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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第6章 『新米農家 国を救う(後編)』
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6-5.達人の意味

 久々の更新になりました。明日は更新予定です。

 

 今日は久々にアイドリエンの町に出ることにした。農園からダボリス州のギルドに荷物が届いているという報告があったからだ。久しぶりに町に出るので、少し早めに出てきて町を散策することにした。


 改めて散策すると、町の中には装飾と呼べるものはほとんどなく、シンプルな街並みがずっと続いていることが分かる。唯一その殺風景な景色に彩りを与えているのは、食品や生活雑貨を売買している市場と戦闘に関連する剣、盾、防具などを販売している店だ。不思議なことに魔法道具はほとんど見当たらない。


 そんな町のシンプルさに対して、待ちゆく人のほとんどが力自慢という風貌をしていた。ある意味ではシンプルな服装をしているが、筋肉の主張が強くむさくるしい。

 

 しかし、待ちゆく人が一様に肉体派なのが気になる。バーニャの町のように子供や老人がいる様子がない。もしかしたら、ダボリス州に転生してくる人たちは肉体派だけなのかもしれないと勝手な推測をする。


 目新しいものが見当たらないので、ギルドに寄って荷物を受け取った後に、すぐに農園に戻ることにした。帰り道でもいたるところで腕相撲に沸く一団が垣間見えた。そんな熱気の中を縫うようにアイドリエンの町を後にする。

 


 農園に帰ると想定外の事件が起こっていた。イチからゴは今日は非番で、ドビーも今日はまだ出勤してこないはずだった。しかし、農園には5人ほどの鬼人が集まっていた。それも想定外なのだが、なんとハルが何人もの鬼人に囲まれているのだ。


 慌てて駆け寄って助けようとしたのだが、残念ながら達成されずに終わった。その後に起こった光景は目を疑うものだった。その光景を呆然と見つめることしかできなかったのだ。


 鬼人に囲まれたハルは高くにジャンプをすると、鬼人の群れを飛び出して、1人の鬼人の背後へと回った。そして、再び群れに向かって、軽快なジャンプをしながら鬼人の首に強烈な一撃を加える。倒れる鬼人の肩を蹴り、再び集団から距離を取ると、攻撃を仕掛けて来た2人の鬼人の間を素早く低い姿勢で抜ける。そこから、移動の向きを切り返すとそのうちの1人に飛びかかり、首への打撃で倒す。


 その鬼人をもう1人の鬼人に向けて蹴り、頭と頭を衝突させた。


 そんな、調子で気付くと全員をのしてしまった。襲い掛かっていた5人が全員地面に臥していた。もちろん怪我をしているわけではないのだが、明らかにハルの圧勝だった。


「え、ええ!」 と思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


 訓練で動きが遅く見えていたからこそ目で追うことができたが、恐らく普通にしていたら早すぎて何が起こったか分からなかったのではないだろうか。鬼人たちもハルの動きを目で追えていたようには見えなかった。


 立ち上がった鬼人たちはおしなべて清々しい表情をしながら、一斉に 「押忍!」 といってハルに頭を下げている。両肘を後ろに引きながら言っている様子は空手の師範と弟子という関係に見える。


 しかし、そんな鬼人たちに対して、ハルは困った様子で両手を体の前でぶんぶんと振っていた。


「いやいやいや、やめて下さい! 私、農家なんで! 武道家じゃ無いんです!」


 そして、視界に俺の姿を捉えたのか、助けを求めるように声を掛けてきた。そこに至って、呆然としてどこかに行っていた自我が戻ってきた。


「お、お師匠様!」

「達人の師匠? あれが噂の!」


 そういって、鬼人たちの中でもリーダー格と思われるものがさっと駆け寄ってきて、俺に頭を下げてきた。他の4人もすぐに横に並んで頭を下げてくる。


「達人の師匠殿、どうか我々を弟子にしてください」

「ちょっと待った! 状況を整理したいから時間を貰える?」

「はい、いくらでもお待ちします」


 そこで、ハルを引き連れて小屋に引っ込むことにした。まずは現状を整理しなくてはならないと思ったからだ。


 小屋でハルに詳しい話を聞いていくと、どうも町に出た時にタイソンに出会い、勧められるがままに闘技会にゲスト参加することになったらしい。断ったのだが、押し切られてしまったようだ。ハルがあたふたしながら巻き込まれていく姿はあっさりと想像することができた。


 最初はギブアップしようと思っていたらしいのだが、急に襲われて咄嗟に反撃してしまい、その際に見せた戦闘であまりの強さを観客に見せつけた結果、武道の達人として名を知られるようになってしまったとのことだった。どうも、町の見えるところで戦闘すると外から来た来客に引かれてしまうため、戦闘をする場合は町の外か屋内の闘技場で行うように、というルールになっているらしい。


