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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第5章 『新米農家 国を救う(前編)』
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5-5.ギルド長会議Ⅰ

 翌朝、ギルド会館へと向かう足取りは重かった。ケビルソから聞いた話が衝撃的であったことがある。どこかで、二界全体がサミュエル州のように平穏な世界だと思い込んでいた節があったからだろう。他の州のギルドのことを、色眼鏡を通さずに見ることができないかもしれない。


 ギルド長会議は一昨日のレセプション会場と同じ場所で行われるということだった。馬車に乗ってマナミと2人で会場に向かう。ナオ、エリー、ジャックはすでに会場入りしているとのことだった。


 ギルド会館に到着すると、ギルド長会議の会場への入り口には警備兵が立っている。警備兵は入館証の提示を求め、提示した人物だけ扉を開いて中に通していた。


 重そうな扉を抜けると、長方形の部屋の中央には深い茶色い木材で作られた重厚な円卓が置かれている。それを囲むように12の席が配置され、各州のギルドの長が座っている。その円卓から少し離れた外側に長方形の机があり、その部下たちが2人ずつ座っていた。


 そして、長方形のホールの最奥にある机こそが中央の官僚が座る席だ。この席に座るのは局長級と部長級らしい。シュンスケの話を踏まえると相当に権力のある人間なのだろう。官僚の席は薄いカーテンで仕切られ、その顔が伺えないようになっている。


 俺たちのような傍聴者は入り口に最も近い観覧席と呼ばれる場所に座ることになっていた。法廷の傍聴席や教会の会衆席のようなイメージだろうか。


「ミュートレット州、ラニストル州、ブランドン州、アサギリ州は不在のようですね」 マナミは会場を見回しながら言う。 「まあ、ウェイン島の3州が不在なのはいつも通りですが、ラニストル州が不在なのは珍しいです。ラニストル州に対する協定や支援要請が無かったからでしょうか」

「そもそも不在でも問題ないものなの?」

「ええ。中央への上申事項、他州との協定、他州からの支援要請が無ければ、参加する必要はありません」

 

 それは合理的なように思えた。全員参加することにこだわる会議に意味がないということを明示しているということなのだろう。


「とくにウェイン島の3州は海を渡ってくる必要がありますからね。特にブランドン州については、とくしゅ……」


 そう言いかけたところで、部屋の奥から開始の宣言がなされる。それは、よく通る迫力のある声だった。


「それでは、秋季ギルド長会議を開催する!」


 薄い布の向こうから響くその声に、マナミが口をつぐんだ。会場の空気がピリっと張りつめたようで、静寂が包まれる。


「中央の参加者は、広域自治管理局長シン=マクベス、広域自治管理局統括管理部長アベル=シュナイダー、転生者管理局広域危機管部長マーク=ザビリンの3名である」


 転生者管理局という言葉が出た時に、会場を包む空気に若干の動揺が走ったように思えた。その見立てが正しかったことは、マナミがその若干のざわめきに潜らせるように小声で耳打ちしてくれた情報で確認ができた。


「微妙な空気に気付きましたか? 転生者管理局というのは、転生者の情報を管理している部署です。それが、ギルド長会議に参加するというのは違和感があります」

「なるほど」

「よほど危険な転生者が暴れている場合などは出てくることがありますが、近年はそうした事案はありません。しかし、中央の局の役割なんて私たちには知りようがありませんから、何らかの意図があると推測することしかできません」


 その後、薄い布の向こうから聞こえる中央の官僚の誰かが、州の名前とギルド長の名前を読み上げていく。不在の場合は、律義に不在と宣言しているようだ。


「以上で参加者の確認を終了する。まずは上申事項から始める。コノスル州ギルド長、ヒューリック!」


 そう呼ばれた男が立ち上がると、体の向きを反転させて、中央の官僚たちと向き合う。


「コノスル州ギルド長、ヒューリックでございます」


 一礼すると、上申事項を述べ始める。その男は、身長2メートルは超えているであろう長身の魚人だった。ケビルソと違い肌の色は純白でうろこに覆われている。穏やかな老師という風の顔立ちにナマズのような髭が数本生えている。はっきりとよくとおる、しかし穏やかな声で丁寧な口調で言葉を発していた。


