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農園の王~チキンな青年が農業で王と呼ばれるまでの物語~  作者: 東宮 春人
第4章 『新米農家の帰郷、そして……』
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4-1.ココハ、ワガヤ、デスカ?


 久しぶりの我が家に向けて、森の小道を歩いていると、途中から人の声が聞こえてきた。いや、人の声というより人々の声かな? 何だか嫌な予感がして、農園に向かう足を速める。


 もうすぐ、農園に付くというところまでくると——


 ナンジャコリャー。

 ココハ、ワガヤ、デスカ?


 そこには大勢の人が列をなしていた。その列は農園の入り口まで続いているようだ。その列に並ばずに、農園に向かって一直線に進んでいく。途中、並ばないのか? という表情をした人が何人かいたが、ここは我が家だ。堂々と歩いていくことにした。


 森の小道を抜け切り、農園の中を見るとハルが農園を走り回っていた。収穫作業を急いでいるようだ。ぎゃあぎゃあ言いながら野菜と野菜の苗の間を走り回っている。


 そして、ミナミちゃんは門のところに立って声を張り上げている。


「ただいま、収穫中ですので少々お待ちください。本日の販売は、本日収穫できる分が売り切れ次第、終了になります」


 その言葉に列に並ぶ人々から様々な声が上がる。


「何だよー」

「俺はもうあのキュウリ無しでは生きていけないんだ!」

「片道30分は遠いのよ!」

「俺なんか、隣のケシャの町から1時間かけてきたのに」


 そんな不満が至る所で上がる。いや、不満は分かるけど、ヤク中みたいなのが混じっているぞ。


「本日、野菜をご購入頂けない場合でも、明日の販売に向けた整理券をお配りします。それで、明日は確実にご購入頂けるように致しますので」


 そういって、人々をなだめる。ミナミちゃんは、相変わらずの商才っぷりだ。すごい、すごいよ、ミナミちゃん。でも、大丈夫かな。足りる?


 そんな農園のメンバーに加えて、思わぬ協力者がいた。カーミンだ。カーミンはハルの指示を聞いて、野菜を収穫していた。


 いや、君、そもそも剣士だよね? 普通に収穫しているけど……しかも、抜群に板に付いてしまっている。天職なんじゃないか、と思うほどに。


 そして、もう一人見慣れない青年がその作業を手伝っていた。彼は誰だろう?


 呆然とその様子を見ていると、ミナミちゃんが声を掛けてくる。


「師匠! おかえりなさい。早かったですね!」 そういって、こちらに向かって手を振る。

「野菜の評判が評判を呼んで、農園まで買い付けに来る人が出てきました! 私の商才のおかげですね」


 いや、これは予想外過ぎる。ここまで大反響になるとは思っていなかったよ。


「師匠! 私、どうすれば良いでしょう……」 


 ハルが駆け寄ってきながらそう言う。目が泣きそうになっている。


「2人ともありがとう! よく頑張ってくれたね!」 そういって腕をくるくる回す。準備運動だ。 「俺は収穫を手伝いながら、今日収穫できる野菜の量を見極めるよ。とりあえず、このまま続けて!」


 よっし、農家として本気を出すとしよう! 久々の本業だ。


「カーミンさーん! ありがとうございます」


 カーミンは弱々しく笑うと、頭を書きながら片手を上げる。やっぱりくたびれた課長にしかみえない。人の好さが伺える表情には、諦めのような、なんでも受け入れてしまいそうな雰囲気が出ていた。


 その流れで、青年に声をかける。


「そこの方、はじめまして。ですよね」

「あ、勝手にお邪魔してすみませんでした。私、マルロと申します。この農園の話題を聞いて、飛んで来たのですが、凄い事になっていたのでヘルプに入らせて頂いています」

「通りすがりなのにありがとう! マルロ君、助かるよ」

「いえいえ。ちなみに、ここ3日くらいの様子を見ていると、今日収穫できるのはあと20人分くらいでしょうか」


 その正確な見立てに驚く。さっきから見ていると一人ひとりが結構な量を買っていくので、そのくらいだと俺も思う。しかし、かなり攻めの予想になるな。一人がどれくらい買うか分からないから、若干不安ではある。


