4-7.エキシビションマッチ
ここで第4章終了です。
台風直撃で仕事が早上がりになれば、何話か書きたいのですが……あまり期待はしないでください。
そんなやり取りがあって、妙に自信を付けていた俺は酔いに任せてジャックに声をかけたのだった。
「ねえ、ジャック。俺とマルロの戦闘を見てくれないかい?」
「お、サトルに戦闘なんてできんのか? 野菜しか作らないと思ってた」
「失礼な奴だな。俺、結構強いよ」
酔いに任せて強気なことを言うとジャックはニヤリとする。
「お、言うじゃねーか。何なら俺と戦うか?」
「え……いや、それはやめとく」
「何だよ! 相変わらずチキンだな!」
そう言ってジャックは大きな声で笑っている。
チキン呼ばわりは気に障るが、ジャックが第12ギルドでトップクラスの戦闘能力だということを皆から聞いていた。流石に、サミュエル州のトップに挑むほどの勇気はないです。
それを聞いていたエリーが大きな声を上げた。
「なになに? サトルが戦うの? それは見てみたいわ~」
「いや、そんな大事にしないで……」
しかし、酔っ払いたちは新しいイベントに大いに盛り上がり始める。口々にいいぞ、とかやれやれ、なんて言っている。軽く戦っているところを見せるつもりが、あっという間に大騒ぎになってしまった。
「マルロ、こんな流れになっちゃったけど相手して貰っても大丈夫?」
「私は全然問題ありません。人に見られながら戦うのも慣れていますし。それより、サトルさんは大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないね。酔いがだいぶ醒めたわ」
「大丈夫ですよ。サトルさんが強いことは、私が自信を持って保証します」
「そっか……ありがとう!」
そんな話をしながら農園の中でも野菜を植えていないスペースに向かう。俺は剣をマルロは鉤爪を持ってきていた。
審判は不動産屋のご主人が買って出てくれた。
「向かって右にいる男は、世界中を旅し、あまたの戦いを切り抜けてきた男。その男は竜の如き鉤爪で敵を切り裂く。電光石火の近接戦、マールロオオー!」
その紹介に歓声が上がる。
「向かって左にいる男は、カリスマ農家と呼ばれる男。しかし、驚くべき戦闘能力もカリスマと言わざるを得ない。変幻自在の剣闘士、サートルウウー!」
そんな語り口調に観客は大騒ぎしている。しかし、ご主人は色々とハイスペックだな。ボクシングの司会のような語り口になっているが、しっかり板についているぞ。
そんな紹介を終え、すこししたところで静寂がその場を包んだ。ご主人はそのタイミングを見て、試合の開始を宣言する。
「はじめっ!」
その声を合図に戦闘が始まる。マルロはいつも通り、すぐに距離を詰めてきた。マルロは慎重に相手の出方を伺うようなことはしない。いつも直球勝負の近接戦闘なのだ。まっすぐと向かってきたが、俺の右側を狙っているのか、右に体を傾けるのが見える。それを見て、俺は咄嗟に左に跳躍する。
マルロの左手が空を切る。その鉤爪は確実に俺が元々いた場所を切っていた。
マルロが空を切った辺りの地面を隆起させ、マルロと俺の間に壁を作る。その上を軽々と乗り越えるマルロの様子が見える。
やっぱり、時間稼ぎにもならないか。
空中から切りかかってくるマルロの左の鉤爪を剣で受ける。しかし、鉤爪は両手武器なのだ。剣で片方を受けても、すぐにその反対の鉤爪が飛んでくる。
先ほど隆起させた地面を変形させて、その右腕にぶつける。背後からの攻撃は、さすがのマルロも予想ができず、右手はあっさりとはじかれた。そこで、さらに剣に力を入れて左の鉤爪に切りつける。
空中にいる状態で両手のバランスを崩したマルロは咄嗟に重力操作を上手くかけて態勢を整える。体を回転させながら、右足で地面に着地していた。
隙あり! 俺はそこに一気に詰め寄り、剣での一撃を加える。
ただ、その一撃は寸止めにした。
マルロはその一撃を右の鉤爪で受け止められる態勢を取ってはいたが、受けていたら確実に右腕はダメージを負っていただろう。回復するとはいえ、むやみにHPを削る必要もない。
