5-6.ギルド長会議Ⅱ
「協定の審議は以上である。続いて支援依頼に関する審議を開始する。引き続き、発案州の担当者が議事進行すること」
その宣言に続いて、一人の男が立ち上がる。
「ダボリス州ギルド長のウェズリーだ」
そういって、見た目はほぼ人間だが、角の生えている男が立ち上がった。この種族は鬼人と呼ばれる種族だ。昨日のレセプションの際にマナミから教えて貰っていた。鬼人という種族は戦闘能力が高く、傭兵業を生業としているとのことだ。
「サミュエル州やコノスル州のように、食料生産に適した領土に恵まれた地域と違い、我が州での自主生産が難しい状況にある。二界全体での食料供給が需要を下回りつつある今、自給率の低い、わが州の民は危機的な飢餓に襲われている状況だ。したがって、サミュエル州とコノスル州に供給量の一時的な増加という形で支援を要請する。具体的な数量については別紙に記載の通りだ」
この発言に対して、コノスル州のヒューリックが丁寧な口調で応じる。物腰は柔らかいが、隙が無さそうな話し方をする。この男も、また外交の場面では精鋭なのだろう。
「まずは自州での努力をされるべきではないでしょうか。残念ながら我々の州も余裕があるとは言えない状況ですから、その姿勢を見せていただければと思います」
「私もヒューリックと同意見ね。自州の課題は原則として自州で解決すべきものよ。改善計画を考えるのが先よ」
「残念ながらわが州では食料の生産者が少ない。元々適性のある者の転生が少ないからだ。生産能力の不足分については、他州に生産委託している」
「つまり、生産できる最大量は生産していて、それでも不足している状況だということですね。あとは、生産以外の手法に頼らざるを得ない、と」
「その通りだ。生産以外の手法という意味では、サミュエル州とコノスル州では沿岸地域で漁業が盛んだが、漁業も狩猟も道が断たれているという不利さがある」
「貴州も海に面しているのですから漁業の振興に尽力されればよろしいのではないでしょうか」
「それは、過去に挑戦し無謀だと分かっている。沿岸地域が断崖絶壁となっているわが州で漁業を行うなど自殺行為だ」
「なるほど、それではコノスル州は供給量の増加に応じるとしましょう。依頼数量の5割までであれば対応致します。しかし、金額は通常の市価よりも5割ほど高く設定させて頂きます。よろしいでしょうか」
その言葉にウェズリーは頷いて同意を示している。
「して、サミュエル州のナオ殿はいかがされる?」 ヒューリックがナオの方に向かってそう問いかける。
「私たちは、先ほどヴェリトス州との協定を結んだことで食料生産量の余剰が無い状況よ。残りの5割に対応するのは難しいわ」
「サミュエル州では新しい農業の形で食料確保の新たな道が開かれたのだろう? わが州としてはその技術を使用して食料自給率の向上につなげたい」
そこで、ナオがエリーに目配せをした。その表情には動揺の色は見えない。それが、この要求が想定通りであったことを物語っている。すでに打ち合わせ済みだということだ。エリーがすっと立ち上がると発言を始める。
「じゃあ、その技術を使った農園のぉ、売上の20パーセントを払って貰うってこと、でどうでしょ? こちらからは、生産に必要な技術を貸与して、生産を一貫してサポートするし。技術を譲渡することはできませんけどぉ。あと他の州に漏らした場合は超厳しい罰を受けてもらうかんね~」
間延びした頭の悪そうな話し方だが、要求内容からは自州が損をしないような形を虎視眈々と狙っていることが伺える。昨日の夜のことを思い出し、この話し方が作られたものだと知った今となっては、その話し方すら恐ろしさを感じさせる。つまり、お膳立てはしてやるから、売上の20%寄越せということだ。
「それは高い。10%だ。」
「えぇ、でも、支援要請するほど食料問題が深刻なんですよね~。そんなこと言っていられるんですか? 超ウケる」
挑発するような表情をしながらエリーが言う。戦略的に煽っているんだろうが、聞いている方は冷や汗ものだ。事実、その言葉にウェズリーの後ろの2人は机をこぶしで叩きながら立ち上がった。傍聴席の何人かの鬼人も怒りをあらわにしていた。
「静まれ!」 そのウェズリーの声に、怒号を上げていた鬼人たちが口を噤む。 「失礼した。わが州には気が短いものが多くてな。しかし、それなら購入した方が安くつくのではないか?」
「それは知らないわよ」 ナオも冷たく言い放つ。その言葉に再び鬼人たちが色めき立つがウェズリーはそれを手で制する。その様子を見てナオは続ける。 「生産コストの削減努力をすれば変わるでしょうし、赤字だとしても要求を飲まなければいけない状況じゃないかしら?」