「明日以降も100人分くらいですよね。それを見越して、早めに整理券を配布してしまった方がよろしいかと」

「そうだね。ありがとう! じゃあ、今日の分は余裕を見て15人分だけ整理券を配布して、残りは締め切ろう。それから、翌日50人分、翌々日も50人分で配っていこう。それと、ここでの販売は辞めた方がいいね。混乱が大きくなるから」

「さすがです! それでは、整理券作成の事務手続きはお任せ下さい」

「ありがとう! あ、あとさ——」 そういって、思いついたアイデアを伝える。

「なるほど、面白いと思います。それも対処しますね」


 そういって、彼は小屋に入っていった。彼はすごいポテンシャルを持っているな。経営的視点と言えばいいのだろうか。3日というのはここでヘルプに入ってくれている日数だろうけれど、それだけで収穫量のおおよその量が予想できるのはすごいことだ。


 少し収穫を手伝って、それから、マルロ君が整理券を持って小屋から出てくるタイミングを見計らって、農園の入り口に向かう。


「ミナミちゃん、整理券を配るよ! ちょっとチェンジして!」

「はーい、師匠! 了解です」

「皆様! こんな遠いところまで来ていただいてありがとうございます。一人の農業従事者としてこんなに誇らしいことはございません!」


 その一言に、様々な反響が聞こえてくる。


「サトル! 買いに来たよー」

「あれが噂のカリスマ経営者か?」

「いや、挨拶は良いから早くキュウリを……」

「よ、農園の主!」


 何だか変な単語が聞こえたが、きっと気のせいだろう。列をよく見るとギルドのメンバーやスキンヘッズの棟梁も並んでいる。


「本日収穫できる野菜は、あと15人分です。申し訳ないのですが、先頭から15人の皆様までで締め切らせて頂ければ幸いです」


 その一言に落胆の声が上がる。それを手で軽く制しながら続きを話す。


「ところで、カッパ農園では、これからビールの製造に挑戦しようと思っています。そのポテンシャルに賭けていただける方には、新作ビールの試飲会への招待状をお配り致します。初日の販売は、招待状を配布した皆様だけに限らせて頂きます。その代わり、本日の野菜の購入をご遠慮いただければ幸いです」


 その言葉に何人かの顔に悩みの表情が浮かぶのが見えた。よし、野菜で勝ち取った信頼を上手くアルコールに誘導できそうだ。


「それよりも野菜が欲しいという皆様、先頭の方から順番に50名様まで、明日優先的に購入いただける整理券をお配り致します。そして、その後の50名様まで、明後日優先的に購入いただける整理券をお配り致します。」


 それから、明日からの混乱を防ぐために布石を打つ。


「また、明日以降は、農園での販売は致しませんので、市場にてお買い求め頂ければ幸いでございます。来ていただいてもお売りできませんのでご注意ください!」


「それでは、まずは、ビールの試飲会のチケットが欲しいという皆様、こちらに立っている青年の下に並んでください」


 そういうと、オヤジたちを中心にマルロ君の前に人が並んでいく。意外と多くの人が捌けてくれた。これで、野菜の列の人数が90人は下回ったかな。ちなみに、スキンヘッズの棟梁もビールの列に並んでいた。正直、こっちに来るであろうことは分かっていたけどね。


 そして、野菜の列に残っている人たちには、最初の15人以降の人たちに整理券を配っていく。その仕事は俺がすることにした。ミナミちゃんを非難の矢面に立たせるのは嫌だしね。


