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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第6章 『新米農家 国を救う(後編)』
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6-1.訓練の日々

 第6章は修行のシーンから。その後、1話ほのぼの農園回を挟んで農業支援編に入ります。



「お前自身を信じろ。絶対に勝てる。絶対に勝てるぞ!」

「おいー! もっとまっとうなアドバイスしろよ!」


 そういって、追い回してくるモンスターから逃げながら声を上げる。追いかけてくるのは大型のムカデだった。いや、やばいって。強さより見た目がやばい。


 大型のムカデは恐ろしいスピードで獲物、つまり俺の背後に付いて来ている。足を動かすシャカシャカという音が聞こえてくる。このサイズになると足音が聞こえるようになるのね~、と現実逃避をしながら森を爆走する。


「逃げているだけだと一生終わらないぞ!」


 木の上からジャックが声を掛けてくる。一切手を貸す素振りも見せないメンターに腹が立つが、確かにそれもそうだ。


 少し距離を置いたところで、意を決してモンスターに対峙する。そこに一直線に迫ってくる黒く長いモンスター。それは、夥しい数の足をシャカシャカと動かしながらこちらに迫ってくる。


「いや、無理!」


 再び、逃げるように駆け出す。いやいや、無理でしょ。見た目的に。ジャックとの修行はそんな幕開けだった。ここに至るまでには少しさかのぼる。


■■


 王都から帰ってきて久々の農園生活に浸る。やっぱり、静かな農園で野菜作りに励んだり、小屋で醸造に勤しんだりしている時は、心が落ち着くなあと実感する。


 農園はハルがしっかり手入れしてくれていたので全く問題なかった。マルロもミナミちゃんもハルのアドバイスを


「お師匠様、この一帯の大根はそろそろ収穫できそうですね」

「うん。良い感じに育っているね」


 そんな長閑な会話に癒されながら農園で作業をしているとジャックが農園を訪れてきた。何やら大きめの鞄を背負っている。それを見て、少し嫌な予感がした。


「これから、山に籠るぞ」


 そういって、ジャックが渡してきた紙には訓練のスケジュールが書かれている。一週間のうち、5日は訓練、2日は農園というスケジュールが組まれていた。一つ言いたいんだけど農園での仕事は休息じゃないからね。


「ああ、俺の平和は終わったのか……」

「何言ってんだ。さっさと行くぞ」


 そういって、ジャックは俺に準備をさせた。準備が出来ると馬に乗って訓練場所に向かう。訓練の会場は、ポスティン州とサミュエル州を分かつエルジン山脈の付近だった。ヴェリトス州に向かう街道と反対側に出ている街道を進んだ。


 どうも、二界にはモンスターが出現しやすい地域があるようで、サミュエル州の場合はエルジン山脈の付近がそうだと言っていた。基本的に、人が住む町はそうした地域から離れたところに置かれているそうだ。ジャックはそこで警備の仕事をしながら、稽古を付けてくれると言っていた。


 そんな危険地帯を警備するために、エルジン山脈の麓には詰所があった。そこには何人か屈強そうなギルドのメンバーがいた。その中にカーミンさんの姿も見える。


「サトルさん、お疲れ様です。私は交代で農園に向かいます」

「また、5日後な!」

「はあ……了解です」

「おう! よろしくな」

「全く、上司の体力が無尽蔵だと、一般人の部下には付いていくのが辛いです……」

「そうだな! 俺は疲れ知らずだからな。24時間戦えるぜ」

「ジャックさん、褒めてませんよ。サトルさん、訓練は思っている何倍も厳しいと思います。思い出すだけで恐ろしい……」


 そんな言葉を残して、カーミンさんは諦めたような表情で詰所を出ていく。これから訓練を受ける人にそんな不安になるようなことを言わなくても良いのに、と思いながらも、この前のマナミの表情も含めて、これから待つ訓練の厳しさに気を引き締めなおす。


 ところで、ジャックは普段はふらふらと自由気ままに活動しているらしいが、一度本気になるとものすごい体力を発揮するハードワーカーとのことだった。それに対して、いつも事務仕事に追われているにも関わらず、ジャックの無茶な体力に付き合わされるカーミンさんの苦労は計り知れない。


「よし! じゃあ、さっそく始めるか」


 そういって、詰所から出ると山脈に向かって、森の中を切り開いた坂を上っていく。少し進んだところに開けた空間があった。そこに付いたところで、ジャックが声を掛けてくる。


「ちょっと待ってろよ!」


 そういって、森の中にジャックが入っていく。少しするとシャカシャカという音が森の中から聞こえてくる。警戒してそちらに目を向けていると、森の中から鳥肌が立つような巨大なムカデが現れた。



 ジャックはどこから連れてくるのか知らないが、強力なモンスターばかりを引き連れてきた。大型のムカデやクモはもちろんのこと、大蛇や大狼、時にはキメラを連れてくることもあった。それをひたすら一人で捌かせる。ジャックは遠くで見ている時もあれば、こちらの戦闘を放置してどこかに行ってしまうこともあった。実際、何度かHPがゼロになった先を見る羽目になった。傷がいえなくなる瞬間の恐ろしさと言ったらない。そこから先で一度でも攻撃を受けたら、命を落とす危険があるのだ。さすがにHPが尽きるとジャックもヘルプにやってきて詰所まで送ってくれた。


 でも、ある日、そんなぎりぎりの戦闘の中で気付きがあった。


 ある日、大型の蛇と戦闘していた時だった。大蛇は強力なモンスターだ。まず、魔法は利かない上に、素早い動きに予測のつかない体の使い方をする。一つ一つの動きに集中しながら、攻撃を避けて、腹部に一太刀を与えるというのがセオリーだった。


