表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第5章 『新米農家 国を救う(前編)』
44/90

5-7.ギルド長会議Ⅲ

 ギルド長会議はこの話で終了です。情報量が多い回だったと思うので、登場人物と重要事項の整理を挟む予定です。



 マナミに連れられて、会議の会場を抜けて闘技場に向かう。


 闘技場はギルド会館の裏庭にあった。円形に敷き詰められた石板を囲むように、観客席が用意されている。イタリアのコロッセオを小さくしたような場所だった。


 席から会場全体を眺めると、各州のギルドが集まって座っている様子が見える。改めて全体を見回すとドワーフ、オーク、ゴブリン、鬼人、魚人など各種族がまとまって座っていた。エルフは観戦しないということだ。


「エルフは元々争いを好まない種族です」

「戦闘が苦手ということかな?」

「それは、少し違いますね。闘争心が無いというだけです。彼らは魔法の操作に長けています」 そういって、会場を指さす。 「彼らは会場全体を覆うくらいの範囲の魔法攻撃ができますから、ここでは戦いになりませんよ」


 確かに、限られたスペースで戦わなければならない時に、相手が広範囲攻撃を使うというのはかなり厳しいだろう。


「それでも、ジャックさんはエルフに勝利したことがあります」


 そういって誇らしそうな表情をしていた。マナミはジャックのことを師匠として尊敬しているということが伝わってくる。


 ところで、今回のギルド長会議では、以前王都で見たような獣人はいなかった。それが、今回のギルド長会議に参加していない州にいるのか、そもそもギルドメンバーになっていないのかは分からない。


 さて、そのような多種多様な種族が入り混じる中で、違う意味で異彩を放つ人間がいた。会議中は、ドワーフと同じようにほとんど発言せず、発言する時も中央の席をちらちら伺いながら話していた男だ。男の前にはポスティン州の札が立っていた。


 その男は、でっぷりと贅肉を蓄えている。他のギルド長に加えると明らかに精彩を欠いた中年の男は、明らかにギルド長の器とは思えなかった。


「サトルさん。ポスティン州のギルド長メニコルが気になりますか?」


 こちらの気持ちを汲んだように、マナミが声を掛けてくる。俺は首を縦に振って肯定した。


「うん。悪いけど、あの人が長の器だとは思えなくて……」

「ポスティン州は特殊な州です。王都エルディアしか町と呼べるものが無く、中央という最高権力のひざ元にあります。彼らは、エルディアの民から税金を徴収するという仕事しかしていません」

「外交的なところはどうしているの?」

「ポスティン州と他州との間の協定は、中央が一方的に各州に通知します。無茶な要請をされたことはありませんが、ポスティン州との協定だけは中央からの指示に従うしかありません。こちら側には交渉の余地は無いのです」

「じゃあ、あの男がギルド長会議にいる意味は何だろう?」


 それに対して、マナミは首を傾げながら、絞り出すように答えた。


「そう、ですね。あの場で中央の決めた協定を読み上げるだけ、でしょうか」


 その言葉に思わず吹き出してしまう。今までの合理的な中央の考え方にあって、その点が異常に歪で不合理だと思ったからだ。


「そんなの、ものすごく無駄じゃん」

「まあ、建前なんでしょうね。一応、王都の民から徴税するという仕事を負っていますから、何らかの形で権力を見せつける必要があるということなのでしょう」


 さて、改めて観客席に目を向けると、鬼人たちは色めき立っているようで、その集団からは騒ぎ声が聞こえてくる。鬼人たちは一人一人が引き締まった体をしている。その明らかに肉体派なその集団を見ていると、さすがにジャックが大丈夫か不安になる。


「鬼人は傭兵業を生業にしているような人たちなんでしょ。ジャック、大丈夫かな?」

「見れば分かりますよ」 とニヤリと笑っていた。ジャックの敗北を微塵も考えていないという表情だった。


 その目線の先には、円形の石板を敷き詰めた舞台の上に立つジャックの姿がある。その向かい側には、ウェズリーの後ろに座っていた2人のうちの1人の男が立っていた。その鬼人の佇まいには余裕が感じられ、戦闘に対する自信が伝わってくる。鬼人の扱う武器もまた剣のようだ。


 その時、会場の最も低いところにある席から声が聞こえる。どうも、ギルド長会議の中央の席から闘技場の座席までは特別な道で繋がっているようで、中央の官僚たちは一度もこちら側に顔を見せることが無く、その最も戦闘が見やすい席に移動したようだ。


「それでは定刻につき、決闘討議を開始する。決闘討議のルールを説明する」


 そういって、定型的な説明を行っていた。


「勝利条件は3つである。相手のHPを1割未満にすること。降参の意を表明させること。円形の舞台の外に体の一部を触れさせること。ただし、相手を死に至らしめた場合は敗北としたうえで厳罰に処す」


 鑑定版でHPが確認できるからこそのルールだ。この世界ではHPがゼロになるまでは怪我をしてもすぐに回復する。あくまでも相手に残る傷を与えない範囲で決闘を行うということなのだろう。


