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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第5章 『新米農家 国を救う(前編)』
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5-8.王都滞在中Ⅱ


 他には支援依頼は出ていなかったため、ギルド長会議はそこで終了になった。最後に特別決議というセクションがあったのだが、これは今まで一度も行われたことがないとのことだった。マナミの言葉を借りると——


「新しい州を作るとか、州を無くすとか、そういう決議みたいなんですが、まあ過去にも無いようです」



 さて、ギルド長会議こそ無事に終わったのだが、ダボリス州とサミュエル州の間の協定の詳細を決めるために、もう1日王都に滞在することになった。その浮いた1日で王都を散策することにした。ギルド長会議の後に、コノスル州のケビルソを誘ったら、ジャメナ州のクレナというオークを誘っても良いかと聞かれた。新しい繋がりが出来るのは歓迎なので俺は快諾した。


 先日、ケビルソと会食を行ったレストランの前で集合する約束をしている。予定の時間に近づくと“ヤマネコ”を出て集合場所に向かう。


 王都への訪問は2回目だが、改めて見てもバーニャとは比べ物にならないほど人が溢れている。しかも、種族が入り混じっていてまるで別世界かのような錯覚を覚えるほどだ。いや、すでに異世界にいるけど、サミュエル州にいるとそのことを忘れてしまう。


 そんな王都の様子をきょろきょろと眺めながら歩いていると、色々な呼びかけが聞こえてくる。


「王都でも屈指の劇団“ダボラ”の公演は、本日17時から。チケットはまだ販売中です」

「正教会は弱者の支援のために活動しています。心ある皆様の温かい支援を!」

「おい、食い逃げだ! 捕まえてくれ」

「お、久しぶりじゃないか! 元気にしてるか?」


 ちょっと待った食い逃げって。


 あれ、ギルドが働かないのに警察の仕事って誰がするんだろう? そんな疑問が頭に浮かんだのだが、それに答えるように犬と猫の獣人が町を駆けていく犯人と思われる男の背中を追っていくのが見えた。全身が毛に覆われていて、しかし、出で立ちは人と同じだ。綺麗に整えられた毛並みは美しくすらある。花の館の警備も獣人だったはずだ。彼らは自警団みたいなものだろうか。


 その2人の速度はとても速い。足の速さは獣人の特性なのだろう。あのペースだと食い逃げ犯はあっと言う間に捕まりそうだ。


 そんな喧騒の中を歩いていると、あっという間に集合場所に到着した。すでにケビルソがそこで待っていた。しかし、その服装は妙にかっちりしている。いや、ギルド長会議の時もそんなかっちりした格好していなかったでしょ。


「よ! ケビルソ」

「おう! サトル」

「待ったかい?」

「いや、今来たところだ」

「ねえ、ケビルソ。今日は何かかっちりした格好をしていない? 偉い人とでも会うの?」

「え? いや、い、いつも通りだぞ」


 何やら動揺した様子で、そう答える。これは何かあるな。


「はーい! お2人さん!」


 その声のする方に目線を向けると、そこにいたのは巨体のオークだった。顔の雰囲気はギルド長のバーナーと同じように豚鼻なのだが、大きさはバーナーとは違ってかなり小さい。目も丸くて優しさが感じられ、口は大きめで笑顔が良く映える顔をしている。筋骨隆々というよりも、ふっくらした貴婦人という雰囲気だった。事実、その恰好は花柄のドレスだった。


「はじめまして、サトルさん。ジャメナ州のクレアです」

「どうも、初めまして」


 とても上品な話し方をする人だ。誰と話しても好感を持たれそうな感じだった。


「ケビルソさんもお誘いありがとうございます。突然で驚きましたが、とても嬉しかったです」


 そういって、上品にほほ笑む。ふふふ、という笑い方だ。うん、中身も貴婦人だな。

 しかし、突然で驚いたってどういうこと?


「え、いや、まあ、はい」


 ケビルソは、さっきよりも動揺の色を濃くしている。いや、まさかね。


「ギルド長会議でお顔は合わせていましたが、お話しするのも初めてでしたよね」

「ええ。そうですね、えへへ」


 はーい、みなさーん! 私はダシに使われましたよー。ここに犯人がいますよー、と心の中で王都の人々に呼びかける。ケビルソ君はこういう人がタイプだったのね。


「今日は、どういったご用向きですか?」


 クレアは俺に向かって聞いてくる。ケビルソよ、それも話して無いのか。


「今日は、魔法道具と武器を見ようかなと思っているんだ。クレアさんも何か用事があれば時間を作るよ!」

「私は特に予定はございません。あと、クレアで大丈夫ですわ。皆さん、丁寧に話しかけてくれます。私は気にしていませんのに」


 そんなやり取りを、クレアだけを見つめて聞いている男が間にいる。お前の視界はどうなっているんだろうな。あとで、絶対にからかってやる。


「じゃあ、遠慮なく武具関係のエリアに行かせてもらうよ。もし、興味が無かったらケビルソと2人でお茶でも飲んでくれていても大丈夫だけれど」


 その言葉に、クレアは少し悩んだ表情をする。よし、これはナイスアシストの予感だ。頑張れ、ケビルソ。あと一押し!