 そんな大蛇を相手に集中している時に、視界の端に別のモンスターが飛び込んでくる。同じ大蛇がこちらに向かって牙を剥いて飛んできていた。これは逃げられない、止まってくれと思った時に、急にその動きが遅くなったのだ。


 これ、魔法を使ってモンスターを止めたわけじゃないんですよ。ここで、ジャックが連れてくるモンスターには重力操作なんて利かない。恐らく、高レベルなモンスターには魔法が利かないということなのだろう。以前、ナオがキメラには重力操作が利きづらいと言っていた記憶がある。


 だから、正確には動きが遅く見えたといった方が正しいのだと思う。多分、まっとうに訓練していたら、そんなことが起こるなんて想像もしなかっただろう。でも、命を懸けた戦闘の中で限界に至ったときに、そのスキルは自然と身に付いたのだった。ゆっくりとこちらに向かってくる蛇を避けることは容易だった。


 そんなスキルを身に着けてからというもの、戦闘がかなり楽になった。しかも、気付くと割と自由にコントロールできるようになっていた。これも魔法の一種なのかな。それをジャックに聞くとあっさりと答えが返ってきた。


「ああ、動きが遅く見えるようになるやつだろ」 そういって、満面の笑みを顔に浮かべている。そして、満足げにうなずいた後に続けた。 「そこまで行ったならここでの修行は終了だ」


 そうジャックが言っていたから間違いなさそうだ。すでに、修行が始まってから1か月が経過していた。しかし、それに続くジャックの言葉から、この訓練にもっと長い時間を使うつもりだったのだろうことが分かった。


「意外と終わるのが早かったな。なかなかやるじゃねーか」


 ギルド長会議での戦闘を見てからというもの、ジャックの戦闘のスキルの高さはよく承知していた。内面はどうあれ、そんな人から戦闘で褒められるのは悪い気はしない。少し調子に乗ったことを言ってみる。


「まあ、意外と才能あるからね」

「じゃあ、次の相手は俺だ」

「い、いや。それはちょっと」

「んだよ! 相変わらずチキンだな」

「チキンで結構だ!」


 そもそも、俺は戦闘員じゃないんだからな。出来れば、戦闘訓練などせずに農園でまったりと生きていきたい。


 そんな山籠もりの訓練の後の2か月はジャックと木の剣を使った訓練を続けた。真剣でもいいのだが、HPが早く削れる分、訓練の時間が短くなってしまうのだ。逆に言えば、ダメージを受けなければかなり長い時間を訓練に充てることができていた。疲れしらずの体と言う表現が適切なのだろう。山籠もりの訓練で更にレベルが上がった今のHPは普通の訓練であればほとんど底なしと言って差し支えないほどの域に達していた。


 ちなみに、ジャックと本気で相対して分かったことがある。こいつ、めちゃくちゃ強い。動きをしっかりと捉えていても、その予測を大きく超える敏捷性と意外な動きでこちらを翻弄してくる。マルロは真っすぐでワンパターンな攻撃だから、ずっと戦闘訓練をしてきた中で、ある程度予測して動けていたのだがジャックは違う。


 右からの斬撃、と思うと上から攻撃。下からの斬撃、と思うとジャンプして軽々と頭の上を飛び越え、背後から攻撃。逆に背後から仕留めたと思うと、さっと左手を地面に付きながら、くるりと華麗に側転をして回避して、振りぬいた剣に強烈な一撃を食らわせ、木剣をお釈迦に。


 とにかく、はちゃめちゃな戦闘能力だった。予測できない動きがここまで恐ろしいものなのかということを体感した。

 

 そこで気付いた。マルロが今まで本気を出していなかったことに。そのことを問い詰めるとあっさりと認めた。


「すみません。でも、サトルさんは農業については大先輩ですが、戦闘に関してははっきり言って初心者でした。まっすぐな攻撃への対処は、モンスターとの戦闘にも活きますので、そこからやらせて頂きました」


 マルロなりの気遣いなのだろう。それを聞いても決して悪い気はしなかった。そもそも、自分の強さに誇りを持つほど戦闘経験を積んでいるわけでも、実績があるわけでも無いからね。今度、手合わせをしようと約束して、その場は終わった。


 ところで、意外性という意味ではミナミちゃんの成長についても触れておきたい。ミナミちゃんは、どうも魔法の操作に長けていたようで、水やりを新たな境地に導いていた。簡単に言えば小規模な雨を降らせていたのだ。


 水滴を空中に浮かべて、それを綺麗に降らせる。日差しを浴びて輝く水滴が降り注ぐ光景は、とても幻想的だった。

                                    

「以前、師匠が水を浮かせているのを見て思いつきました!」

「す、すごいな」

「えっへん!」


 そういって、手を腰に当てて胸をそらしている。実際、降らせている水の量は作物に応じて調整をしていたのだ。そんな細やかな気遣いに、ミナミちゃんの成長を感じる。


 そんなミナミちゃんの表情はこれでもかというほどのどや顔だ。まあ、それだけのことはしていると思うので、素直に褒めることにする。


「うん。本当にすごいよ。これからも頑張ってね!」


 どうも、ミナミちゃんはその類まれなる魔法の才能を使って農園を拡大にも乗り出したようで、以前よりも農園の広さが広がっていた。小川を挟んだ向こう側の空間がさらに広がっていた。


 そんなそれぞれの成長が感じられる日々だったのだが、その間に大切なイベントがあったことに触れておきたい。


 冬の収穫祭だ。


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