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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第5章 『新米農家 国を救う(前編)』
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5-4.王都滞在中


 翌朝、気怠さを湛えた身体を起こす。レセプションこそは平和に終えたのだが、ヤマネコに戻った後にジャックに付き合って飲んでいたせいで、かなり遅くまで起きている羽目になってしまったのだ。


■■


 ヤマネコに戻るとジャックが声を掛けてくる。


「おい、俺に付き合え!」

「嫌だよ、疲れたから寝たいし」

「これはメンターとしての命令だ!」


 そういってジャックが剣を抜く素振りを見せる。いや、酒を飲むのに剣で脅すってどんなメンターだよ。しかし、ここは黙って従うことにする。


 ジャックは、人を誘ったくせにただただ無口で酒をあおっていた。さっきのレセプションがストレスだったということだろうか。そう思っていると、かなり酒が進んだところで、ジャックが話始めた。


「あのな? 俺は、もっと自由に生きたいと思ってるんだ」


 若干目が座っている。遠くをぼんやりと眺めながらそんなことを言う。


「十分自由に生きていると思うけど」

「違うな。今の二界にいる限りは、どこまで行っても本当の意味で自由にはなれない」

「それはどういう意味で?」

「俺は昔、エーシャル州で、いや、この話は、無しだ」


 そういって、顔をしかめながら、はぐらかした。聞かれたくない過去なのだろうか。それを打ち消すように他の話を続けた。


「とにかく、今の俺が手に入れたのは、サミュエル州という鳥かごの中での自由でしかねーんだ。さっきのレセプションを見ただろ。雁字搦めの外交ごっこだ。世界に飛び立って、自由に飛び回りたくても、結局は飼い主の手の上だ。あーめんどくせー」


 そんなことを言いながらもジャックは眠ってしまった。あっさりしているようで、意外と腹の底に貯めているものがあるのか、とそのギャップに不思議な感覚に襲われる。まるで、見てはいけないものを見てしまったような気まずさだった。


 そこにエリーがやって来た。俺の隣に座って話しかけてくる。


「ジャックも可哀そうだよね~」

「あんなことを思っているなんて知らなかった。でも、自由がないっていう言葉は、場合によっては王都で話して良いことじゃないように思ったけど大丈夫かな?」


 中央に対して反抗的な態度を取るのはまずいのではないか、という警戒心が働いていた。


「今日は、貸し切りにしているから大丈夫じゃなーい? ここの宿主はナオが信頼を置いている人だし~」

「それなら大丈夫かな」


 その後、薄いビールを飲みながら、しばしの間エリーと雑談をする。他愛もない話が続いていたが、ふとジャックの言葉を思い出して、その過去について聞いてみる。


「そういえば、さっきジャックがエーシャル州にいたようなことを言っていたけど……」

「ジャックは、一度サミュエル州を離れている。その時に何かがあったみたいなんだけど、そのことは話してくれない。ただ、ナオが連れ戻してきてから、ナオの言うことを前に比べれば聞くようになったのだけどね」

「そうなんですね……」


 そこで、酔いが深まるにつれて気になっていたことを聞いてみる。


「ところでエリーさん……口調が普通になってますよ」


 そういって笑うと、エリーははっとした表情をして、気まずそうに答えた。


「そ、そんなことないし~」


■■■


 日差しの具合から言って、昼過ぎだろうと推測する。


 二度目の王都の滞在は、コノスル州のケビルソさんとの食事会が大きな目的となっていた。元々ワインの作り方を調べようというのが目的だったからだ。ケビルソさんとの約束はもう少し先だ、ともう少し眠ることにした。酒が残っているときは寝るに限る。


 さて、夕方になると改めて体を起こす。指定の時間に指定の場所に向かうと、そこにはこじんまりしたレストランがあった。決して安っぽくはないが、白鯨亭のような豪奢さはない。


 ケビルソの名前を告げると、奥の個室に案内される。そこでは、すでにケビルソさんが待っていた。


「どうも、こんばんは。よく来てくれました」

「お待たせしてしまってすみませんでした」


 そう言って席に着くと、ケビルソさんとの会食が始まった。聞くと転生してからの期間も短いようで、俺と息がとてもあった。


「私は政治にはあまり興味が無くて、ギルドへの仕官を拒否して、ワインの醸造所に勤めていました。でも、美味しいものを探すのが好きで、他の州に行きたいという思いが募り、結局ギルドに所属することにしたんですよ」

