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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第6章 『新米農家 国を救う(後編)』
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6-3.やる気のない部下たち

 

 長い修行期間を終えた俺は、今ダボリス州に向かって馬車に乗っている。ダボリス州のギルドが所在する町はアイドリエン、そこにナオとハル、俺の3人で向かうことになった。ダボリス州は、サミュエル州の北に位置する地域だ。


 アイドリエンは殺風景な町だった。あまり住環境や服飾に興味が無いのか、みんな一様に同じようなデザインの家に、質素な服装をしている。どちらかというと肉体派な見た目の者たちが多いように見える。一様に角が生えていることを除けば人間と変わらない。角の本数は人によって異なるようだ。


 ウェズリーともう一人の鬼人がギルド長室で待っていた。一本角の鬼人は、とても背が高いが、どことなく生気のない表情をしている。全体的に暗い雰囲気を纏っている。細身の体ではあるが、どこか油断できない雰囲気を漂わせていた。


「よくぞ、遠いところ来てくれた。サトル殿、頼むぞ」


 そうウェズリーが挨拶をしてくる。それに、ナオと俺は挨拶を返す。ハルはペコリと頭を下げていた。すると、背の高い一本角の鬼人が挨拶してくる。


「ドビュロネです。このギルドで副官をしていますが、サトルさんの補佐をすることになりました」


 その鬼人は生気のない声をしていた。ギルド長のウェズリーの迫力のある声に対して、あまりにもギャップがあって驚く。ドビュロネは、どことなく生きていること自体に不満があるような不思議な暗い雰囲気を漂わせていた。


「農園の候補は広大な大地です。小屋もありますので、そこで生活も可能かと。それから、5人ほど担当者を用意しておりますので、私を含めた6名で対応します」


 それでは向かいましょう、とドビュロネが言ってくるので、農園の候補地へと向かうことにする。ナオはウェズリーと話があるということで、ここでお別れすることになった。


 農園に到着すると、そこには広大な土地が広がっていた。小屋が一つあることを除けばほとんど何もないような土地だった。いたるところに雑草が生えている。


 そんな唯一の人工物の小屋の前に集められた5人の男たちは、明らかにやる気の無さそうな表情をしていた。唯一、まっとうに話を聞いてくれているドビュロネも、どこか気の抜けた表情をしているのだから始末に負えない。


 俺とハルが挨拶をすると5人の鬼人たちは、イチ、ニ、サン、ヨン、ゴと冗談のような名前を名乗った。


 そのまま初日の作業を始めることにする。作業が始まるとドビュロネは、話を聞いて指示通りに作業するように、5人に働きかけてくれていた。最低限の仕事をしてやっている、という雰囲気がひしひしと感じられた。


 そんな6人と離れたところで、ハルとこっそり話をする。


「どうも歓迎されていないようですね。私、心が折れそうです」

「うん。俺も心が折れそうだ」


 土地を耕していくと、その土壌は前評判の通りに、ほとんどサミュエル州と変わらないようだった。それだけが唯一の救いだった。これなら問題なく農園は運営できるだろう。


「イチ、ちゃんと手を動かせ」

「はい」

「サン、それはトマトの種じゃない。キュウリだ」

「へーい」

「へーい、じゃねえ。はい、だ」

「はい」


 ドビュロネの仕事を見ていると指示されたことはきっちりやっている。そう分かっていても、彼らのやる気の無い態度を見ていると、どうしてもモチベーションが下がってしまう。


 休憩時間にドビュロネに色々と聞いてみると、彼らは5人衆と呼ばれる組み合わせで行動するそうだ。傭兵としての戦闘時の連携を重視するためだ。それ故に、グループの中ではイチ、ニ、サン、ヨン、ゴという名前を名乗っている。例えば、ドビュロネが率いる部隊は、ドビュロネ隊長、Dイチ、Dニといった具合に呼ぶようだ。味気ない気もするが、さすが傭兵業で成り立っている国というところだろうか。一応、固有の名前もあるようだが、あまり名乗るのは一般的ではないとのことだった。ある程度、活躍を重ねていくと名前で認識してもらえるようになるようで、誰もが日々の鍛錬を欠かさず、周囲から名前で呼ばれる日を夢見て生きているらしい。ちなみに、自分からアピールするのはカッコ悪いと思われているようだ。


