いうちに離れても大丈夫になるだろう。


 草原に吹く風は、不思議と爽やかな気分にさせてくれた。そんな中を新しいカッパ農園のメンバーと共に馬に乗って駆けて行った。

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