「誠に僭越ながら申し上げます。現行法の完全分離主義の考え方には大いに賛同致しておりますが、こと州境地域におけるモンスターの討伐においては、その考え方によって障害が生じております。州境地域におけるモンスター討伐では、州境を跨いだ途端に追跡が困難になり、みすみす討伐寸前のモンスターを逃すケースが多い状況です。法令を改正し、柔軟な運用にしていただきたく、上申させていただきました次第でございます」


 その発言を聞きながら俺は小さな声でマナミに質問する。今までの経験からすると違和感のある話だったからだ。


「これって、王都に来る途中にモンスターを討伐しているのは問題ないの?」

「鋭いですね。基本的に他州のモンスターを討伐することは禁止されています。ただし、あくまで正当防衛の範囲内であれば許されています。思い返していただくと、こちらから攻撃を仕掛けることはなかったはずですよ」


 初めて王都に来た時に、こちらを見ているモンスターを無視していたのを思い出す。単純に消耗を回避するためだとばかり思っていた。


「あ、言われてみれば」


 そんな会話を小声でしていると、上申事項の説明を受けて、中央の官僚から質問が飛んだ。


「本件、他州側にモンスターが存在する場合に州境を跨ぐことも想定しているようだがその理由を述べよ」


「はい。実は半年ほど前に州境付近で強力なモンスターと遭遇した警備兵が命を落とすという痛ましい事故が起こりました。その際に、州境の反対側には他州のギルドの警備兵がいたものの、協力を仰ぐことが出来ないという事態が生じました。このような悲劇を繰り返さないためです」


 薄い布の向こう側で、中央に座る人間が頭を動かすシルエットが見える。それに続いて、はっきりした声が、その布を突き抜けるように響いた。


「本件については、広域自治管理局長シン=マクベスの名において、10079年1月1日を以て新法を施行することを約束する」


 決定が早い。12の州を束ねる力は伊達ではないということか。子細については事前に書類で読み込んだうえで、必要な質問だけを投げかけたということだろう。


「次の上申事項に……」


 次の上申事項の説明が行われているときに、マナミが耳打ちをしてくる。


「先の上申事項は、州境地域500メートルの範囲においては討伐中のモンスターを追跡する場合、もしくは他州が交戦中で協力を要請された場合のみ、州を跨いで討伐を継続することを許可するというものです。州境を曖昧にする可能性のある法案ですから、完全分離主義に反するため、通るか通らないかは半々との見立てでした。これだけあっさり通したのは、やはり現局長の判断力ということなのでしょう」


 その後も上申事項がいくつか述べられていったが、いずれの案件も却下されていた。上申されたのは、商隊や学者、冒険者の州間の移動の自由化などの州間の移動に関するものがほとんどだった。


 ギルドに所属する副長以上の人間か、中央の許可を取った人間しか州間の自由な移動はできないとマナミが耳打ちしてくれた。実際に効率だけを考えれば自由化した方が良いのだが、各州の政治の独立性を確保するために制限しているのだろう、とマナミは見解を述べていた。


「上申事項は以上である。続いて協定に関する審議を開始する。以後、発案州の担当者が議事進行すること」


 その言葉を受けるように、すらっとした青いドレスを着た女性が立ちあがる。


「エーシャル州ギルド長のマリエンと申します」


 よく見ると、その女性がエルフと呼ばれる種族であることが分かった。ほとんど人の見た目と変わらないのだが、耳がとても長い。その白銀の髪は腰に届くほどの長さでありながら、真っすぐに地面に向かって垂れている。その美しさに、傍聴席で息を飲む音が聞こえる。