あくまでも本当の戦闘ではないからね。そのくらいで十分だ。
気づくと周囲は静かになっている。その静寂にご主人の声が響く。
「勝者、サトル!」
その宣言に静まり返っていた聴衆から歓声が上がる。
「すごいぞ! サトル」
「戦闘もカリスマだったなんてね」
「マルロもすごかったぞ!」
戦闘を終えて、俺は興奮した人々にばしばし肩を叩かれていた。不動産屋のご主人以外の目にもいい戦いだったようだ。
俺を囲む人たちが徐々に捌けていったところで、美しい女性が声を掛けてくる。少し前からミナミちゃんと仲良くしている女性だ。二十代後半といったところだろうか。色白な肌に黒髪と清楚な雰囲気を出しているのだが、どこか冷たさを感じさせるような人だった。
「あなた、強いのね」
それだけ言うと、その女性は試飲会の人たちの中に紛れ込んでいってしまった。名前は、ミスカさんだったかな? ミナミちゃんから聞いただけなので、本人のことはよく知らない。遠くに住んでいるらしいと聞いていた。
不思議な人だけど、ミナミちゃんと仲良くしている辺り、悪い人ではないんだろう。
□
その後もビールを片手にした試飲会は大いに盛り上がっていた。参加者の差し入れのワインなども開けながら、徐々にその空間を包む酔いの空気が強まっていく。笑い声と大声が農園に響き渡っていた。
そんな中、俺のことを呼ぶ声が聞こえる。
「ねえ、サトル~。こっちに来なさいよ~」
すごく、すごく、嫌な予感がする。サマリネ姉さんだったら喜んで行くんだけど、絶対に行きたくない。
なぜって? その声が男の人の声だからですよ。
「ああ、もういや! 構ってくれないなら私から行くわよ」
やばい、その声の主が近づいて来る。流石に無視できずにその声の方を向くと、思わぬ人がそこにいた。
それは——参謀長、イトウ。
いや、君だけは違うだろ。イメージと違いすぎるよ。
「もう! 飲みすぎよ」
そういって、ナオがイトウを引きずっていく。エリーもそれを手伝っていた。
「話しなさいよ、小娘ども!」
「小娘とは失礼ね!」
そういってナオがイトウを思いっきりはたいている。二人の力に引きずられて、イトウは小屋の中へと連れていかれた。
そこに被せるように大きな笑い声が聞こえる。その声の主はサマリネ姉さんだった。
「いや~、久しぶりにイトウのご乱心を見れたわ~。相変わらずギャップがありすぎて面白いわね」
「いや、いつもあんな感じなの?」
「ほとんど、あんなことにはならないわ。でも、飲みすぎると昔からそうよ」
「ええ……何だかイメージと違う」
すごく嫌なギャップだな。実はすごく優しくて、道端に捨てられた猫を助けるとか、そういうギャップであって欲しかったわ。
「しかし、あなたはイトウに好かれたようね」
「ええ! 目に入っただけだよね?」
「どうかしらね」
そう言いながらサマリネさんはニヤニヤしている。いや、全然楽しくないし。そんな不穏な事件があって酔いはかなり醒めてしまった。
とは言え、試飲会自体は大成功だったと言っていいんじゃないだろうか。
会場にいる人たちは皆が大きな声で笑っていた。その表情を見て、やっぱりこの仕事をしていて良かったと心の底から思う。きっと、またイベントを開こうと心に誓った。
ちなみに、 『ブレッドビア』 は、ミナミちゃんの言葉で 『カッパビール』 になってしまった。ミナミちゃんが農園に来てからというもの、名前はほとんどミナミちゃんに持っていかれているけれど、俺の命名が通る日は果たして来るだろうか。
農園の空はほのかにオレンジ色を帯び始め、秋の涼しげな風が農園を囲む森を抜けて農園に吹く。その涼しい風は、酔って火照った体にはちょうど良い心地よさだった。
そんな様子を無言で眺め、良い風景だなとしみじみと頷いた。
「ジャック、サトルの実力をどう思う?」
「あの件だろ? まあ、連れて行っても大丈夫じゃねえか?」
「そうよね。私も大丈夫な気がしたわ」
「まあ、俺にははるかに及ばないけどよ!」
「あなたは戦闘しか出来ないけどね」