「僕も美味しいものを作りたいだけなんです。何だか、巻き込まれてこんなところに来てはいますけれど」


 そう言うと、ケビルソさんは声を上げて笑う。何で笑っているのか得心がいかずにいると、ケビルソさんは続けた。


「確かにサトルさんは変わっていますよね。ギルドに所属していないのにこの場に来る人なんてほとんどいませんよ」


 そして、笑いで乱れた呼吸を整えるとつづけた。


「それだけ、期待されているということなんでしょうね」

「どうかな? あくまでも農家だし、ギルドに所属する気もないですから。ところでワインってどうやって作っているんですか?」

「前世と同じです。コノスル州には良いブドウが自生しています。私の師匠が品種改良もしたようで、今は栽培ができるようになっているんですよ」

「なるほど。それは見てみたいですね」


 そこで、ケビルソさんが思い出したように言った。


「ところで、丁寧な話し方は止めませんか?」

「俺は構わないよ」

「じゃあ、遠慮なく。コノスル州のみんなは口調が丁寧で疲れるんだよね」

「あれって、身内でもそうなんだ」


 そんなコノスル州の風習に驚きながらも、その光景をサミュエル州に当てはめて考えて見る。


「ジャックさん、立ち小便は慎んだ方がよろしいかと思います」

「余計なお世話でございますよ、イトウ殿。外ですからこれが普通でございます」


 うん、気持ち悪いわ。そんなことを想像してニヤニヤしていたのか、ケビルソが不審そうな目をこちらに向けていた。


「ごめんごめん。ちょっと考え事をしていて」

「何だよ、気持ち悪いな。ところで、あの種ってどこで手に入れたの?」

「実は、借りた農園に置いてあったんだよね。もし欲しければあげるよ」


 ついつい、話の流れで答えてしまった。昨日は警戒して言わなかったのに。


「あっさり教えてくれるんだな。そもそも簡単に人に渡しちゃダメだって。今の二界では相当に価値があるものだからね」

「でも、たくさんの人に美味しいものを食べて貰った方が良くない?」


 その一言に、ケビルソは大きな声で笑う。


「うちの師匠そっくりだ。あまり自分の利益のことは考えてないの?」

「いや、自分の利益しか考えてないよ。今も利益は相当に出ているし、しかもみんなの喜ぶ姿も見られている。自己満足かもしれないけど、それで十分かなって」


 なるほど、と言いながらケビルソは頷いていた。


 その後、こちらを見つめながら逡巡しているようすだったが、決心したように息を吐くと、こちらに顔を近づけながら話しかけてきた。


「ちょっと込み入った話をしてもいいか?」


 そういって、声のトーンを落とす。今いる場所が個室とは言え、周囲に警戒しているということなんだろう。周りに聞かれてはいけない話しということだ。俺は顔を近づけてそれに応じる。


「サトルは他の州には行ったことはある?」

「ヴェリトス州と王都のあるポスティン州しか」

「そうか。その二つの州だとあまり感じないかもしれないな」


 そんな意味ありげなことを言った後で話を続ける。


「二界にある12の州は完全な独立国家と言っても差し支えないほど、各州に裁量を与えている。事実、州のことを国と表現する人もいるんだ。そして、それぞれの州の政治は、全く異なっている。半ば、独裁政治にようになっている州もあるくらいだ」


 そこで、人差し指と中指を立てながら続ける。


「二つだけ、中央への上納金と絶対服従が条件だけどね」


 その言葉に納得したように頷いて理解を示す。そして、静かにケビルソの言葉の続きを待った。


「特に、コノスル州やサミュエル州は比較的前世に近い政治を執り行い、平穏が保たれている。しかし、そうではない州もある」


 比較的前世に近い政治、という言葉に引っかかりを覚える。


「おいらも世界中を旅したわけじゃないけど、王都に来る途中に、ネジャルタル州やエーシャル州を通過する時に見た光景は、正直に言うと受け入れがたいものだった」


 そういって、ケビルソは不快さを滲ませながら顔を歪ませる。その光景を頭から追い出すように首を左右に振り、そして、話を続ける。


「暴力的とも言える種族差別、人や魔族の所有権を売買する奴隷制度、そんなものがまかり通っていた。あの光景は許しがたいものだ」


 そういって、ケビルソは苦虫を噛みしめたような表情をした。よほど、嫌な光景だったのだろう。


「種族間の平等が宣言されていると聞いたから人種差別は無いものとばかり思ってた」

「表向きはね。だけど、各州の中で何が起こっているかなんて、普通は分かりようがないんだ」

「そういうことに対して、中央は何もしないの?」

「中央は州間の取り決めには干渉するけど、各州の内政には干渉しない。中央に対して牙をむかない限りは」

「そもそも、種族差別や奴隷売買なんて禁止されていると思ったんだけどな」

「実はおいらの認識でもそうなんだよ。でも、その感覚が当たり前にあるのは、直近の数百年程度で転生してきた人間だけのようなんだ」

「そうすると、前世の時間軸と二界の時間軸は、その進み方の遅い早いはあるにしても、並行しているということかな? つまり、差別などが当然のように存在していたほどの過去からの人間がまだまだかなりの数いると」


 その言葉に神妙な表情を浮かべて、ケビルソは頷く。


「おいらはそう確信している」

「だとすると、中世の世界が残っているのっておかしくないか? 徐々に転生者に合わせて変容していくのが普通だと思うんだけど」

「例えば、ネジャルタル州ではここのところ転生者がいないという情報を聞いたことがある」


 その直接的ではない回答に戸惑う。要領を得ないことに若干のもどかしさを感じて、咄嗟にぶっきらぼうな反応をしてしまった。


「それが何だっていうの?」

「ネジャルタル州では、分かっているだけでも数百年という期間を経ても新たな転生が無いようなんだ。分かるかい? 転生って自然になされるものだと思い込んでいるけど、そうじゃないんじゃないかということだ」