「エーシャル州は、ネジャルタル州との相互技術・情報交換協定を締結いたします。対象の技術は製鉄技術。双方の情報を交換することで、技術活用の効率化を図ることを目的としております。詳細は付属協定書に記載の通りです」


 その概要説明を追いかけるように、他のギルド長への確認が行われた。


「異議・質問のある方がいらっしゃれば、この場にて宣言してください。無いようでしたら、可決の札を掲げていただけるかしら?」


 マリエンはそう問いながら全体を優雅に見回すように眺めている。その言葉に参加しているすべての州のギルド長が可決の札を上げている。


 ちなみに、反対の声が上がった場合はその理由を聞いたうえで多数決を取るとのことだった。協定は参加者の多数決による審議ということだが、審議の内容によっては全州参加の上での全会一致だったり、3分の2以上の賛成だったり変わるようだ。


「本協定は可決。本日付で発効する」


 再び、中央の官僚席からよく響く声が降ってくる。その言葉にマリエンが中央の席に向けて一礼し、再び席に着く。


 マリエンが席についてすぐにナオがすっと立ち上がり、協定事項の読み上げを始める。


「サミュエル州ギルド長のナオでございます」


 毅然とした態度でナオが名乗る。いつもとは違う、親しみを感じさせないような話し方だった。淡々といつもより低い声で言葉を繋いでいく。


「サミュエル州とヴェリトス州は食糧と資源の相互交換協定を改定し、サミュエル州は小麦・野菜を中心とした食糧、ヴェリトス州は鉄の最低供給量を増やすことに合意する。詳細は付属協定書に記載する」


「異議・質問があるならこの場で宣言されたい。無ければ可決札を上げて頂きたい」


 その言葉に対して、ほとんどのギルド長が可決の札を上げる。その中で、唯一、豚の鼻をしたお世辞にも端麗な顔立ちとは言えない種族の男が手を上げた後に立ち上がる。背は高くないが、全身に筋肉がついており、相手を威圧するような迫力を全身にみなぎらせていた。


「あれはジャメナ州のオークです。ギルド長バーナーですね」


 マナミがそう補足する。なるほど、オークという種族なのか。オークという言葉は聞いたことがあったが、あまり具体的なイメージが頭になかった。


「ジャメナ州ギルド長、バーナーだ。」 そう言うと、ナオを睨むように見つめながらこう続けた。

「質問だ。新たな協定を結んでもサミュエル州とジャメナ州の食料と資源の相互交換協定の最低供給量は確保できるのか?」

「問題ないわ。食料の供給量を増やす算段がついている」


 はっきりと、間を空けずに、バーナーの目を見据えながらナオが答えていた。バーナーはその真偽を表情から読み取るように鋭い目線で見つめた後、顔の力を緩めてから述べる。


「くれぐれも協定違反にならないようにしてくれ。以上だ」


 そういって席に着くと、バーナーは可決の札を上げた。反対ではなく釘を刺したということだろう。


「本協定は可決。協定書に記載の通り、10079年1月1日付で発効する」


 ナオは軽く一礼すると、静かに腰を落ち着けた。


 その後も同様のやり取りが続いていったが、事前に付属協定書を詳細まで詰めているからだろう。大きな異議が出されることがなく議事が進行していった。このセクションでは新たな協定の議論だけではなく、協定の改定についても議論されていた。最後の協定についての議論が終わると中央の官僚席から宣言される。


「協定の審議は以上である。続いて支援依頼に関する審議を開始する。引き続き、発案州の担当者が議事進行すること」


 形式ばった会議かと思っていたのだが、かなり効率的に進んでいることに驚いた。しかし、次のセクションはここまでのようにスムーズには進まなかった。そこはやはり利害関係の対立する外交の世界ということだろう。


 ところで、ネジャルタル州のドワーフは抜け目なさそうに全体を見つめているだけで、特に発言をする様子はなかった。事前準備のレセプションでは暗躍していたのに、実際の会議では発言しないんだな、と少し不思議に思った。


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