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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第5章 『新米農家 国を救う(前編)』
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5-9.農園での報告

 ここで、第5章は終了です。

 王都滞在の最終日はケビルソの恋路に振り回されることになって終わった。しかし、そんな甘酸っぱい王都ライフは続くわけもなく、翌日にはサミュエル州への帰路に着く。


「支援の開始は来年の春の予定よ。3月から開始になるから、そのつもりで準備を進めておいてちょうだい」

「いや、無茶……」

「あと、ダボリス州の土壌はサミュエル州に似ているから」

「いや、むty……」

「あ、ダボリス州は蒸留酒で有名な土地よ」


 無茶振りという言葉を言おうとするたびに、強烈なカットインに邪魔されていた。ナオはこの決定を覆す予定が無いらしい。ここまで強引なのも意外だが、転生してきた当初にかなりお世話になっているので、そこは従うしかない。


 でも、改めて冷静に考えて見ても、これは完全に無茶振りだ。だって、傭兵稼業をするような武闘派集団のところで農業を定着させろなんて難しいを通り越して、不可能でしょ。どうやって進めれば良いのか、見えない敵と頭の中で戦っていると、徐々に農園に近づいていった。



 森の小道を抜けて農園に帰ってくると、ハルが満面の笑みを湛えて、こちらに走ってやってくる。


「おかえりなさい! お師匠様」


 その表情に癒される。なんだか、王都での日々は精神のすり減る時間だったように思う。やっぱり、俺は農園にいるのが一番だ。


「ただいま。ハル」


 そんな様子に気付いたミナミちゃんとマルロもこちらに近づいてくる。ここは我が家なんだな、ということを改めて実感する瞬間だった。



 みんなを小屋に呼ぶと、王都で決まった……いや、勝手に決められた仕事について農園のみんなに説明をする。


「来年の3月からダボリス州に行くことになった。基本的な農業のノウハウを教えながら夏の収穫まで常駐して、夏から冬にかけては定期的に顔を出そうと思っている」


 そういうとハルが明らかに暗い表情をして、顔を下に向けていた。何か不安でもあるのだろうか。ミナミちゃんは、ダボリス州って鬼さんがいるところですよね~、なんてのんきに言っている。マルロは流石というところだろうか、すでに先を見据えたことを言う。


「サミュエル州と土壌は変わらないでしょうか。同じ条件で生育出来るか不安ですね」

「さすがマルロ。土壌はサミュエル州と変わらないそうだよ。悪いんだけどダボリス州での生産計画を立てて貰えるかい? 必要な生産量はこの紙に書いてあるから」

「承知致しました! 早速準備しますね」


 そういって、マルロはログハウスの自室に戻っていった。仕事が早くて察しの良いメンバーがいると仕事が楽で良いな。ミナミちゃんは、お土産楽しみにしてますね~、といって部屋を出ていった。バーニャの市場に野菜を売りに行くのだろう。二人きりになったところで、ずっと俯いて黙っていたハルが口を開く。