「私、別に武闘家として名を知られたくないのに……彼らどうしましょうか?」


 弟子入りを申し出ている鬼人たちなのだが、残念ながらここに来た理由が農業支援である以上、それを差し置いて彼らの師匠になってしまうのには問題があるように思う。しかし、断ってもしつこく付き纏ってくるようすが目に浮かんだ。


「仕方ない。農園の拡大に協力してもらうことを条件に弟子入りを認めることにしよう。農作業は基礎訓練ということで」

「お師匠様、いいアイデアだと思います」


 小屋を出ると弟子入り志願の5人の鬼人がドアの前で並んで待っていた。足をぴったりと揃えて背筋をまっすぐ伸ばしている。いやいや、軍隊かよ。


「あ~、そういう堅苦しいの良いからね。俺たちはダボリス州の農業支援でここにきているから、君たちがそれを手伝ってくれるというなら弟子入りを認めよう」

「ありがとうございます!」


 5人は一斉に頭を下げる。礼儀を示してくれているのは分かるのだが、一糸乱れぬ動きにこちらが落ち着かない気分になる。


「いや、だからそういうのいらないって」

「すみませんでした!」


 これはダメだ。全然伝わってない。


 こうして、元々いた5人衆に加えて、新たに5人が加わることになった。彼らもイチからゴという名前の割り振りだったので、重複してしまった分をどうしたものか考えていると、ドビーが解決策を提示してくれた。


「勝手にメンバーを増やさないで欲しいんですがね。俺の仕事が増えるじゃないですか」 やる気の無さそうな声でそう皮肉を言った後につづけた。 「この場合は、ロク、シチ、ハチ、キュウ、ジュウになります。彼らにロクからジュウの名前を割り当てましょう」


 そんな雑で良いの? と思ったが、彼らも受け入れている様子だったので採用することにした。こうして農園にロク、シチ、ハチ、キュウ、ジュウが加わることになった。こうして、俺とハルとドビーに10人の部下で夏の収穫に向けて動いていくことになる。



 その日は、カッパ農園から届いた野菜を使って料理を作ることにした。一緒に入っていた手紙には万事問題ないという報告があったので、サミュエル州に戻るのは先延ばしにすることにした。どうもカーミンさんとその部下たちが大活躍のようだ。


 ロクからジュウとドビーを含めて夕食を食べ始める。最初は野菜に対して微妙な反応をしていた彼らだったが、一口食べ始めると無言でかっ込み始めていた。


 その様子を見て、師匠補正がかかっているにしても、野菜の美味しさに目覚めてくれたんじゃ無いだろうか? と内心でガッツポーズをする。


「これを食べれば達人のようになれるのか!」


 しかし、新しく加わったロクからジュウは口々にそう言い始めた。感動したように野菜を恭しく見つめる様子は妙な光景だった。残念ながら、野菜の美味しさに目覚めてくれたわけではなさそうだ。


 動機が不純だな! いや、食欲と強くなりたい欲求って、どっちも欲望だから不純も何も無いのか。まあ、野菜作りに対して前向きになってくれるならそれで良いとしよう。


 食事がひと段落したところで、鬼人たちは町や部屋にそれぞれ戻っていった。二人きりになったところで、ハルに疑問をぶつける。さっきの戦闘は明らかに素人の域を超えていたからだ。


「ハルはいつの間に戦闘訓練をしていたの?」

「師匠がいない時にマルロさんに鍛えて貰いました。意外と戦闘系のセンスがあったみたいで、結構あっさりとイメージ通りの動きが出来るようになったんですよ。ステータスも意外と高いみたいです。ナオさんに何度かギルドに誘われました、断りましたけど」

「え、そうだったの?」


 確かに、最近は農園を不在にしている時間が長くなっていた。その時間にマルロに鍛えて貰っていたのだとしたら、ある程度戦闘能力が上がっていてもおかしくはないだろう。しかし、ナオは農園のメンバーにも採用活動をしているようだ。これには気を付けておかないとな。しかし、サミュエル州のギルドは農家にまで手を出すなんて、どれだけ人手不足なんだよ、と心の中で離れたサミュエル州にいるナオにツッコミを入れる。





「さっきの普段の野菜より、うまかったよな?」

「シチ、俺もそう思った。キュウ、どう思う?」

「確かに美味かったな。栄養価が高いってことだろ?」

「そうだろうな。これは俄然やる気がでるな」

「ああ、じっくり時間をかけて野菜を育てる農業も、体の鍛錬も通じる部分があるかもしれないしな」


 それに他の4人たちは神妙な表情で頷いていた。

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