4-3.同業者との出会い
昨日は更新できず、すみませんでした。
昨晩はお酒を飲みすぎ、気づくとメガネと記憶が無くなっていました。みなさま、お酒にはお気をつけて。
「あら、酪農に興味があるの? 確か、ケシャの町に酪農をやっている夫婦がいたと思うわよ」
「なんと! サマリネさん、その話詳しく!」
「そこの肉は美味しいと有名ね。よく、シャルルを通って王都に納入されていたわ」
サマリネさんに聞くと、この農園から1時間くらいのところにあるケシャの町の近くに、牧場があるのだという。そこでは夫婦が酪農をやっているとのことだった。それは、ぜひお邪魔して話を聞いてみたい。同じ、昔のやり方をする同志として。
「ところで、ミナミちゃんも農作業は手伝っているの?」
「そうですね。畑を耕すのを手伝っています!」
「えらいわね」
そういって、サマリネさんは優しい笑顔をしている。ミナミちゃんはうれしそうな顔で「でしょー」 と言っている。サマリネさんはなんだか、お姉さんの雰囲気が出ている。サマリネ姉さん、ってフレーズがぴったりの雰囲気だ。
「ところで師匠! 私、そろそろ収穫とか水やりとかも手伝いたいです!」
「いや、ミナミちゃんはダメ! 耕し担当ね! この前はあわや大惨事だったんだから」
「えー」
そう言って、ほっぺたを膨らませている。そんな顔をされても、やらせてあげるわけにはいかないのだ。あの夏の悲劇を俺は忘れない。
マルロ、ハル、ミナミちゃんは食事が終わるとログハウスに戻っていった。疲れたので寝ますとのことだった。三人とも、違う形ではあるけれど頑張っていたからね。
「お疲れ様! おやすみ」 そう声を掛ける。三人は口々に挨拶し、小屋を出ていった。
俺は、三人が引き上げた後もサマリネ姉さんと二人でワインを飲んでいた。姉さんはすこぶる酒に強いようで、酔った様子が全然ない。目を細めて美味しそうにワインを美味しそうに飲んでいる。
「姉さん! このワインはとても美味しいね! どこで買えるの?」
「姉さん?」
「あ、サマリネさん」 やっべー。酔いもあって思っていたことが口に出てしまった。
「うーん、姉さんか……そう呼ばれるのも良いかも。採用!」
「採用どうも」 あ、採用された。 「で、姉さん、このワインはどこで? 俺もビールの醸造に挑戦中なんだけど、もし昔ながらの製造方法をしている人がいるなら会ってみたい」
「それは、王都で買ったのだけれど、生産元は分からないわ。ごめんなさいね」
サマリネさんは大人の余裕があって話していて面白い。ただ、さすがは元参謀長だろうか、時折、はっとさせるような鋭い洞察が飛び出す。
「ねえ、サトル。ミナミちゃんって子供よね?」
「そう、なのかな? 見た目はそうだけど、すごく先輩なはずだけど」
「言葉は大人っぽくても、中身は子どもに見えるわよ」
「そうなのかな?」
「これは私の推測だけれど、二界の人の見た目は、転生する直前の年齢に連動するんじゃないかしら?」
「なるほど。だとすると、ミナミちゃんは小学生くらいで転生してきたことになるのかな?」
「そうね。だとしたら、ミナミちゃんはまだ成長途中だということね。さっきの手伝いの話もそうだけれど、あなたはミナミちゃんが失敗するチャンスを奪ってしまっていないかしら? 人は失敗して成長するものよ」
その言葉は、俺の胸に刺さった。ミナミちゃんを無意識に自分より先輩と思っていたが、確かに、転生するまでの生き方によっては先輩とは限らない。大人だと思って接して来たけれど、もしかしたら間違いだったのかな?
「ところで、あなたは前世ではどんな人だったのかしらね?」
「あんまり考えたことが無いです。でも、調べようにも分からないんですよね」
「そうね。でも、性格なんかは前世のままなんじゃないかしら。ということで、ちょっとしたゲームをしましょう。あなたの前世を私が当ててあげる!」
「いや、それゲームじゃないし! 正解分からないから!」
「あなたは、きっと20代の男の子だった。言葉遣いの感じからすると会社勤めだったのかしらね。自分でビールを作ってしまうくらいだからお酒好きだったんでしょう。そんな、お酒だけが友達のさみしい男の子。家に帰ればビールをあおる毎日。どうかしら?」
「いや、どうって言われても……っていうか、後半失礼だから!」
姉さんは大きな声で笑っていた。からかわれているんだろうけれど、全然嫌な感じがしない。
「やっぱり、あなたは自分の気持ちに素直な時の方が面白いわ。怒ったときとか、酔った時とかね」
確かに酔っている時は心に思っていても言えないことが出ているのかもしれないな。夜も更けていたので、姉さんには泊っていってもらうことにした。小屋のベッドを使ってもらう。寝室に案内して部屋を出ようとすると——
「あら、一緒に寝ないの?」
「いや、結構です」
そんなことされたら寝られないわ! 部屋を出ようとすると「なーんだ、素直じゃないわね。つまらないわ」 という姉さんの声が聞こえる。その点に関しては、つまらなくて結構です。
「さっきのに追加! 彼女いない歴が年齢のチキンな男の子……」
「やかましいわ!」
ばたんとドアを閉じる。からかっていると分かっていてもカチンと来てしまった。
でも、それって図星だからかな。なんだか、前世ではとても残念な人だったんじゃないか、という気がしてきた。いや、そんなことは無い。この世界では強くなる素質もあるし、きっとそんなことはないはず!