「サトルさんは農園を離れすぎです。帰ってきた時は疲れた表情をしているし、もう少し農園にいた方が良いんじゃないでしょうか」

「心配してくれてありがとう」


 正直、そう言うことしか出来なかった。俺だって農園にいてゆっくりしたいが、断れる状況では無いのだ。


「いや、そういうことじゃないんです……」


 そう言って、再び顔を下に向けて暗い表情をしている。あれ、ハルなら一人で農園をやっていけると思うんだけど、何か不安なことでもあるのかな……


「ハルになら農園を任せられると思っているからこそ、この仕事を受けて来たんだけどな。不安なことがあるなら言ってくれて大丈夫だよ」


 出来るだけ優しい口調で話しかける。しかし、それに対して思わぬ反応が返ってきた。


「そういうことじゃないんですっ!」


 同じ言葉を、強い口調で繰り返して、ハルは小屋を出て行ってしまった。普段、わがままなんてほとんど言わないハルの激昂に驚きを隠すことが出来なかった。


 それに代わるように、マルロが小屋に入ってくる。


「ハルさん、大丈夫でしょうか」

「うーん。心配だけど、大丈夫じゃないかな」

「3人で農園にいる時に、サトルさんとハルさんが出会った時の話を聞きました。やっぱりハルさんにとって、サトルさんは精神的な支えになっているんじゃないでしょうか」


 その言葉に、少し考えて、自分なりの答えを出す。


「ハルをダボリス州に連れて行こうかな」

「それが良いと思います。でも、こっちの農園のことも忘れないでくださいね」


 その言葉に合図地を打つと、小屋を出て農園を歩いてハルを探す。農園のことはギルドに助けを求めよう。巻き込まれた立場だからそれくらいの権利はあるはずだ。


 ハルは暗い気持ちを振り払うように夢中になって畑を耕していた。そのお陰で、遠くからでもあっさりとハルを見つけることが出来た。


「ハル! 一緒にダボリス州に行こう」


 その言葉に、ハルは明らかに明るい表情をする。それは、日陰から日向に移った瞬間、といっても良いほどの明らかな変化だった。


 やっぱりそうか。ハルは俺から農業のノウハウを吸収したいんだな。改めて詳しいことを話そうと小屋に戻って農業支援の話を進める。


「でも、それだとこの農園が心配です」

「それじゃあ、俺とハルで交代でダボリス州に行くのは?」

「いや、農園は大丈夫ですよ。市場に直接販売に行く回数を減らして、誰かに委託販売すれば2人で十分です」


 そういって、マルロが口を挟む。その言葉を受けてハルが提案してくる。


「それでは、私がダボリスに常駐するので、サトルさんがたまにこの農園に足を運ぶのはどうでしょうか?」

「それはいいアイデアだと思うけど、ハルは戦闘に不安があるからな……そこをどうしようか?」

「私、意外と戦えるんですよ」

「確かに、ハルさんはかなりのやり手です。自分の身の安全くらいは守れるんじゃないでしょうか」


 マルロの言葉だからきっと信憑性はあるのだろう。それに、メンバーを信じて任せることも必要かな。


「分かった。じゃあ、俺はダボリス中心にしつつ、たまにここに帰ってくることにするよ」


 こうして、ダボリス州への支援中の体制が決まった。ハルが中心となって、俺がサポートするという体制だ。



 その数日後、バーニャに言ったついでにギルドに顔を出した俺は、思わぬ収穫を得ることができた。まあ、少し期待して言った部分もあるんだけどね。


「人手不足の解消のために、ギルドから助っ人に来てもらうことにしました」


 そういうと、隣にいる人の良さそうな男を紹介する。


「みなさんもご存知のカーミンさんです!」


 仮にもギルドの副長の人をこんな形で使って良いのかという疑問はあるが、ギルドの中では全会一致だったようだ。ナオもさすがに気を使ってヘルプの人員を割くことを考えてくれていたのだ。


 カーミンさんはギルドの副長だけあって、部下の動員も出来るとのことだ。カーミンさんは通常の警備業務に加えて、カッパ農園の支援という業務を丸投げされた形になる。このギルド、人の扱いが酷いぞ。ブラックギルドだ、入らなくて良かったわ。


 さて、ギルドに寄ったときに話したことはそれだけではない。3か月後の農業支援に向けて本格的な戦闘訓練を受けることになった。


「俺が本気でしごいてやるから、覚悟しとけよ! 俺の本気の稽古はやべーぞ」

 

 その言葉に、マナミが複雑な表情をしていた。見たことの無いマナミの表情に、底知れぬ恐ろしさを感じた。


 どうもダボリス州の鬼人は短気な人が多く、喧嘩が絶えない場所のようだ。それを受けて、ナオが事前に鍛えておくと言っていた。


「あなたがやっていけるくらい鍛えるわ。まあ、この前の戦闘を見ている限りは大丈夫だと思っているわ」


 ちなみに、そこからの三か月は農家というより訓練兵だったのだが、その時は、そんなことは予想だにしていなかった。目の前の農園の課題を解決したことで、満足した気持ちに浸っていたのだ。

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