「では、貴州の山岳地域における傭兵の派遣協定について次回更新を見送らせて頂くとしよう」
「現行の協定では、協定解除には3カ月前の通知が必要よ。今年の協定の更新は確定している今、1年以上先の警備協定の解約をチラつかさられても、こちらとしては十分に準備が出来る」
「果たしてそうだろうか。貴州の州民は戦闘スキルの低いものが多いだろう。集めるのは難しいのではないか」
この率については両者引かない。傍から見ていると無茶振りに思えた支援要請だったが、気づくと協定の中身の議論で拮抗しているという状況になっていた。双方利がある形で歩み寄り始めているということなのだろう。しかし、最後のところで議論が煮詰まらない。
そんな議論を片耳で聞きながらも、隣にいるマナミに疑問をぶつける。
「これって、どんな支援要請でも俎上に上げられるものなの?」
それに対して、首を振りながらマナミが答える。
「いいえ、一方的な金銭・資源の無対価での要求など、双方に理が出ないような支援要請は棄却されます。そして、自然災害や人手不足などの特殊な事情による食料・資源調達不足への支援要請、モンスターの大量発生、伝説級モンスターの登場に対する討伐支援要請については相互の協力を優先します。支援要請を上げる時は、支援依頼先を指定させますからね。こういったものは、中央としては干渉しないことが多いです」
基本的には州間の交渉で解決せよということなのだろう。その理解を確認すると、マナミは頷きながら肯定した。それに補足するような形でマナミは続ける。
「支援要請は基本的に短期間の協定の意味合いを持っています。今後の関係を踏まえて一時的な損を飲むか、あるいは高額な対価を取るのかは州間の関係性によって変わってきます」
その後も、ナオとウェズリーは相手との弱みをチラつかせながら舌戦を繰り広げていたが、幾ばくかの時間が経過したところで、中央の席から声がかかった。
「審議時間が30分を経過した。双方合意の下で棄却するか、決闘討議による決着を付けられたい」
そこで、両者は同時に、しかし別の見解を述べた。
「サミュエル州は棄却に一票を投じます」
「ダボリス州は決闘討議を申し込む」
その言葉を受けて、中央の官僚席から声が響く。
「それでは参加者による投票を行う。棄却と決闘討議、どちらに一票を投じるかが決まった州のギルド長から挙手を」
すぐに挙手するものも何人かいたが、思案しているものもいる様子だ。投票までの時間が空きそうな状況だったので、気になったことをマナミに聞いてみる。
「ちょっと思ったんだけど、このタイミングで中央が干渉しないとなると、中央の役割って何になるんだろ?」
正直、ここまで、上申事項の可否を決めていただけだ。それも重要な役割かもしれないが、それだけのために中央という組織が存在する意味がいまいちピンと来ていなかった。
「協定も含めてですが、ギルド間の外交において中央が動くのはそうした相互の約束を一方的に破った場合だけです。そのために、協定書には子細な情報まで記載するのが慣習になっています」
「仮に一方的に破った場合はどうなるの?」
「協定の署名者が死罪になることに加えて、損害を受けた額について、2倍に上乗せして賠償ということになります。その制裁は中央が実行します」
「厳しい制裁だね」
「ただ、そのルールを徹底して実行してきたからこそ、中央の権力が保たれているとも言えますね」
つまり、中央は全州を縛る法令を作成する権利、法令や協定を破ったものを裁く権利を有しているということか。立法と司法を握っているということか。そして、それを実行できるだけの力を有している、と。
投票先が決定したのか、気付くと参加者の全ギルド長が挙手をしている。その様子を確認した官僚席の中央に座る男が、投票を開始する。
「それでは、棄権に投票するもの挙手を」
その声に、2人が手を上げる。サミュエル州とコノスル州だった。コノスル州のヒューリックは、同じ支援を受ける側の立場としてサミュエル州の顔を立てたということだろうか。
「続いて、決闘討議に投票するもの挙手を」
それに対して、6人が挙手している。
「それでは、両州、代表者を選定せよ。会場がギルド会館裏の闘技場とする。開始は30分後だ。一時、会は中断とする」
そこで会議中微動だにしなかったジャックがすっと立ち上がった。
「あ~、やっと出番だ。待ちくたびれたぜ」
体を伸ばすジャックはそう言っているように見えた。