 ということで、ハルが野菜を収穫し、ミナミちゃんが本日野菜を買える人たちの相手をする、マルロ君がビールの試飲会に参加したい人たちに招待券を配る、そして、俺が野菜の整理券の配布をするという分担になった。


 一人忘れていないか? カーミンさんですよね。


 カーミンさんは、森の小道の出口まで走って、入ってくる新しい客をブロックする係です。ごめんなさい、課長、いや副長。適材適所なんです。パシリでは断じてありません。


 そんな形で、それぞれがしっかりと役割を果たし、農園の騒動は徐々に幕を閉じていった。


 落ち着いたところで、改めてマルロ君に挨拶することにした。農園の小屋に入ると、机の周りに椅子を並べてマルロ君にも座わってもらう。ハルがお茶を用意してくれた。


「改めて、今日は助けてくれてありがとう!」 そういって、頭を下げる。

「いえいえ、勝手にやったことですから」

「しかし、どうしてまた助けてくれようと思ったの?」

「私がお願いしたんです!」 そういって、えっへんと両手を腰に当てる。いや、自慢することじゃないし、ものすごく迷惑かけてるからね。 「並んでいる人たちの中で、何となく、マルロさんにビビッときました」

「マルロ君、うちのミナミちゃんが本当にご迷惑をおかけしました。何ら方の形でお詫びをさせてください」

「私も楽しかったので大丈夫ですよ。それに野菜の収穫に携われたのはとてもありがたい経験でした。実は自分で食べてみて野菜が美味しかったら、農園で働かせて頂けたらいいなと思っていたのです。味は噂通り、いや、それ以上でしたので、想定外の形ではありましたが、結果オーライと言えるかもしれません」


 なんと、働くことを志望していたとは。それはまた、すごい偶然だ。もしかしたら、ミナミちゃんには本当に占い師の素質があるのかもしれないな。


「それで、働いてみてどうだったかな? うちとしてはマルロ君にはこれからも働いて貰えるととてもありがたいんだけどね」


 さっき伺えた彼の経営的な資質は絶対に欲しい。生産管理系とか運営系を任せられたらいいな、と取らぬ狸の皮算用をしている自分がいた。


「もちろん! ぜひ働かせてください」 やった!

「よろしくね! マルロ君」

「こちらこそよろしくお願いします。あと、君は付けなくて大丈夫ですよ」

「おっけー、マルロ!」

「私は、サトルさん、でよろしいでしょうか」

「良いよ! サトルでも、サトルさんでも、マイボスでも」

「お師匠様、マイボスは無いと思いますよ……」


 ハルが呆れたようにそう言っていた。


 そのままの流れで晩御飯を食べることになったのだが、久しぶりの我が家での晩御飯はとても暖かかくて美味しかった。それは、料理の温度の話ではなくて心が温まると言えばいいのだろうか。ハルが作ってくれる料理は、どれも優しい味がして、ほっこりした気持ちになる。


 食事をしながらマルロ君の話を聞いていると、彼はとても遠いところから来たのだろうということが分かった。出身地の名前は聞けなかったが、世界中の色々なところを飛び回っていたと言っていた。まだ、4人だけどこの農園は色々な経験をした人が集まってきているよな。良いことだ。


 食事が終わると急に眠気が襲ってきた。さすがに王都への旅は体に答えたらしい。3人をログハウスに帰らせると、小屋のベッドに向かう。


 久しぶりのベットの安心感に包まれながら、あっという間に意識が無くなっていた。なんだか、忘れているような気がするが、気のせいだr……




「カーミンさん! こんなところで何やっているんですか!」

「え、農園に来る人をブロックしているんだけど」

「いやいや、もう、夜ですよ。夜警のメンバーもそろそろ町に戻ってしまいますから、一緒に帰りましょう」

「いや、まだ、仕事が終わって——」

 

 課長は無言でギルドのメンバーに引きずられ、バーニャの町へと帰っていった。

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