 さて、そんな農園での作業をドビュロネに任せながらも、食べ物を購入するべく、俺とハルはアイドリエンの町に向かうことにした。農園はアイドリエンから歩いて15分ほどのところにあったので、あっさりと町に出ることができた。


 食料品を調達して農園に戻ろうと町中を歩いている時に、町の一角で大盛り上がりしている集団がいた。


「ハル、なんだろうね?」

「お師匠様、見に行ってみましょうか」


 近づいていくと鬼人たちの熱気の高さが感じられる。そんな群衆を上手くかき分けて進んでいくと、その中央で繰り広げられていたのは腕相撲だった。


 よく見ると街中のいたるところで、腕相撲が繰り広げられている。そして、勝ったものは勇者のごとく称賛され、負けたものは沈痛な表情で去っていく。そんな真剣に腕相撲するかね、と思っていると不意に声を掛けられた。


「おい、そこの人間! 俺と勝負しろよ」


 面倒ごとに巻き込まれるのは嫌なので、無視して歩き進める。


「チキンな男だな。男なら受けろよ。俺にだったら負けても恥ずかしくねーぜ。まあ、兄ちゃんが嫌なら隣のでもいいぞ」


 そう言われたところで、さすがにハルを巻き込むわけにはいかないので、嫌々ながら受けることにした。


「分かったよ。やればいいんだろ?」


 そして、男と手を組む。がっちりとした腕はてこでも動かないように見えた。周りの鬼人たちも口々に憐みの声を掛けてくる。


「兄ちゃん、相手が悪いな」

「ああ、結果は目に見えている」


 そんな周囲の言葉を無視して、審判を買って出た鬼人は組んだ手の上に手を重ねて、開始の合図まで動かないように指示していた。そして、両者の腕が安定したところで、開始の掛け声をかける。


「レディ、ファイ!」

 

 その言葉と同時に結果は出た。あっさりと机の上についた自分の手の甲を見て、相手の鬼人は驚愕した表情をしている。さっきの威勢はどこにいったのか、一言も発せずに口をパクパクとさせている。

 

 結果は、俺の圧勝、それには明白な理由がある。


 周囲には嫌々ながら挑戦を受けたように見えるだろう。でも、内心ではそんなに不安はなかった。


 だって、あれだけ強力なモンスターを倒し続けていたんですよ! 今となってはレベルが上がりに上がり、恐ろしいステータスになっていた。二界では見た目が能力を表していないとはいえ、それでも武闘派の者はそのことが分かるような身なりをしているので、その男も俺の力をはかり損ねたのだろう。


 そんな予想外の結果に周囲は一時の静寂に包まれるが、すぐに騒然となり始めていた。気づくと新しい人も集まって来てその騒ぎはさらに大きくなっている。


「これは腕相撲の鬼だ!」

「恐ろしい新人がやってきたぞ!」

「え、タイソンが負けたのか? 嘘だろ?」


 目の前の鬼人はどうもこの辺りでは有名な怪力だったようだ。気づくと何故か胴上げまでされていた。その様子を遠くからハルが見ているのが見えた。


 対戦に敗れた鬼人は負けた時の態勢のままうなだれていた。その様子には、どことなく哀愁が漂っている。ようやく胴上げ集団から解放されると、その後にやってきた夫人の鬼人たちにこれを持っていきなさいと食材を大量に渡された。


 そんな周りのリアクションを見て、ハルと目を合わせて頷く。恐らくハルも同じことを思ったはずだ。農園に戻ったらやることは決まった。


農園に戻ると5人衆に声を掛ける。


「おーい。腕相撲しよう!」


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