「え?」

「ネジャルタル州のドワーフには職人が多い。それ故に、ネジャルタル州に転生が少ないというのは、意図的に技術が流入しないように、中央が転生をコントロールしているんじゃないかという仮説さ」


 そこに至って、ケビルソの発言の真意が分かる。


 同時に色々な疑問が繋がる。まるで歴史の教科書を切り出したような世界に、現代社会のスマホのような情報端末。そして、中央区のあの光景。


 それは、時代がちぐはぐなこの世界が成り立ちをつなぐ理由としては、十分に説得力のある考察だった。


 そんなことを頭の中で考えていると、ケビルソはこちらを見つめていた。長いこと、沈黙を貫いてしまっていたみたいだ。


「どうも、納得がいったような表情をしているね」

「この世界には歴史がないという話を聞いたんだ」


 ケビルソは突然の話題の転換に驚いたようすだった。しかし、さっきの自分を顧みたのか、とりあえず、その言葉に対して呼応する。


「それは知らなかった」

「でさ、農業については昔から二界に住んでいる人に聞けば良いんじゃないかな、と思っていたんだよね。ケビルソの言う社会に変化がないという状況についても、どれくらい変化がないのか、聞けば分かるかな? 寿命がないってことは、すごく昔から生きている人がいるんだよね」


 そこで、ケビルソは不審そうな表情をする。そして、思わぬことを続けた。


「寿命がない、というのは誰から聞いた情報だい?」


 その言葉と表情は、寿命がないという認識が誤りだということを意味していた。その言葉に、すぐに返せる言葉が無かった。他でもないギルドのメンバーから聞いた話だったからだ。まだ、何か隠されていたことがあるということなのか。


「ギルドから聞いた話だけど」


 その言葉にケビルソは少し思いを巡らせるようにしていたが、話がまとまったのか、ポツポツと話し始める。


「それが、寿命の長さのことを言っているのであれば、確かに前世に比べれば長い。でも、二界でもいつか、人は亡くなる。その期間が、前世に比べれば相当に長いことと人によってばらつきがあることを除けば」


 その言葉を俺はしっかりと咀嚼する。つまり、寿命は長く、転生直後は意識する必要こそはないが、いつかは寿命が尽きるということか。


「おいらは、師匠が亡くなる瞬間を見たことがあるんだ。俺がワイン農園とワイナリーを一人で運営できるようになったころだった。ベッドに横になっていた師匠がおいらのことを呼んだ。そのそばにいくと、 『ワイナリーを頼む』 と一言だけ残して目を閉じた。その瞬間に体がわずかに光に包まれて、そして、気づくとその体は綺麗に消えていた。残ったのは身に着けていた物だけだった」

「そうか……」


 その話に返す言葉が思いつかなかった。師匠という存在を失う悲しみも、人の死に直面するという事態も、その心中をはかり知ることなどできない。ただ、人が死ぬときは消えていなくなるという事実だけを頭にしまい込む。最後はモンスターと同じなのか。


「まあ、もうおいらも受け入れているけどね」


 その言葉は強がりで言っているようには思えなかった。話題を変えるように、ずっと会話中に気になっていたことを言ってみる。


「ところで、おいらって」 そういって、思わず吹き出す。 「変な一人称だな」

「うるさいな、師匠譲りなんだよ!」


 そう言いつつもケビルソの表情は楽しそうだった。気楽に話せる友人が出来たようで、とても心地の良い気持ちになる。異国の友人が出来たのは大きい。


「いつかケビルソのところにお邪魔してもいいかい? ワインの作り方を教えてくれよ。そのお返しに野菜の種を渡すからさ」

「おいらはウェルカムだけど、州境を跨ぐのは簡単じゃないぞ」

「え、そうなの?」

「最近は特に厳しいからな。ギルドのメンバーでもないと気軽に州境を超えることはできないぞ」


 よく考えると、今まで州境を超えたのはギルドと一緒の時だけだ。実質は国境線のようになっているということか。


「あと、この話は誰にも言わないでくれよ。余計なことを話して、反体制派レジスタンスだと疑われるのは御免だ」

「ああ、そうだよな」


 そういって、頷いて同意の意思を示す。以前、王都に招集されたときのことを思い、心の底から同意している自分がいた。中央区にはこの二界の標準からは大幅に外れる世界が広がっていた。そこに、底知れぬ怖さがあり、歯向かうのは得策ではないという思いが、しっかりと刻みこまれていたのだ。


「種の話は聞かなかったことにしとくよ」

「気遣い、ありがとう」

 

 しかし、今度、ナオかイトウを問い詰めないといけないかもしれないな。他にも隠されている情報があるんじゃないか、と思えて仕方がなかった。


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