まあ、分かることがない前世はさておき、姉さんが教えてくれた酪農家の夫婦に、近いうちに会いに行ってみようと思う。もしかしたら、二界の農業が変わってしまった理由も知っているかもしれない。
その日はソファで寝たのだが、隣の部屋が気になって眠ることが出来なかった。ということもなかった。久しぶりに体を動かしたからだろう。ぐっすり眠れた。
□
さて、それから何日か経って、ようやく時間が作れた俺はケシャの町の近くにある牧場に向かうことにした。
教えて貰った場所に到着すると、広い草原が広がっていた。その草原を囲むように柵がある。その中では牛や豚などの動物が歩いていた。その中に2人だけ人がいる。その2人に向けて声を掛ける。
「こんにちは!」
その声に気づいた二人が、こちらに歩いてくる。一人は40代くらいの小柄だが活発そうな女性、もう一人は同じくらいの年代の体格の良い男性だった。二人とも日に焼けていて肌が黒い。二人とも麦わら帽子を被っている上に、ペアルックの衣装を着ている。
「初めまして。サトルと申します! バーニャの町から来ました」
「やあやあ、遠いところご苦労、ご苦労! どうも、あたいはケシャ牧場のイトリンよ。こっちが旦那のオルド」
「ども」
「無口な奴だけど、根は良い奴なのよ。しかし、お客さんなんて珍しいさね。どうしてまたこの牧場に来たの? 直接販売はしていないよ」
「実は、私はカッパ農園というところで農業をやっているのですが……」
「ああ! 噂は聞いているよ。昔ながらのやり方らしいね。あたいたちと同じだ」
「そうなんです。それについて聞きたくて」
そういって、王都で見た農業のことを説明する。そして、なぜこの国の農業がこうなっているのかも聞いてみる——
「二界には歴史を記録した書物というものが無いからそれは分からないね」
「ええ! そうなんですか?」
「あたいも好奇心旺盛だったから昔は色んな所に行ったものよ。エーシャル州の王立図書館に行って調べたこともある。だけど、不思議なことに歴史を記された文献は無かったわ。誰に聞いても理由は分からないらしいのよ」
「そうですか……」
「伝説のようなものはあるんだけどね。いつ、何が起こったという歴史は記録されていないようなの。まるで、意図的に消されていると思えるほど、徹底的に」
なるほど、そうなると農業が変わってしまった理由は分からなそうだな。しかし、シュンスケと話してからというもの、どうも、二界には違和感を覚えて仕方がない。強い情報統制に、閉ざされた政治。人々の生活は安定していても、何か隠されているような。そんな気がしてならない。
「今となっては酪農に従事しているけどね。こう見えてもあたいは昔は冒険をして、色々な州を巡っていたの。美味しいものを探してね。でも、自分で育まないと理想の食材は手に入らない。それで、ここに牧場をひらくことにしたのよ」
「そうなんですね。食べるのが好きなのは一緒です」
「そうかいそうかい」 そういってイトリンは笑顔になる。 「あたい達がやっている酪農は生き物がいれば繁殖させていけば良いのよ。だから、比較的簡単に軌道にのせることができた」
そういうとイトリンは牧場の方に目を向けた。それにつられて牧場を見ると多くの動物たちが草原の上を歩くのが見える。確かに、順調に運営できているみたいだ。
「でも、野菜は難しい。人の手で繁殖した植物は自然界で生き残れず、他の植物に駆逐されてしまったんだろうね。結局、錬成以上の味のものは自然界には無いのよ。まあ、果物を付ける木なんかは、その種を植えて育てている人はいるけどね」
「そうなんですね。ブドウとかもあるんでしょうか?」
「あなたがイメージするブドウがあるかは分からないけれど、でもヤマモモは流通しているときがあるわね」
そっか、ある程度自然界で自生できるものしか残っていないと思えばいいんだな。
「簡単に言えば、この国は時間がかかるものが無くなっていると言えるのかもしれないわね。農業も、酪農も、あとは醸造なんかもそう。魔法が使えるだけに、効率を重視してきた結果かもしれないわね」
簡単な方法があれば、そっちが優勢になるのは自然の摂理だ。そんな自然の摂理に巻き込まれて、この国の農業は今の形になってしまったのか。
「ありがとう! 参考になりました。ところで、お礼と言っては何ですが、良かったらうちの農園で作った野菜を食べてみてください」
「それはありがたいさ。オルド、せっかくだから切ってきてちょうだい」
「分かった」
「せっかくだからランチにしましょう! 代わりにうちの肉を食べてみておくれよ」
「ありがとうございます!」
そういって、イトリンに連れられて小屋へと向かう。小屋の中は小ぎれいにされていて、余計なものがないシンプルな部屋になっていた。イトリンが椅子に座るように勧めてくれたので、それに従う。イトリンもテーブルをはさんでその向かいに座る。
「オルドは料理上手なのよ。料理ができるまで、少しお話しましょうか」
「はい」
「あたいはここに転生してきて400年くらい経ったかしら。元々、サミュエル州の生まれだったのよ。ギルドに誘われたんだけど、どうせ転生したのに仕事をするのが嫌でね。だって、この世界のギルドって会社というか、役所っぽいじゃない?」
「確かに」 戦闘という要素を除くと役所だ。完全に。
「それで、ギルドには所属せずに世界中を旅して回ったわ」
そういって、イトリンは昔話をしてくれた。それは、二界の広がりを改めて感じさせるような話で、思わず聞き入ってしまう内容だった。
「最初に行ったのは、王立図書館のあるエーシャル州。二界の成り立ちを知りたかったの。でも、学問の町をイメージしていた私の考えは裏切られたわ。『知と快楽の町』と呼ばれるその町は、純粋に学問を目指すものを堕落させるような、そんな場所だった——」