「い、いやいやいや。おいら、サトルと約束しているしな! 買い物に行こう!」


 動揺しまくっている友をみて、憐れに思えてきた。そんな、動揺を振りまくだけの魚人と優雅な雰囲気を漂わせる大型の貴婦人、そして、善良な青年という3人で王都を歩き始める。どんな風に周りからはみえるだろうか。



 まずは、武器屋に入ることにした。なんせ、今まで最初にジャックからもらった軽いブロードソードを使い続けていたのだ。そろそろ、自分の剣が欲しくなっていた。


 2人に聞くとケビルソがおすすめの店を紹介してくれた。その店の店主は魚人だったのだが、気さくな良い人だった。ケビルソが簡単に挨拶して俺を紹介すると、すぐに良さそうな剣を見繕ってくれた。


 それは刀身が太すぎず、力を必要とせずに使えるサーベルだった。


 軽く何振りかしてみて、しっくり来たのですぐに購入を決める。店主はケビルソの口利きだからとかなり割り引いてくれた。どうも、昔からコノスル州のギルドの馴染みの店のようだ。


 無事に自分の剣を手に入れた俺は心の中で小躍りしながら王都を歩いていく。腰に差したサーベルのお陰で、自分が戦士になったような気分に浸っていた。


「えらい楽しそうな顔じゃん」 とケビルソが小突いてくる。そんな暇があるならクレアと話せよと思いながらも 「まあな」 と応じる。


 剣を手に入れたところで、次は魔法道具屋によることにした。どこか紹介して貰おうと二人に聞くと、ケビルソもクレアも魔法道具展には馴染みがないとのことだった。どんな魔法道具があるのかも分からないので、とりあえず、目に付いた店に入ってみる。


 店の奥には見るからに魔女という女性がいた。その人はゴブリンだった。こちらの姿を見ると声を掛けてくる。


「おやおや、いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧ください」


 店の中を眺めると、杖やペンダント、ローブ、魔導書などが所狭しと並んでいる。しかし、説明文などが書いてあるわけでも無く、残念ながら見ていても全然分からなかった。


「クレア、ケビルソ。魔法道具について分かる?」

「分かりませんわ。私は戦いませんの」 うん、それは見た目通りだな。

「おいらも魔法はだめだ」 そして、クレアに目線を向けるとつづけた。 「いや、出来ないことは無いんだけどさ」

 

 そんな意味のない見栄を張っているケビルソを無視して、店員さんに声をかける。


「すみません! 俺、魔法道具を使ったことが無いから少し説明してくれないかな?」

「ええ、もちろんですよ」


 そういって、店主の女性は笑顔で答える。こちらに来てください、と言われたので店員さんが座るデスクの反対側に3人で立つ。


 すると、女性は小さな杖を取り出して、一振りすると同じような杖をこちらに浮遊させてデスクの上に置いた。本当に魔女だったようだ。


「それでは基本的な魔法道具を紹介しましょう。まずは、この杖です。これは、魔法攻撃の強さと範囲を広げる効果があります。その代わりにMPの消費量が大きくなります」

「なるほど」

「次に——」


 そういうと再び杖を振って、次は指輪をデスクに置く。器用に杖をもとの場所に戻しながら、指輪をこちらに飛ばしていた。


「こういったアクセサリー類は、魔力の調整に使われることがほとんどです。例えば、腕力を抑える代わりに知性を高めたりします。反対に、能力を抑制する効果だけのアクセサリーもありますよ」


 そんな調子で次々に魔法道具を紹介していく。


「このローブですが、これは魔法使いの気分になれるものです。職業が魔法使いであることをアピールすることもできます」


 そこは、ナオの説明の通りなのかい! と心の中で思う。


 しかし、何を買おうかな。魔法中心で戦闘を組み立てる気はないので、正直杖とかは必要ないし、かといってこれだけ丁寧に説明してもらったのに何も買わずに帰るのは申し訳ない。


 そんな葛藤を読み取ったのだろうか。店主の魔女は、ちょっとお待ちくださいねといって店の奥に入っていき、一つのペンダントを持ってきた。


「これは特別な魔法道具です。つけている間はMPを消費しますが、その代わりに腕力を高めることができます。腕力という表現をしていますが、腕力というパラメーターは運動能力と同義ですから、戦闘能力を高めることができますよ。魔法道具のなのに、魔法を捨てるという不思議な魔法道具なのです」


 そういって、俺の腰のあたりに目を向けている。


「あまり戦闘タイプの人が来ることが無いので、紹介する機会がありませんでした。ですが、お客様は見たところ剣を携えていますのでいかがでしょうか。これは 『ブラドのペンダント』 と呼ばれる一点もの、私の師匠から譲り受けたとても古い品です」


 そのペンダントは、シンプルなものだった。小さな金属の輪を繋げて作ったペンダントは男が着けていても違和感のないデザインだ。


「買います!」


 どことなく運命を感じてすぐに購入していた。思ったよりも値が張ったが不思議と後悔は無かった。



 かなり高額な買い物をして軍資金も尽きた俺は、途中から思いついていた計画を行動に移すことに決めた。


「わるい! 次の予定があるからここで失礼するよ。二人で王都を楽しんで!」


 そういうと、“ヤマネコ”があると思われる方向に歩きだす。ケビルソは家に置いていかれた犬のような目をしていたが、荒療治しないと前に進むとは思えなかった。急いでいるから、と言って小走りでその場を去る。クレアの 「またお会いしましょう」 という言葉に手をひらひらとさせて応じるが、振り返らずに進んだ。


 どうか、二人が上手く行きますように。いや、ケビルソが普通に話せますように、だな。心の中で祈りのハードルを下げつつ、王都を歩いて“ヤマネコ”に向かう。


 で、“ヤマネコ”はどっちだ?


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