「武器・魔法道具の持ち込みは許可される。ただし、その身に携帯できるもの以外は禁止とする」


 そういって、暫しの間が空く。その間に両者の装備を確認したのだろう。確認が取れたとろこで、開始に向けた宣言を再開する。


「それでは、両者名乗れ」

 

「俺はサミュエル州第一師団長、名はジャック」

「我が名はショーン。ダボリス州第一師団長だ」


 二人がそれぞれ自分の名を名乗ったところで、開始の宣言が始まる。


「それでは構えて」


 その声に、両者が手に持った剣を握りなおす。その様子に会場を緊張感が満たす。


「はじめ!」


 その宣言がなされた瞬間に両者が地面を蹴る。その次に両者の姿を認識できた時には、舞台の中央で鍔迫り合いをしていた。両者の力は拮抗しているようで交差する剣は動かない。


 ジャックが力を弱めて、ショーンの剣先を、刀身を滑らせるようにそらした。ジャックはショーンの剣が自分の体の横を通過するわずかな時間に、ショーンに対して第2撃を加える。ショーンは、その剣を避けようと後退するが、ジャックの剣先はショーンの胸部から腹部にかけてを捉えていた。服だけに裂け目が付き、ショーンの体は無傷であった。今の攻撃は当たっていた。


 ショーンは反撃に出ようと再び地面を蹴り、上段の構えから強力な一撃を繰り出す。ジャックはその剣撃を受け止めようと、剣を自分の上に構えてその攻撃を受けようとしていた。しかし、ショーンの攻撃はその構えた剣の横を通過する。通過した瞬間に刃の向きを変え、ジャックの横腹への強烈な一斬を加える。しかし、ジャックは驚くべき速度でその攻撃に反応してその一撃を防ぐ。


 その身のこなしも驚異的だったのだが、ジャックがとった次の動きは、思わず息を飲むものだった。


 ジャックは飛び上がると、ショーンの剣の力を借りて体を空中で捻じりながら、半回転させた。ショーンの頭上に逆立ちの状態で飛び上がったジャックは、ショーンの頭に手を置きながら華麗に体を反転させて、ショーンの背後を取った。そして、目にも止まらない勢いで、剣を横に振りぬき、首筋のところでピタリと止めていた。


 ショーンは想定外のその動きに対応することが出来なかった様だ。


「降参だ。勝てる気がしない」


 そういって、剣を会場の外へと投げ捨てる。


 気付くとジャックの無駄が無く美しい剣技を追うことだけに夢中になっていた。周りも同じだったようで、会場もその力強くも優雅な戦いに、息を飲んで結果を見ていたのだが、結果が理解できると同時に大きな歓声があがる。


「勝者、サミュエル州。決闘討議の結果、ダボリス州の支援依頼はサミュエル州が起案した条件にて締結すること。詳細は事後的で構わないので報告せよ」


 その宣言に、会場が更なる熱気に包まれる。人数は少ない者の、一人ひとりが胸に頂いた感情は同じだったのだろう。


 マナミは試合が終了すると、会場の空気に反して興奮した様子もなくどこかに行って、すぐに一枚の紙の束を持って帰ってきた。それは、今回の決闘討議の原因であるサミュエル州とダボリス州の農業支援に関する協定書の骨子にあたるものだった。


 決闘討議をしながらも、協定書の骨子はすでに作成を進めていたようだ。あくまでも議論をしていたのは売上に対する報酬の割合の問題だということなのだろう。内容を見ると、サミュエル州は新しい農業の形について詳しい者を斡旋する。その代わりに、その技術を用いた作物の売上の20%をサミュエル州に支払うという内容になっていた。


 エリーとダボリス州の担当者はすでに詳細の条件について議論を進めている、とマナミは言っていた。


 そこに至って、今まで理解することに精一杯だった俺は、この協定書の内容について重要なことに気付く。


「あれ? ちょっと待って。これって、俺がダボリス州に行くってこと?」

「あなたが行かなくても良いわよ。ちゃんと、現地で農園が運営できていれば」


 どこから現れたのか、ナオが近くに来ていた。


「いやいやいや、今は手元の農園で精一杯だから」

「成果主義型の契約にしたから、失敗しても大丈夫だからさ。もし、失敗しちゃったら最低数量を供給すれば良いしね。そこはギルドが何とかするわ。あと、ちゃんと対価はお支払するわよ。売上の5%分をね」


 いや、5%の報酬とかよりも時間を取られることが問題なんだけど。お金じゃなくて時間の問題なのだ。そう抗議しようとするも、ナオの畳みかけるような発言に、反論する機会を作ることができなかった。


「やったっていう痕跡だけは残してきてね。日報を付けてダボリス州のギルドのサインを貰うっていう協定にするつもりだから」


 しかし、俺のそうした思いなどつゆ知らずという表情で、爽やかにナオは今後の進め方を教えてくる。仲間思いの良いリーダーだと思っていたが、とんでもない。それは、ブラック企業の社長も真っ青になるほどの無茶振りに思えて仕方がなかった。


「あんなん、超無茶振りじゃん。事前許可も取らないからぁ、サトル超驚いてたしぃ」

「無茶振りなのは承知よ。とにかく、引きこもり農家を外の世界に出させて成長させないとね」

「ナオも悪いよね~」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